三話②
朝一番に目を醒ましては出立の準備を進めるのは素楽。
休日たる今日の日は白臼山に向かい、石門や周辺の確認といくつか作り出した魔石の実験を行う予定である。真新しい腰袋に完成手前の魔石と刻筆を詰め込んで、護身用にと魔導銃雷目式と短剣を装備する。飛行時には少しばかり重量が多く思えるも、彼女であれば問題なかろう。
事前の通達で誰も来ないような早朝にも関わらず朝餉と弁当が用意されており、久しぶりだと料理人たちも腕をふるっていた。
「ごちそうさまでしたー、いってきます」
眠気など微塵も感じない清々しい笑顔と共に新米貴族で、祭務長の翼人は城を後にする。
白臼山の窪地は外界と比べれば些か高所に位置しているため、ところどころに雪の塊が残っている。
翡翠色の石門は変わった風もなくただ佇んでおり、地面に目を向けた所で足跡のような物はない。それは近くの家屋も同じことで、主の不在は少しばかり寂れた雰囲気を醸し出す。
本日は魔石の威力変動を確認するための実験だ。
温水の魔石に関しては魔力の燃費効率が恐ろしいくらいに良く、これが射出威力にも適応されてしまうのならば、扱い方を密に詰めてからでなければ世に出すことは難しいだろう。
そういった訳でむ魔法陣の完成直前の魔石をいくつか持ってきた素楽は、取り出してテキパキと完成させる。
注ぎ込める魔力を大幅に制限し、尚且つ魔法の発動まで幾分かの時間が掛かるように式を組み込んでいる。もちろんのこと放出時間は一瞬だ。
数十数百倍になろうとも大丈夫な様に安全装置がかけられたのだ。
天面が変わらないよう石などで固定し、魔力を注いでは一目散に走り去り木を盾に隠れる。
(そろそろのはず…)
ドキドキと見つめていれば、魔石の天面から水が飛び出す。
ぴゅるっ。蝉の放尿の方がまだ勢いのありそうな何とも言えないもの。
今回指定していないのは、放水時の威力と水量。
前回は水量と放水時間の設定を省いていたので、本来であれば注ぎ込める量から計算して桶一杯の水量になる予定だった。
(もしかすると、凄い高効率なだけ?)
これには素楽の心が躍る。
もう一度、魔力を注いでは走り去って待てば、同じ水量と勢い。
(ふむふむ、この入力でこれくらい)
次は、と注げる量を多く設定した魔石を完成させて同じことをする。
しゃーっ。と七尺程の高さまで噴水を作り出す。
(なるほど。流石に元がどれだけになるか詳しく覚えてないけど、想定と同じか、少しだけ強いくらいかなー)
あれやこれやと脳内で式を組み立て次の実験へと移ろうと筆を走らせる。
ただ魔力を注ぐだけで魔法を発現させられる魔石魔法は、魔力の細かな操作が出来ないが魔力が腐る程ある素楽との相性が非常に良い。
再度の実験を終えれば、噴水の高さから威力に相当する効率は桧井の魔石と比べて、二から三割増しなのではないかと仮定した。
(それじゃ、一回大きい水柱作ってみようかー)
ふんふん、とご機嫌な様子で魔石を削り、気がつけ昼を過ぎていて。弁当を食んでから本日最後となる実験を執り行うようだ。
規模が大きくなるため再三確認してから魔石を設置し、翼を出した状態で魔力を注ぐ。これくらい、と注ぎ終えれば直様に飛び去り、離れた地点で旋回をしながら観察する。
計算ではだいたい一〇間ほどの高さまで水が噴き上がるのだが。
「おぉ!」
勢いよく噴き上がった水はまるで間欠泉のようで、素楽は歓声を漏らす。然しながら高さはだいたい六間ほど、脳内計算よりかは大きく減衰している。
『放水の勢いを式で設定しない場合の限界値だねー、今のが』
独り言ちた彼女は滑るように着地をし、魔石の様子を確かめれば耐久の限界を迎えたようで、粉々に砕け散っている。
(こっちの魔石は、すっごく長く燃える薪ってところかな?)
実験の結果を再度確認すれば、魔力の変換効率が非常に良いだけの魔石となる。この結果に笑みを浮かべて喜ぶのは素楽で、翔吾に吉報を持ち帰れそうだと小躍りする。
―――
時間に余裕もあると自然の中でゆったりと書き物をしていれば、遠方からは聞き慣れない物音。
熊でも出たのなら軽く脅して逃げてしまおうと、魔導銃を構えて息を殺しつつ周囲を探る。馬の頭を吹き飛ばして尚、人の胴に風穴を開ける代物だ。いざ相手が熊であっても遅れを取ることはないだろう。
『さっきの………はこっちじゃっ………、きっと……………るに違いない』
聞き覚えなど微塵もない言語。脳裏をよぎるのは昨夏の戦で対峙した獅子獣人だが、同じ言語と判別することすら難しい状況だ。
ここには魔石や石門という部外者、いや敵対者に触れられたくない物が多い。急ぎ帰って報告するのは時間がかかりすぎるので、何かしら手を打ちたいと考える。
(撃てる回数は二回、再装填の余裕は…ないと思ったほうがいいね。残るは短剣と雷笛、…流石に戦力不足。人質になるのが最悪の展開だけど)
白臼山を好き勝手にさせるのは気に食わない、と雷笛をいつでも咥えられるよう取り出して魔導銃を構えて声の主を探す。
木陰から姿を見せたのは一組の男女。白髪に榛色の瞳をした狐系の獣人で、背丈は素楽よりか少し大きいばかりで少年という年の頃。もうひとりも白髪に榛色の瞳、然しこちらは獣人ではなく純人で背丈は六尺ほどの長身女性だ。
獅子系獣人ではないのだが、この地にいるには些か不審な相手である。
(二人なら…、いや女性の方は剣を佩いてるから厄介かもしれない。正当性を主張するために警告は必要かも――)
『……っ!テオ、伏せて』
『おわっ』
視線が交わった瞬間、純人は獣人を無理矢理に地面に伏せて三本も重佩いた剣の一つに手をかけ、瞳の色を黒く染める。
(――っ!)
脳が警鐘を鳴らし全身から汗が吹き出す。まるで既に心の臓腑を剣で貫かれているような感覚、今すぐに逃げ出したい心を押し留めて引き金に指を這わせる。
刹那とも無限とも思える時間の中、地面に伏せられていた獣人が起き上がる。
『いきなり何をするんじゃ、グ』
意識が獣人に持っていかれたその時、純人は距離を詰めるべく大きく踏み込んだ。
強張る指先を無理矢理に動かして引き金を引けば、装填された魔石からは魔法弾が放たれて標的たる女へと真っ直ぐに進む。
(魔法?不思議な攻撃だけど、見えるなら)
確実に胴を撃ち抜くべく進んでいた魔力弾は、女の振りかざした剣によって軌道を逸らされて明後日の方角へ向かっていき、次の瞬間には素楽の首元には刃が当てられている。
『おわり、わたしたちは悪い人じゃないよ』
見下ろす瞳は榛色に戻っており、敵意というものは感じ取れない。言葉は伝わっていないのだが。
へなへな、と腰が抜けた様子の素楽は地面に座り込んで顔を伏せる。
『テオ、この子どうする?』
『のうグニル?ワシは前になんと言ったか覚えておるか、二十年ほど前なんじゃがな』
『忘れた』
『物事は、穏便に、じゃ!ボケっ!』
プンスカ文句を垂れる獣人は気がつく、素楽が笛を咥えている事に。
『あの、嬢ちゃん?』
ニコリと微笑み全力で息を吹き込む。
――――――――――!!!!!
特大の雷が目の前に落ちたかのような轟音と、猛進する巨獣に轢かれたかのような衝撃波が榛瞳の二人を襲い吹き飛ばす。
(今のうちに逃げなくちゃ、敵う相手じゃない)
腰が抜けていたのは演技だったようで、すんなりと立ち上がり朱い翼と尾羽を広げて飛び立つ。急ぎ帰って報告をしなければ、と。
白樺の枝で組まれた屋根を無理繰り突き破ってから、両翼に力を込めて推進力を得ようとしたのだが、眼下では大きな物音がする。向けたくもない視線を向けてしまえば、白樺の幹を蹴り素楽を捕まえるべく大きく跳ねる大女だ。
もう勘弁してくれと泣きたくなる心で一心不乱で羽ばたいたのだが、現実は無情なもので化け物の手が届く。
『すごいね。驚いたよ』
「っ」
悲鳴でも出せれば気が楽になったのだろうが、喉は詰まり目尻に涙を浮かべるのが精一杯なのであった。




