三話③終
魔法弾を剣で斬り逸らし、木の幹を足場に飛び立った自身を取っ捕まえられるなどという弩級の恐怖体験をした結果、素楽は三角座りで顔をうずめてはしゃくり泣いている。
「お嬢ちゃん、本当にすまんのう。こんなに怖がらせるつもりはなかったんじゃ、ほれグニルも謝らんか!」
「ごめん」
どうにも彩鱗言葉にも達者であった二人は、それはもう必死な様子で謝罪している。元々敵対する気はなく、魔導銃や魔石といった荷物は素楽の隣に置かれており、拘束もされていない。
「……っ…はぁ……っ…すぅ…」
しゃくり上げを治そうと呼吸を整えている姿は、なんとも痛ましいものだ。
「……何者ですか、あなたたちは?」
落ち着きを取り戻してから、開口一番に疑問をぶつける。声色にはどこか恨みがましさが混じっている。
「ワシらは旅人じゃ、ちとばかし訳ありで帰り道がわからなくなってしまってのう。かれこれ大陸を…一〇〇年ほど彷徨っているのじゃ」
「一〇〇年ですか?」
聞き間違いかと問えば二人して頷いている。
「すこーしばかり長生きな種での、ワシは四〇〇グニルは三〇〇歳くらいじゃ」
少しの範疇を超えているのだが、と考えるも、そういう種族もいるのだろうと納得する。
「そうじゃそうじゃ、自己紹介をしとらんかったな!ワシはテオドル、テオドル・ブロムクビスト。それでこっちがグニル・ブロムクビストじゃ。見ての通り夫婦じゃよ」
「わたしは香月素楽です。香月が屋で素楽が個人の名前」
必要以上の情報を与えることは避けるべきだと警戒心を顕に名乗りだけおこなう。
「こちらからも質問をしていいかのう?」
「どうぞ、内容によりますが」
「ふむ、ならば…素楽ちゃんはなんという種じゃ?四〇〇以上生きて来たが、魔力で羽を生やして飛ぶ者など初めて見るのでな」
「『妖禽』」
「ヨウキン、初めて聞くの。歳はいくつくらいじゃ?離れてみれば同種とも思えなくないが…」
「十八歳です」
ブロムクビスト夫妻は互いに顔を合わせて小さく頷く。白髪を同じくすることで、近縁の種ではないかと考えていたようだ。残念ながら素楽は数百と生きるような長命の種ではない。
「わたしも質問、周辺国に『純人』はいないはず。一〇〇年も彷徨っていると言っていたけど、どこから来たのですか?」
視線の先にはグニル。
「『人間種』はこっちにはおらんな。『獣神共和国連邦』か『神聖エイセル帝国』という国に聞き覚えが有ったりはせぬか?」
「……?知らないです」
未知の単語に首を傾げるばかりで、初めて茶蔵に来た時を彷彿とさせていた。
「それじゃあ素楽ちゃんは向こう側の、何という国から来たんじゃ?」
「……」
「そう警戒せんでくれ、ちらっと見えたんじゃよ、緑の門が。アレを使ったか、なにかしらの事故かで転移してしまったんじゃろ?ワシらも似たような物を潜ってしまってな…」
「もう一〇〇年もこっちにいる」
グニルはがっくりと肩を落としている。
「ワシらには可愛がっていた孤児たちがいたんじゃが、何も伝えられずに飛んでしまってな」
既に天寿を全うしているじゃろうな、と付け加えて肩を竦める。どうやら全ての者が数百と生きるわけではないらしい。
「『桧井国』の『松野領』です。周辺には『ギジェン』と『八耀』といった国があります」
「全くわからんのう」
(仮に門が動いても別の場所である可能性は高いか)
三人は顔を見合わせて溜息を吐き出す。
「あの門を見ても良いかのう」
「どうぞ」
立ち上がった素楽は荷物をまとめてから、二人を石門のある場所へと連れて行く。
―――
「使い方がわかるのですか?」
「いや全く、さっぱり微塵も知らんよ。石に文字を彫っただけでなんで魔法が起こるのかすらわからん。ただ…文字の並び、というか形式とでもいうのかのう、言葉にしづらいのじゃがな。ワシらの使う魔法と似ている気もするんじゃ」
立ち止まったテオドルは人差し指をたてると、指先に魔力を集めて薄い色の炎を起こす。
桧井の国で魔法を使う際に行う事前動作と同じである事に驚いていれば、彼は空中に文字のみで構築した円を編む。完成だと人差し指と親指を擦り合わせれば、文字と指先の炎は消え去り生ぬるい風が発生していた。
「これに似た、文字の図形がそこらに散りばめられておるじゃろう?ワシらが潜った門にも、彩鱗の文字ではなかったが同じ様な彫り物が有ったんじゃ」
「お二人は何で旅を?移動せずに色々と試してみればよかったのでは」
長い時間を生きれるのなら、研究にも余裕があるだろうと素楽は思う。
「いやー…最初はそうしてたんじゃが、戦の真っ只中になってしまってな。いくらか守ってたんじゃが最終的に壊れてしまってな」
「なるほど…」
(この人達と協力できれば石門についての研究は進むかもしれない。だけど無闇に魔石魔法を教えることは出来ないから…魔石魔法研究室に取り込みたいな)
昔話に花を咲かせる二人を横目に素楽は考える。翔吾たちをどう説得するか、二人をどう茶蔵に留めるかを。
「旅をしているんですよね、いつまで彩鱗に滞在する予定ですか?」
「それなりの街にいってみたからでないと判断できないが。獣人系のワシでものんびりとできるのなら、腰を落ち着けたいのう」
ニーグルランドの影響を考えて即答しかねているようだ。
「茶蔵の街には獣人がいますよ、獅子系でなければ咎められることもないはずです。家を建てる、となると難しいですが」
旅人や借屋暮らしには寛容であるが、家を建てるとなると祭事部の厳しく審査される。祭務長たる素楽はその手の職務を負っているわけではないが、知識としていくらか聞いては知識をため込んでいる。
「色々と力になれると思うので、街に着いたら茶蔵城に足を運んでください。話を通しておきますので」
暗に、見返りは求めますが、という空気を醸し出しつつ。
「…そうか。街へはどうやって行けばいいか教えてもらえるかのう」
「ここから大体、南の方です。大きな川沿いにあるので見つけやすいと思います。それではわたしはそろそろ帰らないといけませんので」
「今日はすまんかったの、グニル怖がらせてしまって」
「ごめんね」
二人は丁寧に頭を下げて謝罪する。
「いえいえ、わたしも武器を向けてしまいましたので。次に合う時は知り合い同士ということで」
一瞬、思い出して顔をひきつらせるも、ニコリと微笑んで“和解”をする。
(絶対に来い、という訳か。倒れる枝が不自然に向きを変えたんじゃ、この子の行く先に何かがあるんじゃろうな)
もうじきに日が沈み始めようという頃。翼人の飛び去る姿を白髪の来訪者は見つめていた。
―――
出立が遅れた結果、城に到着する時間は遅くなり、既に日は完全に姿を隠してしまっている。
これだけでも誰かしらの雷が落ちるのだが、服は汚れて、顔には泣き腫らした跡が残っている。どう足掻いても一悶着は避けられず、戦闘をした相手を引き入れたい、とは言い出し難い状況。
上空で一度大きく旋回すれば、城の張り出しによく見慣れた人物が素楽を瞳に捉えている。
「おーい素楽ー、早く戻っておいで」
内容は聞こえていないが、呼んでいる風であったため張り出しに着地をする。
「ただいまー、翔吾」
「おかえり、随分と汚れて…、なにかあったのかい?」
愛しい婚約者の顔の変化、思いっきり泣き腫らしたような風貌であれば気が付かないはずもなく。やんわりとした空気は霧散する。
対して素楽、彼女は色々と説明したい事も多かったのだが、一度考えを追いやってから翔吾に抱きつき顔を埋める。
「少しだけこのままでいさせて」
あまりの驚きで顔と体を強張らせたのだが、そっと壊れ物にでも触れるように抱きしめる。
「もう大丈夫」
本人の言った通り、少しばかりの時間が経てば満足がいったようだ。少しばかり晴れやかな表情で見上げている。
「他の人に嘘を付く前に、翔吾にだけ本当の事を伝えておくねー。――」
先ずは戦闘が発生し一方的に敗北したこと、泣き腫らした形跡はこれに起因すると告げる。戦闘相手たるブロムクビスト夫妻は素楽の様に石門を渡って来たということ、そして彼らを引き込みたいと伝える。
「戦闘行為は伏せたいんだよねー。わたしと戦闘したなんて事実があったら、茶蔵にはいられないでしょ?あの二人を手放すのは…なんとなく避けたいから。口裏合わせをしたわけじゃないけど、手を貸してもらったみたいな風にしておければって」
これを受け入れ難いのは翔吾。当然といえば当然、素楽も十二分に理解している。だが然し、彼を欺くのは気が進まないので包み隠さず話してから賛同を得る。自身にどういう感情が向けられているかはわかっているため、甘えるようにして媚びる事もできたろうに、誠実でありたかった彼女は居住まいを正してジッと見つめる。
「はぁ…、城に来るよう伝えているのなら私の目で確かめる。ここは譲れない」
「いいよ、ありがと翔吾。奈那子とともえにはバレると思うけどね」
「確実だね」
これから大変だ、と二人は顔を見合わせて部屋に戻る。
第四編三話の終わりです。
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