八話③終
第四編八話の終わりです。
誤字脱字がありましたら報告いただけると嬉しいです。
追記 ドーナツが美味しかったです。
「なあ、せんせ、この発動までの時間ってのは何で必要なんだ?水とか出すだけならいらなくないか」
魔石魔法を学ぶ杵島春生は疑問を投げかける。
「水成には必要ないねー。じゃあ何故必要なのか、こういった式がどうして作り出されたか、それは――」
魔法の発現方法にはいくつかある。
特定の面を叩く方式、一定時間後に効果が現れる方式、衝撃を加えることで発現する方式、二つ以上の魔石を組み合わせることで魔法陣が完成する方式。
これらは複数採用することもできるので、面を叩き一定時間後に魔法が発現する、といった風にも応用が効く。
では何故に発動までの時間が必要になったかといえば、広範囲に作用する魔法を使用するためである。
例えば爆発や火炎といった使用者に被害を出すものだ。悲しくも魔石魔法によって新たな魔法が生み出された結果、使われる先は生活に関わる部分だけではなく、戦の道具としての発展にも目覚ましいものがあった。
こういった事実を隠しておいた所で、何れは誰かしらが生み出す。目と手の届かない所にいってから発展されるよりも、ある程度の誘導を行えるように歴史ともども詳らかにする。
「なるほどなぁ。そんじゃ簡単な陣を編む場合は省いてもいいってことか?」
「小規模な魔石魔法に限っては、そういうことだねー。わたしの兄はよく省いては巻き込まれてたから、僅かな時間でも付け加えることをオススメするよ」
「ふぅーん」
木工商に頼んでいたのか、自身の十露盤を持参した彼はパチパチと珠を弾きながら式を導き出して、魔石用の陣を編んでいる。春に初めて季節一つ、素楽の開く魔石魔法の講習会以外でも自力で勉学を深めているようで、魔法師や城仕えを大きく引き離し才能を顕にしていた。
父である敏春曰く、自宅でも勉学に励んでおり感心したとのこと。
「春生くんは魔法師に、魔石の魔法師なるの?」
「うーん、どうしよっかなぁ…。……杵島だし兵士になるんだと思ってたんだけど、最近は親父もお袋も魔石魔法をやれってさ。せんせはどう思う?」
家には家の知識の積み重ねがある。武術の、馬術の、魔法の、政の、祭務の、と親のやっていた仕事を受け継ぐほうが効率的なことは確かだ。これの感覚は松野でも彩鱗でも変わることはなく、香月家は松野領主を支える立場に就くのが定石であり、領主補佐の筆頭候補は素楽であった。
とはいえ手習い所を多家が運営を始めると、埋没していた才能が掘り起こされて、市井からでも城仕えや大きな家に拾われるようになり職業選択の幅ができ始めていたのだが。
「どっちがやりたいの?」
「魔石魔法だな!前に話してくれた魔導具ってのを作ってみたい!」
物作りという楽しさが魔石魔法に向いているのだろう。特に講習の際に、どういった魔導具があったか、という話には凄い食いつきがある。
「それじゃあ彩鱗一番の魔石を使った魔法師になれるかもね、応援しているよ」
「へへ、せんせなんて直ぐに追い越してやるよ!」
実力を認められていること、そして期待されていることが嬉しいのだろう。ニィっと口角を上げた春生は生意気そうな笑顔を輝かせる。
―――
講習を終えて魔石魔法研究室へと向えば、待ってましたと言わんばかりにテオドルが姿を見せる。
魔石絵具で平面陣の描かれた紙束を拵えている彼は、素楽を見つければ大きく手を振って走り寄って来たのである。中央祭事部の祭務長によってなし崩し的に祭事部に組み込まれた彼は、暇な時に魔石を捏ね繰り回して実験をしている。
「素楽ちゃんや、探しとったんじゃよ。色々あってのびのびになってしまった実験の続きをしたくてのう。あれからワシとグニルが魔法として発現させる分には、非常に非効率じゃが問題ないと実証できた。だから次はワシら以外の者に頼みたくての、…こっちの者は魔力が少ないじゃろ?」
最後の一言は小言である。日常的に魔力を使っている素楽や、恐ろしく長い時間を生きているブロムクビスト夫妻からすれば、彩鱗の住人、いやこちら側の住人の魔力は非常に少ない。
「わかりました、修練場の一角でも借りましょうか」
「話がわかってるのう、ワシじゃとなにかと借りにくくてな素楽ちゃんから言ってくれると助かるわい」
使用人に声を掛け、魔法部へと言伝を頼む。魔法部の長も興味があるだろうと。
軍事部、というより兵士ら軍人には縁のある素楽が演習場の一角を借りたいと申し出れば、話は直様に軍事を取り仕切る敏春の耳に届き、許可が降りる。
「急な申し出にも関わらず許可をいただきありがとうございます、敏春様」
「いいさ、香月の嬢ちゃんにはなにかと世話になってるからな。…あぁそうだ、ウチの春生だが魔石の魔法師になりたいみたいだから、ちと手のかかる生意気坊主だがよろしく頼むわ」
「ふふ、春生くんは一番の優等生ですよ」
「春生が、か?」
「ええ、講習には欠かさず足を運んでくれますし、熱心に励んでいるんです」
お世辞ではなく事実、生意気坊主なことは確かだが、それ以上に真摯に机に向かい学を深めている。
「そうなのか…。そろばん、ってのも欲しがってたし本気なんだな。改めてよろしく頼むわ」
わかりました、と伝え修練場の一角に向えば、敏春も興味があるようでついてくる。息子が全力で励んでいることだ、知っておきたいのだろう。
「先ずは前回も使おうと思ってた煙幕の魔法じゃ。何度か試して噴出方向など調整はしてあるから安心して良いぞ」
渡される紙は二枚、多くの文字で描かれた物と六つの文字で描かれた物、テオドルとグニルの使用する魔法陣だ。
魔力視で力の流れを視ながら、修練場の一角で魔力を流す。これは魔石であれば彼らの魔法を使えるかどうかの実験。
体を通して流れ出る魔力は指を伝って、魔法陣に注ぎ込まれ充満することで煙の柱を作り出す。高さにして五尺ほど、素楽よりもいくらか高いほどの煙である。
「おぉ、問題なく発現したか。それじゃあもう片方も頼む」
「はーい」
同じ作業をもう一度、今回も問題なく煙の柱が立ち上がる。
「ふむふむ、あとは茶蔵の魔法師が試し、使えればワシらの魔法も魔石を介すことで使えるやもしれんのう。かっかっか」
「では私が魔力を注いでみようか、茶蔵では一番魔力に自信があるからね」
興味津々、という相貌の女性は菅佐原晴子、茶蔵魔法部の長である。テオドルから手渡された紙を手に、足取り軽く離れた場所に立ってから一度大きく手を振ってから魔力を注いでいる。
少しばかりの時間を経て煙の柱が立ち上がり、実験はいくつかの成果を得ることになった。
「なるほどのう。魔石を介すことで魔力さえあれば誰でも魔法が使える。それこそ小難しい魔力の操作や詠唱なんていう技術が必要なく、便利な技術として転化していった、と。一歩先の魔法というところじゃのう」
「最初こそ費用対効果が悪いと考えていたが、最近の温水や氷を考えれば十分実用足り得る革命的な技術と言えるね」
難しい顔を見合わせるのはテオドルと魔法師ら。
順当に魔法を習得し実用足り得る迄には幾年の時をかける必要があり、教育に時間と金子を掛けられる者でなければ得難い技術。それを魔石さえあれば再現可能というのだから驚異的である。
加えて桧井式の魔石魔法は魔力を物質として生成し、使用することができるのだ。革命的、という言葉は過言ではなく、桧井でも魔石は技術的な革命を起こしている。
歴史の一頁を語ってみれば、そうだろうな、と一同納得する。正式な公表がされてない今ですら、魔石の価格は上がりつつあるのだ。暴騰は不可避であることを察する。
「あぁ、それで素楽さんは笹生家を味方につけたんだね。なら建国祭で中央に行った時は、北部と西部貴族が擦り手に揉み手で寄ってくるだろうから予習しとくといい」
「魔石鉱山、でしたっけ?」
「勉強はしているようだね、よろしい。南にもあるのだけど、笹生との縁があるのは大きい。今まで目の敵にしていた殿下の事なんて、気にした風もなく寄ってくるだろう」
「そういうものですから、私も必要であればそうしますよー。方針なんかは翔吾様に尋ねておいたほうがいいですね」
(前回は言葉が不慣れだったし、魔石魔法は広まっていなかった。今回はしっかりと挑まないとね)
意思を固めるよう、内に巡る考えのいくつかを整える。
「当然っちゃ当然なんだが…香月の嬢ちゃんって貴族なんだな」
感心した顔をして敏春は言ちた。
「意外ですか?ふふ、自慢みたいになってしまいますが、結構大きな家なんですよ」
いつか再開できると信じる家族たちは、あいも変わらず心の中で温かな笑みを浮かべている。
―――
毎日のように翔吾と素楽が二人ですごす歓談室。結婚し子供が産まれれば賑やかになるだろう一室で、眉を曇らせながら真剣な面持ちで筆を走らせるのは王弟。周りから遅れながらも彼なりの歩みにて、ようやく自身で陣を組み上げるところまで来たのである。
「ふぅ…」
(これでようやく素楽との約束を果たせるね。私には不向きではあるが魔石魔法の理解は十分に出来た、と思いたい。くく、隣というには少しばかり後ろな気がするけども、並び立ち新たな技術として発表できるだろう)
部屋で一人、満足感に浸りながら椅子に凭れ掛かる。連名で魔石魔法を公表することで、素楽に降りかかる責任の一端を担う、それが彼の目的だ。ただの案山子として立っていることも出来ただろう、然しながら学びを得て理解をする事を選んだのだ。
(ご褒美と前に言っていたけど…)
愛しい婚約者から何かしらの贈り物があるのかと期待しきりな三十歳は、落ち着きというものに欠けていた。最近は学びの面で大きく遅れており、優秀な協力者が彼女の周り揃い始めて、悋気と焦燥が心に渦巻きつつあった。故に自身にも隣に立てるのだと証明がしたかったのだ。
扉が開かれれば、ゆったりとした愛らしい衣装を纏った素楽が入室する。
「今日は翔吾のほうが早いねー」
修練場であれやこれやと魔法陣に魔力を注いで実験をしていたからか、彼女が顔を見せる時間が少しばかり遅れていたのだが。
「実験は上手く言ったかい?」
「順調みたい、テオドルさんからも何か報告上がるかも」
にへらっと笑みを浮かべて歩み寄ってきた素楽は、机の上に出来上がっている魔法陣を見て内容を検める。
「どうだろう、先程完成したのだけど…」
「うーん…。ふふ、よく出来ました合格点です」
手をかざして魔力を注げば、石で作られた整った鏃が出来上がる。
「初めての魔石魔法だから大切にね」
然程大きくなく重量からすれば軽い鏃は、翔吾の手では非常に重く感じられていた。それほどの熱意と努力が詰まっているのだろう、胸の内からは達成感が間欠泉の様に湧き上がっていた。
「そうだ、ご褒美って約束だったねー」
我が事のように嬉しそうな表情を見せていた素楽は少しばかり考える素振りをみせてから、向き合うように翔吾の膝に体重をかける。中身が詰まっているのか不安な軽さをしている小さな体躯を。
「なにを――」
そう口を動かした瞬間には、婚約者の小さな唇によって塞がれていた。柔らかく溶けてしまいそうでいながら、熱を帯びた感触に目を白黒とさせていれば、鱗で覆われている手で目隠しをされてしまう。
無限とも刹那ともとれる時間の中で、熱い吐息が混じり合えば目を覆われていた手は頭の側面へと回される。
「わたしの初めてがご褒美だよ。続きは…ふふ、結婚してからだね」
艶っぽい笑みを浮かべ、頬を紅潮させている素楽は再び翔吾の唇を奪った。




