一話①
あいも変わらず揺れる馬車で本を読みしきりな白髪橙瞳の翼人。上空からの索敵と警戒時、同乗する青味がかった黒髪の竜人と話をする時以外は、本に食いつく虫となっている。
馬車の揺れに酔うことのない彼女からすれば、こうした閑暇な時は勉強というなの未知を得る知識欲へ充てがっている。
今回、手に取っている魔石研究の著書に関しては、半ば、いや大体は知っている情報の束である。知らないことといえば、魔石鉱山の分布くらいなものだろう。
魔石を多用する桧井側は一日の長、一日どころではなく幾分も先に行っているため、素楽の趣味で得た知識内に収まる程度の内容であった。
では役に立たなかったか、といえば否、目で知識を追うことは、記憶を掘り起こす手助けをする。こんなのがあったなぁ、と古臭い文字列をサクサクと読み進めていく。
さて、そんな彼女が行方不明になり、帰還してから三日。城をひっくり返すような勢いで準備が進められた結果、予定通りの出立日に中央へ向けて旅立つことが出来たのだ。
本人こそ衣服装飾の類いは侍女に任せるという方針で、あれやこれやと口出しをする性格ではない。然しながら中央祭事部の祭務長であり王弟の婚約者という立場、果ては法元家傍流の香月家当主。礼装礼服平服は何から何までご入用。
祭務官まで総動員でどんちゃん騒ぎの末が今現在、感謝しきりである。
結局のところ姿を晦ましていた間の記憶が呼び起こされることもなく、一体どこにいたのかは本人さえも不明で、素楽行方不明事件の真相は白烏が知るのみとなってしまった。
時たま雲の上を見るようにして呆けている素楽が確認されるが、疲労が溜まっているのではないか、と医官は書き記している。
頁を捲る音に視線を向けるのは同乗する王弟殿下、常磐翔吾。
馬車で読み物などしようものなら、八半時とせずに気持ちが悪くなり、最悪は吐きものをすることになる。故に馬車旅は好まず、移動は最低限に抑えたいと考える人物だ。
ただ同乗者がいる状況は彼の心を軽くする。王族の馬車に乗り込める者などそうそういるはずのなく、長旅というのは退屈が常。気持ちと腰を重くする要因であった。
目に入れても痛くない婚約者と会話を行えるのだ、退屈のしようもない。強いて上げるならば馬車内は公の場所という認識をしているのか、素楽の態度が二人きりのそれでないことくらいしか不満はない。
最後の頁が終わり、鱗で覆われた四本指の手で魔石を研究を記した本が閉じられる。
考える耽るように指と眼を動かした後、周囲に手頃な紙がないことを確認すると、閉じた本を再度開き白頁に文言を書き連ねる。
掘り起こされた記憶の埋蔵物、忘れてしまえば思い出すのにまた読み直さねばならない可能性を考慮して、思い起こせる限り魔石の知識を並べているのだ。揺れる馬車の中だ、ところどころ字が跳ね踊るのは仕方ないことだろう。
「何を書いていたんだい?」
「足りない部分の補足です。魔石の研究はあちらの方が進んでいますので、趣味でわたしもいくらかの本を読んでいたので」
手扇で湿る筆墨を乾かしながら素楽は視線を翔吾に向ける。
「本当に勉強が好きだね、素楽は。恥ずかしながら、私が子供の頃は机に向かって学ぶのがあまり好きではなくてね」
照れ、困るように笑いながら言う。
「お婆がいつも勉強を教えてくれていたのだけど、今と違って昔は厳しい人でね…。如何に上手く逃げるかばかりを考えていたんだ。…結局、叱られるのも嫌で逃げれなかったけども」
木角ともえが声を荒らげて誰かしらを叱っている姿は稀に見られる光景だ、今より厳しいとなると子供が滅入る気持ちもよく分かるというもの。
「昔のともえは厳しい人だったのですねー、意外…ではありませんね、ふふ」
「凄かったぞ。兄上なんかは悪戯坊主でね、しょっちゅう悪事が見つかっては、お婆に雷を落とされていたよ。くく、調度品の高価な花瓶を割った時なんて、城の端から端まで聞こえるほどの大声だったと逸話が残っているんだ」
「あの彩鱗の城ですか?」
「ああ、本当かどうかは定かではない、というよりは尾鰭背鰭のついた話だろうけどね。ただまあ、兄上は毎日のように騒動を起こしていたから、あちらこちらで誰かしらに叱られていたから、ある意味では合っているのかも。兄上の悪事、という逸話に変わってしまうけど」
「ふふ、陛下は非常に元気な方だったんですねー。実はわたしもよく怒られていたんですよ」
「素楽が?毎日遅くまで飛び回っていたとか?」
「それはあまり、街の門から屋敷まではそれなりに距離があったので。兄が魔石魔法好きで、遊びと称した実験に加わっていたのです。当時の兄は知識ばかりで頭の大きい人でしたから、失敗は付き物で…屋敷の天井と屋根を吹き飛ばしてしまったんです」
「頭の大きい人、あぁ、それは頭でっかちだね。今でも城の一角を水浸しにしたりしていたがね」
晩冬の事を思い出しては笑いを漏らす。
「あの時は驚きました。今思えば魔石を砕いてしまえば解決したのですが、咄嗟には思いつかないものですねー」
「兄君と似ているのだろうね」
二人は他愛もない話をしながら、揺れる馬車で中央へと向かう。




