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そらの飛ぶお仕事  作者: 野干かん
第五編 鱗を彩る。
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四話①

 パンパンと掌を砂を払い、地面に伸びている者らを見下ろしているのは白髪榛瞳に引き締まった長身のグニル。


「お疲れ様」

「ありがとう、ございました…」

 視界の端にちらつく白い何かを辿るように、視線を上に向ければハラリハラリと雪が降り始める。


「もどろう。風邪引く」

 起き上がり始めた六人は素楽そらの護衛をしていた者らで、復帰がてらにグニルに揉んでもらっていた。屋代やしろの乱にて彼女の強さを認識した彼らは、稽古をつけてほしいと頼み込み今日に至った。結果は見ての通りで六人がかりで全員が地面に伏せるほどの力量差、真剣こそ用いてないが天眼が容赦なく使用し一方的な勝利をしていた。

 そもそも彼女の年齢は二〇〇歳を超える長寿の種で、剣を握っていた時間も文字通りに桁違いだ。剣戟においてはそこいらの剣士程度では足元にも及ばない。


「そういえば、残り二人は元気?」

 護衛を務めていたのは八人で、この場にいない二人は重傷を負っていた。


「まだ時間がかかると思いますが二人共元気で、身体が鈍らないよう動かしたいと言っては医者に叱られています」

「そう、お大事にっていっといて。…ふぁ、それじゃ戻るから」

 暢気に欠伸をしながら我が物顔で法元の屋敷を歩き、主のいる部屋に戻っていく。


「おかえりグニル。手合わせはどうだった?」

 書類仕事をしていた素楽は入室者たるグニルを一瞥し、手元へと視線を戻しては尋ねる。


「よく鍛えられてる。連携もいいし、精鋭っていうだけある」

 へぇそんなに、と感心の籠もった返答を終えれば、筆の走る音と十露盤そろばんの珠を音を奏でる。


 骨折の完治した今、祭事部での書類仕事の一部を素楽が請け負っていた。故郷では領主の補佐として地位を期待されていただけあって、形式とやり方さえ教えてしまえばすんなりと適応し、日がな一日書類と向き合っている。

 王宮では今でにあれやこれやと大騒ぎ、延期となった建国祭の目処も立たない状況だ。やりたいこと自体は多く有ったのだが、流石に知らんぷりで好き勝手に動くのも悪いと協力を申し出たのだ。

 加えて祭事部の一部は政を生業とする主流派に協力、祭務長である素楽は自身の役割の一端を担うために机に齧り付いている。本来であれば登城して書類仕事を行うべきなのだが、先日の反乱では彼女本人も敵の狙いであったため、護衛の観点から急でない仕事を法元屋敷で熟すに至る。

 登城すれば王弟が大いにやる気をだすのだが、費用対効果が見合わないのだろう。


「素楽様、今日のお仕事はそこまでッス。この後は小夏様がお越しになりますので、お召し替えをしましょう」

「ちょっと待って、少しで終わるから」

 珠を弾き、手引に目を通し、上から順に間違いがないことを確認してから花模様の描かれた洒落た筆置きに筆を置く。この筆置きは誕生日にと翔吾から贈られたものである。

 素楽の生まれは晩秋、雪のふる初冬の今は十九歳となっていた。松野においては生誕を祝うのは成人で最後となるので、少しばかり不思議な気持ちになりながらも有り難く受け取っては日々の書類仕事で活躍している。

 衣服や装飾品等の様々な贈り物を彼から受け取っているが、やはりこうした特別な贈り物というのは嬉しいもの。視界に入れるたびに暖かな気持ちを胸に日々を過ごしている。


「よしっ」

 書類をまとめては立ち上がり、最近では定番となった三人の小さな茶会へと赴くのである。


―――


 冬にも関わらず緑々している温室に足を踏み入れれば、楽しげな声が二つ聞こえてくる。


 城内が忙しくなく、緊張の残る今日この頃にそれなりの頻度で法元ほうが屋敷まで足を運ぶ小夏こなつだが、これには事情がある。

 言うまでもなく原因は先の事件で、今のように机を囲み気の許せる者と歓談している時は良いとして、暗がりを怖がり悪夢に魘され悲鳴で起きることが多々あった。

 齢一〇の少女だ、衝撃的な現実を目に心的外傷が大きいのだろう。事件後には周囲を固める護衛も多くなり、鬱屈した毎日を過ごす中で精神は少しずつ悪化していった。


 そんな最中、素楽との面会が許可されることに。自身を助けてくれた天の遣いで、城内でも一部からは英雄視されている祭務長。改めてお礼をしたいとせがみ、ようやく叶った場で気の許せる友である天音あまねも交えて歓談に興じれば、いくらか沈み濁った心模様が晴れていた。

 面会の日を境に悪夢等の症状は軽くなり始めたのである。家族や周囲の事情でも手を拱いていた事態の解消に、二人が役立つというのならば利用しない手はないと考えたのが母である王妃。数日置きに茶会を開いては、小夏の心を支えてほしいと頭を下げに来たのである。

 もちろんのこと公式の場ではなく、偶然居合わせた二人に世間話がてらの頼み事、という建前でだ。

 そこまで忙しい生活をしている二人でなく、なんなら社交の多くはおじゃんとなった今、王妃からの頼み事を断る理由もなく首を縦に振ることにしたのだ。


「ごきげんよう、小夏様」

「ごきてんよう、素楽叔母様(ねえさま)。今日も祭事部のお仕事ですか?」

「そう、丁度終わったところだよ」

 椅子に腰を掛ければ良い香りの茶、ではなく不思議な見た目の飲み物が差し出される。


「ふふん、小夏、素楽、今日はね外つ国の飲み物を用意したわ。名前は…しょ、しょこらとるっていう名前でね!豆と砂糖と香辛料を入れたものらしいわ!」

 机の下、手元に隠していたであろう覚書を見ながら自慢気に語る。中央の流行りかと思えばそんなこともなく、珍品の類いである。

 角皆つのかいの者らが建国祭にと足を運んでいる今、あちらの貴族間で流行っているものも多く渡ってきている。その一つが加加阿豆かかおまめを磨り潰し砂糖や香辛料の香草蘭ばにら等を加えた飲み物ショコラトルだ。


「んっ、これは…もうすこし、そう少しだけお砂糖が欲しいわ」

「不思議な味ですね…」

 苦みのある飲み物なので少しばかり難色を示したのは小夏と天音、砂糖を加えることでこれならと飲み進めている。


(この味なんだったかなー)

 記憶に引っ掛かりを覚える。その実、松野にも似たような豆類は伝来しており、近しい風味の菓子を食んだことがあるのだ。

 二人とは違い、丁度よい甘さだと外つ国の味を楽しむのは素楽。


(豆が手に入るならまた飲みたいかも、笹かま商会に頼んでみようかな)

 珍味の虜になるのが一人。


「素楽はそのままで大丈夫なのね」

「うん、近い味わいの食べ物、…詳しくは覚えてないけども焼き菓子にあってねー。わたしは好きだよ、この味」

「なるほど、試させてみる価値はありそうね!」

 構想を得たりと天音は人を呼びつけ、加加阿を用いた新たな菓子を作らせるべく指示を出している。


「そういえば素楽叔母様の故郷はどんなところなの?」

 故郷の松野において知らないことなどない、と言い張れるほどの知識者の素楽。

 興味津々という二人の眼差しに、基礎的な話をしてから反応の良さそうな話を振る。


「残念ながら持ってきてなくて現物は見せられないんだけど、地上に生える大きな珊瑚みたいな木が茂る場所があってね。それを使った綺麗な装飾品や調度品が名産の一つなんだ」

 珊晶樹さんしょうじゅと呼ばれる大樹海にのみ生える極上の宝樹である。幹枝は珊瑚、実は宝玉と御婦人を魅了し続ける逸品だ。

 とはいえ大樹海に凶暴な魔物が多く生息しており、騎士や兵士、冒険者によって防衛されていなければ、領地は破茶滅茶なってしまう危険な場所でもある。


「そんなものがっ!」

 食いつきが良いのは小夏、爛々と瞳を輝かせながら拳を握っている。


「なんというか、絵物語みたいな故郷なのね。魔物が日常的に現れるなんて少し怖いわ」

「その為に騎兵や兵士、『冒険者』といった戦力がいるんだよ。わたしもその一人でね――」

 と言葉を紡いでは、しまった、と素楽と天音の二人は失敗を悟る。

 そう小夏がここにいるのは心に負った傷を治すため、兵士やなんかという戦話をしては思い出してしまうのではないかと思い至ったのである。


「そんな気を使わなくていいわ。わたしのために二人が協力してくれているのは知ってるし、最近はもう…色々と大丈夫になってきたのよ。ただ……言い出したらもう来れないんじゃないかって思って黙ってたの」

 結構な頻度で茶会をし二人と触れ合っている中で心の傷の大部分は癒やされており、今は小さな我儘として城と屋敷を往復している。


「あら、そうだったの。…なら友達としてくればいいじゃない。…そうね、勉強をしにくるとかでいいんじゃないかしら?ウチほど龍神神話を学べるところもないわよ!」

「天音…」

「ふふ、いいねー。現役の祭務長もいるからね、お飾りだけど」

「素楽叔母様…。二人の邪魔にならない?」

「邪魔も何も、不謹慎と怒られてしまうかもしれないけど、わたしくは暇でしょうがないわ。はじめさんとも会えませんし、社交も大きなものはありませんからね」

「仕事の合間合間になっちゃうけれど、それでいいなら顔を出すよー」

「帰ったら相談してみるわ!」

 笑顔を輝かせる小夏につられて素楽と天音も笑みを浮かべ、友誼を交わすかのようにショコラトルを飲むのであった。

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