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そらの飛ぶお仕事  作者: 野干かん
第四編 石に魔はさす。
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一話④終

 雪解けの頃、地面からは愛らしい新芽が頭を出し始めた晩冬と初春の間。


 魔石魔法研究室にて一つの魔道具が完成していた。手間暇と魔石を消費して制作したそれは刻筆という、魔石に多くの魔法文字と図形を彫り込んだ代物だ。

 手作りで魔石を彫る際に必要な道具、これさえあれば刻筆を量産できるようになるとのこと。


「これで…なにか作れるんス?」

「ふふん、寒い時にも飛べるようになるんだー」

 胸を張る素楽そらは自慢気に語る。故郷と比べて寒く飛べない季節の長い茶蔵で、防寒の魔石が必要だと考えてから一年と季節一つ分。両の腕が覆われていては魔力の翼を出すことの敵わない彼女に必須なものの一つである。


「もうじき春ッスけどね」

「あはは、次にも必要だから。ちょっとまってて」

 手頃な魔石を手探り選び、採寸をして十露盤そろばんを弾く。魔石魔法のために裁断をしているわけでない生の魔石は、凹凸などを考慮して式を組み立てる必要がある。どうせなら平面式では組み込むのは難しい式も付け加えて。

 構築の終わった式を一度確認しては、刻筆を手に魔力を注ぐ。魔石の表面は乳酪のごとく削られていき、文字と図形だらけになっていく。


「桶ある?」

「これでいいッスか」

「うん、大丈夫」

 木桶の上で魔石を持った素楽は魔力を注いで、表面をコツンコツンと二度叩く。すると下部からは綺麗な水が流れ出てきては、水で満たしていく。それはほかほかと湯気を立てており、温水であることが窺える。

 寒い時期だ、どうせならと水に温度を設定して温水の魔石となっていた。


「おー温かいッスねぇ。……あの、素楽様これはいつ止まるんで?」

「…」

 温水は桶を満たしても更に流れ続けており、床を水浸しにしていく。どうにも止まる気配のないそれをから目を離して、顔を見合わせてから奈那子が素早く外へ持ち出す。


 魔石魔法研究室とそれと庭に繋がる廊下は水浸しになるのであった。


―――


 手の空いていた使用人総出で冷めた水を掃き出す最中、お説教をされていた素楽が解放されて尚も温水は湧き続けている。


 小さく唸るのは水浸し事件の犯人で、手には組み立てた式を記した紙が一枚。彼女は自身の魔力制御に関して、最底辺を貫いて余りある程も酷い能力だと自覚している。故に注げる魔力には制限、上限を式に組み込んでいるのでこういった事象にはならないはずであった。


「これは…凄いことになってるね」

「ごめんなさい翔吾さま」

 これといって特別なにかあるわけでもない庭の一角は湯気の立ち込めており、温泉でも唐突に湧き出したかのような状態だ。水の吐き出しの終わった使用人や城に仕える者らが見物にと足を運んでいる。

 あちらこちらにと謝罪しきりの素楽は、普段よりも暗い声色で翔吾しょうごにも謝る。


「失敗は誰にでもあるさ。…とりあえず、水路に向かって流れるよう誘導する必要があるかな。どれだけ温水が出続けるか、という予想はつくかい?」

 左右に首を振って否定する。


(魔力の上限を設定しないと、あたしの場合は間欠泉みたいな水力になるはず。というかなったし。なら、式の上限にあたる部分が壊れているとは考えられないなー)

 兵士に指示を飛ばしている翔吾の横では、再び熟考に耽る素楽。


「なんだこりゃっ」

 茶蔵に駐屯する中央軍の隊長、杵島敏春きしまとしはるは眼を丸くする。軍人は暇なくらいが丁度いい、と語る彼は日々の訓練を熟しつつ、地方ぐらしを謳歌していた。

 除雪という骨の折れる作業もさ少なくなって気の緩んでいた所へ緊急事態の報、急いで兵士を率いてくれば湯気の立ち込める水没園だ。驚かないほうが異常なしとも取れる。


「来たか敏春。見ての通り、この水を水路に向かって引いて欲しいのだけども」

「うへぇ」

「この事態がどれだけ継続するか不明でね、水路を掘っている最中に止まればそれで良し。これ以上に酷くならないよう、簡素な造りで構わないからよろしく頼む」


「まぁいいんですけども。原因はなんなんですかね、温泉でも掘り当てたんですか?」

「魔石魔法とのことだ。どうにも魔石から湧き出てるみたいでね」

「なら浴場か水路に持ってけば良かないですかね。持ち運べない程の大きさなら壊しちまえば」

「「「……」」」

 誰しもが混乱していた結果だろうか、最も簡単な手を見過ごしていた。


 風呂とするのに丁度いい温度であったため、急ぎ大浴場まで運ばれるのであった。


―――


 さて、思考の大空を漂っていた素楽だが、キラリと視界を通り過ぎるのは小さな記憶。


(もしかして、魔石の質?間違いなく鉱山から採掘された物だったけど、それでも桧井の魔石とは性質が異なるのかも。…絵具状にしたものは粉末にしているから耐久が無いに等しい、だから違いが生まれなかったけど。魔石そのものを使った場合は同量の魔力でも魔法としての効率が違ってくるのかもしれない!)

 ならばそれを実証できる品がまだ一つある、と素楽は庭を後にして魔石魔法研究室に戻る。

 机の上に放置された刻筆を拾い上げては、手頃な魔石に筆先を近づける。すると魔力を流していないのにも関わらず、魔石の表面が削られていくではないか。


『やっぱりっ!』

 温水の魔石を作る際に使用した式、そこには注ぎ込める魔力量や生成された温水の勢い、温度等が組み込まれているが、放出時間設定されていない。

 桧井で普及している魔石であれば一の魔力に対して一の温水でる。注ぎ込むのを止めれば、内部に蓄積した魔力が終わると同時に放出は止まるのだが。彩鱗の魔石では一に対してそれ以上の結果が起こることになる。


『それならこっちの魔石は…ほんの少しの魔力で結果を得られるということかな?魔力量が然程多くないって聞いてたけど実用に足るかもしれない、それに』

(桶の量を想定してあの結果なら、こっちの魔石には金以上の価値がある。水に関する魔法との相性が特別に良い可能性もあるけど)

 考え至るのは迷界産の魔石や魔導具として運用する際の可能性、難しい魔導具の制作は無理にしても、何れは誰かしらが到達する地点にある。


(放水時間が長いだけで良かった、他のことをする時は注意深く式を確認しないとねー。……)

 ここで気がつけたのは幸いか。彩鱗の魔石は爆薬のような危険物であることに。もしも手放しに広めていれば、とんでもない事故が起こり得たと思い至り冷や汗を流す。


(魔法部に研究の許可を出すために翔吾を挟んでいて良かった。それに未だ魔法式と、文字の説明をする前で良かった)

 言語という壁に阻まれて、魔法部では既存の平面式を知るばかり。勝手な研究も許可されていない。

 ふぅ、と天井を見つめて安堵の息を吐き出せば、研究室に翔吾や奈那子が現れる。


「急にいなくなるから驚いたよ」

「ごめんなさい」

 困り悪びれるような儚い笑みを見せつつ、身振り手振りをしながら移動しては、刻筆や魔石魔法の研究品のある机から意識を逸らす。


(翔吾と二人で話をしたいけど、それは後でもいいかなー。でも、とりあえず人払いし)

「ちょっと、二人になりたいな」

 素楽は羽毛の付いた腕を絡ませながら、物憂げな瞳で甘えるよう小さな体躯を擦り寄せる。失敗してしまったから慰めてほしい、とでも言いたげな態度でだ。


 これに違和感を覚えたのは翔吾とともえ、そして奈那子。こういった態度をすることがないので、なにか理由があると察しては同行者たちを払う。侍女二人は外で人が入らないよう待機するようだ。

 足音が遠ざかるのを確認してから、赤髪の侍女がくつろいでいることの多い長椅子へ案内する。


「ありがと翔吾」

 隣に腰掛けては寄りかかるように呟く。


「なにかあったのかい?」

 その実、擦り寄られてドキドキとした心境を隠し、平静を装って返答を放り出す。


「うん」

 続く言葉には色気など微塵もない組み立てられた仮説と、今後の動きに関する相談だ。

 今の状態であれば凍結、もしくは破棄してしまえば、魔石というものは杖の先についているだけの魔力を伝達するだけのもので終われる、と。

 ただしそれは翡翠色の石門の地中から発見された発掘品にも適応されるということで、今まで目標としていた指標の一つを失うことを指している。


「難しい話だね」

「うん」

 黎明に起こるであろう実験、それに付随する事故。技術の伝達者としてその責任を負えるか、と問われれば軽々しく首肯はできないだろう。あくまで素楽は勉学の一環として蓄積した知識を組み上げて再現しているにすぎない。兄のような研究者ではないのだ。


(有れば便利な技術、然し発展には危険を伴う、か。…素楽の目標に連なる技術でもある、と)

 翔吾自身、応援してあげたい気持ちというのは一二分にある。惚れた弱みとでもいうのだろうか。


 言葉の勉強こそ終わったが、祭務長という職務から龍神神学や史学といった方面に学び。春になれば茶蔵中をあちらこちらへと飛び回って、儀式の類を行うであろう前向きで熱心な彼女を快く思う。それと同時に我儘が漏れることのない彼女を甘やかしたいとすら思っている。


(私が止めれば、…呑み込んでしまうのだろうね)

 鳥籠に閉じ込めてしまえる機会、どことなく心が躍る部分もあったようだが。


「私に桧井の言葉を覚えてほしいと言ったことがあったね。どうだろう魔法文字と式の組み立て、というのも教えてくれないか?」

「え?」

「隣で一緒に歩きたいんだ、私は。魔石魔法を便利な魔法として広める時には、責任を負う立場に私も立つよ」

 鱗で覆われた四本指を握り、手の甲をそっと撫でる。


「大変だよ?」

婚約者そらが通詞をしてくれるのなら余裕さ」

「ふふ、ありがと翔吾」

 心の底から嬉しそうな表情を見せた素楽は、そっと長椅子に膝立ちをして翔吾の目元の並ぶ鮮やかな色の鱗へと口付ける。鯉の様に口をハクハクと動かすのは、もちろんされた側で顔は林檎の様に真っ赤に染まっている。


「この意味、知ってるから」

 耳元で囁かれた言葉に翔吾の心臓は爆発するのではないかという勢いで鼓動するのであった。

第四編第一話終わりです。

誤字脱字ありましたら報告いただけれうと嬉しいです。


追記 ちくわ食べました。

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