二話②終
「おかえりなさいませ、香月様」
法元屋敷に到着すれば使用人らが列を成して出迎える。
ここ数日は祭事で王都内を走り回っていた忙しさも本日が最後である。これ以上は建国祭の式典に影響下出る、と当日まではお休みとなる。
祭事部最高権力者たる法元の屋敷ということもあって、素楽の待遇というのは最上位の客人、ではなく法元家の娘のような扱いとなりつつあり、本人もそれに適応していた。見た目こそ天音よりも年若く見えることと、小柄で愛らしい姿、礼節に欠かず落ち着きのある性格から人気は鰻登りである。
特に前回の滞在から比べれば意思疎通の難がなくなっているのは大きい。
「湯浴みの準備ができておりますが、いかがなさいますか?」
「準備ができているのであれば、体躯を清めておきたいですねー。今日は少しばかり気温が高かったので、汗ばんでしまいました」
「ふふ、秋とは思えない暑さでしたね。では浴場へ案内します」
茶蔵の城でないため、魔石魔法は使用されていない。故に湯浴みの準備となると手間がかかるのだ、使用人らが労力をかけて準備をしてくれたのであれば、と素楽は汗を流すことにした。
―――
「おかえり、毎日大変ね」
夕餉までの間、歓談室にて緩やかな時間を過ごすのはどこでも同じようで、お茶を楽しんでいる天音の隣へと素楽は向かう。
「ただいま。そんなんでもないよー、ほとんど馬車に乗ってるだけだからね」
祭事部に保管されている古書の写しを借り受けて、古字の理解を深めるために読み勧めていた。
「勉強にお仕事に、負けていられないわね!」
ふんす、と鼻息を鳴らす天音はここ一年は勉学に励み法元の一人として頭角を表しつつある。切磋琢磨というには相手が非常に悪いが、報告で聞き及ぶ素楽の姿を思い浮かべては追いつこうと努力しきりな日々だ。
「天音は祭事部で働くの?」
「そうね、法元の者として祭事に尽力するわ!」
ふふん、と大きな胸を張って彼女は自慢気な宣言をする。嫁ぐにしろ婿をもらうにしろ、祭事部の柱たる法元に長く蓄積された知識の数々が受け継がれるのだ、何れは柱の一つとなっていくのである。
実際、嫁いでいった次子も嫁ぎ先で祭務に携わっているようだ。
「それじゃあお互いに頑張ろうね」
満面の笑顔で頷いた天音は、心底嬉しそうにしている。
「ねぇねぇ、翔吾王子殿下とはどうなの?」
「仲良くしてるよ、毎日一緒に食事したり、お話したり」
ここ数日、聞くか聞くまいか悩んでいたことを思い切って尋ねてみれば、平々凡々な回答が来る。翔吾そのものを見たのは幼い頃と昨年に片手で数えられる程度、印南家に呼ばれた際に無理繰り現れたのは強引さから、グイグイと迫る性格だと思われていた分に肩透かしをくらう。
周囲の誰から見ても彼は大きな感情を傾けているのは確かで、それらを加味すれば一年もあれば関係が大きく発展しているだろうと考えたのだ。
実際の所は素楽が迫り翔吾の目を白黒させているのだが、婚前に乳繰り合っていることは口外するべきではない、と少しばかり頭の硬いため、特別何もない風を装う。
勉強と仕事に奔走して、寂しげな吐息の一つも漏らすこともなく、照れ恥じらう様子もない。十二も年上の男を手玉に取っているとも思えないので、真実とはことなる結論に辿り着く。
(翔吾王子殿下は素楽に合わせて、ゆっくりと歩んでいるのね!毒牙にかかっているのではないかと不安に思っていたけど大丈夫なようね)
「そういえば、天音は婚約者っているの?」
どことどこが今後繋がって、どこどこの家の力が強まって、といった貴族図は茶蔵にいた頃、ともえと重忠を中心に教え込まれている。そこで浮いているのが天音なので疑問として投げかける。
「ふふん、実は素楽が王都に到着する少し前に決まったのよ。なんとね、木角家の肇さんなの!何度かお会いしてるのだけど、とっても良い方でね!」
年頃の女の子らしく恋愛話で盛り上がりたかったのだろう、止め処なく溢れ出るのは婚約者の話である。
木角肇、年の頃は十八歳でかんなの次子である。素楽も一度会っているのだが、翔吾との婚約後の慌ただしい最中での挨拶だったため、記憶だけでは思い出すのは厳しい相手となる。
(どっちも宮廷貴族だし、今は最善はないから優良を選んだってところかなー)
とある翼人が大きな新たな技術を持ち込んだ今、彩鱗においては過渡期に差し掛かりつつある。貴族の力関係など明日には引っ繰り返っている可能性すらあるのだ、最善たる相手など存在しない。それこそ素楽とともに法元家すら沈む可能性すら否定はできない。
(婚約ってこんな風に相手の人柄や容姿なんかで一喜一憂するものなんだろうなー)
なにせ素楽は寿徳に唆されたとはいえ、国王の目の前で大胆にも王弟に告白をして今の地位を得たのだ。到底年頃の女の子がすることではない。
(ふふ、でもなんか懐かしいなー)
義姉の事を思い出しては相好を崩す。
「そうそう、成婚したら茶蔵に行くと思うからよろしくね。わたくしは茶蔵の祭事部に、肇さんは殿下に仕えることになるはずだから」
「そうなの?」
「あまり詳しくは知らないけれど、茶蔵で色々あるのでしょ?二人の周囲をしっかりと固めたいみたいなのよ、祭事部も木角派も」
「それもそっか、じゃあ楽しみにまってるねー。前にも話したけど、可愛い屋住みがいるから紹介するよ」
友達と呼べる天音が茶蔵にくるのだ、嬉しくないはずもなし。手をとり握りしめては、にへらと締まりの無い相貌をするのであった。
―――
一方で茶蔵の城、日向ぼっこをしていたくしゃみは、くしゅんと嚏をする。
―我が陽光が我々の喧伝でもしておるのか。住処におらねば寂しいものだ。
伸びをしてはコマに覆いかぶさるように団子になって寝息を立てる。今日も今日とて、屋住みは自由に寝転がって一日を終えるのだ。
―――
「なんといったかな。…そう、類は友を呼ぶ、だ」
消して強くない油の炎を手に持った翔吾は呆れた声を上げる。
「やあ翔吾殿。探しものかのう?」
「…はぁ、ここ数日それはそれは遅くまで書庫に籠もる私の部下がいると苦情をもらってしまってね、首根っこを掴んで帰ろうかと足を運んだのだよ」
「すまんのう、どうにも長く生きているが故に時間にはずぼらになりがちでな。類をなんたらとはアレか、似たようなものばかり知己なるという諺じゃったか」
「君にも予定を管理する者をつけた方がいいかな?」
誰かと思えば彼の婚約者にしてテオドルの主に当たる人物である。彼女は夜になれば自然と寝るが、仕事の予定は狂ったところがあり度々周囲を心配にさせる。
「あー…、もっと自分の仕事を入れられるんじゃないかと交渉する頓痴気は初めて見たわい。それじゃあ片付けたら戻るとするかのう」
「……。まったく、外は真っ暗で今から法元の屋敷に戻っても迷惑だろうから、城に泊まっていくといい」
「そんなに経っとったか、言葉に甘えるとするかの」
長くこの場を管理しているかのような手際でテオドルは古書の写本を片付けていく。
「成果はあったかい?」
「今のところは特にないのう。茶蔵に戻ってから門の地下に埋まっている魔石を掘り起こせば、色々と導き出せるやもしれんがな、かっかっか」
先の行方不明事件についても、と付け加えられた。
「翔吾殿は不思議に思ったことはないか?どうして、あー常世…二柱の支龍神が降り立った荒廃の地を聖地として崇めてない理由を、そしてその場所が知られていない理由を」
「飾られた作り話で、実はこの彩鱗の地に住んでいたと私は考えているが。荒れていたというのも日照りや水害等の災害が続いていたとか」
「それもあり得る説じゃな。然しワシは竜人は白烏に導かれて、門を渡ったのだと思うんじゃ。詳しい事は途方もない時間をかけて探る必要があるから、絶対とはいえんのじゃがな。案外のこと神というのは世話を焼きたがるものでな」
「そういう考えもあるのか、なら竜人は白臼山から?」
「いんや、この王都周辺じゃな。今は既に存在しておらんと思うがの。これで終わりじゃ」
手を叩き埃を落としては向き直り、二人は書庫の出口を目指す。
「王家が情報を制限をしているとは考えないのかい?」
「門のことを少しでも知っとったら素楽ちゃんに教えておるじゃろう、お主は素楽ちゃんにゾッコンじゃし」
(というのは建前での、ちっとばかし入れないところにも侵入しとった)
他の誰にも聞こえないようテオドルは翔吾に告げる。
(素楽の護衛という地位は簡単に揺らぐものだから程々に)
(わかっとるわかっとる。ワシとて拾われの身じゃからな、砂をかけるような真似はせんわい)
(それならいいのだけどね。……王権を崩そうとする輩が建国祭に乗じて動く可能性がある、明日からは素楽の傍で警戒を頼むよ)
(承知した、翔吾殿の縁はワシらで守ってみせよう)
かっかっか、と笑いながらテオドルは姿を消していった。
第五編二話の終わりです。
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