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そらの飛ぶお仕事  作者: 野干かん
第四編 石に魔はさす。
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五話②

 魔石を削り温水や水成の魔石を制作し終えた素楽は、刻筆と完成品を魔法師に手渡す。この後に表面を加工してから城内に行き渡る手筈だ。筆の方は盗難の警戒に魔法部で管理される。

 試験的な運用であるが中々に好評、水の運搬という手間を魔力で補うのは受け入れられつつある。


(最近は人の入れ替わりが多い。そういうこと、なんだろうけど外に出す程の生産はわたしには難しいし。…魔力の効率の良いこっちの魔石は、耐久に難があるんだよね)

 交換の頻度が高いので盗難にでもあっているか、誰かしらが悪意をもって破壊しているのかと疑ってみたが、そういった事実は一切浮上しない。ともえと重忠しげただが手勢で探らせたのだから間違いはないだろう。不届き者自体は水面下で処理されている。

 そういった事実から導き出された仮説は、耐久性が低いという可能性だ。


 石の加工を生業としている石屋に依頼し、松野から持ち込んだ光石と同じ形状に切り出して陣を施し、両方が寿命で砕けるまで魔力を流し比べてみた結果は

、松野産の魔石よりも四割ほど短いものであった。

 用途によって変わるであろうが、それでも凡そ四割減となれば素楽の仕事も多くなるもので。


(制作できる人が育つまでは現状維持かなー。茶蔵の新技術って銘打てば翔吾様の対外的な評価も上がるだろうし、陛下にも石門を開いて知識を取り入れる有用性を示せるかな)

 国同士の外交に関わる問題だ、素楽個人で同行できる部分は少ない。


(どっちかといえば桧井の方が問題かなー。今と今後がどうなっているかは知らないけど、純人至上主義の貴族が横槍を入れてきそうだねー。椋原家との交渉かな、先ずは)

 起こりうるであろう厄介事を思い浮かべれば、どうあがいても大変であろうことが窺える。

 屋住みたちが日向ぼっこを始める暖気、少しばかりの眠気に誘われ欠伸をしては、教本を作るべく筆を進める。一年二年は掛かると踏んでいた段階は、春生が手早く突破していた。


素楽そらちゃんや、おるかー?」

 どこか爺臭い口調の若々しい声の主はテオドル。熱心に魔石魔法を学んでいる彼は独自の路線を突き進んでいる。


「どうぞー」

「二つほどな陣を描いてみたんじゃが、魔力を流してみてはくれんかのう」

 机の上に置かれるのは、未知の言語で描かれた魔法陣。文字で図形を作り出す、彼らの用いる方式で作られた物だ。


「いいですよ、これはどういった魔法が発現するんですか?」

「両方ともに煙幕じゃ、規模や勢いが目に見えてわかるじゃろ?」

「なるほど、それなら外に行きましょうか。奈那子、立会に誰か魔法部の人を呼んできて」

「りょーかいッス」

 素楽たちは庭へと足を向ける。


―――


「ところで…これ両方とも煙幕なんですよね、文字と形が違うのには理由があるんですか?」

「あぁ、こっちがワシの使う我流の魔法。んでこっちがグニルの使う『古式六字三貫』、名称なんてのはなんでもいいんじゃが。先ずの一番は魔法として使えるかどうかじゃな、ワシらが詠唱を出来ないようにこちらの者は陣を指で描けん。桧井の魔法が彩鱗で使えているのなら、ということじゃ」

 テオドル曰く、石門を超えた種族では魔法の互換性がない、とのこと。素楽は魔力の操作が出来ないため、詠唱も出来ないと考えていたが根本的に違う可能性が現れたのだ。


「次に、魔力の消費を…と思ったが魔力を感じられなかったのじゃな。これはワシの方でいくらか試してみよう」

「見ることは出来ますよー、一瞬だけですが」

 自分の目を指差して素楽は言う。彼女の眼は魔眼症の後遺症で力を込めることによって魔力視を行うことができる。ただ残念なことに、使用すると眼に激痛が走るという副作用がある。


「ほう、生まれつきの力かのう?」

「魔眼症ですねー、使うと痛むので最近はあまり使っていませんけど」

「あぁ、魔眼症、災難じゃのう。…おーいグニル、ちと素楽ちゃんの眼をみてやってくれんかのう」

 手をブンブンと振り回して、屋住みで遊ぶグニルを呼ぶ。


「なに?」

「魔眼症だったらしくての、一応診てほしい。放っておくと碌なことにならんからな」

「そうだね。素楽、動かないで」

 顔を両手で抑えては瞳を覗き込むように見つめた彼女は、瞳の色を漆黒に染め上げる。


「っ」

 戦闘時の事を思い出して体を強張らせるが、お構いなしに継続する。


「異常しかない。魔力の流れが完全に入り混じって、無理矢理に魔力視を形にしている状態。このまま使うと壊れる」

 淡々と言葉を紡ぐグニルの表情には、呆れと少しばかりの悲しみが混じっている。


「はぁ…やっぱりか。まっさか…いやいい。翔吾殿に話を通してから処置をしたほうがよいか。素楽ちゃんや実験は一時中断じゃ」

 どういう状況なのか困惑の色を見せていれば、テオドルは素楽を連れて翔吾のもとへ向かう。


―――


 茶蔵主の執務室。どうにもテオドルが素楽に関して一大事とのことで、急ぎ時間を用意してみれば頭に疑問符でも浮かべていそうな素楽と、微妙な表情のグニルが現れる。


「いやはや、忙しい所すまんのう。翔吾殿の大事な婚約者についての話なんじゃ」

 特に返答もなく真面目な表情で続きを促す。


「今しがた素楽ちゃんが魔眼症を患った事があると聞いてな、ちいっとばかしグニルの天眼で診させたのじゃが。このまま使い続ければ、いや使わなくとも魔力量を考えれば何れ…色々と失ってしまう状況での。…ワシの方で処置をする許可を得たく参じたわけじゃ」

 肩を竦めて無力感の籠もった溜息を吐き出したテオドルの榛瞳は、じっと翔吾を捉えている。


「失う、というのは?」

「そうじゃな、失うよりは混じるというのが正しいのじゃがな」


 不可思議な瞳、というのは神代において特別に珍しい代物ではない。視ただけで人を死に至らせるもの、千里万里を見渡すもの、過去や未来すら見渡すもの、神話の神々は瞳に不思議な力を宿しているとテオドルは語る。もちろん龍神も例外ではない。

 神話なんていうのは先祖の偉業に尾鰭背鰭を付けて、こんなにも凄かったのだぞ、と語り継ぐ武勇伝のようなものが多い。支配者階級の者が如何に自身を正当な支配者である事の証左にも用いられるのだが、こういった神話というのは全てが全て作り話ではなく、神々との血縁を現すものでもあるのだ。


 然し神話これと魔眼になんの関係があるのかといえば、魔眼の種というのは何らかのきっかけで芽を出すことがあるのだ。だが残念なことに、世代を追うごとに人は混じり合い原初の神力は薄まっていってしまうのが常。こうなってしまうと、今更に隔世で魔眼が目覚めてしまうのは体躯に負荷のかかる状態になる。

 魔眼症を患うと小さな光でも過敏に捉え失明するというのは、過剰に強化された瞳に対して体躯が耐えられす光を拒んでしまうのだ。


「魔力視や魔力の感知が五感と混じり合って、最終的には所謂廃人になってしまうのじゃよ…。面倒をみた孤児にも似た症状の子がいてな…」

(…介錯をしたんじゃ)

 顛末は言葉にせず呟く。

 顔を伏せた二人を見て、ある程度の内容を想定できた面々。執務室は重い空気に支配される。


「そんな訳で当時は手の及ばなかったワシじゃが、今なら魔力の流れを繰る陣を素楽ちゃんの体躯に組み込む事ができるやも、…いや、できる。…ただな、そのー…人には見られたくないであろう場所、項にな、陣を施さねばならんのじゃ!」

 グッと顔を顰めたテオドルは周囲など気にした風がなく言葉を続ける。


「未婚の、いや既婚でも女子おなごうなじに触れるなど、破廉恥がすぎるわい!」

 項くらいなら、と考える者が殆どの中で声を荒らげている。


「テオ」

「ワシにはグニルという妻がおるでの、やましい気持ちなど微塵もないのだが、もごっ」

「テオ」

 喧しいとばかりにテオドルの顔を掴み言葉を止めたグニルは、振り返り続ける。


「婚約者に触れられたくないって考えがあるかもしれない。だから話し合って」

 どこか執着心や独占欲が見透かされているような瞳を向けられた翔吾は、わかった、とだけ呟いて人払いを行う。


「わたしは問題ないよー、項くらいなら」

 あっけらかんと話す。裸を見られるのならともかく、たかだか項と平気の平左な様子を見せている。そもそも命に関わる状況とのことなのだ。

 素楽に対して並々ならぬ感情を向けている婚約者様からすると、気が気でないのが本心。然し言葉にするのは憚れるという葛藤が脳内に渦巻いている。

 自身に向けられている感情をある程度理解している彼女は、背を向け髪を持ち上げる。


「触る?」

 事前に触ってしまえば解決するのではないか、といった思考で見せつける。


「…素楽、慎みを持ちなさい」

「あっはい」

 ゴクリと唾を飲み込む音が聞こえたのだが、知らない風でそっと髪を下ろす。足跡のないまっさらな雪原に、自信の足跡を付ければ満足するのではないか思っていたのだが、そう簡単な事ではないらしく。


「命に関わることのようだから、覚悟を決めるしかないね。わかった、受け入れよう」

 ものすごく重要な決断を下しているような雰囲気を纏っている。彼からすればそのくらいの大事なのだと悟り、テオドルと同類なのではないかと考えるのであった。


(やはり触っておくべきだったか…、ぐっ)

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