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そらの飛ぶお仕事  作者: 野干かん
第四編 石に魔はさす。
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六話④

(一人一人は大したこと無いけど連携が面倒、力量差を弁えているのか踏み込んでこないし。…なにより刃に毒でも塗ってあったっぽくて、ちょっと眠い。…こういった輩は本当に厄介、大人しく素楽の部屋で待ちつつ合流してから叩くべきだった)

 一対十二。圧倒的な数的不利を物ともせずに大立ち回りで敵を引きつけているグニルは、気怠げな態度で息を吐く。原因は凶手の短剣が体躯を掠め、小さな傷を負ったことだろう。常人であれば既に倒れているであろう毒を、眠くなる程度で抑え込んでいるのは異常なのだが、人外といって差し支えない存在なのでこんなものなのだろう。


(誰一人として抜け出さず、目的に逸らない辺り賢いんだろうね。一人でも崩せれば後は簡単に潰せるんだけど。…なんだっけ肉を斬って骨も断つ?無理矢理にでも一人落として崩したほうがいいね)


 ――、――!

 聞き逃しそうな羽ばたき音の後に、甲高い笛の音が響く。これに反応したのは凶手たち。意識の片隅が上空の笛に向いた瞬間に、グニルは手に握る剣の一振りを投擲し全速力で走る。一直線に突き進む剣は躱され壁に突き刺さるも、回避の際に隙が生まれた。


(ここっ)

 剣を三本も重佩かさねはいている彼女は、抜きざまの斬り上げで凶手のあばらから刃を通し肩で抜く。吹き上がる鮮血は壁を汚し、肉塊は力なく崩れ去った。


 これに怯むはずもない敵は焦ることもなく、陣形を十一人のものへと変えようと動きを見せるのだがこれが致命的。一人を崩せれば後は簡単、という彼女の考えはこの瞬間を待っていた。惜しげもなく手に握る二本目の剣も投擲し、先の一撃を繰り返すような素振りを見せ反撃と防御を誘い出してから、一瞬で体を翻す。


 殺気を感じ取り背中に飛来していた短剣を掴み取り投げ返す、ものの見事に胴へ突き刺さった短剣蹲る凶手を蹴り飛ばし呼吸を整える。

 短剣を掴み取った影響で右手には切り傷に、刃に塗られていたであろう毒が体内を駆け巡る。蹴り飛ばされた相手が藻掻き苦しんでいる所から、グニルでなければ致死量であることが簡単に窺える。

 得物たる毒が効かず、剣戟では足元にも及ばないであろう相手グニルに生き残っている凶手たちは、目配せを行いながら半歩後ずさる。


 然しながら時間を限界まで引き伸ばす天眼の前には大きな隙であり、見逃す道理はない。床を踏み砕こう勢いで飛び出して最後の剣を振り抜き頭と体に別れを告げる。

 床を汚す頭を踏み砕きながら、まだ命のある相手に視線を向けて熱せられた息を吐き出す。


「…ふぅ。まだやる?…勝ち目はないよ」

 凶手の一人が後ずさる瞬間、爆発的に飛び跳ねたグニルの刃によって首を貫かれる。突き刺さった状態の剣を寝かせて、隣に立つ者の首もねれば半数が落ちたことになる。

 まだ生きている六人は理解する、この場を支配する者が誰であるか。


(すっごい眠くなってきた…。これで引いてくれればいいんだけど…いやでも逃げられると困る)

 あまりに脅かしすぎたせいか、恐慌状態に陥った凶手は連携もクソもない自棄っぱちの突撃を敢行する。


「まったく…もうちっと後先考えるんじゃな。屋内で魔法を使うのははばかられるんじゃがな…仕方ない、後で翔吾殿に怒られるとしよう」

 一〇〇年以上は聞き続けた愛しい声が月光の差す廊下に響き、この後に起こるであろう魔法現象を回避すべく勢いよく床に伏せる。

 “突き進む風の化身は我が半神”空間に文字で円を形作る。魔法陣は淡い光を放っては、人の膝ほどの体高をした半透明の狐を一匹生み出す。


「ゆけ」

 小さく頷いた狐は目にも留まらぬ速さで走り抜ける。


「ご苦労さん」

 狐が消えるのを見届けた凶手たちは首を傾げる。当然であろう、ただ半透明の狐が走り去っただけで被害もなにもないのだから。正に狐に化かされたような状況。足を止めたことによって冷静になった精神には、怒りの感情が芽吹く。


『馬鹿にしやがって!』

 一歩踏み出した瞬間、視界が赤く染まり視界が崩れ去る。


 気がつけばテオドルの目の前から狐が消えた地点までの廊下が、ズタズタに斬り裂かれているではないか。音もなく窓は割れ、壁に穴が空き、凶手は肉塊へと変わっている。無事なのは床くらいなもの、血肉で汚れているので掃除は必要だが。


「おーいグニル、生きとるかー。…真っ青な顔をして、…寝ておるな」

(毒でも受けたのかのう、暫く寝てれば治るじゃろう)

 様態を確認し、問題ないと判断したテオドルは後ろを振り返る。


「ともえ殿ー、敵は片付いたぞー。こっちは大丈夫じゃ」

 姿を現すのはともえと、その手勢たる料理長や使用人の類。水面下で諜報を行う人員である。


「…今にも死にそうな顔をして倒れているけども…大丈夫なのかい?」

「大丈夫大丈夫、グニルは丈夫での。これくらいで死ぬようならこの場にはおらんて。とはいえ大切な妻じゃ、ワシは介抱するために撤退したいんじゃが」

 この一団は素楽の部屋へ奈那子を迎えに行くために行動している。方向が一緒だったからと付いていたのがテオドルだ。


「後はこっちでなんとかするさ、あんたは自分の奥さんを大事にするんだね。然し…派手にぶっ壊してくれたもんだねぇ」

「いやー…申し訳ない、相方は加減というものを知らんくてのう」

「まあ今はいいさ、行くよあんたたち」

 数名の手勢を連れてともえは上階を目指す。


(無茶ばかりしよって…、いくら丈夫でも心配なものは心配なんじゃよ)

 壁を背にグニルを抱きかかえたテオドルは月夜を眺める。

(…ワシがグニルを運ばねばならんのか、人の手を借りておくべきじゃったのう)


―――


 執務室に人がいることを確認しに張り出しの手すりに降り立つ。中に入る予定はないので、あしゆびに力を込めて体勢を維持する。


翔吾しょうご様、報告です」

 報告に来るであろうことは十分想定できる状況、怪我等がないことに安堵して言葉を促す。


「居住区に敵影一〇以上がグニルと戦闘中、兵舎付近に六、南門付近に二十以上。ここに来る前に兵舎へと情報を提供しましたので、敏春としはる様が中心となって動いもらってます」

 茶蔵に駐留する中央軍の指揮権は敏春にあり、有事の際は独自裁量で茶蔵軍をまとめ上げて行動することができる。


 兵は神速を尊ぶ。この執務室と往復して話し合っていては、後手に回ることは明らか。騎士という軍人でもあった彼女は、真っ先に兵舎へと向かい判断を委ねたのだ。

 今はその事後報告。あくまで今後の方針を定めるのは、心臓部たる行政官たる茶蔵主の仕事だ。

 ご苦労、と伝えれば、素楽は朱い翼を広げて月夜に飛び立つ。索敵において右に出るものはそうそういない。自身の活用方法を理解しているので、事態が収拾するか体力に限界が来るまでは飛び回るのであろう。


「ブロムクビスト夫妻によって居住区に現れた凶手は全滅したのですが、グニル殿は毒に侵され意識不明。印南いなみ嬢は木角きずみ様率いる一団によって無事に救助されたとのことです」

「非戦闘員の避難状況は?」

「ほぼ全ての収容を終えています」

 けたたましい笛の音に起こされてから少しばかり、茶蔵主たる翔吾の許には夥しい数の報告が上がっている。


「ならば兵士の一部は彼らの護衛と監視に、残りは城内の索敵を行うように告げよ。配分は任せる」

「はっ!」

「重忠、お前の手勢を使って城内を浚え。暫くの間は戦闘中という建前で人を隔離できている」

 いい機会だ、と敵の手引を行ったであろう鼠の駆除を行うようだ。


「畏まりました。…そうですね、日の出までには終えましょう」

「各門の封鎖はどういたしましょう?」

「開けておけ、城下に逃げるようであれば逆鱗さかうろこや中央祭事部の手の内が勝手に動く。むしろ入ってくる人員には警戒するように」

 無理矢理に叩き起こされた弊害だろう、彼の脳内には少しばかりの霧がかかっている。茶でも飲んで気を落ち着けたいと考えるも、こういった混乱しきりな状況では何を飲まされるかわかったものではなく、自然と飲食は控えている。


(…敵は猫系の獣人。詳しい情報はまだわからないが、グニルが動いたことを考えれば狙われたのは素楽の身柄だろう。暗殺か誘拐か、口を割ってくれれば助かるのだが…。魔法部へ兵を向けたほうが良いか)


「魔法部に割ける人員は?」

「索敵中の者でよければ」

「ふむ…、ここの護衛も一部連れて行け」

「それでは殿下の身が」

「構わん。さっさと動け」

「はいっ」

 椅子にもたれ掛かっては外に目を向ける。


(思ったよりも相手の行動が早かったな。指先尾先を刻んではいたけども、ここまで強行作戦を図るとは…背を獅子に掻かれたか?中央での不審な動きも考えれば、彩鱗に何かが起こりつつあるのか)


―――


 月夜を飛び回る素楽の瞳には城の内を動き回る魔力が見え、激痛の走らなくなった魔眼は便利の一言に尽きる。個々の判別こそ出来ないが壁を壁を透かして魔力視を行う異能は、索敵能力を大きく引き上げることになった。事実、月明かりのみの夜中でも彼女は十分に人の動きを追えている。


(南門付近は…今戦闘中みたいだねー。半ば包囲しているような状況だし問題はないかな、被害が出ないと良いんだけど…流石に。グニルはもうわからないな、魔力の反応がなくなってるし…)

 情報収集も重ねて行う。翼人というのはこういった役回りが主となる。何分上空からの索敵や情報収集などというのは、彼ら彼女ら以外では難しい、いや不可能ともいえる特権だ。


(今の所は、変な動きは見えない、これで終わってくれれば助かるんだけど。…西門に魔力の反応がない?)

 要点要点と移動しながらの地上に目を向けていたのだが、一度高く飛び上がり俯瞰ふかんして見ることで小さな違和感に気がついた。本来はいるであろう門を護る者の魔力の一切を視ることができないのだ。これ不審と宙を滑るように西門に向かった素楽は、屋上へと降り立つ。


(ほんの微弱な魔力…、もしかして)

 前に掛けていた魔導銃を構え、いつでも射撃ができるよう魔力を注ぐ。

 ギィと扉の軋む音と共に内部へと足を踏み入れれば、鉄臭さの混じった空気が鼻を覆う。真っ暗闇で明瞭な視界を持つわけでもないので、衣嚢から光石を取り出し魔力を注いでから投げ込む。床を小突きなから進んだ光石は、何かに当たり停止する。


(………)

 光が照らす先にあるのは竜人の死体。武装しているところを見る限り、西門の警備にあたっていた兵士の一人であろう。


 警戒を密に歩み寄れば死体を中心に血液の湖が形成されており、人目で息絶えていることが窺える。外傷と呼ばれる部分は首にある裂傷、不意の一撃で命を落としたのだろう、顔は驚きで固まったままだ。

 大きく開かれた目蓋を下ろして探索を進める。

 言わずもがな結果は全滅。城内に侵入した敵は西門を制圧後に各々が役割のために分散したのだと悟る。


「……」

(誰か向かってきている)

 風に揺れる葉擦れの音に紛れるようないくつかの足音、忍ぶような風でもなく少なくない人数。状況を考えれば連絡の途絶しているこちらへと兵士が向かってきていると思えるのだが、敵が逃げ去るために全力で走っているとも考えられる。


 魔眼で視ても人数が一〇人程というだけの情報、内部の探索を行うために随分と進んでしまった以上、逃走にはいくらかの時間を必要とする。

 仕方ないと息を潜めては耳に神経を集中させ、話しているであろう言語の判別をおこなう。


「――。――――。」

(彩鱗の言葉だね、よかった)

「ご苦労さまです」

「うおあっっ!!」

 魔力によって朱く形作られた角と真っ朱な瞳、光る魔石をもった少女が暗がりから現れたことに驚いたのだろう、兵士の一人は尻もちをついで大声を上げる。


「ご、ごめんなさい。驚かせてしまいましたね」

「か、香月祭務長でしたか。はぁー…驚いた。……なんでこちらに?」

「どうにも人の気配を感じなくて、調査にと足を運んでいました。正確な人数はわかりませんが、ここから先には遺体が」

「あぁ、やはり。我々は杵島隊長から西門の様子を確認するよう言いつけられまして…。然し…皆、亡くなっていましたか」

 同じ城を職場とする兵士だ、顔なじみも多かっただろう。眉を曇らせ、拳を握る彼は一層沈んだ様子を見せるのであった。

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