三話⑤
「陣取っている者らはニーグルランドの兵士で、ブラックウェルと思われる爵章が見られましたので黒獅子がいると思われます」
「あの黒獅子、ですか」
(縁のある相手だねー。馬上でさえ力量差が有ったのにこの状況じゃあわたしに勝ち目はないか、…グニルといい勝負ってところかな?後方からも向かってくる魔力が視えるし、進む他ないね。獅子は布陣を強化しているのかな、あちこちから魔力が集まって数は五〇くらい、進行方向じゃなければ焼夷の魔石を投げ込むんだけどなー)
「進みましょうか。祭事部で一人五人討てば恙無く突破できますので、皆さん頑張りましょう」
黒獅子の名を聞いて尚、そんな言葉を吐き出されるとは思っても見なかったのか。小さく驚きては覚悟を確かに、剣へと力を込める。
(後ろからこっちに進み来る魔力は伝えないほうが士気を維持できるかな。騙すようで悪いけど…もう進む以外の道はないからね)
(素楽が何かを隠している?なにか難しい事を考えているんだろうね。本当に拙いときは素楽を外に投げ飛ばしてから、小夏って子を抱えて飛び降りればいいか、二人を守れるならここの人たちも納得するでしょ。…貴族で騎士って生い立ちとはいえ、まだ子供と大人の間くらいなんだから武器を取って戦いに出るなんて、好く思えないなぁ)
榛色の瞳を眼下の翼人に向ければ、閃光石に魔力を注ぎ戦闘の準備を行っている。
小柄な体躯に愛らしい相貌は戦いに身を投じるような存在には思えないのだが、魔物の溢れる戦いの絶えない土地柄と以北に敵対する貴族が数え切れないほどいる環境、そして成された教育によって護るものの為であれば命も惜しまない剛毅な騎士となっている。精神面が香月の血が色濃く出ているというのもあるのだろう、間違いなく父親似である。
「今から対峙するのは正真正銘の侵略者です。…天より遣わされし白き烏によって導かれた豊穣の土地を犯さんとする悪逆の輩、土地の守護者である我々がそれを見逃して良いはずがありません。進みましょう、導は閃光で照らし出します」
大きく鬨の声を上げるわけには行かないので、全員が一斉に頷く。彼らとて信心深い祭事部の一員だ、素楽の言葉に惹かれては死兵になることも辞さない覚悟と闘志である。
四、三と四本指で表し、一を指すとともに閃光石をニーグルランド兵が陣取る場所へと投げ込む。溢れ目を焼く光に数々の悲鳴が飛び交うのを合図に、素楽たちは床を蹴る。
最初こそ視界を潰された敵兵を容易く切り捨てていたのだが、圧倒的な数的不利を覆すことは難しくジワジワと押し返され押され始める。
『こんなところでも会うとはなァ!白の竜人!!』
黒を基調とした服に軽鎧を纏った獣人が人並みを掻き分け素楽へと刃を向ける。大きな体躯を用いて振り下ろされた一撃は、彼女の膂力を持ってしても手を痺れさせるまでに至り、ようやくの思いで弾き除ける。
『防がれるとは、いや』
「思った以上に地上でもやるではないか!」
堪能というには一歩足りない彩鱗言葉を話すケネス・ブラックウェルは、凶暴そうな歯を見せつけるように口端を釣り上げては素楽を見下ろす。
「馬上であれば貴方は既に蜂の巣でしたよ、命拾いしましたね」
「悪いがそれはない、ワタシは馬上の方が得意だ。はは、はっはっは!ワタシはケネス・ブラックウェル、西ブラックウェルを治める伯爵だ!オマエも名乗れ白の竜人!」
剣戟を交えながらケネスは言葉を投げかける。
「香月素楽、中央祭事部祭務長、芽雪飾爵士。…くっ!」
白刃戦闘において相手よりも上を取れるというのは、非常に重要度が高い。振り下ろす攻撃は武器の重量、膂力、体重を乗せることでより重く鋭い一撃となり、防ぎきれなければ頭部や肩部に致命傷を受けるからだ。
そして素楽の体躯はこの場、武器を握る者の内で一際に小さく、一回りも二回りも大きいケネスの連撃を間一髪で受け続けているのは異様ともいえる。
「恵まれないカラダでよくも耐えるものだな!」
「っ!」
既に言葉を返す余裕もないほどに切羽詰まり、一歩また一歩と下がるばかり。
これ以上、後退をすれば小夏に手が届く、と意識を改に剣を弾こうと踏み込めば、待っていましたとばかりの表情。
焦りの感情に急いた事を自覚するも、時は戻ることもなく腕ごと剣が打ち上がり、無防備な腹を曝す。
「さらばだ、香月素楽。獅子に生まれなかったことを悔い、ワタシ抗ったことを誇ると良い!」
(一か八か)
乾き粘着く口内の唾液を集めては、ケネスの眼を目掛けて吐きつける。大凡目標通りに飛んでいった唾液は、瞼に防がれること無く目に着弾し身動ぎ悶える。
『よくも――』
抗議の色を孕んだ言葉を聞き終えることもなく、打ち上げられた剣を振り下ろし剣を握る腕を斬りつけれる。咄嗟の一撃、勢いも体重も乗らないそれは腕を落とすには至らなかったが、負傷させ剣を落とさせるには十分であった。
視界の明瞭な瞳で素楽を睨みつければ、振り下ろした刃を上げ返す踏み込み姿を見て取れ、後ろに飛び退ける。
(よしっ、上手くいった)
そう、この踏み込みは虚仮威し。距離を置くケネスを見て素楽も床を蹴り一歩引き下がったのである。
腰に仕込んだ信号の魔石を可能な限り手に取り魔力を注ぐ。閃光石程ではないにしろ、強い光を放つ魔法には違いない。剣のない徒手空拳の相手だが油断は出来ないと、使える手を全て使うべく天面を叩く。
城内には色とりどりの光が満ち溢れ、素楽に背を向けていた者以外の視界を染め上げていった。
『悪いがな!もうそれは通用しねェんだよ!』
「うぐっ」
顔を覆い隠したケネスは光の中を突き進み、記憶を頼りに蹴りを繰り出しては素楽を吹き飛ばした。黒獅子と呼ばれ英雄と持ち上げられるだけある器量と実行できるだけの実力だ。
壁に叩きつけられた彼女は全身を強打、肺にあったはずの空気は衝撃によって吐き出される。頭も打っているのだろ、血液が一筋顔を伝い、意識は今にも失いそうな絶体絶命である。
『はぁ、褒めてやるよ、地上で俺に一撃を喰らわせたことを。次は獅子に生まれるんだな』
ぐったりと横たわる体躯を爪先で転がし仰向けにしては、細い首を踏み潰す為に屈強な足を振り上げる。
グニルと護衛が助けに向かおうにも、ニーグルランド兵は精鋭揃いで進行を的確に妨害し、素楽を孤立したままにする。瞬時に五人を切り捨てたグニル走り出すも、壁を作るように塞がれては間に合わない。
『邪魔をさせてもらおうかの、子猫チャン』
壁伝いに走りケネスの頭を蹴り飛ばしたのは、小柄な白髪の狐系獣人。
「こっちじゃこっち!はよせい!」
「年寄り臭い喋り方してるくせに、なんでそんな曲芸じみた事ができるんだよ!」
ぞろぞろと現れたのは中央軍の杵島隊。ぜぇはぁ、と息を切らし肩を揺らしながら抜剣し、ニーグルランドの獣人らへ斬りかかる。
『狐耳族だと?生き残りがいたとはな』
『ん?あー…、あぁ、そうじゃワシらはお前らニーグルランドのタテガミネコに恨みを晴らすべく、水面下で牙を研いでおったんじゃ。かっかっか、のう黒獅子よ、お主はこんな所で油を売っとって良いのか?』
『あぁ?』
『おやおや、知らぬまま逝く方が幸せじゃったかな。かっかっか、狐耳は彩鱗と協力関係にあってのう、今当に鍔切協力して国攻めをしとるところなんじゃ。可哀想にのう、お主の妻子らは首を晒されてるやもしれんぞ』
口八丁に嘘を捲し立てるテオドルは厭味ったらしい笑みを浮かべて間を稼ぐ、鬼気迫る表情で射殺さんと殺意を放ち続けているグニルがたどり着くまでの時を。
砂子を中心とする東部の派閥は現にニーグルランドを警戒すべく、領地で警戒と防衛を行っており中央に顔を出してはいない。彼らを縫い留めるため、そして中央の目を東に向けるために大々的に黒獅子ケネスが領主になったと情報を流しているのだ、ありえない話でないと逡巡し顔を顰める。
(釣れたな若造め、後はグニルと、かっかっか。こちらの勝ちじゃな)
後方のニーグルランド兵からいくつもの声が上がる。真後ろから近衛兵が現れた、と。
示し合わせたかのような挟撃にたじろぐ自軍にケネスは舌打ちをして、突破口を探るも既に袋の鼠。祭事部一派に小夏が動向にしていたことで、黒表に載る素楽を討ち取ってから王女を捕らえようと欲をかいた結果。数的不利をお構いなしに耐え凌ぐグニルと護衛らを突破できなかったことこそが敗因である。
(最悪だ、やっぱしまともな戦じゃねぇと上手く行かないわな)
指笛で各個撤退を指示しケネス自身も窓際まで走る。ここは城の上階、そのまま落ちれば勇名轟く英雄だろうが無事では済むまい。
(壁伝いに下りれれば)
「ケネス様ッ」
裸足で地を蹴るような、小枝で床を突くような音の入り混じった音に視線を向ければ、先程まで床に倒れていた素楽が剣を片手で担ぎ跳ね走る。
(戦なんて厄介な事を何度も起こされたら困るんだよねっ!)
「これが子守唄だ黒獅子!」
担いだ剣を体躯ごと捻り回すようにして全霊の一太刀を浴びせるも、喰らったのはケネスの配下、主を護るために身を挺したのだろう。
「お逃――」
最後まで言葉を言い終えること無く、素楽の回し蹴りを受けて窓を突き破り落下していく。
剣を握っていなかった空いた手には、数多くの図形と文字が彫り込まれた魔石が一つ。既に魔力は十分に注がれており、天面を叩いては一拍待ち、投げつけ引き下がる。
先と同じく閃光石であれば彼女が引き下がることはあり得ない、剣を構え踏み込めば討ち取れる類いの搦手だ。その好機を不意にするという部分に大きな違和感を感じたケネスは、窓枠を乗り越え城壁の小さな凹凸を足場に身を構える。
魔石は弧を描き窓を抜け外へと飛び出すと宙で火球を作り轟轟と燃え上がり、窓際にいた数名の獣人を巻き込む形で炭へと変えていた。規模こそ大きくないが火力は十二分、限々で躱すことの出来たケネスは心の底を冷やしながら壁を降り逃走するのであった。
素楽はといえば急に襲いきた均衡感覚崩壊に耐えきれず跪き、口からは胃酸を吐き出す。先程まで動けていたのが奇跡のような脳震盪、跪くのも限界と横たわり窓の外をみれば炎が消える瞬間であった。
「素楽!」
真っ青な顔をして現れたのは、安否を憂慮し捜索していた婚約者、無事を確認できれば安堵が漏れる。
「よかった、無事で」
暢気に微笑んでみせれば翔吾は一層険しい顔をして、素楽の頭部の止血に勤しむ。返答をしようにも濁流のように押し寄せる感情を御しきれず口は回らず、ハクハクと鯉の如く口を開閉するのみ。
「大丈夫、大丈夫、ちょっと頭を打っただけだから」
鱗の生えた手で彼の震える手を包み、あやすように撫でながら体躯が動き出せるようになるのを待つのであった。




