四話①
紙擦れの音と共に筆を走らせる音が響く一室。空いた時間を利用して、威力実験の結果を纏めているのは白髪橙瞳の翼人。
今は魔石魔法学の講習を行うために先の実験の内容も、資料に加えようとしているところだ。
(そういえば)
素楽は指を一つ立てて魔力を注ぐ要領で力を込める。幼い頃にもやった魔力操作の基本だ。指先に薄い色彩の炎が現れれば指でなぞるだけで魔法陣が描けるのだが…残念ながら何も起こらない。繊細に魔力を繰る必要があるため、彼女には適していないのだ。
(テオドルさんは空間にそのまま書き込んでいたっけ。多分…桧井で使われていたものとは少しばかり違う魔法。アレなら魔石を使わなくても魔石魔法のような立体で陣を組めるのかな?…魔石っていう磐が無いと陣に歪みが出そうだし、どうなんだろ)
本人が現れないと考えるだけ無駄か、と手元の作業に集中する。
「よし、完成」
なご、と鳴き声を一つ姿を見せるのはくしゃみとコマ。二匹は作業の邪魔にならないよう、素楽の足と趾に絡みつくいて寝転がっていた。人語の理解があるのか完成と聞けば、机の上でくつろぎ始める。聞き分けの良い魔物である。
資料を確認しながら屋住みたちを撫でる。気持ちよさそうに喉を鳴らして伸びている。
―――
「お集まり頂きありがとうございます」
事前の話では講習を受けるのは翔吾と晴子であったが、素楽が実験をした結果からある程度の小さな間違いで城が吹き飛ぶような代物でないことが確認されて、情報の拡散を行わない、という念書に同意できた者で手が空いていた者のみが新たに参加している。
流石に資料の制作は間に合わなかったので、複数人で共有する形で目を通す事になっている。
「では――」
と始められた魔石魔法講習会、ここに参加しているものは大なり小なり魔法という知識を持ち合わせている者、魔法師として動くことのできる存在だ。それこそ翔吾も簡単な詠唱魔法を使おうと思えば使うことはできる。生活において不必要な技術なので少しばかり錆びついているが。
そんな彼らは素楽の説明に頭を抱えることになる。何故ならそれは全くの畑違いであったからだ。
詠唱魔法というのは『大地を司る常世磐創支神よ、我々に必要なものは強固な岩の槍です。ですから少しばかりのお力添えをいただけたら嬉しいです』といった内容を魔法言語で唱えることで魔法が発現する。これらの研究というのは、如何に詠唱文を短くできるか、少ない人員で効率的な詠唱を行えるか、出来ることの種類を増やせるか、といった部分が種である。
対して魔石魔法というのは『水、量三十、勢い―――』といった細かな指示書を、文字と図形の式として作り上げてから刻み込み陣を編むというもの。魔石魔法研究室にて素楽がパチパチと十露盤を弾いていた理由を各々が理解した。
前者は文学的そして神学的な内容に対して、後者は数学的な内容であり真っ先に魔法師たちが挫折という壁にぶち当たる。
魔法文字に関してはものすごく丁寧に変換した資料を制作してあったため、障害は少なかったのだが問題となるのは図形学であろう。それこそ素楽は小さな頃から遊びと称して魔法陣に触れさせられてたので、深く考えなくても答えが導き出せるのだがこちらの魔法師はそうもいかない。懇切丁寧に教えられてはいるのだが、習得はおろか理解にすら多大な時間を要するのではないかと遠い目をしている。
「今日はこのあたりにしましょうか」
勉強で大事なのは小忠実に学習を継続し、無理矢理に詰め込まないこと。反復を行って自身に染み込ませることだ。
基礎の基礎を教えるために教鞭を執った素楽だが、次の機会にどれだけの人数が足を運んでくれるか考える。順繰り見回しても殆どの者が絶望的な表情をしている。奈那子に関しては途中で退散していたほどだ。
「魔法言語の変換表を、今すぐに欲しい人はいますか?」
疎らに上がる手を数えてから魔石を取り出す。
「では必要な人だけ残ってください。みなさんお疲れさまでした」
資料の中から変換表を抜き出して、陣の施された魔石を表面に滑らせる。これは版詞の魔石、魔力を注ぎ天面を叩くことで底面を通り過ぎた物を記録し、版をするように書き出す魔石魔法だ。これを発展させて作られたのが印刷の魔道具となる。
手作業のため魔石を動かす速度が元と違っていると、文字が伸び縮みしてしまう欠点こそあるがこういった場では便利な魔法である。
「ほほう、これは…」
「これが昨日言ってた魔法かい?」
興味を示したのは翔吾と残った城仕え。
「はい、勉強会の前に完成しました。丁度いいので翔吾様に見てもらおうと思って」
「香月祭務長、私もそれを試してみたいのですが」
どうぞ、と渡して説明を行う。難しいことはない天面を叩いて動かしてから再度叩く、そして写したい場所に置いてから先ほどと同じことをするのだ。式を変えれば彫れば一度記録した物を延々と出し続ける物も制作できる。
「おぉ、これは少数の印刷には便利ですね!」
毎度毎度、元の上を滑らせる仕様なため、活版刷りと比べると多くの印刷物を制作するには不利だが、細々とした部分では軍配が上がる。
「こういった物の制作ができるのなら、学問として理解を深めるべきだね。それに素楽の懸念は晴れたのだろう?」
「はい。絶対安全とは言えないので、みんなの注意が必要ですけど」
「それはこっちの魔法も同じさ」
一度残った面々の顔を見回す。翔吾と晴子に加えて魔法師と城仕えで合計一〇名、十分に残ったほうだろう。
「みなさん、続けられそうですか?無理はしないでくださいね?」
「私は意地でもしがみついていくさ」
「未知の魔法があるのに目を背けるのは性に合わないのでね」
二人が即答すると残りも続くように決意を見せる。
「大変かと思いますが、これからよろしくおねがいします」
頼もしい生徒たちだ、と素楽は微笑む。
「ところで晴子、魔石魔法の話を中央魔法部に回そうと思うのだが、どうなるか予想はつくかい?」
「そりゃぁ、本人がすっ飛んできますよ」
「だよね。義兄上に迷惑をかけたくはないけど、王宮と中央魔法部は巻き込んでおきたくてね」
「そうですね、私もその方が良いと思います。姫殿下に啄かれるのは避けたいですし」
二人は溜息を吐き出して中央のある方へと視線を向けた。
(義姉になる人かー、どんなひとなんだろ)
―――
煙管を加えて煙を嗜む晴子は、素楽か受け取った魔法文字の変換表や資料に目を通す。
「ただいま晴子」
「おかえり」
帰宅した直之を一瞥しては資料へ視線を戻す。
「随分と苦戦しているようだね」
「あぁ、想像していたものとは全く違ってね。…今度講習に行ってみると良い、私よりも直の方が向いているから」
驚きの色を顕にして直之は、晴子の隣に腰掛ける。
「殿下も難しい顔をしていたが、それほどのものなのか」
「魔法というのは神学に通じるものだろう、他所の国でも大体がそうだ。だから最初にあちらの神学を学ぶものだと思っていたんだけどね」
情報の拡散は禁じられているため、資料を閉じて灰を片付け始める。
「純粋な学問だったよ、膨大な算術の」
「へぇ、それで私にね」
得意でしょ計算、と呟いていて口端を上げる。
「ところで直、そろそろ頃合いだと思わないか?殿下は素楽さんと婚約して、一年か二年でもすれば成婚。二つ三つ年上の子供がいるのが丁度いいともうのだけど」
晴子は艷っぽく見つめて指を絡ませるのであった。




