一話③
旅の疲れを癒やす為、ゆったりと法元屋敷で日々を過ごしていた素楽に、王宮からの午餐会の招待状という出頭命令が届く。
翔吾から事前に予告されており、今上陛下へ魔石魔法の報告等を含むことは想像に難くない。王族との謁見でも問題のない礼服に身を包み、馬車へと乗り込む。
護衛として侍るブロムクビスト夫妻も礼服を纏っているのだが、グニルは些か窮屈そうにしている。肩肘の張る格好は好まないのだろう。
城に馬車で乗り付ければ出迎えと思しき朧気に記憶のある面々。木角、八間川、菅佐原の王弟に侍る三家である。昨年に顔こそ合わせているのだが、覚えきれるほどの関わりはなく、同家の者から伝え聞くほうが多いくらい。
「お待ちしておりました、香月祭務長」
一歩踏み出して顔を見せるのは、木角かんな。木角家の女当主であり、王女殿下の教育や身の回りの世話を請け負う宮廷貴族の一人だ。
「みなさま、お久しぶりですね。変わらず壮健なご様子で、こうして再び見えたことを喜ばしく思います」
彗星の如く現れては瞬く間に主と仰ぐ王弟の隣へと腰を下ろした未知数な相手、というのは前回に顔を合わせた限りの話。茶蔵から伝え聞く限りは、翔吾と仲睦まじく努力家で仕事中毒。そして魔石魔法という新たな技術を持ち込み、竜人の力になろうと懸命に学びを広める導きの白烏である。
この娘に対して異を唱えるのであれば、彼女らの主は生涯独身になってしまうであろう存在だ。
懸念点を上げるのであれば、祭事部一派であることくらいか。翔吾こそ王位継承権を破棄しているが、二人の間に男児が産まれれば王座に就く権利が発生する。その際に王家と法元分家の王子となれば、王宮は荒れることになるだろう。二人と祭事部にその気はなくとも寄る虫は多い。
「我々も同じ気持ちにございます。少しばかり遠出をしていたと聞きましたが、お疲れはございませんか?」
「ええ、何も問題はありません」
「それはなによりです。それでは午餐会へと案内いたしますね」
服装等なにも不備はないようで、そのまま会場へと向かう。普段から衣装の手配をする奈那子に加えて、法元家の者が総出で面倒を見たのだ、これ以上は無いほどである。ご婦人方や天音はあれやこれやと篤い篤い議論を重ねては、使用人を振り回していた。
何処にいようとも着せかえ人形なのは相変わらず、流れに身を任せるのが楽なのだと十八年で学んでいる。
王宮ですれ違うものからは好奇の瞳が向けられる。素楽をブロムクビスト夫妻は竜人でなく異種族、物珍しい純白の髪と目を引かない理由を探すほうが難しい程。特に耳聡い者であれば新たな魔法技術については周知の事実、今この時に王宮を歩くのはそういうこと、美味い話には噛んでおきたいと考え勘定を始めていた。
会場に足を踏み入れればよくよく見知った顔に加えて、老夫婦と三〇始めくらいの女性、一〇歳前後の子供が三人が和気藹々といった様子で歓談をしている。
(太上王陛下の寿昭様と王太妃陛下の千翔様。あの女性は千輝様で、子供たちは今上陛下のご子息たちかな)
王族と婚姻を結ぶのだ知らぬで通るはずもなし。前回こそ不明すぎる素性や言葉に不自由な点、そもそもが唐突な婚約発表にと常磐王家への顔合わせが行われることなく王都を去ってしまっていた。そのお陰といってはなんだが、肖像の写し等を使って顔を覚えることに時間をさくことが出来たのだ。
「本日はこの素晴らしき会場に招待いただきありがとうございます。わたしは香月家当主の香月素楽、芽雪飾爵士にございます」
あれやこれやと言葉を重ねることも考えた彼女だが、翔吾の動きをみてからにするようだ。
慇懃に礼の後に頭を上げて一同に視線を向ける。種類こそ違うが皆一様に興味の色で染め上げた瞳で素楽を見る。
「待っていたよ素楽、くく、私の方から紹介をしよう。先ずは太上王と王太妃である私の両親だ」
「はじめまして香月殿、私は先王の座にいた常磐寿昭だ。そなたの噂は色々と聞いているがね、翔吾に寄り添って支えてくれていると聞いて非常に喜ばしく思っているんだ。なにぶん心が騒がしい子だけども宜しくお願いするよ」
「ふふ、可愛らしい可愛らしいという話でしたが、お伽噺から出てきたような方なのですね。わたくしは妻の千翔、あなたの義母となれること楽しみにしていますわ」
現役を退き隠居生活を贈る先王夫妻は、穏やかで温かな表情で義理の娘になるであろう翼人を見据える。三〇歳になるまで浮いた話もない息子が、ようやくとばかりに意中の娘を家に呼んだのだ。微笑ましいというもの頷ける。
「こっちは姉の千輝、魔法部から話はいくらか聞いているだろうけど、中央魔法部の長をしている」
常磐王家の面々が並べば確実に血縁を理解できる女性、視線で射抜こうくらいに目元に力を込めてから口を開く。
「早船千輝だ、よろしく。…したい話は山程あるのだけど、この場では控えるように周囲の全員に脅されていてな。茶蔵行きを取り消すぞ、と。別の機会に声が枯れるまで話をしようではないか、義妹殿」
言葉を進める程に爛々と輝く瞳には、どうにも似たような相手が思い浮かび、研究分野というのはそういった人物しかいないのではないかと考える。
「この三人は甥御姪御だ。やんちゃしきりですこし喧しいところはあるが、仲良くしてやってくれ」
「叔父上…説明が適当すぎるぞ」「そうですわ!」「うん」
不服を現す三人は今上王の寿徳の子息である長子の晃徳、次子の小夏、末子の寿久。今を輝く王子王女殿下たちである。
「叔母上と呼ぶには少しばかり小さい気がするのだが…素楽とやら歳はいくつだ?」
ふふん、と胸を張る尊大な態度の晃徳は、現在十一歳なのだが既に背丈が素楽と同じか大きいくらい。いつもどおり幼く見られている状況だ。
「十八にございます」
「その背丈でか!?ふむ、翼の民は皆小さいのか?」
「彩鱗の人と比べると祖国の民は多少小柄ですが、わたしは特別小さくて」
小さいからどうこうという感情が薄く、どちらかといえばなにかと可愛がってもらえるので得と考える性分。嫌な顔をせずに回答をする。
「叔父さまとは歳が十二も離れて、翔吾叔父さまは…その…そういう趣味だったのですね」
(背丈だけならわたしたちとそう違いがありませんし)
と小夏は周囲に限々聞こえる程度のつぶやきを漏らす。
「よろしくおねがいします、素楽叔母さま」
満面の笑みでペコリと礼をするのは寿久で。
紹介をされればきゃっきゃと賑やかな雰囲気へと変わっていく。
「素楽はこっちにおいで、わたしの隣だ」
「はい、失礼します」
和やかで賑やかな空気でも、糊で固めたような態度を崩すことなく丁寧に腰を下ろす。緊張をしているわけではなく、敬意を持って然るべき礼節を行っているといったところだろう。
国王と王妃は多忙とのことで今回の参加は見送りに、翔吾が家族へと婚約者を紹介するための場となったことを知らされる。
食事をしながらの歓談の話題は、やはり招待客たる素楽のこと。情報でこそ様々耳にしているが、実際に聞いてみたいというのが人の性。根掘り葉堀り、答えられる範囲であれば回答をしつつ午餐を楽しむのである。
「素楽さん、今日は楽しいひと時をありがとうございました。貴女のとなりに座る翔吾はいつにも増して楽しそうで、非常に良い関係が築けていることが窺え心の底から祝福の気持ちが溢れてきます。今日はちょっぴり強張っている所もありましたが、何れは私のことを義母と呼び、家族として過ごせる日々を心待ちにしていますね」
どこか柔らかな春の日差しを思わせる笑顔を向けた千翔に、懐かしき母の姿を想う。
「はい、…お義母さま」
ニコリと微笑み一礼してから皆会場を後にして、翔吾と素楽が残ることとなった。
「騒がしくなってしまったね、最初は両親にだけ合わせる予定だったのだけれど、押しかけてきてね」
呆れ半分といった表情で彼は扉へと視線を向けていた。
楽しいひと時でした、と返せば胸を撫で下ろしている。
「兄上が来るには少しばかりの時間を必要とするだろうから、ゆっくりとしていようか」
「来れないのではないのですか?」
「午餐会にはね。義姉上は無理だろうが、なにかと詰めておきたい話もあるから、この機会は逃せないんだ」
「なるほど。それじゃあ翔吾は休まないと、公務で忙しいんでしょ?疲れた顔をしてるよー」
場所を移動しては長椅子に腰掛けて、素楽は自身の腿を叩く。礼服に皺が付いてしまうことなどお構いなし、疲労が目に見える翔吾に膝枕をしようと誘っている。
公的な場ではあるものの、大切に想う婚約者のために優しげな笑みと共に、一肌脱ぐことにしたのだ。
誘われる側の彼も茶蔵を立って久しく触れ合いをしていないため、飢えていた事もあり火に寄る虫の如く、ほっそりとした腿へ頭を乗せては愛しい婚約者を見上げる。
「~♪」
記憶の欠片を紡ぎ合わせた律動を鼻で奏でながら、即興の鼻歌を披露する。
王宮での公務という離れて久しい慣れない仕事に従事していたからか、心地の良い声を聞いて横になっていたからか、翔吾の目蓋は次第に重くなっていき寝息を立てるのであった。
どれくらいの時間が経ったか部屋の外から声が聞こえ始めて、素楽は目に力を込めて魔力視を行う。壁を抜いて魔力を見ることのできる魔眼は、部屋の内から外の動向を視るのに役立つ。
一直線に部屋へと向かってくる者が数人、護衛を引き連れている風な進み具合から、この後に会う予定の彩鱗国王であることを察し翔吾を起こす。
「翔吾起きて、誰か来るよー」
ポンポンと胸を軽く叩くも芳しいものはなく、唸りを上げては素楽の細い腰に手を回して抱き着いてしまった。
「起きてー」
(ちょっと待ってもらったほうがいいねー。翔吾って寝起き悪かったんだ、ふふ)
一応のこと魔眼を収め、扉の向こうから声がかかるのを待つ。人の気配を感じ取た頃、大きな声を出すために息を吸い込むと扉が豪快に開け放たれる。
「建国祭前となると忙しくて敵わんな、遅れてすまない!」
青に近い黒髪に青紫の瞳、先に会っていた王族らや大きな音に不機嫌そうな顔を見せる王弟と血縁を感じさせる彩鱗国の国王が立っていた。
大きく吸った息を一度吐き出し、どう返答をしたものか考えて。
「申し訳ございません、少しばかり準備のお時間をいただけますか?」
元々言うつもりであった言葉を吐き出すのであった。




