三話①
「のうグニル、ワシらはどこにいるんじゃろうな」
獣人の少年然とした風貌の男児は、どこか古臭い喋りで尋ねる。
「……寒い所」
返答を行うのは背高のっぽな、六尺はありそうな長身の女性。
「そらそうなんじゃがな、ワシはもう雪の中を進むのは飽きたわい。そんな訳でアレを頼めるか?」
「わかった」
女は棒切れを拾うと地面と垂直に立ててから、そっと手を離す。ぐらりぐらりと揺らめいた棒は、均衡を崩して傾いていく。
倒れるかという直前、何処からともなく風が吹き無理矢理に向きを変えてしまう。
「南」
「ほほう、南ならば少しは温かろう!少しばかりやすってから出立するか」
不自然とも取れる突風を気にする事もなく話は進んでいく。
「…獲物いた。取ってくる」
「気をつけるんじゃぞー」
偶然にも雪の積もってない木陰、背負っていた荷物を下ろしては少年は体躯を伸ばす。
「んんー、ワシもそろそろ歳かのう。そろそろ腰を落ち着けられる場所があれば良いのじゃがなぁ、獅子どもは厄介じゃ」
(おっと、独り言はボケるとも聞くから気をつけねばな。然しここから南となると…彩鱗か。歴史ある竜人の国じゃが、獅子と殺りあったと聞くしワシは長居出来ないじゃろうなぁ)
はぁ、と白い息とともに溜息を吐き出した少年は、ピンと伸びた耳に大きく膨らんだ毛筆のような尾と狐系の獣人である。雪に紛れるような白髪に、榛色の瞳と変わった容貌の。
「獣神共和国が懐かしいわい」
遠くで鹿の頭を斬り飛ばしている様子を見て、食事の心配はないな、と安堵する。
―――
働き方改革によってだいぶ余裕のある行程になった白髪橙瞳の翼人は、のんびりと大空に舞う。
さて、余裕があるということは興味本位で寄り道をしたりすることもあるわけで。
衣嚢から取り出すのは春の野草を記した覚書。冒険者業を行うことは出来なくとも、植物を調べて回ったりという野外活動は趣味として始めたようだ。薬草そのものの知識が豊富であった彼女は、薬学に関してはてんで興味なし。料理も産まれてから一度もしたことがないため、料理のりの字も知らないほどだ。
故に植物の知識は現地調査と合わせて、知識欲を満たす一環に近いのだろう。
本日は仕事の終わりがけに、蕗の花茎たる蕗の薹を探しに湿っている場所を歩いている。夕暮れには少しばかり時間があるので、人の手が入った畑の付近などを見て回っている。
『茶蔵植物全書・好味録』には春先の水気のある場所であれば、どこにでも生えている野草だと書かれていた。衣で包んで揚げることによって良いツマミとなる、とも。
「おや、あんたさんは白烏様じゃないか」
農地の付近ということもあって、村民に発見されるのは必定。
「こんにちは」
気さくに挨拶をして笑みを向ける。農地の近くで地面に目を向けて歩き回っていたのだ、怪しまれても否定のしようがない。
「地面突っついてなにしてるんだ?落とし物でもしたんか」
不審がる、というよりは心配の色が濃く、必要なら手伝うけども、と顔に書いている。
「小さな花が沢山…こんな風に咲いている植物を探してまして。蕗の薹っていう」
身振り手振りには理解が及ばなかったようだが、蕗の薹は知っているようで手を叩く。
「あー、フキっ玉か。なんだ白烏様はフキっ玉好きなんか?ウチに採ったのあるから持ってけ持ってけ」
「生えているところを…」
見たい、と伝える前に村の方へと走り去ってしまった。
なんだか祭務の白烏様が蕗の薹を探していた、なんていう不思議話は瞬く間に広まってしまい、取りに戻った村民が戻ってくると人数が増えていた。素楽を見るなり、『本当にいただなぁ』と口々に言っている。
籠いっぱいに積み上げられた緑の塊、中心には半球状に小さな花が所狭しと並んでいる様は、可愛いというに相応しいだろう。
「ほれ持ってけ、沢山あるんだ」
流石に腰袋などを着用している訳でもない無いため、一つ二つ手に取る。
「後はお気持ちだけで、見ての通り多くを持てないので」
それもそうか、と納得してくれたのは幸いだろう。
「ところで、ふきったまは…こう地面から生えているのですか?」
「そうだ、見たことないだ?」
「はい、見たいと思って探してました」
そう、これが本来の目的。
「ならあっちだ、案内してやる」
意外そうな顔をしていたが、都会っ子ならそんなもんか、と彼らは納得する。外つ国っ子なのだが。
無事に見つかった後は暫し観察して、お礼を伝えてから飛び去ったのである。
「それでフキボコを貰ってきたと」
「そう」
「食べてみたいなら厨房に送っときますけど、あんまほいほい知らない人に付いてっちゃダメッスよ。世の中皆が信心深くて良い人とは限らないんスから」
根っからの貴族の筈なのに、どこか警戒心の欠けるところがあると心配になる奈那子。
(そういや初対面の時から警戒心薄いッスね…。考えれば見ず知らずで言葉も通じない場所でよくまぁ)
松野の市井暮らしによるものなのだろう、人懐っこく小柄な素楽はそこらかしこで可愛がってもらえていた。一部の者は出自をある程度察していた部分もあるのだろうが、それでも愛らしい容姿と人懐っこい性格は得である。
「そうだね、気をつけるよー。でもさ身近な人たちとは仲良くしておきたいからね、ふふ」
美徳と考えるか悩んだ奈那子は、そっと頭の隅に考えを追いやってから素楽の足元へと目を向ける。
「なんにせよ湯浴みッス」




