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そらの飛ぶお仕事  作者: 野干かん
第五編 鱗を彩る。
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三話③

 素楽そらを始めとする一団は王宮を確かな足取りで進んでいく。

 壁を抜いて敵を察知出来る素楽と化け物級の実力を誇るグニルの組み合わせは、古今無類ここんむるいというに足る組み合わせであり、同行するかどうか尋ねられた理由を護衛らは理解する。とはいえ幼く見える祭務長を放って戻る訳にもいかず、彼女の死角を警戒するような配置で移動をしてた。


 「この先、二〇人」と言葉を出さずに手信号で周囲に伝える。数が数のために護衛らも生唾を飲み込み、一人が敵かどうかの判別をするために細心の注意を払いつつ確認すれば、敵勢であることが手信号で伝えられる。「鎧飾り、黄色」と。

 相手が動き始め素楽たちのいる方へ足を向けた事から、魔力視で限界まで惹きつけて急襲を行うことにする。数的不利を確実潰しきれる好機に、頷きあい剣を固く握る。


 「接敵まで、四、三、二、今」四本指で接敵を告げるように数えて襲撃の指示をだし全員で飛び出す。

「なんだコイツら!?」

 黄色い鎧飾りを付けた竜人の首が宙を舞うことを口火に戦闘が始まる。数百年の剣を握り続けている本物の化け物相手に逆賊は軽々と葬られていき、護衛らは彼女の隙を埋めるように立ち回っていく。彼らも祭事部の要人護衛を生業とする戦闘の猛者であり、お飾りというわけではない。どちらかといえばこの場にてお飾りは素楽である。


(出る幕はなさそうだねー)

 城中のあちらこちらに敵が動き回っている状況、城の警備をしていたであろう衛兵は闇討ちをされたのか、そこら中で血溜まりに沈んでおり近衛兵の姿はあまり見られない。王族が一箇所に集まって籠城しているのであれば、敵がこうして三々五々に散って捜索などしている場合ではない。王族のみが知るとされる隠し通路で移動しているのだろう、と護衛は言っていた。

 つまりは素楽一行は敵陣のド真ん中で大暴れしているわけで、戦闘自体は任せて索敵に専念する。


(物音を聞きつけた集団がいるみたい、さっさと蹴りを付けて移動しちゃおうか)

 刃を流すように剣を構えた素楽は、あしゆびで廊下を蹴り出して勢いよく味方の影に隠れるようにして間を詰めては敵を斬りつける。小柄な体躯を最大限利用した奇襲で、腹部や脚部を中心に攻撃を行う。致命的な体格差があるため、首や肩を狙うには少しばかり無理をする必要があるからだ。

 前に三本、後ろに一本の趾が生えた足の形状では、継続的な機動力を得ることは難しく相手を攻めるには小さな時間差を生む。この隙を詰めるように敵も動くのだが、護衛がそれらを阻みつつ仕留めるといった連携で確実に潰していく。


「後方から集団が来ます。このまま突き進んでしまいましょう、…吶喊とっかん!」

 数的不利さえ解消されてしまえば、あとは消化試合。殺さずとも動けないよう負傷をさせては、スタコラサッサと逃げ去る。後方の集団が味方であれば拘束するなり止めを刺すなりし、敵であれば介抱するなりで人員を割くか足を止めるであろう。どちらであろうとも素楽たちの有利に働くため王宮各所で遊撃戦を行うのである。


―――


 王宮のどこかの一室。疎らに荷物が置かれた埃臭い部屋には三名の近衛兵と二人の侍女、そして震えて次女にしがみつく幼い王女殿下がいた。


 式典の最中に一部の貴族が反旗を翻し中央軍を用いて暴動を起こしたことで、彼女は近衛兵に連れられる形で逃げていた。然しながら王族が使用する通路の一部が破壊されていたために、袋小路に当たり今の状況にある。

 多くない荷物を積み重ねてはいるものの扉の向こうからは扉を壊さんとする音が響き、小夏こなつは震え咽び泣く。


(これ以上は厳しいですね、敵の数はわかりませんが我々では…どうしようもありません。無駄な抵抗になりますが、私も戦闘に加わりましょうか…。小夏様の残して先立つのは悔やまれますが、これも王族に仕えるものの使命でしょう)

「小夏様をお願いします」

 次女の一人、木角かんなはしがみつく小夏をそっと剥がしてはもう一人の侍女に任せ、隠し佩く短剣を構え息を吐き出す。


(まだ孫の面倒も見切れていませんし、翔吾様と素楽様も。あぁ、未練しかありませんね。…それに先立つなんて母様に怒られそうで嫌です)

「かんなっ!ダメよ!」

「これからはしっかりと侍女のいうことを聞いて、立派な王女様になってくださいね。天上にて見守っておりますので」

 孫を可愛がるような笑みで頭を撫でては、身を翻し近衛兵に並び立つ。


「命に変えてでも小夏様を守りますよ」

 扉と障害物や破られ木端が飛ぶ中、黄色い鎧飾りをした兵士が視界に映る。

 コツン。

 側方から弧を描いて飛んできた石ころが鎧兜に命中しては足元に転がる。敵味方問わずに誰もが、石ころに視線を向ければ表面には図形と見たこともない文字が多々並んでいる。

 一拍して目を焼かんばかりの閃光が溢れ出す。光石の出力を最大限引き上げて、敵の視界を奪うこと目的に作られた魔石魔法である。


「うがぁ、なんだ!」

 驚きの声を上げて目を刺すような痛みに悶えていれば光は止み、掛け声の一つもなく玖珠くす大隊の兵士を無数の刃が襲いかかる。

 耳は機能しているため、悲鳴を便りに襲撃されていることを理解するも盲目の状態では抵抗も反撃も出来るわけがない。大凡おおよそ三〇人ほどいた者らは即座に制圧されるのであった。


「かんな様と小夏王女殿下でしたか、間に合って良かったです。お怪我はありませんか?」

 剣に滴る血液を振り払い鞘に納めては、両掌を見せて敵ではない事を表す。…残念ながら彼女らの視界も潰されていて見えていないのだが。


「この声は香月祭務長ですか?」

「はい、そうです。緊急事態と思ったので咄嗟に魔法を使ったのですが、巻き込んでしまったようですね。申し訳ございません」

「……よかった…」

 力なく座り込んでは安堵の息を漏らす。


「皆様は逃げ遅れたと思ってよろしいので?」

 視界の晴れない中、警戒を続けていた近衛兵も襲い来ない事を確認し、斯々然々《かくかくしかじか》と状況の説明を行う。


「そういうことですが、わたしの目的に翔吾様との合流もありますので、どうでしょう一緒に行動しませんか?ここよりもいくらかは安全かと思いますよ、わたしを含め護衛の一〇人の小戦力ですが」

 よくもまあ小戦力などと言えたものだが、安全なのは確かであろう。素楽の魔眼をもってすれば戦闘は最小限に抑えることが可能なのだから。


「かづき、さいむちょう…。素楽叔母様ですか!?」

「はい。小夏様、ご機嫌よう」

 周囲の惨状に似つかわしくない朗らか挨拶をしながら、魔眼で周囲を探り続ける。


(正面から結構な人数が入ってきてる。広場の制圧は終わったと考えるべきかな)

 小規模な隊が場内に入っては、戦闘を開始しているような魔力の動きを捉えて、追い風を得たと確信をする。三人の非戦闘員を加えた状態で遊撃戦など出来るはずもなく、一〇歳と幼い小夏に見せていいようなものでもない。


 閃光石によって奪われた視界が徐々に回復し始め、部屋の入口に立つ若き祭務長を目にした、小夏含め周囲の者らはその姿に息を呑む。

 朱く半透明に突き出た神秘的な枝角、同色に輝く瞳に上頬に浮き出た鱗模様、いくらか汚れてこそいるものの白を基調とした礼装、スラリと細く伸びる鱗に覆われた鳥のような御御足。竜人の姿を借りた龍神にも思える光景に、何も感じないわけがない。

 ましてや諦めかけていた絶望の最中に駆けつけてきたのだ、白烏どころか竜神が化けて救いの手を差し伸べていると思うほど。

 見惚れて返事もない小夏に首を傾げ、恐怖心が拭えないのだと判断しては、かんなや近衛兵へと言葉を向ける。


「小夏様を安全な場所に連れて行くべきだと思うのですが、わたしたちではどうにも城の奥深くには疎くて」

 案内をして欲しい、と伝える。実際、素楽とグニルはちんぷんかんぷんのわからんちん、護衛の祭務官らは祭事部の一員だが流石に王族居住区等を知るはずもない。

 変に入り込まないようわかりやすい場所を回って、敵を襲撃していたに過ぎない。

 王族の逃げ込む場所であれば、翔吾とも落ち合えるのではないか、という打算も大いにある。


「わかりました案内をしましょう。ただ…多くの通路が破壊されており、安全に辿り着くのは難しいかと思われます」

「その辺りはわたしたちが尽力しますよ、屋内での乱戦には意外にも向いていたので」

「…?はい」

「時間も惜しいうえ、騒ぎを聞きつけた敵もいるので、さっさと移動しましょうか。露払いはわたしたち祭事部が行いますので、小夏様をお守りくださいね」

 生き残った敵の足や腕の腱を絶ち、救護が必要なお荷物に変え終えたことを確認し出立を告げる。

「あぁ。小夏様、暫くは目を閉じておいてくださいね」


―――


 祭事部一行の後を小夏周辺の者らは、如何にして彼女らがこの少人数の五体満足で戦闘を熟していたのかを理解する。…いや、素楽の壁を透かして敵を見る術には全くの理解が及ばないのだが、そういうものなのだと思考を放棄して、徹底した奇襲戦法に舌を巻いていた。

 かんなや近衛兵が護衛らの顔を見れば、確実に見覚えのある法元家に仕える精鋭たち。彼らを惜しげもなく素楽の周囲へ回す事に、祭事部がどれほどこの祭務長に重きを置いているかが窺える。


「…素楽叔母様(ねえさま)はどうして壁の向こうに人がいるのが判るのですか?」

 叔母というには少しばかり小さな体格、そう小夏であれば来年には追い抜いていそうな背丈に、どうにも呼び方がしっくりと来ず叔母様ねえさまと変えることにしたようだ。

 誰しもが不可思議に思う素楽の索敵技術に小夏が疑問を呈する。


「これは病の後遺症…残り物で、様々な人の尽力の元でこうして運用できている、わたしの宝物なのですよ」

 一人で魔眼症に臥していたのならば、両目の光は失われていただろう。そしてブロムクビスト夫妻が現れなければ、無理な使用で瞳は壊れていた奇跡の逸品。


「…不思議な病があるのですね」

 病と聞けば難色を示すのが子供というもの、苦い薬やら良い思い出はないのだろう。


「……いくらか先になりますが、大規模な人が視えます。数は…三〇以上ですね、このまま進むのであれば衝突は避けられませんが迂回路はありませんか?」

「ありません。……隠し通路の破壊状況から、誘導をされているとみて良いでしょう」

 苦虫を噛み潰したような表情のかんなは、素楽の視ていた方向を睨みつけている。


 避けることが敵わないのならば、戦闘となるのは必然。対象は動いてこそいないが、陣取っているようであればそれはそれで厄介極まりない。

 衣服や足飾りに仕込んだ魔石の在庫を確認すれば、閃光石が一つに焼夷しょういの魔石が一つ、残りは信号の魔石が数個。戦闘に使うことが出来るのは前二つのみであり、戦力としての素楽は息切れをしつつある。

 焼夷の魔石というのは小から中規模の範囲を焼き払う魔石魔法。これを用いた魔導具の類いは戦にて真っ先に対策すべきとされる筆頭で、戦を変えたとも言われる魔法の一つである。

 彩鱗で採掘された魔石は少量の魔力を効率的に魔法へ変換させるので、その性質を最大限利用している厄介な魔法に仕上がっている。故に屋内で使用するのであれば、自らへの被害を出さぬよう細心の注意を払わなければならない。


(進むのであればこれは使えない。閃光だけでどうにかなればいいけど、何度も使用しているから情報が回っているだろうなー。……今の場所から外に出ることは難しいし、わたし以外は飛べないから意味はないね)

 現在は城の上階に位置している。素楽単品であれば難なく逃げ果せるのだが、竜人に翼はない。


「後ろからこちらに迫る者もいますので、進む以外の道はありませんねー。いざというときは小夏様を抱えてお逃げください、我々は時間を稼いでから逃げますので」

「……」

 悲痛さの欠片もない気軽な物言いだが、身をていしてでも王女を守ろうとする意志が感じ取れる。


「それに味方かもしれませんからね、運が良ければ」

 にへらと笑って見せては、同意も返答も求めずに白髪の翼人は一人歩みだす。

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