二話②終
綺麗に張り出しに着地した素楽は、窓を開けて自室に入り上着を羽織る。防寒の魔石があるが傍から見ると寒々しい。それに魔石魔法を無闇矢鱈に人目に付くのもよろしくない。
なにせ温水の魔石は便利だと城内からの要望が絶えず、翔吾が仕方なく許可を出して素楽が制作している。複製、城外への持ち出し、研究等の禁止に加えて、魔石の表面に刻まれた魔法陣は見えないよう加工されている。
最初に制作した物は一日弱、温水を放出し続けて砕け散ったのだが、そのまま同じものを作り直しても不便極まりない。多くの制御と安全機構を組み込むための式構築に頭を悩ませたのは張本人で、精密な、そして手間のかかる魔法陣は多忙たる一端でもある。
危険のない場所、白臼山あたりで魔石魔法の実験を行いたいと思って早幾日、休暇が取れるのは少しばかり先になりそうである。
「素楽様、おかえりなさいませ」
部屋をでれば使用人が丁度通りかかり、ニコリと笑みを浮かべては挨拶を投げかけてくる。
「ただいま」
「そういえば魔法部の菅佐原夫人が探しておられましたよ」
「りょーかーい」
(とりあえずは、財務かな)
手元にある寝台の見積もりを渡し、笹かま商会から詰め合わせ役が来ることを知らせなければならない。
「―――というわけです」
大したことではないのだが、翔吾の婚約者ということもあって通されるのは財務長の前。簡潔に説明すれば算盤で計算を始めている。
「はい、問題はありません。然し…交渉事も得意なのですね、向こうも限々の値段でしょうに」
「そうなんですか?」
はて、と首を傾げる素楽。多少ぼったくられても顔つなぎと、保身のために多目に見る予定だったので値段交渉などしていない。直接口に出してはいないが、魔石魔法に関する話もその一環だ。「余計な探りを入れなければ、蜜が溢れるかもね」と匂わせて。
「書き間違えたのかもしれませんね、よく確認してください。…、仲良くしておきたい相手ですので」
「かしこまりました。ところで他の家具なのですが――」
部屋の移動に関する話を詰めていれば、外は赤らんでいる。
(次は魔法部。魔法文字講習会の日程が決まったのかな)
翔吾に教えることになった魔石魔法、何れ魔法部にも広める事を考慮して長たる晴子が代表として参加する事になっている。
茶蔵主、魔法師長、祭務長、それぞれに役職があるので時間を摺り合わせ難いのが難点である。
トコトコと寄り道もなく辿り着くは魔法部。素楽は既に魔法師のような扱いなため、断りなく入った所で挨拶が飛んでくる程度のものだ。
「こんばんは、晴子さん」
「あぁ、いらっしゃい。帰ってきたことだけ伝えてくれれば、私が足を運んだのだけどね」
「この後に、祭事部に報告へ向かいますので」
「仕事熱心なことで。少しばかり羽を広げて、いや休めたほうが良いのではないかな?」
「ふふ、これくらいなら問題ありませんよ。飛んで簡単な式をしているだけです」
「無理をしていないのならいいのだけど。講習会の予定が決まったことを知らせたくてね、三方の予定を調整して第一回を九日後としたいのけども、どうだろう?」
「資料の準備は終わってますので、大丈夫ですよ」
「……素楽さん」
「はい」
両手で素楽の顔を挟み込んだ晴子は、不機嫌そうな表情でじっと見つめた末、頬を捏ねるように手を動かす。
「な、ないを」
「何をじゃない、春になってから働きすぎだ。今後の予定管理は奈那子に委託しなさい、いくら体力と魔力に自信があろうと綻びというのは生まれるものだよ」
「わふぁりまひた」
「まったく…」
(この子が魔法部所属でなくてよかった。確実に姫殿下と同類、仕事中毒の気がある)
素楽を解放して椅子に座り直した晴子からは気苦労が見える。
「今日の仕事は終わりだ、皆さっさと片付けて帰るといい。素楽さんもだ、報告なんて終わらせて休むんだよ」
「はい」
報告に向かった祭事部でも休んだほうが良いと諭され、明日一日は休日となったのであった。
―――
降って湧いた休み。ならばと白臼山で実験の類でもしようと研究室を魔石類を漁っていれば、背後からは聞き慣れた足音。
「素楽様、何してるんス。まっさか、明日休みになったからって魔石仕事しようなんて考えじゃないッスよね?」
少しばかり低い声で尋ねるのは、燃えるような赤髪をした侍女の奈那子。
「魔石で遊ぼうかなってー」
「どこでッスか?」
「白臼山。春の山菜も見て回りたい」
いつの間に作ったか奈那子ですら不明な、『見つかりそうな山菜まとめ』というお手製の本も抱えている。
野外活動をなんら苦とも思っていない素楽は、本人の言う通り休みなく飛び回る程度なら大丈夫の一言で済ませられる体力馬鹿だ。なんなら冬の間は閉じこもるしかなかったので、開放的になった今は絶好調ですらある。
「…、わかりました。でもそれは次の休みに、そうですね五日後ッス。明日は腰を落ち着けて読書でもいいですし、翔吾殿下との時間にしても良くないッスか?明日は時間が空いているはずなんで」
―――
向かい合った二人は駒を動かして敵を討つ。
青紫の瞳の竜人は守りを重視する陣、橙瞳の翼人は騎兵を重用する攻撃的な構え。そして二匹の毛むくじゃらはゴロロと喉を鳴らしている。
難しい顔で唸るのは翔吾。守りを取る動きを見せた途端に斬り込んできた相手によって、隊列を乱されて浮いた駒を綺麗に掃除されており守りにも綻びが生じる。
綺麗に機動戦で構えを取る隙を与えなかった素楽は、どっしりと構えて守りを固める相手に対して有利な構えを取る。
この状況に如何ともし難いと、反攻の策を練るものの魔法師の駒は討ち取られ、騎兵の扱いでは遅れを取るために臍を噛む思いで相手の動きを注視するに至った。
椅子に凭れかかった翔吾は瞑目しながら、驚きの感情とともに呟いていた。素楽は今冬に触れて何局か手合わせをした程度なのだが、気がつけばメキメキと実力をつけて敗北していたのだ。
初心者相手だと侮っていた部分もあるのだろうが、それ以上に騎兵の扱いが上手かったのだ。
「ふふん、少し勉強したからね」
初心者向けの指南書を取り出しては、自慢気に胸を張る。翔吾が手に取り中身を確認するもありきたりな内容ばかりで、彼女の用いた戦術などは書かれていない。
「なるほど、初動で陣を看破したというところかな。あの騎兵の動かし方はどこで覚えたんだい?」
「松野では騎兵を使う戦いが多いからねー、色々知ってるんだ」
騎士といえば貴族となる松野、戦術や動かし方の理解度その積み重ねが違う。何より彼女は十五歳という年齢と小さな体躯で登用試験を突破している傑物の一人だ。
「次は私も本気を出さなければね」
「楽しみにしてるね」
どこか勝者の余裕を感じさせる素楽は、膝に乗る二匹の屋住みを小脇に抱えて長椅子に向かう。これといって予定もなく、緩やかな時間の流れる休日の今。城内でやることといえば盤上遊戯か読書くらいなもので。
改めて膝を陣取る二匹に本を乗せると、ふんわりと抜け毛が舞う。三寒四温というにはちょっとばかし早いが、暖かくなりつつあるこの頃、換毛期になっていた。
刷子で体毛を梳ると間には抜け毛がびっしりと。そういえば、とうんざり顔の奈那子をよく見かける。毎日毎日、屋住みは素楽の部屋に忍び込むのが原因だろう。
翔吾も刷子を探してきたのか、隣に腰を下ろしては薄錆柄の屋住み、素楽がコマと呼ぶ方の抜け毛を処理する。
なんともまぁ、色気のない老後のような関係の二人である、と他人は口々に言う。
当の本人、翔吾は屋住みたちに彼女の膝を奪われ、内心ヤキモキしているのであった。
第四編二話の終わりです。




