一話②
秋に変わろうかという晩夏。然しながら涼しさとは縁遠く、酷暑の残る季節模様である。
茶蔵から出発した馬車の一団は二手に別れ、一方は王宮、もう一方は法元屋敷へと向かう。王弟の婚約者たる素楽は王宮ですごしても問題はないのだが、身の回りを固めるためにもより安全な法元家へと送られることになったのだ。
法元傍流香月家当主である香月素楽、中央祭事部の祭務長にして国王から芽雪飾爵士の勲章を頂いた弱冠十八歳にして新参貴族。とはいえ後ろにいるのは王弟及びその派閥と中央祭事部であり、そこいらの木端貴族とは比べ物にならない存在だ。
グニルの手を支えに馬車から降りれば、一年ぶりに会う懐かしき面々。ニコリと微笑みを浮かべながら慇懃に礼をする。
「夏の熱が残る今日この日に、お待たせしてしまいもうしわけございません。香月素楽、芽雪飾爵士、ここに参上いたしました」
王都に到着したので、今から向かいますよ、と早馬をだしたのは良かったが、国一の祭りである建国祭。彩鱗中の貴族に加えて角皆国からも王侯貴族がやってくる。大通りは馬車で大渋滞をしており、辿り着くまでに半日以上も有してしまっていた。
それ故に謝罪を行い、名乗りを上げる。王都に住まう法元家だ、実際に熱い中待っていたはずもなく出迎えの支度を行ったのであろうが、形式上で頭を下げておいたほうが物事は上手くいくというもの。
「無事到着されてなによりです。時期が時期ですから、気に病む必要はございませんよ」
白内障の好々爺、法元憲史、中央祭事部祭務司長が笑みを浮かべている。
「素楽!会いたかったわ!」
待ちきれないといった様子で走り寄ってきたのは法元天音、法元家の末娘で現在は十四歳。別れてから幾らも成長をしていたようで、素楽より少しばかり大きかった背丈は追いつきようのない身長差、体型も女性らしい乙張りのあるものへと変わっていた。
「天音ー、久しぶりだねー」
手放しに友達といえる相手ににへらと微笑みながら手を取り見上げる。
「…その、素楽小さくなりました?」
「変わってないだけだよー、もう成長期は通り過ぎてるからね」
「…?翼の民はそんなに早く成長が止まってしまうの?」
「竜人の成長が長いんじゃない?わたし十八だし、流石にもう背は伸びないよ」
「十八…?」
自身よりも年下だと思いこんでいた相手の年齢を聞いて衝撃を受ける。同じか年下だと思えば四つ年上だったのだから、驚くのも当然であろう。
驚きの表情を見せている天音を見て、素楽はコテンと首を傾げる。こちらもこちらで、竜人の体格が大きいことを考慮しわすれて、同年代と思っている口。桧井と彩鱗では平均身長が三寸ほど違う。
一拍置いて天音の驚く声が響き渡る。
―――
簡単な挨拶や護衛たるブロムクビスト夫妻の紹介等をしながら広間へと向かう。情報はしっかりと伝わっているようで、この二人が、という視線で射抜かれている。とはいえどちらも素楽の手勢ということで、ちょっかいを出すものも居るはずはない。祭事の内には。
座り心地の良い長椅子に腰掛けて、茶で喉を潤しながら歓談をしていれば祭事部の重役が姿を現す。
「天音、少し席を外しなさい」
「はいっ」
父である憲祐の言葉に頷いた天音は、広間にいる者らへ頭を下げて退出する。
「素楽さんと護衛の方々には知っておいて欲しい情報がありましてね――」
祭務司長である憲史と祭務司が勢揃い、とんでもなく重要な話があるのだと素楽とテオドルは居住まいを正す。
先ずは王都及び国内の情勢について。春頃に茶蔵が襲撃を受けた張本人ということもあり、どうにも隣の国があれやこれやと動いているのは重々に承知している。加えられる情報は彩鱗貴族の一部が王族を討ち王権を崩した後に貴族が政治の主権を握ろうという動きがある、なんて厄介極まりない話であった。
それら逆賊がニーグルランドと手を組んだという情報、旧バロウズ領は西ブラックウェル領へと名前を変えたという情報、戦支度を始めているという情報。気の重くなる話が続けられていた。
「なるほど。祭事部はどう身を振るつもりですか?中立の立ち位置だと聞きましたが」
必要であれば縁を切ってでも自身の進むべき道を切り開く、そう思わせる表情で素楽は順繰りと見回す。
多分の恩義こそあるが、彼女には松野への澪を作るという目標と大切な人の隣を守るためであれば、いくらでも掌を返すくらいはする。
「王家には龍神様から連なる尊い血が流れております故、王家を討ち有象無象が国を統べるということは認められません。中立であったのは、あくまで国の中枢が常磐王家であればこそ。我々は主流派閥及び王弟派閥に力を貸すことにしました」
一様に頷いて見せるのは祭務司の面々。満場一致で決まったのだろう。
「わかりました、そういうことであればわたしも協力は惜しみません。テオドル、グニルいいですか?」
「ワシは構わんよ」「任せて」
竜人の政に感心などないが、翔吾と素楽が失われれば彩鱗での研究やなんかは水の泡だろう。彼らとて故郷の土を踏みたいと思っているのだから、力を貸すことは吝かではない。
「然しニーグルランドと手を組んだとは…その貴族らは馬鹿なんじゃろうか?旅の最中でいくらか襲撃を受けていた場所を見てきたが、国そのものが無くなってしまうぞ」
「どんな取り決めをしているかは知りませんが、…否定はできないですね」
ニーグルランド、というよりは獅子獣人は侵略した国の多種族は悉く滅ぼし同族を住まわせる、例外は猫系であったソリエノ国くらいなもの。いくら協力関係だといっても、国力が弱まったら攻め込まれるのがオチである。
ソリエノに関しても猫系獣人は全て例外なく奴隷の立場で、同族での繁殖は禁止されて何れは滅ぶ運命だ。
「では我々は我々で備えるとしましょう。先ずは建国祭の式典、香月祭務長には大きな役目がありますよ」
王都に来た一番の理由は建国祭の記念式典で祭事を行うことにある。
この国、彩鱗の成り立ちには導きの白烏が大きく関わっており、建国祭では祭事部から白烏の役割を負う者が選出され、式典で嘴磨の枝を国王に手渡すのだ。たかだか枝を手渡すだけ、と簡単な催しに思えるのだが主要な王族貴族が一同に会す式典だ、失敗の許されない一大行事である。
「いやはや、然しながら王宮側から一つばかり言伝が届いていましてなぁ。香月祭務長に白烏の役割を任せるのであれば、一度会場の空を飛んで欲しい、と言われてしまいましてな」
蛙のような丸顔をした祭務司、三馬縁人は少しばかり呆れたような表情を見せる。慣例と違うやり方は好みではない、と非常に遠回しな言い方をして茶を啜る。
「…お上としては権威を示したいのだろうが、こういった時勢だ。我々としては、もしも、の可能性を捨て去って例年通り行いたいのだが、はぁ」
鋭い目つきに角張った厳つい顔をした祭務司の丹治梓は、それはそれは嫌そうに溜息を吐き出して素楽を見据える。どういった感情を持とうが提案は覆せないといった風だ。
「…うーん、着地するにはそれなりの空間が欲しいので、それさえ解決していただけるのであれば、飛ぶくらいの仕事はちょちょいのちょいちょいです」
「ほほほ、ちょいが一つ多いですよ」
「ふふ、ちょちょいのちょい、です」
頬を掻きながら素楽は照れる。
「では話し合いは我々が致しましょう。飛ぶ上でなにか必要な物や注意事項は他にありますか?」
「そうですね、礼装の袖を肩の辺りまで短くする必要があります。翼を出すには邪魔になってしまうので」
椅子に腰掛けた状態で袖を捲くり、両腕を広げては朱い翼を展開する。築屋の式で着用する礼装は袖が長く、飛行を行うには不向き、どころか不可な代物である。新しく仕立てるには時間というものが足りないだろう、故に袖を上げる方向での提案。
「後は尾羽を出すので、尻尾飾りは無いと楽ですね。一度試してみましたが…不便で」
「そちらは問題ありませんね、白烏の役ですので。他にもありますか?」
「もう大丈夫です。着地の為に必要な範囲は、後ほど飛んでみましょうか」
「助かります。然し、昨年と比べると言葉がお上手になりましたね」
コロコロと好々爺然とした笑みを見せる憲史の言葉に、祭務司の面々は同意する。前に滞在した際は拙くチグハグな単語の束でしかなかったのだ、あれから一年でここまでしっかりと話せているのだから、驚きと感心も向けよう。
「冬には時間が沢山ありましたので」
一年を掛けて基礎を叩き込み、取っ掛かりを見つけてからはトントン拍子に言葉を習得していった。
「色々と報告を聞いておりますが、龍神神学も学んでいるのでしょう?感心しきりですな、ほほほ」
祭事部とは言わば宗教事の一端を担う機関。加えて彩鱗貴族及び名誉竜人として恥じることのないよう、神話の学びも深めていた。
「わたしも竜の一人ですし、隣に立つ翔吾様の顔に泥を塗るわけにはいきませんので」
「若いのに立派な、精進するといい。不逞の輩に脱皮を煎じて呑ませたいほどだ」
他愛ない話を交えながら会話を進めていくと、憲史が咳払いをする。
「こほん、一つ。香月祭務長に訪ねたい事があります。出立前に行方不明になった件と、白烏の導きによって帰還したという件を」
晩夏に素楽は魔石の研究を行っていた際、事故という形で行方不明になっていた。およそ一〇日と数日の後に白烏が現れ、鳴き声とともに光を放ち帰還したのだ。公にはされておらず、なんなら箝口令まで敷かれているのだが、中央祭事部には独自の情報網があることと翔吾本人から経緯を知らせる書簡が送られている。
「記憶の一切が失われてしまい…」
彼女自身なんども思い出そうと努めたのだが芳しい結果はなく、ただただ虚ろな時間が広がっているのみであった。
白烏によって導かれた白髪の翼人、もはや祭事部では龍神によって遣わされた御使いではないかと考えるほどの有史以来の大事件。失われた記憶の中で何があったかを知るは真っ白な烏のみ。
意図的に何かを隠している風もなく、報告の通り記憶喪失。祭事部重役たちは、仕方がない、と諦めるほかはなかった。
「わたしからも一つ、夏の初め頃に松野の神事を行い、継続の願いを申請した件で。外つ国の神に対する豊穣の神事を行うなど、祭務長として配慮が足りていなかったと考えておりますので、棄却していけると助かります。ご迷惑をおかけしました」
平に頭を下げて、いらぬ手間をかけさせたと詫びる。
「香月祭務長、頭を上げてください。その騎射の神事に関しては、来夏に視察してから決めようかと話が纏まっていたのです。今夏は酷暑だったのにも関わらず、干ばつや高温病等の凶荒不作はなく収穫に漕ぎ着けたとのこと。神事に寄る結果と言い切ることは出来ませんが、茶蔵で行う分には問題ない、というのが我々の考えなのですよ」
素楽からすれば意外な返答。松野を思い出しがてら軽く弓と馬に触れれば万々歳程度に思っていたのだから、当然であろうか。
「一応の事、騎射のついての説明をいただけるとこちらも助かるのですが、ほほ」
「わかりました、では――」
先ずは騎射会の説明。騎士という言葉はないので騎兵で代用し、初夏の夏至の日に行われる騎士の儀式であることを説明する。騎兵が特別という部分に関しては、馬を育成や乗馬技術の教育等に多大な金子と時間を費やすこと変わらないので、すんなりと受け入れられた。
何人もの騎士が騎射を行い、その年の最優秀騎士を決める祭典であるので、時の流れと共に観戦娯楽として興行化していった事も。
「ほほう、香月祭務長も参加したことがお有りで?」
「はい、一度だけですが。ふふ、最優秀賞をいただきました」
松野の騎士において騎射会の最優秀賞は非常に栄誉なこと、誇らしげな相貌を見せながら自慢をした。
(大貴族の娘という話だが、忖度があったとみるべきか。然し弓と馬の実力は確かだとも聞く…)
梓の思う通り忖度と言われてもしょうがない体格と容姿の素楽だが、会場を大いに沸かせたのは確かで実力でもぎ取ったものである。遠い異国の地では真相知る者はいないのだが。
「わかりました。それでは来夏に中央祭事部から人を送りますので、本件の続きはその時に」
「はい、腕を磨いて待っております」




