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そらの飛ぶお仕事  作者: 野干かん
第四編 石に魔はさす。
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六話②

「そういえばグニルの眼はなんで天眼てんがんっていうんですか?」

 何度か見ている漆黒の瞳。それをテオドルは天眼と呼んでいた。


「生まれつきのものは天眼、後天的なものは魔眼じゃ。ただの言い分けじゃから深い意味はないのう」

「父さんも母さんも同じだった」

 どこか誇らし気なグニルは瞳を黒く染めてみせる。吸い込まれてしまいそうな漆黒に、素楽そらは少しばかり震えて居住いすまいを正した。

「未だ苦手?」

「…ちょっとだけ」

 はにかみながらの返答。最悪な第一印象の影響は、心のしこりとして未だに残っている。素楽とグニルは仲良くしているのだが、どうにも漆黒の瞳には抵抗があるらしい。


「その瞳も魔力が視れるの?」

「素楽ほどでないけど魔力が視える。おまけで天眼を開いてる時は時間がゆっくりになる」

 あくまで体感時間の引き伸ばしを行うだけで、周囲よりも素早く動ける訳ではない。とはいえ三〇〇年以上鍛え抜かれた抜群の身体能力が合わさっているため、人と呼ぶには並外れた力となるのは確かだ。


「なるほどー」

(だから魔導銃に対応できたのかな?)

 魔導銃及び魔法弾の性質は知られていなければ一方的に命を奪える武具だ。事実、彼女が魔導銃で上げた戦果はどれも、相手に対応の機会を与えないばかりである。それを初見で打ち破ってきたのだ、天眼の影響と考えるのも変ではない。

 実際はブロムクビスト夫妻の居た国々には銃という火器が存在したのが原因だ。引き伸ばしと魔力視を行う天眼、並外れた身体能力に加えて銃の知識と素楽には天敵なのであった。


「そうそう、お二人に見てもらいたい物があるんです」

 ゴトン、と重そうな音を立てて机の上に置かれるのは、石門の地下から掘り起こされた魔石。結局の所、古字で滅茶苦茶に書かれた文字列の解析はできていない。文字で魔法陣を作り出す二人であれば、もしかしたらと呼んでいたのである。


「石門に魔力を流すと地面の中にあったこの魔石に流れ込んでいたみたいで、掘り起こして持ち帰ってきたんです。一応四方に流れていたので、あと三つ埋まっているかもしれません。書かれている文字は石門自体にあるのと近く、彩鱗の古字らしいのですが並びが変らしくて」

 似た魔法を使うのだから解析とかできませんか?とでも言いたげな瞳が向けられる。


「のうグニル、お主は魔法陣の編み方はいくつわかる?」

「一つ。『古式六字三貫』だけ」

「まぁそうじゃろうな、ワシは我流と含めて四つなんじゃがな。素楽ちゃんや、あっちの魔法陣は失われた物も含めれば、…両手両足の指を足しても数え切れんほどの法則があるんじゃ。なんでだとおもう?」

「…言葉や文字、種族の違いですか?」

 彩鱗の周辺や桧井の周辺でも魔法には違いがある、大体は言葉と文字の違いが大きい。


「半分正解じゃな、残り半分は秘匿性と暗号化じゃ。ワシらのいた世界では魔法陣技術というのは、高名な師匠に仕えて半生を掛けて習うようなものでの。簡単に他人に真似されては弟子も付かなくなってしまうから、内容を秘匿するよう発展していったんじゃ」

「あー…」

 続く言葉を察してなんとも言えないことを捻り出す。


「まったくもってわからんちんじゃな!かっかっか。まあでも乗りかかった舟じゃし力は貸してやるわい、親御に会いたいなんていう願いを叶えてやれないようじゃ、この場にいる意味はないからのう!」

「わたしも協力する素楽」

 子を守る親のような容貌の二人はコツンと拳を押し当てている。


「ありがとう」

 尚、グニルは椅子に座りながら鼻提灯を膨らませては、テオドルに呆れられていた。


―――


 月が地上を見下ろす夜の時。白髪榛瞳の大女が立ち上がり剣を重佩かさねはく。


「今日も行くのか?熱心なもんじゃのう、この城には素楽ちゃんに危害を加えるような者はおらんよ」

「知ってる、利益のために目を光らせている人がいるだけ。だけど護衛だから」

「……。親のおらんかったあの子達と重ねるのは勝手じゃが、本当に必要な時に動けぬようでは意味がないからの。その事は忘れるでないぞ」

「大丈夫」

 静かにテオドルに歩み寄ったグニルは頬に口付けをする。


「気をつけての、ふぁぁ…」

「うん、おやすみ」

 スタスタと足音も立てずに進む先には翼人の寝所、普段通りあれば既に寝ている時間であろう。


 指先に魔力を集め淡い炎を起こしては壁をなぞる。“来来者者報報”人が現れたら魔法陣を描いた者に知らせる魔法である。それを背にグニルは壁に寄りかかって瞳を閉じる。

 いくらかの時間が経ち、立ったまま眠っていた彼女の脳内に鐘の音が響く。それは誰かしらが現れた証左。

 目蓋を薄く開けて人影を確認すれば、燃えるような赤髪の竜人、素楽の侍女をしている奈那子だ。彼女は毎晩姿を現しては主たる素楽の寝姿を確認し、必要であれば布団をかけ直して帰っていく。主従というよりかは妹の世話を焼く姉のような存在であろう。


(今日もいるんスね、熱心なこって)

(護衛だから)

 誰かさんを起こさないよう慎重に小声で話す。


(夜はまだ冷えるッス)

 毛布を手渡した奈那子ななこは一瞥もすることなく、素楽の寝所を確認する。時折にとんでもない格好で寝ているので、気温の今の季節は注意が必要だろう。


 月明かりを頼りに寝台へ近づけば布団の隙間から屋住みが顔を見せる。これらも護衛の一種なのだろう。人並み外れた魔力が体内でうねり、余剰たる残滓ざんしの溢れ続ける彼女は、屋住やすみにとっては安定して魔力を得られる餌場のような存在。

 加えて彼らを邪険に扱うこともないので、日向ぼっこをしている時か、素楽が忙しくしている時以外は付き纏っている。

 換毛期も少しは収まりが見え、新たな寝台は比較的綺麗な状態が維持されている。


(問題はないッスね)

 深夜ということもあり小さな欠伸をしてから部屋を出る。壁に凭れ掛かるは大女、毛布を雑に纏っては器用に立ったまま眠っている。毎夜護衛してくれることは助かるのだが、夫婦という関係にヒビが入らないのか不思議に思うところはあった。


 目の前を通り過ぎようとしたその時、パチリと目を開いたグニルは廊下の先にある闇を凝視する。一度だけ瞳を漆黒に染め上げてから元の榛色に戻す。


(素楽の部屋戻って、戦うの嫌いでしょ)

「えっ」

 状況が飲み込めない奈那子は目を白黒させるが、指さされた先にある素楽の部屋へと急ぎ戻る。振り向きざま見えた鈍く月光を反射させた刃をみたからか、心の臓腑ぞうふはバクバクと轟音を立てて脈打ち、今にも破裂してしまいそうだ。


(戦い…?戦いが起こる?今、この城で…?)

 呼吸は浅くなり今すぐにでも喉を詰まらせてしまいそうで、全身の筋肉は一向に動こうとはしない。


 深呼吸を行おうとしている時、ふと奈那子は気がつく。嫌というほど耳に纏わりついていた鼓動の音が聞こえなくなったのだ。状況が呑めず胸に手をおいてみれば、振動は間違いなくそこにあり、音だけが世界から消え失せたような状況である。

 無理繰りに体躯を動かして一歩踏み出せば足音も聞こえず、眠っている主の名前を呼んでも口から出ることはない。


 大声で助けを呼ぶことも出来ない状況、ふと脳裏に記憶が蘇る。彼女に拳を振り上げる男の姿だ。咄嗟に頭を抱えるようにしてしゃがみ込むが、痛みが到達することはなく。記憶の中にだけある存在なのだと思い知らされる。

 床を這いつくばりへっぴり腰な奈那子は乱れる呼吸のまま、素楽の寝台へと辿り着く。


 安堵の息を吐き出して座り込めば、肩には白い羽毛の塊が触れる。体躯を震わせてぎこちない動きで見上げれば、朱い瞳と頭部から枝角を生やした少女がそこにはいた。

 音のない世界、素楽もそれは認識したようでゆっくりと口を動かして奈那子を抱き上げる。


(かくれてて)

 衣装棚に詰め込まれた彼女は、涙で瞳を濡らして首を左右に振るも、扉は閉められた。


―――


 二匹の屋住みに起こされれば、青い顔で涙を溜めた奈那子がそこにはおり、緊急事態を察した素楽は魔力視で周囲を探っていた。


(一階下で戦闘?扉の外にグニルはいないから)

 直様、明瞭になる頭を回転させながら状況を探るも情報が少なすぎる。加えて震えながら這いつくばる侍女を放っておくことは出来ないと、衣装棚に奈那子を隠し小机の引き出しから結界の魔石を取り出す。魔力を注ぎ天面を叩いて奈那子を護るように置けば、魔石を抱え込むようにしてコマが陣取り、ちょこんと座る。


 魔力を食べているのかと魔力視を行えば、逆に少しずつ魔力を注ぎ込んで補給している。結界に阻まれて近寄れないため、ありがとう、と口を動かせばコマは座ったまま目を細め閉じる。

 私室に魔力は確認できないので、警戒を薄めて一直線に魔導銃の隠し場所へと向かう。

 魔法弾として撃ち出せる消耗品の魔石は残り二つ、冬の間に実験や武器としての説明で使ってしまっている。


(複製するためにも最後の一つは残しておきたいけど、命には変えられないね)

 雷目式に一発装填し衣嚢いのうに最後の魔石を詰め込む。


 コンコンコン、と指で机を叩くも耳には音が届かない。改めて周囲を魔力視で探索する。

 扉を出た先に二つの魔力の反応と、廊下には床に伏せる人型の魔力。前者はグニルの魔法陣で、後者は誰かしらか死体だろうと推測を行う。

 机の上に乗ったくしゃみは背筋を伸ばすように座り、まるで指示を待つように佇む。屋住みというのは不可思議な生き物だ、彼らは人語を理解し人間に近い思考ができるようにみえる。

 ちょっとまって、と手振りで示して紙と筆を取り出す。


『香月素楽の部屋、寝室の衣装棚に奈那子を隠しています。これを見た方は彼女を安全な場所に連れて行ってください。香月素楽、中央祭務長、めぶきの雪飾ゆきかざり爵士しゃくしからの命令です』


 腕に生える羽毛を一本抜き取り、紙に折り込む。中央祭事部の看板と王家から授かった勲章を笠に着ているのだ、これに逆らえる者はそうそういない。

 文言を書き終わる頃には隣の寝室からすすり泣くような声が聞こえる。どうやら音を遮断するなにかは効果を失ったようである。


「くしゃみ、お願い。これをくしゃみが最も信頼できる人に渡して、そして、ここまで案内してくれると助かる」

 手紙を差し出して、顎の裏を撫でる。さあ行って、と目配せをして扉を開けば脇目も振らず走り出す。


「奈那子、聞こえてる?もうじき誰かが助けに来るはずだから、そこに隠れててね」

「…はい、…」

「コマ、頼んだよ」

「まお」

 戦闘装備を整えた素楽は扉の外を確認しつつ、部屋を後にする。

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