一話①
青々とした晴天は久しく隠れ、牡丹雪がさくさく降りしきり、音が吸われる冬の頃。
ぱちりぱりちと薪が鳴る部屋にて厚手の衣服に包まれ、外を眺めるのは橙瞳白髪の翼人で。香月素楽、中央祭務長、芽雪飾爵士。
雪が珍しい場所を故郷とする彼女は、飽きもせず降り積もる景色を時折眺めている。一度ばかり外出を試みようとしたのだが、昨冬に大病に臥せった点と靴を履かず素足のため寒々しいという点から、外出を禁止されているために眺めているだけ。
どうやら大雪とのことで、少し前まではせっせと除雪に勤しんでいた者らは撤退していった。いくら掃いても掃いても直様に積もっていくのだから、これほど不毛な事もそうないであろう。
「素楽様、良いものを持ってきたッスよ」
なにかを後ろ手に隠しては莞爾と笑うのは、燃えるような赤髪を揺らすは侍女の印南奈那子。小さく息を切らして、頬と耳が赤く染まっている。
「雪を持ってきましたッス!あっ、でも食べちゃダメッスよ、お腹壊すんで」
木桶にはこんもりと綺麗な雪が盛られている。つまり頬や耳が赤くなっているのは霜焼けということになる。
「ありがとー奈那子。ふふ、つめたーい」
人生において二度目の雪。前回は遊ぶほどの余裕がなかったため、四本指の手で丸く固めたりと楽しんでいる。
「こんな感じに楕円に丸めてください、いいッスね!そしたらこれを、こうしてっ。完成ッス!」
葉っぱと小石で耳と目を作れば、雪うさぎが出来上がる。
「おおー」
雪の降る土地ならではの遊びに関心しつつ遊んでいれば、室温の都合上、早くに溶けてしまう。それでもご満悦のようで、奈那子は態々寒い思いをしたかいがあったと考える。
「ありがとね」
「どういたしまして。松野は暖かい所って言ってましたが、雪を見るの初めてなんスか?」
「二回目。『冬龍山』、冬の龍の山に木の実を取りに行った事、あってねー。その時に、すごい雪降ったんだ、真夏に」
三つの領地が協力して行った採取任務、真夏に関わらず吹雪で一面雪景色になるほどの異常気象を経験したことがある。その際は任務の中核が素楽であったために、余計なことをしないよう山小屋に押し込められていたため、雪を楽しめてはいない。
「へぇ、龍に因んだ名前が着くなんて霊験のある場所なんスね」
これは竜人の一般的な考え。世間話序の感覚なのでついついと彩鱗基準で言葉を漏らす。
「どうなんだろう?冬龍が秋から春まで、出るからだよ。名前の…れきし?」
「由来のが良いッスね。龍がいるんスか、すごいところッスね。…?龍がいるんス?」
怪談にでる人形のように、ギギギと首を回しながら奈那子は尋ねる。
「いたよ。大きさはね――」
頭から尾までは凡そ十間、立ち上がれば六尺。鰐のような頭、獅子のような鬣、と説明をしようにも言葉では面倒だと筆を執り絵を描く。少しばかり愛嬌のある画風になってしまったものの、伝われば十分と奈那子に見せる。
「こんなの。雪の中に、かくれてておどろいたよー。探している木の実くれたけど、こわくてにげたちゃった」
尻尾を巻いて逃げる、という言葉が似合うほどに一目散に飛び去っていったのだから、嘘偽りない真実だろう。
「素楽様って天上から降ろされたんスかね?よく描かれる龍神もこういう姿ッスよ」
「うーん、あっちでの神話に、龍の神さまはいないよ?」
創造神が天地を作り出した、という大筋の流れは似たようなものもあるが、竜人の行やなんかに素楽は覚えがない。
「そうなんスか。他にも龍っているんス?」
(翼竜とかでいいのかな?羽つきの蜥蜴と不可思議の蛇じゃ結構違う気がするけど)
とりあえず描いてから尋ねてみようと、図鑑で見たことのある挿絵を思い出しながら筆を走らせる。翼竜、飛竜には唸っていたが、地竜のような地を這う竜の類いには「デカイだけの蜥蜴じゃないッスか、これ」と返されるのであった。
―――
「これはすごいね、まるで幻想譚じゃないか」
喜んで素楽の絵にご満悦な表情を見せるのは翔吾。一番のお気に入りはどこか間の抜けた水竜らしく、溢れんばかりの笑みを向けている。湖に沈む平たい蜥蜴もどきといい、彼の感性は独特の物があるようだ。
「これらは実物をみたのかい?」
「これと、これだけです。残りは本の絵で、見ました」
冬龍と翼竜の二枚。
「なりほど。これらとは、桧井の人々とはどういった関係か聞いてもいい?」
「怖い生き物です。これ、『翼竜』がほかのところから飛んできたら、みんなでたたかいます。翼人の…大敵?です。冬の龍は…ふしぎな生き物です、ちかく行かないですね」
彩鱗ほど神格化していない、どころか翼竜などただの害獣にすぎない。冬龍は不可思議物という魔物の分類であり、どうしようもない人智の外にある存在なので、手を出そうという考えすらない。
(魔物がそこらで湧き出すという話も聞いたね…なんともまぁ、お伽噺か幻想譚のような世界だね。魔物の首魁と戦った時、ニーグルランドの黒獅子と対峙した時も物怖じしていなかったが、素楽の中では日常茶飯事だったのかな)
そんなことはないのだが、そうと思われても仕方のない部分はある。彼女とて翼竜に殺されかければ、冬龍の目の前に立てば恐怖を感じるというもの。少しばかり精神の太い普通の十八歳である。
「ところで、この絵、スイリュウという竜の絵を貰ってもいいかい?…その気に入ってしまってね」
「いいですよー。らくがきなんで、ぜんぶでも」
「ありがとう、素楽。言葉に甘えさせてもらうね」
ほくほくとした笑顔で絵画を纏めていると、素楽はそっと席を立ち暖炉の前の長椅子まで移動する。座り際に翔吾に一瞥すれば、一緒にゆっくりしよう、という目配せで。
「となり、失礼するよ」
「はい、どうぞ」
時刻は既に夕暮れ、仕事の終わりと夕餉の合間のひと時。揺れる炎を眺めながら何をするでもなく、ゆったりとした時間を過ごすのである。
頁を捲る紙擦れの音、彩鱗言葉に慣れてきた彼女は暖炉の火にあたりながら本を読み進めることが多くなっていた。読書家、というよりかは知識欲と好奇心が主だ。
手に取っている本も『茶蔵植物全書・好味録』と、年頃の女性が読むには少しばかり似合わない代物である。開いている頁を覗き見れば白樺の樹液について書かれている。
『飲みやすく薄っすらと甘みを感じる樹液、試しにと酒で割ってみたがこれが素晴らしい。白臼山麓の村では春頃のご馳走とのことだ』
いくつか試したであろう酒の種類と分量、その感想が事細かに書かれている。
こういった内容ばかりではなく、しっかりとした図鑑の面もあるのだがこの好味録は珍書となっている頁が多い。
(面白いのだろうか…。というより、よくもまあ買おうと思ったね)
初雪の降る手前、一度二度ほど書商を呼んでいたことを翔吾は知っている。それ以降何かしらの本を読んでいるので、祭事部から支払われている給金で購入している事は想像に難くない。
(祭務長とはいえ見た目は少女なのだから、流行り物の小説類でも持ち込めば良いものを)
商人は情報が命。書商も素楽の存在はよくよく耳にしていたため、大手を振って流行り物の小説を持ち込んだのだが、全くと行っていいほど食指が伸びず購入したのは学問書や歴史書、図鑑の類。
次はこういった種類の物を多く持ち込みましょうか、と尋ねてみれば力強く首肯された、という経緯があるため書商が悪いとはいえないのだ。
「おもしろいかい?」
「うん。名前ちがう、似た植物あるのおもしろいよ」
どういう感性なのかイマイチ掴みきれていないが、楽しんでいるのなら良いか、と考えを投げ捨てる。
「これ、……。冬の神のわすれものって名前でね。とりにいく、大変だった」
凍み野木瓜と書かれた一頁。『彩鱗北部の降雪地帯に晩冬から初春の間に見かける果実、素朴な甘みがある。食べる前に少しばかり温めると、独特の食感を楽しめる』と記載されている。
似て非なるものの可能性はあるが、情報を見る限りは近しくあるのは確かだ。
気候の都合上、実際に見たことがある物は多くないのだが、知識として知り得るものはそこらそこらに。白樺などがいい例であろう。
「ボウケンシャって仕事で採りに行ったのかい?」
「ううん、三つの領地が力あわせる仕事ー。大きな家の手伝い、みたいな?たぶん、仲のいいこと、結着の強いみせるもあったよ」
「結着じゃなくて結束だね。桧井は領地ごとの力が強んだっけ?」
軽く首肯する。集権的であろうと分権的であろうと一長一短、お隣たるニーグルランドを想像して納得する。ニーグルランド大平原を住処としていた獅子獣人の小国が一つに纏まり、今のニーグルランドとなったのだから。
「~♪」
会話が途切れて少しばかり。素楽は鼻歌を奏で、翔吾は耳を傾ける。窓の向こう側は静寂の夜が支配している。




