一話④終
「ごめんね翔吾、もっと強く起こすべきだったよー」
彩鱗国王であり兄である常磐寿徳や護衛をしていた近衛兵、付き添っていた宰相にまで年下の婚約者に甘えるようにして寝ていた姿を見られた翔吾は、青いような赤いような顔をして頭を抱えていた。
「素楽が悪いわけではないよ」
腹底から重い重い息を吐き出して居住まいを正す。いつまでも凹んでられるほど時間が余っているわけでもない、さっさと話を始めなければ政が滞ってしまう、そう覚悟を決める。
「もう準備は出来た、入ってくれて構わないよ」
「なんだ、こちらも気持ちが逸っていて、悪かったな」
口端の上がっている寿徳は確実に笑っているのだが、翔吾は気にした風もなく席へ促す。
「久しいな、香月祭務長。壮健なようで安心した、どうにも良からぬ話も流れてきたからな」
「その際はお騒がせしました、こうして再び姿を現せたこと嬉しく思います」
「そうだな、先の光景を見る限り弟を支えてくれているようだから、心の底から安心したと共に祝福をできるというものだ」
素楽と対面になるよう席に着いては茶を一杯受け取り喉を潤す。
近衛の長、印南花乃子と宰相、生駒駿人は後ろに侍り直立で見下ろしている。
「色々と話しておきたい事が多くてな、先ずは二人の結婚式だ。王族の婚姻ということもあって大きく祝わなくては、我らの関係に隔たりがあるやもと邪推するものも現れよう。事を万全に熟すために、次の建国祭に行いたい」
建国祭は二年に一度隔年で行われる祭典だ。間の年には角皆国で分国祭という催しがあので、成婚するのは二年後ということになる。
「私としてはもっと早くに結婚してしまいたいのだけどね…、流石に厳しいだろう」
(王弟と法元分家香月家当主の婚姻となれば、茶蔵で済ませてしまうこともできないからかー。しょうがないね)
「わかりました。王族との結婚には準備時間が必要だと思っていましたので、ある程度は想定しておりました」
別に準備をしていなかった、というわけではない。婚約を発表した翌年では厳しいものも有るのだ。
「逸る気持ちもあるだろうが、辛抱をさせてしまうな」
誰を指しているのかは視線を追えばよく分かる。
「それじゃあ次だ。法元翁らと話しただろうが彩鱗では面倒な連中が徒党を組んでいてな、祭事部の方針を聞きたい。この場で意思を伝えるべく香月祭務長に伝えてあるはずだ」
(なるほど)
「我々中央祭事部は母から紡がれし血流を途絶えさせることを善しとしません。王家を討とうなどという不逞の輩に与する気など毛頭なく、陛下の配下たる主流派閥及び王弟派閥と見つめる先を同じとします」
(母…?創世の龍を指した言葉か?まぁよい)
覚悟を決めた素楽は堂々とした態度で祭事部の方針を述べる。
「そうか、それが聞けてよかった。…中立で居てくれれば十分、我が方に付いてくれるのならば万々歳だ。傘下に加わってくれるのなら最善なんだが、流石に高望みが過ぎるか。生駒、上手く進めてくれ」
「承知しました」
「兄上の言っていた通りだけども、意外だね。素楽の私の関係があってしても中立を貫くと思っていたから驚いたよ。一応聞いておきたいのだけど、祭務司たちの意見はどうだった?」
「誰一人異論はありませんでしたよ、満場一致です。外患を誘致している貴族にお冠なのではないでしょうか、祭事部は土地の管理者ですから」
「アレらの中立は、男系男児の列記とした王族であれば王位に就く者は誰でもいい、という姿勢もあるのだ。故に息子のどちらかや翔吾を飾りの王位に置くことを確約するという契約で、中立を維持する可能性があってな」
(この場に香月祭務長が足を運べた時点で我らに付くのは想像出来ていたが)
話題の変わり目に寿徳の許へ軽食が運ばれ、一言と断りを入れて食む。翔吾と素楽も茶のおかわりと茶菓子をもらう、しばし言葉を休めて一息つく。
「いやすまないな、どうにも食事の時間すら逼迫していて。駿人と花乃子も適度に席を外してくれて構わないぞ、いざという時に役に立たないようなら意味はないのだから」
「私は合間合間に食事を摂っているので」
燃えるような赤髪の花乃子は、衣嚢から携帯食料を取り出して見せる。栄養さえ摂取できれば十分といった最低限の食事である。
「では私はこの話し合いが終わり次第」
真面目腐った代表の様な駿人は食事を後回しにすることに決めたようだ。
「俺がいうのもなんだが…お前らなぁ」
眉を曇らせては顔を顰めるあたり、二人のことを心配しているのだろう。
そんなやり取りを素楽は茶菓子を食みながら見つめていた。
(なんか懐かしい感じがするなー)
松野の執務室へ顔を見せれば似たような光景が時折みられた。補佐たる素楽の父は仕事熱心なこともあり、食事を抜いては領主に諌められていたのだ。
「ふふ、若輩者の差し出口ですが。忙中とはいえ食事を欠いては体調を崩してしまいますよ、閑たる時間を見つけてしっかりと栄養と休息を取ってくださいね」
(……)
仕事を詰め込みすぎた結果、方々から諌められて侍女に予定を一から十まで管理されている人物へ視線を向けている王弟がいるのだが、何処吹く風かお構いなしである。
「では魔石魔法についての話に移ろう。先ずは話が言ってると思うが建国祭にて、新たな魔法ということで発表することになった」
これは確定事項。責任者を翔吾、発信者は寿徳とすることで、王権を強めることが目的の一つとのこと。素楽の立ち位置は発案者か布教者といった所になるそうだ。
「ひとつよろしいでしょうか陛下」
「なんだい?」
「成功した場合の栄誉や利益といった類いは、翔吾様や茶蔵、そして彩鱗のものとして構わないのですが、伝えた者として責任を負う立場に居たいのですが」
元はといえば翔吾の役に立つために、利益を以って周囲への緩衝材とし方々への関係強化にできればと考え、知識を伝えていたので得るものには感心がない。然しながら彼にのみ責任と職務の多くを押し付けるのは善しとするわけにはいかない、と素楽は意見を述べる。
「口約束でしかありませんが、共に責任という荷を背負い並び歩もうと話をしていまして。加えて茶蔵主と魔石魔法の責任者では、職務の量が多くなりすぎるのではないでしょうか?」
これに顔を見合わせるのは常磐の兄弟。彼らとしては自身らが矢面に立つことで彼女に向くであろう悪意の一端を逸らし、受け止めようと考えていた。事実、既に命を狙われているのだ。
「後者に関しては問題ないと言い切ろう、茶蔵へと多くの人材を送ることになっている。本来であれば王都に君たちを戻せるのが一番なのだが、君には茶蔵での目的が有るだろう?」
寿徳に話している、石門を通して松野への行き来を可能とする術を探る。今の所で進展はなく、ちょっとした事故を起こした程度でしかないが、彩鱗と桧井以外の視点も味方に付けている状況だ。時間によって糸口をつかめる可能性はなくもない。
「前者だが、責任には見合った報酬が得るべきだと俺、いや私は思う。利益もなくただ責任だけがのしかかる貧乏くじのような役職を作っても、座りたがる者などいるはずもなく、…前例も作りたくはない」
「…そういうことですか。そうですね…、わたしが魔法師として役に立つことはありませんが、魔石魔法の基礎を講師として教え広めることが出来ます、いえ既にしていますので見合った役職と報酬をいただけないでしょうか?」
捻じれ曲がることのない実直な瞳で彩鱗国王を見据え、素楽は意思を伝えた。
「素楽は祭務長として職務もあるのだから、こういった面倒事は私に押し付けてもいいのだよ?」
「面倒とわかっているから隣に立ちたいのです。婚約を決めた時に言いました、隣で支え力になる…今は互いに手を取り合って、同じ未来に向かって歩みたいと思っています。わたしのこの手を取ってはいただけませんか?」
差し出されるのは鱗で覆われた四本指の小さな掌、どこか、一年ほど前にも見た光景に翔吾は唾を飲み込む。期待の籠もった橙色の瞳は優しく照らす陽光のようであり、手を取らない選択肢など彼にはなかった。
「わかった、だけど仕事の多くは私が請け負うからね。素楽は働きすぎる嫌いがあるのだから」
「はい」
「…ごちそうさま。今すぐに決めることはできないが用意はしておこう」
噂通りに仲睦まじい事を改めて確認した寿徳は、溜息を吐き出しながら言葉に割って入る。彼は暇ではないのだ。
「石門とやらはどうなのだ?」
「今の所、進展はありません。ですが新たな視点も得られましたので、吉報を持ち込めればと考えております。…使われている文字が彩鱗古字ということもあり古書を探りたいと考えているのですが、王宮の書庫への入室と閲覧許可をいただくことはできますか?」
「……。建国祭の式典では急な頼みをしてしまったことだ、書庫の管理者に話を通しておこう。然し、国民となって貴族となって日の浅い君や外つ国人たる護衛には多くの閲覧制限を掛けさせてもらう事は理解しておくように」
「寛大なお心、ありがとうございます」
新たな視点に対しても察しがついているようで、テオドルの閲覧許可まで降りるとのこと。最大限丁寧に、慇懃な礼を以って素楽は感謝を伝えるのであった。
第五編の一話は以上です。
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