三話⑥終
一日と掛からずに制圧された屋代の乱。首謀者は屋代家に嫁いだ梨花王女、野心家であり女のみでは王座に就く事が敵わないと妬み、貴族中心の政に国を作り替え牛耳るために反乱を起こしたのだと。
想定では城の隠し通路の一部を潰し、逃げる王族を誘導し一網打尽にするつもりだったようだが、ここでも王女という地位が足を引っ張り計画は瓦解。戦力を分散させて捜索させるも、とある勢力によって引っ掻き回され時間を浪費と踏んだり蹴ったりな展開になっていた。
好川等の大隊の足止めするための大広場の玖珠大隊も、法元を中心とした祭事部の私兵が貴族の誘導護衛を担い、中央軍を十全に動ける舞台を作り出されたことで手早く制圧されたことが痛手。
梨花本人は王族であるため衰え朽ち果てるまで牢に繋がれ、加担した貴族家の者らは軒並み処刑されることとなった。
ニーグルランドの目的は彩鱗を騒乱に陥れ、国力の低下したところを狙い攻め込むことだったという。ケネス・ブラックウェルを除く全ての者は命を落とすか捕らえられ、必要な情報が搾り取れなくなれば処刑か身代金と交換となるようだ。
まるで天と地がひっくりかえったかのような騒ぎをしている王宮では、後始末と南東部に派遣する行政官の選定、戦功に対する褒賞決めにと王族と宮廷貴族が目を回す勢いで働いている。なにせ避難の最中に怪我をした者もおり、人員の減った今猫の手でも借りたいほどの状況である。
いくらか祭事部からの人員が有事の協力ということで、方々に加わってもいるのだが雀の涙と言わざるを得ない。
「素楽の様態は?」
「ほほほ、気になりますか。会えていませんからね、当然でしょうね。昨日にお会いした時は元気しきりに古書の頁を捲っておりましたよ。とはいえ怪我人ですし、気温も下がってまいりましたからね、部屋で安静とのことです」
屋代の乱以来、素楽と会えず鬱屈している翔吾は、蛙のような丸顔をした縁人に尋ねては溜息を吐き出す。
「はぁ…それはなにより」
どうにも素楽はケネスとの戦闘で肋と腕の骨に罅が入っていたようで、完治するまでは法元の屋敷からの外出を禁止される運びとなった。治りさえすれば後遺症が残ることもなく今後への影響も一切ないとはえ、独断専行で城内で大暴れをしたのだ、帰ってみれば四方八方から雷を落とされる結末である。
付き従った一人であるグニルも大小の傷を負ったが、二晩もすればケロッとした顔で護衛に復帰と人間離れ甚だしい。
八人の護衛はといえば、命に関わるものではないが二人は重傷、残りも暫くの休暇が必要なほどなのだが、本人らは十分に役割を果たせたと大層自慢気に武勇伝を語っているとのこと。
「…中央を立つのは春になるか」
枯れ葉が舞い上がる外を眺めては、何度目かも思い出せない溜息を吐き出す。
―――
「素楽叔母様、ごきげんよう。おかげんはいかがでしょう?」
法元屋敷、素楽の面会に現れたのは小夏王女殿下。礼を伝えるために面会したいという熱望を父である寿徳と会うたびに言いしきり、ようやく叶った再会の時である。
「ごきげんよう、小夏様。――っ!」
広げていた古書を閉じ、寝台から降りようと手をついては痛みが走り顔を顰める。癖というのは咄嗟に出てしまうもので、骨折中の腕を使ってしまったのである。
「む、無理をしないでっ、寝台の上でいいわ」
「ではお言葉に甘えさせていただきますね。奈那子、お茶の手配をお願いします」
「はい」
寝台の隣に置かれている椅子にちょこんと腰掛けた小夏は、閉じられた本へと視線を向ける。妙齢の女性が読む本といえば流行り物の小説の類い、好奇心と共に表紙に書かれている文字列に目を走らせれば『剣角皇物語』という六〇〇年ほど前の彩鱗王を綴った物語詩である。
戦で以って国土を大きく広げた英雄的な王であり、劇に歌に読み物にと彩鱗の国民であれば知らぬ者はいないとまで言われるほど。多岐に渡る作品の原典といわれている古典の写本を読み進めている最中であった。
なんとも色気の欠片もない勉強臭いそれから視線を外し、記憶から消し去っては小夏は素楽に向き直る。
「先日は命を助けていただき、ありがとうございました」
別れの際に寿徳とともに感謝の言葉を受けとていたのだが、改めて落ち着いてから伝えたかったのだろう。頭を上げればホッと息をついて、少女然とした可憐な笑みを浮かべている。
「どういたしまして。運良く間に合って本当に良かったです」
二年もすれば縁戚となる王族、こうして顔を合わせて笑い会える事を素楽も大いに喜ぶ。
「寝所ではお話するには恥ずかしいものもあります、移動しましょうか」
歓談をするのにはふさわしいと言い難い場所で王女殿下を歓待するわけにもいかず、私室として割り当てられている部屋へと移ることにする。
秋も終わりに近づいたということもあり、室内は少しばかりの冷え込み始め冬を感じ日頃。長丈の上衣を羽織り小夏と向かう。
「そうだ、叔父様から手紙を預かっているの。叔父様ったら最近は溜息ばかりで、叔母様に会えないことが堪えているみたいね」
「ふふ、翔吾様ったら。手紙以外に言葉などはありましたか?」
「いいえ、わたしの方からも聞いたけども」
つまらなそうに肩を竦めてみせる。照れ屋なのかしら、と付け加えては手紙に興味津々で、恋愛話に盛り上がる年頃なのだろう。
茶の準備が終わるまでの間、封を切り中身を検めてみれば近況報告と元気な顔が見たいと熱烈に書き連ねられている。王城と法元屋敷ならば遠くないのだが、足を運べないほどの激務とのこと。
手紙を折りたたみ小洒落た便箋に戻しては、奈那子に手渡し机の引き出しに仕舞ってもらう。
「どんなことがかいてあったの!」
「最近忙しいから会うには時間がかかる、会えるのを楽しみしているよってところですねー。翔吾様に、わたしも会いたいです、とお伝え下さい」
頬を上気させたり身悶えたりと、思ったような反応をせず淡々と手紙を読み終え、剰え返答を綴るでなく伝言で済ませる姿に小夏は疑問を浮かべる。
「…叔父様とは仲が好くないのですか?」
「…?そんなことはないと思いますが、なにか変でしたか?」
「レンボする相手には会えるまでの日々を指折り数えては、ああでもないこうでもないと思い悩みながら筆を走らせるものではないのですか?」
「普通はそういうものなのよ!やはり話が合いますね。小夏王女殿下」
入室と同時に大きな声を上げたのは天音。法元家の娘ということもあって、小夏とも交友がある彼女も小さな茶会に参加することになっていた。
「ごきげんよう、天音さん。素楽叔母様の反応は薄すぎるわ!」
厄介な流れになってしまった、と目をそらしながら茶で喉を潤す。素楽にとって翔吾が一番大切な人であることは変わりないし、二人っきりで長椅子に腰掛けては静かな時を過ごすのは何事にも代え難いと考えている。然しながら、姦しい彼女らの語るような一喜一憂する恋愛をしているか、と聞かれれば否。どちらかといえば翔吾がそれに当たる。
「いい機会よ!手紙を認めましょう、わたしたちでみてあげるわ!ね、小夏!」
「ええ!それがいいわ!さあさあ」
気圧される形で書き始めた手紙。たた筆不精気味な素楽が書き綴った文章は、事務的な報告書のようであり茶会の場にいたグニル以外の女性陣の顔を顰めさせるに至った。あまりに恋文の才がないと五度六度書き直しをくらい、書き終わることには日が暮れていたとか。
第五編三話はここまでです。
誤字脱字等々御座いましたら報告いただけると助かります。




