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そらの飛ぶお仕事  作者: 野干かん
第四編 石に魔はさす。
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八話②

 カラッと晴れた夏模様。美豆の街やってきた素楽は、笹かま商会の支店を目指して羽ばたく。

 ここ美豆みずの街は茶蔵の南西に位置し、彩鱗中央及び北部の領地への街道が続いている大きめな街だ。元々は美豆野みずのという地名だったようだが、美豆野の村という言葉が崩れ美豆の村に、栄え始めて街と呼べる規模へとなった。


「おーいこっちじゃ」

 汗を浮かばせた白髪榛瞳の狐系獣人が、上空を駆け回る翼人を見つけ大きく手を振っている。テオドルと隣に立つグニルがいるのは笹かま商会の前、彼らは氷成の魔石運搬と美豆での護衛を請け負っている。


 今更に哲学が余計な手出しをしてくるとは思えないものの、素楽そらの身を守る手勢は必要だということで、前日に出立し到着を待っていた。

 大きく翼を広げて舞い降りれば、通行人みちゆくひとは驚き二度見する。最近では知らぬ方が珍しいとまでいわれる、祭事部の白烏えんぎものを有難がっていた。


「お待たせしました」

「然程待ってはおらんが、こうも暑いと干物になってしまいそうじゃ…」

「だらしない」

 今にも溶けそうなテオドルの首根っこを掴み、シャキッと立たせるグニルにはいくらかの余裕が見受けられる。


「ふふ、それじゃあ仕事を終わらせてしまいましょうか、少しは涼しくなりますよ」

 笹かま商会に足を踏み入れれば、先ず先に目に入るのは大きな体躯に厳つい顔をした用心棒風な男。腰に剣をいているので、間違いではなかろう。


「ご機嫌よう、笹生さそう哲学てつがく様とのお会いする約束があるのですが」

 次いで香月素楽と名乗れば、納得したようで小さく頷いてから視線を動かす。グニルが重佩かさねはいている剣を見ては一度顔をしかめるも、何かしらの言いつけがあるのか、特別言及はなく付いてくるよう伝えられる。

 案内された先は応接室。前回も足を運んだことを思い出すも、調度品が変わっているようでまた違った風がある。大商会の大旦那サマ、暇なはずもなく腰を落ち着けて待っているようにと伝えられ、乾いた喉を潤しながら時間を過ごす。


「お待たせしてしまいましたね」

「お気になさらず。忙しそうなので仕事を終わらせてしまいましょうか」

「助かります」

 勘定ずくな印象を与える哲学にしては珍しく、汗を浮かべては眉が傾いている。予定外のことが起きているのか、有りの入り込む隙間のない時間管理で動いているのか。


 向かった先には空の倉庫。いくつかの衝立が用意されており、魔法で氷を生成する姿、というよりも魔石を見られないための配慮がなされている。彼からしても未来の商材だ、他所に掠め取られては敵わないと万全の体制で挑む。

 台車がいくつも用意されいるので、上に置いて運び出すとのこと。荷運び係は暇そうにしているグニルだ。

 軽くない、具体的には五〇斤(さんじっきろぐらむ)はある氷板を五つ積み重ねた台車を、引いては外に出て引いては外に出てを繰り返すも汗一つ浮かべない彼女はなかなかに体力の化け物である。六往復する頃には魔石が砕け散り役目を終える。


「これで終わりですー」

 魔石の破片を布で包み回収し仕事の終わりを告げ、倉庫の外を覗いてみれば大の男たちが玉汗を流して肩で息をしている。多少雑に扱っていい物であれば気が楽なのだが、氷という割れ物、しかも割ってしまえば取り返しのつかない損失だ。緊張もあって疲労の度合いが濃いのだ。


 案外のこと時間を食っていたようで、青かった空は少しばかり色褪せ始めており、カナカナと蝉の鳴き声が耳へと届いてきそうだ。

 涼しい夜の内に各運搬先へと夜馬車を走らせるとのことで、商会の者はこれからが本番とのこと。軽く労いの言葉をかければ嬉しそうな笑顔が返ってくる。


「それではこれで失礼しますねー。代金は城の方へお願いします」

「ありがとうございます、香月様。何か入用であれば是非とも我が笹かま商会をお尋ねください、人身以外であればなんでも用意いたしましょう」

 商人然とした営業の言葉を述べる。


「…一つ訪ねたいのですが、観光の知恵は取り扱ってますか?」

「観光ですか?そうですね…一応伝手はありますので、ある程度の情報をいただければ必要そうな知恵をまとめてお売りする事はできます」

「避暑と温泉です。少しばかり人里はなれた場所、人の手が入っていない…へき……、奥まった所なので、現実的はなさそうなんですが」

 未開の地といった方が正しいのだが、茶蔵の立地を考えれば自ずと答えは出てくるもので。


(あぁ、白臼山ですか。あの山に温泉があると。今までの茶蔵主は皆一様に価値がないと手を付けることになかった僻地ですが…。いいでしょう、金の卵だけを採っていては足蹴りされてしまいそうですから)

 嗅覚に引っ掛かりを感じなかったために、乗り気ではないものの情報も商品の一つだ。上客が求めているのならば、と脳内の算盤で計算を行う。


「それなりのお時間をいただきますが、よろしいですか?」

「問題ありません、急ぎの話ではありませんので」

 白臼山の凹地に転移を行う石門があることなど想像出来るはずもなく、哲学は仕事の一つを請け負うのであった。


―――


 ブロムクビスト夫妻と別れ、一人先に羽ばたいた素楽は城へと帰還していた。

 到着する頃には既に周囲は薄暗くなっており、カナカナカナと寂しげな声を響かせる蝉が鳴いている。


「おかえりなさいませ、素楽様」

 待っていました、というには手荷物の多い使用人が出迎える。仕事の合間で素楽の姿を見かけ出向いてくれたのだろう。


「ただいまー。汗かいちゃったから湯浴みをしたいんだけど、お願いできる?」

「うふふ、奈那子様が既に指示をだしておりましたよ」

「それは良かった、それじゃわたしは行くよー。暗くなってきたら足元気をつけてね」

 手を軽く振って城を一人進む。二年前までは歩いていれば誰しもが物珍しい瞳を向けていたものだが、誰しもが気軽に挨拶を掛けてくる程に馴染んでいる。彼女自身が人懐っこく明るい人柄なこともあるのだろうが、元から住んでいた、と言われても信じるものがいそうな雰囲気すらあるのだ。

 居住区にある自室へ向えば、今度は待っていましたと待ち構えている奈那子ななこの姿。


「ただいまー」

「おかえり、湯浴みの準備できてるよ」

「さっすがー」

「素楽の、魔石のお陰なんだけどね」

 魔石魔法は水回りの手間を格段に減らいている。なにせ重い水を持ち運んだり、沸かして温度の調整をしたりという行程ををすっ飛ばして、丁度よい温度のお湯を生成しているのだ。使用人たちからは大好評で、無くては困るというくらいだ。

 身の回りのことを奈那子や使用人に任せるから、松野でも家のことは簡単な掃除しかしていなかったために、感じることは少ないが生活の水準は松野に比べて低いといっても過言ではない。魔導具という存在は生活において非常に大きいのだ。


「それじゃ彩鱗の皆の生活が楽になるくらいに頑張ろうかなー。何十年かかるかはわからないけどね」

「ほどほどに。何かあったら皆が困るんだから」

「ふふ、忘れないようにしとくよー」

 出来ない約束はしない、といったところだろう。呆れたから吐き出されるため息を聞かなかった事にして、二人は湯浴みへと向かう。


―――


(なるほど。これは態々報告も入れるか)

 翔吾は私室にて哲学から受け取った書簡の内容を確認していた。


 先ずはソリエノの凶手から得られた情報。狙いは間違いなく素楽と魔石魔法にあったという点に、最悪の場合は殺しを命じられていた。グニルがいなければどちらかになっていた可能性が高かったと胸を撫で下ろす。

 次いで手引した貴族が処刑されたという報告。茶蔵から二家、南東から三家とのことで、ニーグルランドへと通じていたという事実も詳らかにされている。


(そして、魔石魔法を建国祭の最中に公表し、中央からこちらの人を派遣する、と。義兄上と姉上はここに加わる形かな、茶蔵も賑やかになるだろうね)

 派遣される人員の詳細こそ書かれていないが、素楽の護衛を厚くすることは想像に難くない。少しばかり堅苦しい生活になるかもしれないが、安全を考えれば必要な措置であろう。


(最後に、今回の旅路か)

 東へ迂回する前回の行程では危険度が高いため、笹生家と合流し最短で中央へ向かえという指示である。これには彼も頷くほかない。


「なにもない、というのは無理だろうね」

 独り言ちた声は誰に聞かれることもなく消えてゆく。

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