八話①
「こちらでお願いします」
ジリジリと焼けるような日差しが降り注ぐ真夏の日。
白髪橙瞳の少女が案内されたのは食料を納める倉庫である。後ろに続く白髪榛瞳の大女は腰に剣を三本も重佩いており、手には大きめの魔石を抱えている。
「魔石の向きは奥に向け置いて、固定具できっちりと動かないようにね」
「了解ッス」「了解」
燃えるような赤髪の侍女、奈那子は床に置かれた魔石を慣れた手付きで固定していく。
手に持った複雑な式の並んだ紙と魔石を見比べて、間違いや大きな歪みがないかを確認する。
(問題なし)
「それじゃあ始めるので離れていてください」
衣嚢から握れば隠れてしまう程の大きさをした魔石を取り出してから、手の中で魔力を注ぐ。これといって何も変化のないそれを、固定された魔石の天面に置いて素楽は数歩下がる。
すると大きな魔石の前には、綺麗に成形された氷板が積み重なっていく。五つ積み重なると魔石からの生成は止まり、料理人たちが場所を移す。この繰り返しを幾度と行えば食料庫はヒンヤリとした空気に満ちていた。
「涼しくていいッスねぇ」
氷の破片を食んでいる奈那子は幸せそうな表情を浮かべている。今しがた生成した氷は食用にも使える氷である。
雪が降りしきる寒地たる茶蔵のいくつかの村々には氷室があり、気温が上がる初夏の頃から中央や東部へと出荷される。今夏は例年と比べても暑さが厳しく、冷ややかな氷は飛ぶように売れていき懐を厚くした。
然しながら彩鱗の酷暑は茶蔵の地にも影響を及ぼすことになる。そうなれば溶けるのも早くなるのが自明の理、水になってしまえばただの大損だ。急ぎ領内で売り払った結果は、城の保管庫を空にするほどである。
生活にどうしても必要なもの、というわけでもないのだが、やはり暑い夏には冷えた食事が恋しくなるもの。どうにかならないかと頭を悩ました結果、とある魔法師に白羽の矢が立つことになった。
茶蔵の夏は過ごしやすくて良い、と暢気に構えていたのが素楽。熱帯といっても差し支えない松野と比べることが間違いではあるのだが、比較的に涼しいのは確かなので避暑地気分なのであった。
そんな折に魔石魔法で氷を作っていた事があったと思い出した翔吾が相談してみれば。「迷界産の魔石は何が起こるかわからないから、鉱山産でいいならできるよ。このくらいの大きさをした魔石と…石工の人手がいれば」というのが回答。
急ぎ魔石を人の頭大の五角柱に切り出し渡せば、三日程で制作を終えていた。ちなみに事細かい指示に石工は白目をむいていたらしい。
それからは数日置きに氷を生成する日々が続いて真夏に至っていた。三度目の呼び出しを受ける頃には石工も慣れたもので、魔石魔法研究室のお抱えにならないかという誘いまでかかっていた。
「ありがとうございました、香月様」
「必要でしたらまた呼んでくださいねー」
領内で作られている氷よりいくいらかは値の張る透き通った氷は、料理人らを満足させるには十分と言える代物なのある。
さて、ここ最近の魔石の価値はいくらか上向いている。昨年であれば魔石魔法製の氷の方が安かったのだが、茶蔵の地で外つ国の者が魔石を使った魔法の研究をしている、と広まりつつあるので徐々に価値を上げているのである。
行商人の間では安く魔石を仕入れて、茶蔵に向かうという動きも見られ始めたほどだ。この動きも価値の上昇も翔吾や王宮の想定通りらしく、爆発的な上昇で市場の混乱を避けるためだとかなんだとか。
ここで一枚噛んだのは笹かま商会。実験や講習で消費が多のは確かだが、全てを買い上げることは敵わないうえ、粗悪品なども混じっている始末。困った顔を見せていれば、此処ぞとばかりに間に挟まり込むのが笹生哲学。
魔石の保管と仲介を一手に担うと提案してきたのだ。倉庫の維持費と仲介の手間で手数料を儲けられるのなら、これ以上に美味しい話はないと大手を振って土地を得て倉庫を新築する計画書まで持参してやってきた。笑うしかない状況だ。
北部では有数、いや一番と言っても過言ではない豪商。そして金という縁がある限り、信用のおける人物だということで翔吾は提案を飲むことにしたのだった。
そういった縁から氷成の魔石を作るために必要な大きな魔石を仕入れられたのだから、確実に良縁であろう。
「香月様!こちらにおられましたか、茶蔵主がお呼びでして応接室へのご足労は可能でしょうか?」
「翔吾様が?わかりました、いきましょう」
(応接室かー。お客さんかな?)
机に齧りついていたり、講習を行ったりと着飾っている事の少ない素楽は、一度衣服を確かめるも城仕えの様子をみれば、戻って着替える時間などないだろうと足を進めるのであった。
―――
扉を叩き名乗れば入室を促され、足を踏み入れる。
待っていたのは意外な人物、というわけでもなく、わりかしよく見かけるようになった笹かま商会の主、笹生哲学である。金の卵を産む鶏こと素楽の住まう茶蔵の城へ足繁く登城する姿を見せている。
公的な契約こそないのだが、魔石魔法の理解が進み、王宮からの許可が得られれば優先的に卸す事になっているので、態々ご機嫌伺いをする必要はない。然し、それはそれこれはこれと商談を持ち込むのであった。
「暑い中お呼びして申し訳ございません。手土産というにはすこしばかり無粋やもしれませんが」
席に着いた素楽へ差し出されたのは魔石の研究書。詠唱魔法が基本となる彩鱗では、魔石というのは杖の先に付けて魔力を一箇所に集める部品に過ぎないため、こういった資料の束は珍しい。
探していたという訳ではないが、あったらほしいと考えていた書物である。
「ふふ、ありがとうございます、哲学様。大きく歴史ある笹かま商会ならではの細かな目をした網、こういった痒い所に手の届く品を見つけるのがお上手ですね」
真新しく綺麗な装丁。パラパラと中身に目を向けてみれば、すこしばかり古臭い言い回しの文字列。
「これは写本ですか?」
「ええ、そうです。原本は損傷が激しく贈り物には向かないと判断し、我が方で抱えている魔法師と物書きが内容を損ねないよう細心の注意を払い頁を改めました。必要とあれば原本は笹かま商会本店にございますので、お声掛けを貰えればお出迎えさせていただきます」
何れ降り注ぐであろう利益のためとはいえ、少なくないであろう投資に驚きつつも、満面の笑みで感謝を述べる。
「そんなお手数まで、感謝以外の言葉が見つからないほどです」
(むむ…)
心の内を尖らせるのは青みがかった髪に青紫の瞳をした素楽の婚約者さま。手土産、というのは珍しくないのだが、他の男から贈り物されて嬉しそうにしている姿を見るのは、あまり面白くないというのが本心。表情にこそ出しはしないが。
「ところで今回はどんな用件で登城を?随分に急な来訪だったのでね」
もやもやと渦巻く感情はさておき、…少しばかり不機嫌そうな意識を向けつつ本題へと移る。本来であれば当たり障りない雑談などを挟むのだが、翔吾を哲学も省けるのなら省きたいという人種である。
「先ずはこちらを茶蔵主に」
王宮から出された事を証明する封蝋が捺された書状が一つ差し出される。
「前もだけど…本当に仕事を選ばない商会だね」
「人以外は取り扱う、が信念ですので」
「逞しいことで」
中身の確認もすることなく、懐にしまい込む。
「次に香月様をお呼び頂いたのは、我が商会に氷を卸していただけないかと商談に参りました」
笹かま商会から大きな魔石を仕入れてからは、城内で涼し気な食事の提供が再開されたことに加えて、城下にそれなりの量の氷を提供している。春の終わりには襲撃騒ぎで大きな騒ぎを起こし、古くから存在していた貴族家が二つ取り潰しになったりと領民へのご機嫌取りも兼ねた行為だ。
つまるところ隠し立てなど不可能ということになる。
隣に座す翔吾に瞳を向ければ、小さな頷きが返ってくる。魔石そのものを要求されていないため、自身で話を進めてもいい、という意味合いだ。
「氷を販売する事自体は良いのですけど、気温的な都合と製法的な面から料金は非常に割高で、卸せる量は少なくなってしまいます。奈那子、十露盤を取ってきてもらえますか?」
「はい」
見計らったような間でよく冷えた茶と、甘く冷涼な氷菓が提供される。
商談自体は数字を交えて行いたいので、甘味でも食みながら一息つきましょう、と。
「ほほう、これは…素晴らしい。ほんのりと茶の味がするのがたまりませんね」
「翔吾様が考えてくれて、わたしのお気に入りなんですよ」
「思いつきを述べただけなんだけどね」
(…仲睦まじいことで、手土産程度でいちいち睨まないほしいものです。然しあの王弟が此処まで香月様に入れ込むとは意外。てっきり自身の地位を盤石にするためだと思ってましたが…)
大きな感情を傾けていることを用意に窺える光景に、哲学は「ごちそうさまです」と心中でつぶやいた。
―――
商談は双方が大きく吹っ掛けることなく無難な落とし所へと着地をした。素楽からすれば今後の世話になるであろう大商会、薄利になろうとも強固な縁作りにとどうどう転ぼうとも笹かま商会が損をしない価格を提示。あまりに美味すぎる話に一度は窺ってかかる哲学だが、相手の考えなど手にとるようにわかってしまうので、提示価格のまま取引を行うことにした。
独り馬車に揺られる哲学は身を焼くような日差しにため息を吐き出しつつ、人の好い少女を思い出す。
(金の卵を産む鶏を狙う獣は多い。王宮や…祭事部の者も居るようだが人手は足りてないのだろう。…利益に成り難いことは嫌いだが、目と矢は構えるべきか。先ずは支店を置いて――)
素楽の身にもしもがあれば今までの投資は水の泡。少しばかり不甲斐ない田舎領地のために、豪商は新たな投資を行うことに決めたのである。




