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そらの飛ぶお仕事  作者: 野干かん
第四編 石に魔はさす。
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五話④終

 良い機会だと三日ほど何もない休日を言い渡された素楽そらは、魔石を弄り回すことも大空を飛び回ることもぜず、ゆったりとした休日を過ごすこととなる。


 そんな折に笹かま商会から寝台と好川家からの贈り物が届いた。

 好川よしかわ巳之助みのすけ笹生さそう哲学てつがく、どちらも主流たる貴族家の者。武具の取引等で縁があるのか、贈り物の運搬には、信頼の置ける笹かま商会を、と指名したとのこと。


「これは香月様、お久しぶりです。以前お会いした時よりも一段と美しくなられましたね、我が商会では美を追求する品々もございますので宜しければ」

 機嫌の大変良さそうな哲学は手土産にといくつかの化粧品を手渡す。


「ありがとうございます笹生様」

 美醜に関心がない訳ではないが、そういった類の手配は侍女たる奈那子の領分。礼だけを述べて、使用人に手渡し扱いは任せる。

 そんな様子を見ては、同業者から集めた情報は正しいのだと確信する。


「此度は此の方、商品と好川家からの贈り物を持参いたしました。我が方の商品に何かお困り、もしくは不満な点など御座いましたら何時でも笹かま商会にお声掛けください」

 今まさに新しい寝所に運び込まれているそれ。値段にしては限界の安値と財務長が言っていたのだが、城に運び込まれる前の検品では何も異常は見られず、自身に対する投資なのだろう、と素楽は考える。


「こちらが好川巳之助様からお預かりした贈り物、銘は凍晴いてばれ、細かな説明の文言はこちらにあります」

 机に置かれるは一本の大弓と弦。どちらかといえば目が肥えている素楽からすれば、手の込んだ逸品だと一目でわかる存在感を顕にしている。


「これはすごい」

 感嘆の声を漏らしては弓を触り、付随した書に目を通す。

 材質や手掛けた匠の説明、手入れと弦の張り方まで事細かに書かれている。紙を捲れば巳之助からの礼と馬の近況が綴られたもの、案外に筆忠実のようでびっしりと書き込まれている。


「好川様にお会いしましたらお礼を伝えていただけると助かります。非常に良い品を受け取りました、と」

「承りました。…そうそう私共、面白い品を――」

 丁度今思い出しました、と言わんばかりの演技に続くのはいくらかの商品。先程に贈った化粧品類とは異なり、風変わりな珍書奇書や堅苦しい学問書など事前に調べ上げた結果から持ち込んだ品々を展開する。

 素楽は楽しそうに顔を綻ばせ、興味のあるものをいくつか購入したのであった。


―――


「では素楽ちゃんや、経過を診てみようかの、瞳に力を込めて見るんじゃ。なにか違和感や痛みなんかがあったら直ぐに止めるんじゃぞ」

「はい」

 一度瞳を閉じてから深呼吸を行う。


 目蓋を上げると同時に眼へ力を込めれば、一切の痛みなく周囲の魔力を視れるようになる。頭を回して順繰り見渡せば、壁の向こう側を歩いているであろう城仕えの誰かしらを認識できる。朱く染まった瞳にはなんの異常もなく、そうあるべき姿と言わんばかりに素楽に馴染んでいた。


「痛くも異常もありません」

「うーむ…」

「……」

 問題があると言いた気なのは彼女以外の面々、皆一様に唸っている。


「もういちど魔眼を使ってもらって良いかのう」

「わかりました」

「…やっぱりか」

 コテンと首を傾げる本人には何の異常も感じられない。つまりは見えない位置に何かしらの以上が現れるのだろう。


「これは鏡を持ってきたほうが早いッスね」

 使用人を走らせて持ち込むは手鏡、素楽の前に構えられた。


(何があるんだろう?)

「体躯には異常が無い、というか素楽ちゃんが魔力の操作を行えないと聞いとったから、余剰な魔力を外へ逃すようにしたんじゃがな…。驚かんでくれな」

 深刻そうな周囲の眼に、珍しく小さな緊張を見せた彼女は眼に力を込める。


 するとみるみるうちに橙瞳は朱色に変わって、額にほど近い頭部から瞳や翼を同じ色の枝角が生え、目尻と上頬には鱗状の模様が浮かび上がる。その姿はまるで竜人である。

 触って見ようと角に手をのばすも、触ることは敵わず空を振り切るのみ。魔力が可視化されて放出されているだけなので当然なのだが、半透明の角は触れても不思議はない見た目をしている。次いで目元の鱗模様、こちらは皮膚に浮かび上がっているので触った所で、そのままの感触が返ってくる。


(もしかして!)

 角、目元の鱗と来たのであれば残るは尻尾、勢いよく振り返ってみるもそこには何もない。魔眼の魔力を逃しているのだから、腰部と何の関係もないのは当然であった。


「ふむ。付け角は必要なくなったねー」

 もっと慌てるか驚くかすると思っていた面々は肩透かしを喰らう。元々豪胆というか精神が細いとは言い難い性格だ、こんなもんであろう。


「改めて聞くが何も異常はないんじゃな?」

「ないですねー。快適になりました、ありがとうございますテオドルさん」

 キョロキョロと周囲を見渡しては興味深くしている。


「これ。暫くはそう無闇矢鱈むやみやたらに使うでない。というかこんな狭い部屋では見れるものも多くないじゃろうに」

「壁の向こうにある魔力も見えるんですよ、あっちにくしゃみとコマが寝てますね」

 形こそは小さいが大きな流れの魔力を見つけて素楽は指をさす。


「テオ」

「……はぁ。のう、ちと足元の先を見ることはできるか?」

「見えますよ、『龍脈』はこっちだと…龍の血潮でいいかのかな?地中を流れる魔力ですよね?」

 最初から見えていたものだ、これといって不思議なことはなく、なんとなく流れを遡ってみれば白臼山の方向だ。


(よくもまあ、何度も魔眼を使って眼か脳が壊れんかったのう。存外に適正があったと考えるべきか)

「よいか、ワシもこうして施術した事は初めてじゃ、何が起こるかわからん。ゆっくりと時間を掛けて使うようにするんじゃ、お主の身に何かあれば悲しむ人は多いからの」

「そうですね、わかりました」

「使わないのが一番じゃが…」

 無理なんじゃろうな、と言葉を飲み込んだテオドルは、グニルへと目を離さないようにと小さく告げる。


―――


「つまり、魔眼を使うと角が生えると」

「そう、触れない角だね」

 晩餐会ばんさんかいなどがなければ夕餉ゆうげは翔吾と素楽の二人で行う。大体は一日の出来事を話すか、呼んだ本の内容等が語られる憩いの時間。


(それは本当に大丈夫なのだろうか)

 至極当然の考えを浮かべては、寛ぎながら屋住やすみをねている素楽を見つめる。


(何かあればともえと奈那子が急ぎ来るか)

 どこからどう見ても不調のふの字もない愛くるしい婚約者の姿。額から生える枝角に興味はあるが、後日に見せてもらえば良いかと翔吾は考えを頭の片隅に追いやる。


「そうそう、もう聞いているかもしれないが私室の準備が終わったようだよ。今日からでも使えるようにしてあるみたいだけど…」

 客室から居住区までは少しばかりの距離があったのだが、彼女の新しい私室と寝室は翔吾の部屋と程近い。

 言葉を紡ぎ始めてから急かしているような、そして良からぬ誘いをしているような気になり、言葉を窄めて曖昧な表情を見せる。


「じゃあ今日から移動しようかなー、これからはいつもよりも少しだけ長く話せるね」

 莞爾かんじと笑みを浮かべた素楽からは楽しい気である。


 使用人を呼んでは今日から部屋を移る旨を伝えれば、察していたようで慌てることもなく支度を進めるために消えていった。彼女の使っていた客室は少しばかり色々な物が置いてあるため何度か足を運ぶ必要があるのだが、寝室を使うだけであればそうそう必要なものは多くない。

 ここ二年弱、ほぼ身一つで現れた素楽の部屋には、衣服や装飾品などを除いても様々な本や魔石の類が収められている。それと屋住みの体毛か。

 よくもまあ、見ず知らずの異国でここまで馴染めたものだ。


「くく、そうだね」

 清々しい笑顔で返す翔吾だが、内心では心の臓腑が高鳴り尻尾が揺れてしまわないよう抑え込んでいる。部屋の配置が近くなるというのは、今後の事を意識せずにはいられないようだ。


「脱皮の時期?」

 素楽から投げかけられた質問に、自身の尻尾が小さく揺れているのに気がつく。抑え込められてなどいなかったのである。とはいえ丁度良く尻尾は白味ががかっており、脱皮の時期を意味していた。


「そうみたいだ」

「その時になったらわたしが剥こうか」

 鱗で覆われた四本指をうねうねと動かして素楽は口角を上げる。


「いや、その、恥ずかしいから自分でやるよ。尻尾の脱皮を手伝って貰うのは、…子供の時だけなんだ」

「そうなの?恋人同士はお互いに手伝うって教えてもらったんだけど」

 使用人の誰かに吹き込まれたであろう知識を問うて首を傾げる。そういった甘いひと時を過ごすのが、市井で流行っているのは確かである。


「……」

(誰に教えてもらったんだか…)

 翔吾は天を仰いだ。

第四編五話の終わりです。

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