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そらの飛ぶお仕事  作者: 野干かん
第四編 石に魔はさす。
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一話②

 魔石魔法研究室、掛け看板にそう書かれた一室には幾人かの竜人と一人の翼人が詰めている。


 刻筆を制作する過程、ちょっとした息抜きに魔法式を陣として描きあげたので、成果報告と紹介を兼ねている。

 パチパチと暖房に焚べた薪が聞き慣れた音を奏でる中、厚手の衣服に外套を被せられて着膨れした、木菟みみずく人鳥ぺんぎんのような素楽そらが用意していた魔法陣を机の上に置く。


「水を作る魔法です。一番ふるい長い魔法で、一番、人気、な魔法。桧井で、魔石のお店ならどこでも売ってる、くらい人気です」

 水成の魔法、魔石魔法において最も洗練された技術であり、普及している水成魔石の式は至高の芸術品とまで呼ばれているほど。


 とはいえ今回彼女がお披露目するのはあくまでも平面陣であり、魔石を擂り潰して絵具状にした古風な方式、魔法としては稚拙という他ない出来だ。

 陣の描かれた紙の上に瓶を置き、魔力を注ぐとゴポゴポと水が湧いて出る。量は多くないものの澄んだ綺麗な水、手を加えずに飲める代物である。

 瓶の内を覗き込んだ晴子を中心とする魔法師は、感嘆の声を漏らす。


「これは飲んでも?」

「はい、のめます」

 ただの水であり、これといって何もないもないのだが、口に含んでは嚥下し顔を見合わせている。


「水だ」

 それはそう。


「私もその魔法を使ってみたいのだけど、いいかな?」

 見学、というよりは見物に来ていた翔吾が声をかける。


「どうぞ、用意あります」

 事前に確認のため見せた時は一枚しか用意していなかったのだが、体験してみたい、とのことだったので数多く用意されている。


「…ふむ、これは…」

 魔力を注ぎながら驚きの声を発する。素楽が軽々と魔力を注いでみせたので、小さな魔力で行える魔法だと彼は考えていたからだ。ほぼ日常的に魔力を消費していた素楽と、魔法師でもない翔吾しょうごとでは総量に大きな差がある。それこそ月とすっぽんと言う程に。


「…飲水を作れるのは便利かと思ったのだけど、これは厳しいね」

「大変ですか?」

「あぁ、大丈夫だよ。然し、ごっそりと持っていかれた気分だ」

 なるほど、と呟いて手元の紙に書き込んでいく。日常的に風を作り出して素楽の髪を乾かしたりしている奈那子ですら、消費が重いと言っていたのだから余っ程だろう。


 こういった時に、素楽は自身が魔力を感じれない事を歯痒く思う。

 その後、魔法師たちも試した結果、同じような感想となる。彼女の描く歪みの殆どない陣ですらこれなのだから、実用性はないのは明らかだろう。


「次はこれ、迷界の魔石でかいたものです」

 形も色合いも変わらない魔法陣。


 視線の集まる中で魔力を注ぐことによって、拳二つ程の大きさをした氷塊が姿を現す。気泡や異物など微塵もない、透き通るまっさらな氷。

 魔石の種類によって結果が変わる怪現象は、石を作る魔法だけでなく水を作る魔法にも適応された。

 夏であれば嬉しいのだが現在は絶賛真冬、これ以上なく嬉しくない産物となっている。

 これ興味深いと魔法師らは削り取っては溶かしてみたりと、様々に突き回した結果はただの氷らしい。


 食用にもできる氷をいつでも作り出せるのは大きな評価点であるが、彩鱗の現状では魔力が問題点。平面のものでは実用化に足らない、というのが結論となる。

 そんなこんなで話し合いをしていれば、素楽が制作している刻筆へと話題が移る。四角柱の先に四角錐が付いた筆状の魔石、表面には細かな魔法陣が刻まれており異彩を放っている。


「これが素楽の言っていた筆かい?」

 真っ先に尋ねるのは翔吾。机の上に置いてある細工品のような作りかけの刻筆が気になっていたようだ。


「はい。半分くらい、できたので、冬の中で完成目指します」

「制作過程を見せてもらうことは可能で?」

 興味という泉が枯れ果てることのない晴子は、目を爛々と輝かせて素楽を見つめている。これに関しては紹介する予定はなかったので、翔吾へと視線を向けてみれば首肯が返ってくる。


(今までのものを見る限りは問題ないだろう)

「少し時間ほしいです」

 鉱山産と書かれている箱から手頃なクズ魔石を摘み集めて乳鉢へと放り込み、乳棒を握ってゴリゴリと音を立てて魔石を磨り潰していく。既に何度も行っているので、手際よく粉末状へと変えで膠を固着剤に絵具然とした物にする。次には毛筆を取り出して、作りかけの刻筆よか一回り太い木の棒へと陣を描く。


「それは?」

「『刻筆』を作る『刻筆』です」

「「???」」

 口頭で説明をするよりも見せたほうが何倍も楽であると、頭を傾げる面々を無視するように作業を進める。


「できました。もう一度はたいへん、しっかり見てるです」

 食い入るように見つめられる中で、素楽は握る簡易刻筆に魔力を注ぐ。特段変化のない筆で魔石をなぞれば、乳酪を尖った棒で削るが如く表面を抉り文字を刻み込んでいく。驚きと感心の入り混じった声を吐き出しながら、数度の瞬きを行えば既に魔法の効力はなくなっており、素楽の握る筆はただの棒となっている。


「終わりです。あと…十五回で終わるつもりです」

 魔石を磨り潰し、陣を描き、図形と文字を刻む。短時間では終わらない作業をあと十五回と聞き気の遠くなる思いと、既に半分を終えているという事実に驚愕する。


「魔石に直接…彫刻を施すのではダメなのかい?」

「ちょうこくは大変で」

 少しばかり照れた表情をした素楽は、ポリポリと頬を掻いている。直線のみであれば選択肢に入った可能性もあるのだが、曲線を少なからず使用するうえ、小さな歪みで台無しになっても困るので、手間のかかる方法を選んでいる。


「素楽にも苦手なものがあるのだね」

「意外ですか?」

「くく、そうだね」

 こうしてこの場はお開きとなるのであった。

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