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そらの飛ぶお仕事  作者: 野干かん
第五編 鱗を彩る。
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三話②

 眼下で起こる騒動に瞳を向けながら情報を最大限集める。


(中央軍同士で争っている?たしか中央軍にはいくつか枝分かれしているって話だけど)

 国防を担う中央軍も一枚岩というわけではない。現行の主流である好川よしかわ巳之助みのすけ率いる好川大隊、茶蔵に駐留している杵島きしま敏春としはるの杵島隊など、運用ごとに枝分かれした部隊が多く存在しているのだが、彼らにも所属する貴族派閥は存在している。


(おっと、まだ狙ってきている。視えてる以上、二度目はないよ)

 障害物などを透かして魔力を視る瞳には、数人が自身の魔力を高め畝りを上げて魔法を作り出す姿を捉えることができる。


(人数が減っている、元々魔法を使っている人数は多くなかったけど…。別働隊として動いている?見つけるのは流石に難しいけど、相手の狙いは…王政を終わらせようとする貴族と仮定して、王族、だね。テオドルさんは翔吾しょうごもとに行くように言ってたけど、わたしに出来ることをしたほうがいいね)

 後方、ブロムクビスト夫妻らと護衛のいた場所には、見たこともない大きさの白狐が現れては大暴れで敵を撹乱し始める。


(…よくわからないけども、白い狐ならテオドルさんのはず。よし、先ずは人の減った魔法師隊を潰しにいこう、わたしに向いてる分にはいいけど魔法そのものは脅威だからね)

 目指すは二〇人ばかりいる魔法師の一団。幸いなことにこちらの魔法には誘導性のあるものはなく、翼人に対する知識も対策も乏しい。

 偏差や軌道を読んだりはしているものの、直線的で点のような範囲が小さい高威力の魔法ばかりで、魔眼の素楽そらには脅威となりえる状況ではない。加えて攻撃に参加していなかった者らも、今は姿を消しているため攻撃を敢行するなら今である。

 彼女がやるべきことかと問われれば首を傾げなければならないのだが。


 外套の一団を目視できた場所は大広場から外れた王城の一角。近くに建物があるため彼らの死角になるよう位置取りを行ってから、両の腕を忙しなく羽ばたかせて長元坊ちょうげんぼう蜻蛉とんぼのように滞空してみせる。通常の翼人ではほぼ行うことのできない曲芸飛行の一つ、たこのように宙に留まることも可能なのだが次の行動に移りやすさから前者を行っているようだ。

 旋回等で視界内に戻ってくると構えていた魔法師らは、対象が逃げたのでは、と魔法の詠唱を中止して場所を少しばかり移動する。


(甘いね、詠唱魔法は一回一回の威力が高く脅威ではあるけど、詠唱の最中は行動と思考が大きく制限されるのが弱点)

 一団の内で一際大きく豪奢な杖を持つ主法師と思われる者に狙いを定めては、全身を傾けて急降下を行う。外套の頭巾が少しばかりズレては奥に生える獅子の頭が見える、彼らはニーグルランドの魔法師隊だ。


 慌てて杖を構えて迎撃を試みるも詠唱は間に合うはずもなく、大きな鉤爪の生えた趾に捕らえられて足が大地から離れゆく。暴れ抵抗を試みるも、万力の如く握力に加えて肉に突き刺さる鉤爪には、絶叫と悲鳴が虚しくも響くばかり。

 いくらか揺れる空中散歩、詠唱魔法の起点となる主法師を仕留めておけば厄介度合いがグンと下がるため、一〇にじゅうめーとるほどの高さまで昇った素楽は、魔法師を離すことなく地上へと再度急降下する。確実に殺すのであれば倍ほどの高さまで昇るのが理想なのだが、自身よりも重い荷物を掴んでの飛行は些か大変だ。限界まで勢いを付けて地面に叩きつけることで殺害を試みる。


(ここっ)

 投げ捨てるよう石畳へと打ち付けられた魔法師は、ぐちゃりと不快な音とともに地面へと強く衝突し鮮血をじんわりと広げていく。


(先ずは一人目、…でもまぁこの程度じゃ痛手にはならないよね)

 直ぐ様に主法師を変えては詠唱を始め、風の刃を繰り出してくる。とはいえこの程度は百も承知、回避に専念しながら眼下の魔法師をつぶさに観察し、様子を窺う。

 彩鱗あやこけの魔法師というのは魔力が然程多くなく、素楽の足元にも及ばないほど。こちらでは魔法は攻撃に用いるための手段に過ぎず、魔力の増加に繋がりにくいと語ったのはテオドルや晴子の談。そういった事情を考慮しても頭上の翼人に魔法を放つ彼らは、魔力の量が多いと言っても過言ではない。


(思ったよりも魔力が長続きするねー。持久戦なら負けないけれど、弓とかを持った増援に来られても困るんだよね。引き時といえば引き時なんだけど、魔法師は潰しておきたい)

 考えつく先は彼らの魔法が翔吾らに向くこと。今のところ当たりこそしないが、一度命中すればひとたまりもないだから矛先が向くのは避けたいというのが素楽の考え。

 飛び回って魔法を回避していればようやくのこと魔力の底が見え始めて様で、肩を揺らしながら呼吸をし始め一人二人と倒れ伏す。


(態々《わざわざ》周到に狙ってくるなんて、よっぽど警戒されてるんだねー。それじゃあ)

 魔法が放たれた瞬間、危なげもなくかわしては急降下で主法師目掛けて飛びかかる。宙に運ぶことはせず地面に倒した相手に馬乗りになり顔面を殴打する。頻繁に飛行をするが故、見た目とは裏腹に並外れた膂力りょりょくから繰り出される拳が顎を襲い、一撃で意識を刈り取られる。


『クソがっ!でもなァ!地上に降りてきたらただのチビガキじゃねえか!』

 相手は皆一様にして息も絶え絶えの魔法師ら、動けるものだけ数えても一〇人が精々だろう。意識のない男の腰から剣を引き抜き両の手でしっかりと構える。


「ニーグルランドの言葉はまだ勉強してなくて、えーっと…ふふ『掛かってこいよ可愛い子猫チャン、猫じゃらしで遊んでやるよ』」

『テメェ!!』

 どこで覚えてきたのか、ニーグルランドの言葉で挑発し獅子の頭に血を上らせる。

 隊列も連携もない個人個人の雑な突撃を軽々と去なしては、反撃で次々と腹を裂き首を落とす。相手が万全の状態であれば後も軽々と斬り伏せられることもなかったであろう。


『クソッ、ケネス様の言う通りただのガキじゃねぇ、囲むぞ!』

 数人の味方を失ったことで血の気が引き冷静になったのだろう、素楽を囲むように一人が指示を出し動き出す。


(冷静になるのが早いね)

「この方がどうなってもいいのですか、まだ生きてますよ?」

 足元で伸びている男の襟首を掴み無理繰りに持ち上げては。手に持った刃を這わせる。これに身動ぎを見せるのは周囲の獣人、ピクリと耳を動かし狭い額に皺を寄せる。


『卑怯な蜥蜴とかげが!!』

まずっバカ待て!』

 怒り心頭に発するとはことのことか、怒号を吐き出した獣人の一人は静止の声も聞かず単独で走り出す。剣の間合いに到達し振りかぶる瞬間、意識を失った獣人が素楽との間に出される。


『ッ!盾にまで――』

 完全に勢いを殺され硬直した体躯を剣が貫く。痛みに視線を下ろしてみれば、男の腹部から刃が生え自身を貫いているではないか。


『悪魔が、ぐがァ――』

 つばを掴んでは剣を四半回転させて水平にし、力いっぱい振り抜いて獣人らの腹を裂き致命傷を与える。未だ尚立ち上がろうと血液の沼で藻掻く獣人に止めを差し、落ちている剣を拾って再度構えれば、言語を絶した恐怖に染め上げられた獣人らは足を縫い付けられている。


「ふぅ…まだ続けますか?」

 一人が後ずさった瞬間、肩から脇腹にかけて刃が走り鮮血を撒き散らす。


「素楽!大丈夫!」

 即死したであろう獣人を蹴飛ばし現れたのはグニルと法元の護衛である。即座に場を制圧して素楽に駆け寄っては、外傷がないかの確認を行っている。


「無事だよー、テオドルさんは?」

「一人残った。困ったら逃げるから心配はいらない。それよりなんで翔吾のところにいかなかった?」

「あー、魔法師って厄介だからさー、処理しておきたくって。それにわたし狙ってたから」

「……。強くないから無理しない方がいい。素楽がいなくなったら悲しむ人たくさんいる」

 むっと諫めるようにグニルは静かに叱る。


「ごめんね。それじゃあ翔吾のところまでいこうか、わたしは翔吾がいなくなったら悲しいから」

「…わかった。前に出過ぎないで」

「護衛の皆さんはどうしますか?憲史けんし様の方へ戻ってもらって構いませんよ」

 彼らはあくまで法元ほうが家に仕える私兵に過ぎない、こういった状況であれば自身よりも彼らの許へ言ったほうが良いだろうと提案をした。


「いえ、我々は香月祭務長の護衛ですので行動を共にします。あちらにはあちらで優秀な者がついておりますので」

「では護衛、お願いしますね。グニル、預けてあるものを」

「はい」


 巻物状の布を広げれば魔石が収められており、指よりか太い四角柱の魔石を二つ取り出す。魔力を注いでは天面を叩き、精一杯の全力で真上へと投げつけると、朱色と青緑色の光が力強く輝きを放ち砕け散る。

 翔吾とその周辺の貴族及び祭事部の上層と護衛を務める祭務官に知らされている信号の魔石だ。意味は素楽の無事、そして援護と捜索が必要ないと知らせるものである。


「翔吾の近くで誰かが見てくれればいいんだけど」

 なにせ彼は素楽の事を目に入れても痛くないほどに恋慕している、自身の護衛を割いてしまう可能性も捨てきれないのだ。


「今のは秘密でお願いしますね、まだ未発表なものなので。移動する前に情報が欲しいのですが、中央軍同士が戦っていたり、中央軍からの襲撃を受けていましたよね?何処の誰が反乱を起こしたのかってわかりますか?」

 上空からの状況を見る限り、混沌を極めているばかりで判断に困る状況。実際に干戈かんかを交え、混乱の最中を突破してきた張本人らに尋ねるのが最適であろう。


「我々に襲いかかってきたのは宇検うけんの隊で、道中には玖珠くす大隊と好川よしかわ大隊が争っていたので、屋代やしろ家を中心とした南東部貴族かと思われます」

「なるほど。彼らを見分ける方法を知りたいのですが、中央軍の鎧飾りには未だに疎くて」

「黄色、深緑色、芥子からし色の鎧飾りが敵だと思ってもらえれば。他にも敵に与する隊がいる可能性はありますが、その際は適時判断するしかありませんね」

 中央軍にはいくつかの大隊とそれ付随する隊が存在し、鎧飾りの色で自身らの所属を示す。好川大隊は赤、杵島隊は橙色、近衛兵は白と色鮮やかである。


「上空から見た限りは混乱の渦中で圧されているだけに見えましたので、わたしたちは王城に入り込んだ逆賊を討ちに行きましょう。ニーグルランドの獣人が入り込んでると思いますので」

 地面に転がる骸を顎で指しながら周囲の者へ目を向ける。


「敵の狙いは王族にあると思われるので、近衛と合流し加勢できるのが理想ですが…厳しいようなら一旦引き中央軍に加勢するとしましょう」

「承知しました」

「わかった」

 動向に異論は無く、視線を同じくするようで武器に手をかけ強く頷く。


「テオドルさんはどうする?」

「勝手に合流してくるか、先に翔吾の所いってる」

「じゃあ行きましょう。敵は創世の母から紡がれし尊き血筋を断とうとする逆賊です。それを阻止するため剣を掲げる我らにこそ正義があり、わたしが導きましょう!」

 敵から奪った剣ではあるが、天に掲げて鼓舞すれば一〇人に満たない護衛らは鬨の声を上げて覚悟を決める。白烏が生まれ変わり降り立ったとまで噂される彼女が、聖戦と言わんばかりの言葉を連ねたのだ。信心深い祭事部の者であれば大興奮であろう。


(素楽ってすごいなぁ、自身の立場を最大限使って士気を上げてる。門の先じゃ騎士だったって言ってたし、そっちの才能があるんだろう)

 感心しきりなグニルも、一度深呼吸をしては意識を切り替える。

(翔吾、無事でいてね。今助けにいくから)

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