一話③
あまりにも寒い冬の真っ只中。暖炉の前でのんびりと本を読んでいるのは素楽の膝には、二本尾の猫が二匹陣取っている。
片方はくしゃみ、屋住みという屋敷のような大きく人の多い建物に住み着く魔物だ。悪疫を祓う魔物として昔から語られているが、真偽は不明で一般的な猫よりも長命な不思議生物ちゃんだ。
寝息を立てている白毛の長毛、足先だけ黒いこのくしゃみも二〇〇年ほど前から姿を見られているという。
もう一匹は薄い色合いの錆猫で、こちらももふもふと長い毛並みの屋住みだ。数日前にふらっと現れては茶蔵城に住み着き始めたのである。見かけた時に奈那子の降る玩具を追いかけて、くるくると回っていたので素楽は「コマ」と呼んでいる。
くしゃみとコマは基本的に尻尾が二本あるだけの猫なので、暖かな部屋でゴロゴロと転がっていることが殆どなのだが、素楽が机に向かって、もしくは長椅子等に腰掛けていると、何処からともなく現れては周囲を陣取るのである。
こういった行動は他の者には確認されておらず、翼人にはなにかしら屋住みを引き寄せる何かがあるのではないかと思われている。
「また屋住みに囲まれてるんスね」
「ゆっくりしてるとすぐに来る」
呆れたような表情で奈那子が呟いてみせる。こうして屋住みにベタベタと張り付かれる姿は羨ましく思う反面、衣服を長椅子を寝台を毛だらけにされるので疎ましくも思っていた。
侍女たる彼女は使用人らへ指示を出す側なのだが、それなりの期間を使用人として職務を熟していたために、小さな事はパパっと自身で行ってしまう。故に少しばかり気が滅入るのだ。
「換毛の季節になったら素楽様が毛だらけになっちゃうッスね…」
一匹しかいなかった今までですら季節の変わり目には、素楽の私室が毛だらけになっていたのだ。二匹になれば抜け毛もに増量だ。
「あはは、しょうがないねー」
「笑い事じゃないんスよ。そこら壁や椅子の脚で爪とぎしないだけマシッスけども」
愚痴を聞きながら二匹の顎の下を撫でていれば、ゴロロロと喉を鳴らし始めていた。
「あっ」
「どうしたんスか?」
「見てこれ」
『非迷界性魔物のすすめ』という本の一頁を見せる。そこには屋住みの項目なのだが、そこには。
『屋住みも他の魔物と同様、食事とは別に魔力を接種する様子が見受けられる。然しながら住処とするのは人の多く生活する屋敷や城といった建物で、必ずしも十分な魔力があるとはいえない。ならば如何にして糧を得ているか、それは人との接触にて体躯から発せられる余剰魔力を接種しているのではないかと私は考える。』
といった文言が記載されている。
『試しに知り合いの魔法師と非魔法師を並べての簡単な実験を行ってみたのだが、同時に呼びかけて寄ってくる割合は七対三となった。試行回数こそ少なく確実性のあるものとは言い難いが、魔力の特別多くない環境で見られる魔物であることを踏まえれば、彼ら屋住みは人の放つ微量な魔力を集める事に特化した存在なのではないだろうか。』
このあとは数頁にわたって様々な屋住みの素描がされている。
「へぇー、それじゃ魔力の多い素楽様は格好の餌場って訳ッスか」
「そうかも」
桁外れた魔力、そのお零れに与っている魔物は今日も喉を鳴らしている。
―――
「すごーい!」
橙の瞳に映るのは白銀の巨像。多くの雪が降り積もった茶蔵の冬では、雪像を作り上げる冬祭りがある。
一応のこと倒壊の危険から近づくことは禁止されているものの、離れていても非常に精巧な出来であることが窺える意匠の数々。昨年も行っていたのだが、静臥にあった素楽がこうして見るのは始めてとなる。
今年の目玉は翔吾と素楽の雪像であろう。二人の婚約は茶蔵の城から始まり市井にまで広がってるので、その祝いも兼ねて盛大な力作が鎮座している。北上の村での防衛戦は茶蔵の者には人気の話となっており、その一場面である二人が握手を交わす瞬間を作られている。
お互いに言葉がわからず頓珍漢なやり取りをした話なのだが、素楽側の言葉を誰も理解していないことが影響して、天上の言葉ではなした、龍神の言葉である、など好き勝手な解釈で語られる。
「そういえば素楽は、あの時になんと言っていたんだい?」
「んー。名乗りと…迷子です敵ではありません、だったはずです。ふふ、『屋は香月、名は素楽。桧井が松野より参りし騎士の一人にございます』」
大きく身を振り、衣服が雪で汚れない限界で身を屈めて礼をしてみせる。少しばかり悪戯っぽい笑みを浮かべて。
「くく、我は常磐翔吾、茶蔵主、銀鶴公爵位。彩鱗王を支えし者の一介である」
どちらの当時の名乗りとは異なるのが、それなりの時間が経っているため仕方はないであろう。翔吾が手を差し出せば、素楽は握手をするようにして手を握り笑みを向ける。
そんな再現をしてじゃれていれば、感嘆の声が漏れパチリパチリと拍手は上がる。護衛によってある程度隔てられているが見えないものではなく、なんなら護衛の面々もありがたそうにしている。当人たちの原作再現なのだから、ありがたいか。
照れる三十歳と楽しげに笑顔を振りまく十八歳、年の差のある仲睦まじい二人のやり取りは女性たちの間で口々に語られるのである。
「こほん、その素楽、足は冷たくないのかい?」
向ける視線の先は鱗で覆われた素足、やはり靴というものは履いていない。対して足の下には雪が踏み固められ舗装された地面が広がっている。
「長い時間でなければ、大丈夫です」
趾で雪の感触を楽しんでいる程だ、嘘偽りはないのだろう。
「辛くなったら言うんだよ?」
「はい」
ゆったりと、という風ではないが、それでも数々の雪像に感想を語り合い笑みをこぼし合う。
―――
城下の茶屋にて翔吾と素楽が向き合い、体の内から温まるようなお茶を口にする。悪天の日であったわけではないのだが、雪がひらりひらりと舞始めた。故にこうして暖を取りつつ、一息つこうという話になったのだ。
唐突な来店に店主は戦々恐々といった表情しているが、王族がやってくるなど思ってもいなかったのだから当然だろう。
小洒落た店内に興味を示すのは素楽。お仕事で城下を訪れることは多くあるのだが、移動は馬車で店やなんかに寄ることなどなかったので、随分と楽しげだ。
「天気は変わりそうにないし、今日は帰ろうか」
「そうですね、雪像ぜんぶきれいでした」
「くく、そうだね」
「でも雪は大変ですね。楽しいもの、と思ってました」
屋根に積もった雪を下ろす作業、道を通れるよう除雪する作業、どれもこれも茶蔵の民は皆大変そうに行っている姿を見ては、自身の考えを改めていた。一度や二度であれば風情がある景色なのだが、季節一つも降り続ける雪との戦いには苦い顔を見せる。
雪が多いためだろう、茶蔵の建物は屋根を長く、そして隣に繋げるような構造をしており、除雪をせずともある程度の移動が可能になっている。何のためにこういった造りなんだろう、と考えたこともあった素楽は、本日に一つ理解を深めていた。
「私も茶蔵で初めての降雪は驚いたよ、中央はここほど雪が多くないからね。雪が降り始めたと聞いた翌朝に、見える範囲が銀化粧していたときは別の世界に迷い込んだかと思ったよ」
「わたしも、はつゆきにおどろきました。前の雪は溶けていたので」
二人して窓の外に視線を向ければ、降り止む気配などない雪がしんしんと降り続く。城から迎えに来るのは少しばかり先になる。
店主に礼を言って退店すると、素楽からすれば初めての乗り物がそこにある。馬が雪車を引いて現れたのだ。
外套を深々と被った素楽が期待の籠もった瞳で翔吾を見上げる。乗ってみたい、と確実に思っているだろう瞳に、笑いかければパッと笑顔の花が咲く。
「馬雪車、というのだよ。帰りはこれで城にね」
「そりを馬が引くのです?」
「ああ、ここらでは珍しくないものでね。おいで素楽」
「はい」
大事な大事な婚約者が転げ落ちてしまわぬよう大事に抱え込むようにして雪車に乗り込む。馬車と違ってしっかりとした座布団があるわけでもなく、少しばかり荒い造りをしている。
揺れる雪車の上、二人は身を寄せ合って城に帰るのであった。




