六話①
自身で弦を張った大弓を一張構えて、馬に跨るのは小柄な翼人。箙には一〇本の矢が綺麗に並んでいる。
弓の具合を確かめるとのことで、馬の用意まで言いつけられた者らは一様に首を傾げていた。
騎馬の鍛錬を行う修練場では軽く馬を慣らす素楽の姿、そして見守る翔吾や奈那子、兵士たち。
「騎射ってのが得意って言ってましたが…あの的を馬に乗って一〇個も撃ち抜くんですかね」
「そうじゃないかな。結果がどうあれ拍手で迎えるべきだろうね」
「のう、翔吾殿。素楽ちゃんは騎馬民族なんじゃろうか?」
「そこまではわからないが、弓を用いる騎兵とは言っていたよ」
見物人は様々な話をしながら彼女の動きを注視する。乗馬の心得があるものかすれば、安心して見ていられるほどに慣れた動き。百点満点だ。
逆に奈那子は心配そうである。何かと危ない目にあったり、命知らずに突撃する性格からでた錆だろう。
準備を終えた素楽は観客に向かって大きく手を振る、今から始めるよー、と告げるためだ。
弓が違えば馬も違う、前回の天夏祭からは二年以上の開きもある。然しながら彼女の自信は全て命中すると告げている。一度深呼吸を行い意識を集中させてから、鐙に立って馬を蹴る。
(良い馬だね、物足りないけど)
騎手の言うことに従う従順な馬、脚の速さも問題なくこれといって貶す点のない駿馬。ただし素楽からすれば我が弱く荒々しさの足りない優等生にすぎない。
癖が強く爆発力に優れた、自身で考え脚を進める一握りの傑物こそがお眼鏡にかなう馬足り得るのだ。四方八方、目に入る存在に威嚇していた悍馬の事である。
一射二射と綺麗に的の中心を射抜いた彼女に歓声が上がる。なにせ馬を襲歩らせながら精密な射撃を行っているのだ、化け物以外の何者でもない。
「その調子、いい子だね」
独り言ちたその声は誰の耳に届くこともなく、最後の一矢を打ち放つ。空を裂いた矢は的に吸い込まれるように突き進み、見事に真ん中に命中することとなった。十射十中、見物客を大いに湧かせたのである。
歓声を全身で浴びながら馬を常歩かせる。流石に騎射会程ではないものの、賞賛の声は嬉しいものである。
「ご高覧いただきありがとうございます。わたしの故郷では豊作を祈る祭事として行われていたもので、茶蔵…いえ彩鱗の全土の豊作を願い全ての的を射抜いてみせました」
軽い身のこなしで馬上から下りては慇懃な礼で観客に応じる。
豊作を願う神事であること自体は間違っていないが、深く考えていたわけではなく新しい弓を貰ったのだから試射しに来ただけである。湧いているのだから、と新たに薪を焚べる。
「弓と馬が得意とは聞いていたが…ここはでとは。香月の嬢ちゃんが男だったらとんでもない勇名が轟いんでしょうな」
舌を巻くのは杵島敏春、中央軍の一隊を取り仕切る長ということもあり彼女の腕前を見抜く。
「そんな凄いのかい?」
「そりゃまぁ、西方兎の騎馬戦術があるじゃないですか、アレってこんなちっこい弓を使って騎射をするんですよ。対して香月の嬢ちゃんは大弓を軽々扱って外すこともなく的を射抜いたんです、騎兵として多少の得意不得意は分かれるでしょうけど…バケモンですよ、ありゃ」
「向こうで一番上手いって言ってたのも頷ける話だね」
褒め称えられている婚約者に鼻高々といった様子。だったのだか、子供を褒めるおっさんの如く、素楽の頭をなでたりしている兵士に悋気を燻ぶらせるのである。
(まったく…私の婚約者だということを忘れているのではないか?)
浮かれる兵士らに水を差すのも気が引ける。仕方なしにわざとらしく咳払いをして散らせては、素楽の前に立つ。
「感謝するよ、香月祭務長。貴殿の祈りは国中に広がり、今年は豊穣の年となるだろう」
祭事の一環として扱うことで沸き上がる一帯に収拾を図る。こうでもしなければ騒がしい空気はいつまで経っても収まることはないのだから仕方ない。とはいえ観客たる兵士の内に宿る熱は冷えることを知らず、どこか落ち着きのない様子である。
「お役に立てたのであれば祭務長として冥利に尽きます。本来であれば初夏の、一番日の長い日の神事なのですが、次の夏にも行って良いでしょうか?」
久しく触れていなかった弓と馬、これらは素楽にとって楽しいひと時に成り得た。どうせならまたやりたいので、と祭事の一つに異国の祭りを入れても良いのかを問う。
「…一概には答えられぬが、口添えは約束しようではないか」
「ふふ、ありがとうございます、茶蔵主」
中央祭事部への問い合わせは、審議中、という結果で、暫くの後に届くことになる。
天上、龍神の国より舞い降り遣わされたと言われても違和感のない素楽が、新たなる豊穣の祭事を興したい、というのである祭事部の者が頭を悩ませるのも合点がいく。今年の収穫量を見て考えましょう、それが結論となり「審議中」という返答に繋がったのだ。
(外つ国の祭事なんて入れたくないのは当然かー。悪い事しちゃったなぁ、審議中っていうのもわたしに気を使ってのことだろうし、中央祭事部に行った時には謝っとかないとね)
元凶は暢気に考えるのであった。




