三話①
例年と比べて規模の大きい建国祭に領地を治める貴族も続々と姿を見せる。
これらには各方々の祭事部を務める者も多くいるので、中央祭事部祭務長として素楽は忙しなく立ち回っていた。祭事の仕事を終えて一息つくはずが、仕事の最中より休む暇もない状況である。社交の一貫なので熟せないものではないのだが、どちらかといえば披露の溜まる期間であったようだ。
角皆国祭事部の者とも顔合わせを行う予定であったのだが、少しばかり足の進みが遅く到着が限々《ぎりぎり》な事から建国祭中に紹介されるとのこと。
社交の忙しさから開放されたのも束の間、あれよあれよと建国祭式典の当日となり、素楽専用の飛行に不自由のない礼装を身に纏っては会場の外で合図を待っている。今は秋の中頃、半袖では肌寒さもあるため飛び立つまでは外套で包まれ、防寒の魔石には魔力が注がれている。
「ワシはそろそろ茶蔵の静けさが恋しいわい。どうにも忙しくてたまらん」
「茶蔵もいいけど、色々見れてたのしい」
ブロムクビスト夫妻は護衛をしながら暢気な会話をしている。
「茶蔵の冬は寒いよー」
大役を務めるはずの素楽も暢気に会話へと混ざる。
「じゃろうなぁ…。寒いのは特異でないから困るのう」
「初めて雪見たとき驚いた」
「共和国は熱帯の密林地帯じゃったからな、ワシもじゃよ」
「二人の故郷も暑いところなの?」
「暑いといえば暑いんじゃが、ジメジメとして一年中同じような気候なんじゃよ。密林地帯でな木陰が多くて直射日光は避けられるんじゃがな、如何せん湿度が高くてのう。素楽ちゃんの、松野だかは?」
「夏は凄く熱くて、冬はあんまり寒くならない土地だよー。雪はあっちでも一回だけみたんだけどね」
などと締まりの無い雑談をしていれば、周囲の護衛やお付きの者は緊張した面持ちで彼女らに視線を向けている。
((護衛の二人はともかく、なんで当事者が一切緊張してないんだ…))
豪胆というかなんというか、緊張とは程遠く無縁な素楽は他愛無い歓談で時間を潰す。会場では国王たる寿徳のありがたい言葉が紡がれているのだが、会場外では不敬とするにはいささか難しいもので。
「香月祭務長、そろそろ陛下の挨拶が終わりますので上空での待機をお願いします」
「わかりました、それでは行ってきますね」
外套を脱いでは嘴磨の枝が懐にくくりつけられている事を確認し、朱い翼と尾羽を広げた素楽は大地を力いっぱいに蹴り助走もなく飛び上がり羽撃く。恐ろしい脚力である。
(わぁ、知ってはいたけどもすごい人の数。何人かはわたしに気がついたかな?あっ、翔吾がこっち見てる、ふふ)
結構な長時間の飛行を可能とする素楽だ、高度を上げて会場を見下ろす。城の一角である大広場では各貴族家が割り当てられた空間に、持ち込ませた机や椅子などを並べては寿徳の話に耳を傾けている最中だ。予定では歓楽の催し物や振る舞い物等があり、盛大に建国の周年を祝うこととなっている。
素楽が枝を手渡すのも一環で、例年では祭事部の長である憲史が役を担っていたとのこと。
高度を上げてくるりくるりと旋回をして合図を待つ。
―――
(本当に飛んでやがるな。…にしても領地を任されてみれば、またもや蜥蜴共の巣窟に潜り込むことになろうとはなぁ。まぁいい、これが上手くいきゃ間違いなく国内は混乱し、あの忌々しい砂子の城を落とす足掛かりになるってもんだ)
外套を深く被った大男の男には獅子の頭が生えている。彼はケネス・ブラックウェル伯、ニーグルランドの貴族であり西ブラックウェル領を収める若き英雄であり領主である。
「先ずは黒表に書かれている厄介な竜を落とす、あの飛び回っているちっこいのだ。あんなのが頭上を飛び回ってちゃ戦商売あがったりってもんだ。ニーグルランド《うち》で名うてと呼ばれる魔法師のお前らを連れてきたんだ、失敗は許さねぇぞ」
「はっ!」
「んでそれを合図に馬鹿な蜥蜴共が騒動を起こすから、俺らで切り込んで王族を討つって手はずだ、いいな?」
「承知!」
(上手く行くわきゃないが一騒動起こせれば儲けもん、国の体制が変わるまで持ってければ領地に戻り次第戦支度だ。ダメそうならさっさと帰って、よめさんに慰めてもらうとすっかな。…ただ戦場で暴れるだけがいいんだが、面倒事ばっかり押し付けられて困ったもんだ)
貧乏くじだと溜息を吐き出しては、魔法師に指示を出す。
「やれ」
―――
合図が来ることもなく暇な時間を上空で過ごしていた素楽が羽ばたき旋回すると、突如として風の刃が左腕の翼を散らす。
「なっ、敵襲!?」
(この高度なら余裕で間に合うはず!慌てたら均衡を崩すから落ち着いて、翼を展開すればいい!)
過去の経験則から残っている翼も散らして、尾羽を繰り落下を制御する。
(大丈夫、大丈夫。わたしは香月家の素楽、こんなところで落ちるはずない!)
呼吸を止め、両の腕に朱い翼を展開し再上昇を試みる。
「やばっ」
翼人も飛行の方法は鳥類とそう変わらないため、自身の真上に上昇することはできない。限界まで下がった高度から大空に戻るには徐々に上げる必要があるのだが、現在の居場所は彩鱗の王宮である。背の高い木々や城に追突しないよう曲芸のような飛行を行い飛び抜けていく。
(はぁ危なかった。…こんなことをしてくるのは一体)
額に朱色の角を生やし、瞳を同色で染め上げれば眼下には魔力は数え切れないほどに並んでいる。多くの貴族が集まっている会場だ、彼ら以外にも警備や給仕等を行う者も多くいるのは当然のことで、判別などできるはずもない。
警戒を露わに魔力を観察していれば、方々から武装をした物が現れ悲鳴が上がるではないか。
(魔力が畝り、あそこか)
旋回飛行では軌道が読まれると無作為な飛び方を行い、襲撃者の目を撹乱する。当たることのない風の刃が通り過ぎれば、自身を狙っているのは明白で場所の目星を付けてから護衛のいる場所へと向かう。なにせ現在の素楽は丸腰であり反撃など出来ようはずもない。
趾で掴み上げて落とすくらいはできるのだが、魔力視を行った限り少なくない人数が屯しているので、無闇矢鱈に近づけは手痛い反撃を貰うのは確実であろう。
「素楽ちゃんやー!こっちはちっとばかし忙しくてのう!翔吾殿ところへ向かってくれー!うわっ」
目的地たるブロムクビスト夫妻の場所では、グニルが敵を千切っては投げ千切っては投げの大立ち回りで辺りを血の海へと変えている。
(あれは中央軍?どういうこと?)
小さく頷いては翼を翻して会場の王族のいる場所へと素楽は向かっていった。
『こりゃ拙いのう。グニルや、法元の者らを連れて素楽ちゃんの方へ向かってくれるか、殿はワシが務める』
『わかった。準備にかかる時間は?』
『今のワシにはこの魔石魔法がある、既に準備はできておるさ!』
“我の尾は九つ、隠れし八つを顕現させる権限は石にあて、虚神の居陣は今ここに”と彫られた魔石を八つとりだしたテオドルはニヤリと笑う。
「護衛の方々や、グニルに付いて素楽ちゃんの方へ向かってくれるかのう。背中はワシに任せてくれて良いから」
「わ、わかりましたっ」
『よし、グニル行け』
『うん』
迫りくる一人を切り捨てた彼女は護衛らに目配せをして踵を返す。
入れ替わるようにテオドルは魔石の魔力を注ぎ魔法を発現させれば、八頭の大きな白狐が何処からともなく現れては襲いくる竜人を蹴散らし食い殺す。
『かっかっか、ワシはこう見えても強いんじゃ!周りに味方が居らねばな!』
(さて、どれだけ保つかのう。一度に魔石を八つも使う必要があるからこれっきりじゃからなぁ、限界までグニルを助けて隠れておるか)
魔力で白狐を制御して素楽の許へ向う者らの活路を開き、彼自身は人目を避けるようにして姿を晦ます。




