四話
第三編は以上です。
誤字脱字がありましたら報告いただけると助かります。
「水渡の式、ですか?」
「はい。新しく井戸を掘ったり喞筒を設置したりといった、水に関わる祭事の一つです。白烏とは縁のない事なのですが、築屋の式も行いたいという申請もあり、香月祭務長にお願いできないかと思いまして」
祭事部の仕事の多くは土地の管理とこういった儀式の運営。茶蔵の街から離れた農村などで行う際は、細々と足を運ぶよりもまとめて行う方が効率的なため、ほぼ丸一日祭事漬けとなる。
晴れて名誉竜人として国民の一人となった素楽は、客員という肩書が外れた正式な祭務長なのだが、祭務官としての経験を積んで祭務長となった訳ではない。故に多くの仕事を免除されており、築屋の式を専門的に行うお飾り、看板娘のような扱いだ。
そんな中、永西という茶蔵西部の村では人口が増加傾向にあり、規模拡大を兼ねて民家と喞筒の増設のため築屋と水渡の式を行いたい、という申請があったので声がかかったというわけだ。
「わかりました。ソクトウ、なにです?」
「こうやって、井戸から水を汲み上げる筒です」
祭務官が身振り手振りで持ち手を上下する仕草を行う。それをみてもしっくりと来ない素楽はコテンと首を傾げていた。
「…。まぁ見ればわかるでしょうっ!では日時は追って連絡します」
「はい、まってます」
一礼をした祭務官が去っていく。
「素楽様は喞筒を知らないんスか?こういうのッスよ」
先程も見た身振り手振り、あいも変わらずピンとこない動きである。
それもそうだろう、桧井にはそれに類する器具がないのだから。魔石魔法及び魔導具の台頭する技術革命の時代に、喞筒という発明があった記録があったのは確か。然しながら魔力を注ぐだけで水を作れる手軽さの波には逆らえず、そっと消えて行ってしまったのだから知る由もない。
真っ先に作られた魔石の一つが、水成の魔石、というのだから仕方のない部分は多い。
奈那子の案内を受けて城の一角、喞筒の設置されている場所へたどり着いてみれば、井戸には金属製の筒とそれに付随する部品類で構成された汲上器具が鎮座している。
「これを、こうすると…、ほら水が出てくるんス」
「おー、やってみたい」
今までの生活で視界の端に入っていたであろう未知に心躍り、シャコシャコと持ち手を上下するのであった。
―――
陽気の穏やかな秋晴れの日、朝早くに一人出立した素楽は永西の村で礼装に着替えていた。
築屋の式と水渡の式では異なる物を着用するとのことで、着替えの多い一日となることは想像に難くない。
深みのある青の礼装、頭部には付け角に角飾り、腰部からは尾を模した飾りと竜人然とした素楽の完成である。
「竜人みたいです」
手鏡を覗き込むようにして自身の姿を確認すれば、まるで竜人の子供である。
「よくお似合いですよ」
「ありがとうございます。この角、しっぽ、ぎしきのものですか?」
「いえ、中央祭事部からはそういった旨はなく、必要な時に使うように、といくつか送られてきたものです。香月祭務長が必要であればお使いになれますよ」
左右で形の整った角と小ぶりな尻尾飾りは竜人が必要とする物とは言い難く、素楽専用に誂えられたもの。
(なら翔吾様にも見せてたいなー。奈那子とともえにも)
「こんど、お借りしたいです」
「わかりました、話は通しておきますね。品は祭事部で保管しておりますので、必要な時はお声掛け下さい」
「ありがとうございます、助かります」
侍る祭務官と共に姿を現せば息を呑む音がいくつか。
「はじめましょう」
一応、肩書的には、この場で最も位が高くなるため、惚けている人たちに声を掛けて進行を行う。
「「はいっ」」
素楽を召し変える方が準備よりも時間を使っていたため、直様に喞筒及び井戸の新設予定地に向かう。
「では香月祭務長はこれを。あの祭務官が舞を披露するので、舞が終わり御前に跪いたらお渡し下さい」
手渡されたのは水の入った柄杓。今の説明であれば、特別難しいこともない仕事である。
「それだけですか?」
「はい。…そうですね、舞が始まってからはお声を出さないよう気をつけていただければ、特別していただくことはございません」
「わかりました、気をつけるです」
淡い水色をした礼装を纏った祭務官が、予定地で靴を脱ぎ裸足となる。今後掘る井戸に失礼なのだそうだ。
人の生活に水を欠かすことはできないために、水を得るための手段である井戸という存在は神聖視されやすい。竜人の信仰にもそういった気がある。井戸に悪戯をすると龍神の罰が下るだとか、廃村とする場合は井戸を供養してから村を出なければならない、とかだ。
トコトコトントン、と小太鼓の律動に合わせるよう祭務官が舞い、周囲で柄杓を持っていた者は足元へと水を撒いている。
初めて見る儀式の風景に、神聖な空気を感じていれば案外のこと早くに舞は終わり、息を切らしつつある祭務官は素楽の前に跪く。
言葉にすることはできないが、よく頑張りました、という意思を込め笑みと共に柄杓を手渡せば、水を飲み干して水渡の式は終わりとなる。
お次は築屋の式。新築予定の家屋はなんと七件、溜めに溜めた、というよりかは今後増えるであろう想定の元に、事前に済ませておく意味合いが強い。七件の式を行った所で、どう考えても大工の数も建材も足りない。
そそくさと礼装を着替えては、忙しなくお仕事に励むのであった。
全てが終わる頃には既に夕刻、日があと一歩進めば夜の帳が下りるだろう。
「ありがとうございました、香月祭務長」
永西の村人と祭務官総出の見送り。素楽一人であれば移動に難はなく、正に一飛び、である。
「どういたしまして。よろこんでいただけた、なら、祭務長の…みょーりに、つくです」
ちょっとばかし格好をつけようと、彼女にとって難しい言い回しを行おうとしたのだが、やはり締まりが悪くなる。どこか微笑ましいものを見るような視線を向けられる結果となった。
「冥利に尽きるだぜ!」
追い打ちとばかりに、そう身長の変わらない、つまり年下の男児に指摘される始末。
「ふふ、ありがとうございます。祭務長のみょうりにつきるです。寒くなるので、お体に気をつけて、ください。ではまた」
朱い翼を尾羽を広げては地を蹴り、茜空へと羽ばたいていく。
―――
姿見鏡の前でくるりと一回りするのは、付け角と尾を模した飾りで竜人風な姿をした素楽。
早くに声のかかった祭事部は、何に使うのか、と尋ねてみれば、仮装、と返されたので、案外のこと子供っぽいところもあるのだな、と考えていた。
手鏡では見えにくかったところも十分に視界に入る。手や足といった部位は、どうあがいても竜人のそれとは大きく異なってしまうのだが、角と尾っぽだけでもらしくなるもの。
「どう?」
「いいんじゃないかい?ちと変わった竜人って紹介されれば十分さ」
「可愛いと思うッス」
ともえと奈那子からは十分な好感触。特にともえは、相手が王族だろうとダメな時はダメと言える人なのだから信がおける。
「翔吾さまのところ、行く」
「予定はないけども、最近は机に齧りついているからね、いい薬になるさ」
「どんな反応をするか楽しみッスね」
意味もなくめかしこんでの、完全な不意打ち訪問は婚約者のちょっとした我儘。普段から真面目な印象であるために、可愛らしく微笑ましく見えるそれに城仕えの者らが協力する。
おめかしした姿を見せたい、という部分は秘されて、職務中の急な面会が行われることになる。
これに少しばかり慌てたのが翔吾。城仕えに話せない急な事態に陥ったのではないかと心配したのだ。彼らの微笑ましいばかりの顔に意識が向いていれば気がつくこともできたのだが。
いざという時に意見を求められるよう、重忠と直之まで控えさせて執務室に招き入れる。
「しつれいします」
こぢんまりとまとまった所作で入室するのは、付け角と尻尾飾り、可愛らしい平服でめかしこんだ素楽。
「ごきげんよう、翔吾さま」
正面からでも角は見えるので腰部から伸びる尻尾を見えるよう、くるりと一周し全身を見せつけてから、あざとく首を傾げて見せる。
「……」
「角と尻尾です、竜人に見えますか?」
身構えていた分、大きく肩透かしを食らってしまった彼が石のように固まっていれば、どうですか?といわんがかりの言。
「あ、あぁ、可愛いよ、一番でね」
回答のズレた、気の抜けた様な返答をすれば、本人は嬉しそうに目を細めている。
「ありがとうございます」
なんともまぁ面白おかしい事態に小さく吹き出す男は菅佐原直之。大層真面目くさった堅物そうな文官然とした男なのだが、どうにも笑いの沸点が低い。翔吾の間の抜けた言葉がツボに入っているのだろう、笑いを噛み潰しながら口を開く。
「どうでしょう、殿下っ、ふふっ。溜まっていた仕事も片付きました、のでっ、素楽さんとその、お過ごしになっては」
大変に不敬な男だが、とっくに慣れているようで忌々しい視線を一度投げつけてから、改めて可愛らしい婚約者へと向き直る。
「天気もいいし東屋にでも行こうか素楽」
「お仕事、いいです?」
「大丈夫だよ、もう十分に片が付いているからね」
「わかりました」
連れ立って部屋を後にすれば、笑い声が一つ。留めていた笑いの堰堤が決壊したのであろう。
―――
急遽、東屋に向かうことになったのだが、部屋の外で控えていた奈那子とともえは慌てることもなく、わかってましたと言わんばかりの対応をみせる。
用意されたのはよく飲んでいる茶に紅い香草茶を混ぜ込んだ混合茶。少しばかりの酸味と独特の香りが良い塩梅であり、素楽の舌にもよく馴染んでいる。
「ほう、これはなかなか。王都で流行ってい香草茶を混ぜているのだね、天音嬢に教えてもらったのかな?」
「いえ、茶蔵でまぜたです。次に、合ったら、教えたいです」
蜂蜜をたっぷりと加えて飲むのも美味しいのだが、喉を潤すのは適していないため、試しにと混ぜた結果である。
「くく、仲がいいのだね」
「はい、ともだちです」
見た目だけなら同年代。しばらくの滞在で素楽の方は天音が年下なのだという事を理解しているが、末子の彼女がお姉ちゃん風を吹かせたい事を察し演じている。
昔に同じ様な事をしていた義姉がいるので理解も早かった。あちらは正真正銘年上だが。
これといった取り留めのない話をして楽しむ、のんびりとした昼下がり。
一息付いた時、翔吾が人を下がらせれば真面目な話をするのだと素楽が居住まいを正す。
「その、婚約者としてしばらく経ったのだけど、素楽の生涯を共にする相手が私でも、本当に良いのか聞きたくてね」
と自身に対する不満がないかと問う。彼自身、危機的状況を救われた事を皮切りに、真っ直ぐで前向きな姿勢に惹かれ執心している事実はある。然し、国王たる寿徳の提案だから仕方く、というのは望むものではない。
執心しているからこそ、大切に想っているからこそ、安住たる故郷や、心の内安らぐ相手の許にいてほしいという気持ちもあり、心中の思いを吐露する。
「――という訳だ。恥ずかしながら齢三十にもなって恋慕の情を、十三も年下の素楽に抱いてしまうとはね」
自虐をしながら恥ずかしそうに上気させて照れ照れと笑う姿には、どこか哀愁や諦念ようなものを纏わせている。
国王の前での告白、のような宣言をその場限りと思われていたとは思ってもみなかったので、素楽は小さく驚いたが翔吾の葛藤を聞いて納得する。
帰りたい、そう口にしたのは間違いなく、多少の変化はあれど今現在も思っていることだ。それに気を使い気を揉んで葛藤していたというのだから。
(優しい人だねー、やっぱり)
「わたしは、下心あります――」
常磐王家との縁作りが出来ているのであれば、何れ彼女の目標たる茶蔵と松野の行き来が出来た際に最大の利点となる、と足りない語彙で話していく。中々に勘定ずくであるが、家同士の利益を追求するものだと考える彼女なのだから当然たる部分だ。
「――でも、それだけ、ちがいます。翔吾さま、わたしにあわせて、話ししてくれた。病のときも心強かったです。今も、二人で話すの、楽しい、安心するです。だから、となりにいたい、と思います」
きっかけこそいずれ義兄になる寿徳なのだが、時間が経った今でも変わることのない想いを改めて正面からぶつける。
「翔吾さま、わたしのとなりに、ながくいてください」
差し出された両の手は鱗で覆われている。
「あぁ、よろしくたのむよ、素楽」
ギュッと包み込まれるように握られた手には確かな温もりがある。
「よろしくおね…、よろしくねー、翔吾」
「っ!」
完全な不意打ちに撃沈する竜人が一人。




