三話④
屋代勢により反乱が起こされ混乱が起こった時の頃、王弟殿下こと翔吾は、近衛兵に囲まれながら甥御一人である寿久を抱え走っている。最初こそ王族は纏まり動いていたのだが襲撃により分断、幼い寿久と行動を共にすることとなっていた。
(素楽は、兄上たち無事なのか)
眉を曇らせて思うは、想い人と家族の安否。翼を魔法で撃ち抜かれて落下している姿こそ見えていたが、それ以上は場所が悪く視界の外側であり知る由はない。
今直ぐにでも駆け出して素楽の無事を知りたいという感情に駆られはするが、男系の王族という事もあり近衛兵それを許すはずもなく。王族や一部の貴族、近衛兵に知らされている隠し通路を進み安全地帯へと向かう。
「古い通路の多くは場所が割られているみたいだね、隠し続けるのも難しいからしょうがないとは思うのだけど…」
「ええ、そうですね。これは」
翔吾の伝えたい事を理解できたようで、近衛兵の数名が頷き曖昧な返事を返す。
通路を知る者、彼の姉か妹による情報提供を確信していた。
王族には男女で格差が大きい。それは王座に就ける者が男系の男児に限られているからである。冷遇されている訳では無いのだが、王女には嫁に出ては王家の立場を強固にするための役割が主となる。
貴族家、となれば女当主も珍しくはなく、市井においても女性が不当な扱いを受けているかと言われれば否。
あくまで文化や習わしといったところである。
その話がどうして先の話へと通じるかといえば、彼女らは王城を出ていく存在であり隠し通路の一部のみしか知らされることがない。過去にも他家に嫁いでいった王女が、隠し通路の場所を露わにし反旗を翻したので教え込まれる情報に差をつけることになったという理由だ。
(屋代に近いのであれば梨花であろうな、不平不満を言っては私を取り込もうとしていたし、なんら不思議ではないが…)
庇い立てはできないな、と小さく呟いては、潰されていない通路を用いて先へ進む。
「もう少しの辛抱だよ、寿久」
「はい…」
今にも泣き出ししうな声で返答を聞いては心が逸る。襲撃を受けた後に両親兄姉と別行動となり、暗く狭い通路をいつ襲われるかと心配しながら進んでいるのだ。よく堪えているというもの、幼くとも王族の一人なのだと周囲は感心する。
彩鱗でも一部の王族と近衛の上層にしか知られていない通路を、翔吾が指し示しながらようやくの思いで安全地帯へ辿り着く。
「寿久!翔吾!」
疲労が色濃く見える寿徳は二人の顔を見ては立ち上がり、寿久に駆け寄っては抱きかかえる。安堵したのだろう、幼い王子はわんわんと泣き始め父の大きな手で背中を優しく擦られる。
順繰りと部屋の内を見渡せば自身らが最後とも思える面々。
「小夏は…一緒ではないのだな」
抱きかかえあやしながらも、合流した者らの足元を確認し娘がいないことに苦悶の表情を浮かべる。
「小夏以外は揃っていて、道中を考えると」
そう、小夏が立ち往生していた理由の多くは、知らされている通路の差にあった。もしも翔吾か、他の家族と行動を出来ていたのならあの場にはおらず、この場にいたであろう。
「逆鱗には?」
「既に城内の情報を集めさせている」
近衛は彩鱗の兵の上澄みであるが、数そのものは多いと言い切れない。道中の事を思い起こせば捜索へ近衛兵を駆り出すのは下策であろう。
王家の隠密部隊である逆鱗から、いくつも情報が上げられる中、いくらか前に広場の端から朱色と青緑の閃光が走ったというものがあった。
「それは香月祭務長のものだ。私や祭事部に身の安全を知らせる信号なんだ」
ホッと胸を撫で下ろし緊張の糸を一つ解く。
本日の素楽は式典に参加するために非武装状態、例外的に防寒の魔石は装飾品として許可されているが、それだけ。信号の魔石を使うにはブロムクビスト夫妻のどちらかと合流する必要があるため、彼らと合流できたことを知ることも出来た。
祭事部の面々と合流し撤退をしてくれていれば、なにも心配することはない、と心をいくらか軽くする。
「なるほど、では城内で敵を襲撃し撹乱している白髪の者を含む一〇人前後の勢力は、祭事部ということですか」
報告を上げた逆鱗は一人頷き次の話へ移ろうとする。
「待て待て、白髪を含む勢力とは?」
「先の閃光を後にして、遊撃戦を行い屋代勢の兵を討つ者らが現れたと数人からの報告が上がりました。どうにもこちらの動向に感づいているのか、確かな姿を確認できた訳ではありませんが、白髪の少女が混じり指示を出していたと」
(逆鱗を視ることはできるだろうね、然し…何故と言うまでもないか、私を救出するためか、彩鱗に仇なす敵を討つためか、はたまた両方か)
天井を仰ぎつつ無事を祈りながら溜息を吐き出す。
「生き残った敵勢を死なない程度に痛めつけては、彼らの仲間意識を煽り救護と情報伝達に人員を割かせ、屋代勢を大きく足止め及び混乱の渦中に陥れているようです」
一見は一〇人の小戦力、囲んでしまえばひとたまりもないと躍起になっているのも悪手。素楽の手の内を知らない以上、囲むことはおろか不意を打つこそすら敵わないのだから。
「報告します!小夏王女殿下をつれた一〇人そこらの者らが、こちらへと進んでいるようです。ただ、向かう先にはニーグルランドの獣どもが待ち構えており――」
嗅覚が良いのか入り込んだニーグルランド兵は着々と王族を追い詰めるように進み、蓋をするかのような位置で陣取っているのである。
「小夏の周囲には白髪の者はいたか?」
「二人ほど」
「なるほど、そういうことか。……獣どもに追い詰められは竜人として恥ずべきではないかと思わないか」
悪戯っ子めいた表情で口端を釣り上げ、戦力足り得る近衛を順繰りと見回した寿徳は演説る。
「西の方から毎年のように小突いてくる小物な獣に辟易しているのは、俺だけではないだろう?良い機会だ、祭事部が小夏をこちらに連れてきているのなら、挟み撃ちにしてやろうではないか!」
困惑顔の近衛兵たちではあったが、今の状況に何も思わないわけがなく、彼の口車に乗せられて闘志の火種に薪を焚べられる。
「兄上…」「「陛下…」」
正気か?と言わんばかりのげんなりとした表情を見せたのは翔吾、花乃子、駿人の三人。先王夫婦と王妃がいたのならば雷の一つも落ちただろうに、今は晃徳と寿久に付いて落ち着かせているために、止められるものはおらず日頃の鬱憤を晴らすべく剣を抜いていた。
「…仕方ない」
「はぁ、私は戦えませんので陛下をお願いしますよ、印南近衛長、…王弟殿」
久方ぶりにやんちゃをする国王と高揚する近衛兵を呆れ顔の二人は追うのであった。
(無事でいてくれ素楽)




