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そらの飛ぶお仕事  作者: 野干かん
第三編 雪飾り芽吹き。
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三話②終

「これはアレか、なんだったか白臼山の門だかの」

 煙管を咥えた晴子せいこは興味深そうに石門から掘り起こした魔石を観察する。


「そうです、なにかわかることあります?」

「ちょっと待っててくれ、煙を片付けるから」

 灰吹にコツンと灰を落としては、管の手入れを行う。見るたびに煙をふかしながら、資料やらを読み込んでいるので重篤な喫煙者なのだろう。


「一応、直之からは石門の方に彫られていた文字を見せられているんだけど、魔法史やらの資料を浚っても点で当てはまるものはなくてね」

 綺麗に道具を片付けた彼女は、素楽そらの頭程もありそうな魔石を手に取り観察する。


「うん、改めてさっぱりだ。すまないね素楽さん」

「研究バカが役に立たないこともあるんスね」

「うるさいよスッス、こんなん門外漢もいいところだよ。姫殿下に渡しても頭を抱えるだろう」

「あの方に渡したら返ってこないッスよ」

「ひめでんか?」

翔吾しょうご王子殿下の姉君だよ、中央魔法部の長をしていてね。接触されてないのかい?」

 翔吾には兄姉一人ずつと妹が二人いる。忙しなく引きずり回された社交の中であっている可能性はあるが、記憶にない以上紹介はされていないと結論づける。


「魔石関連の情報は陛下か宰相、祭務司長の辺りで止まってるッスよ、横槍を入れられても困るんで」

「道理だね。情報を持っていた私達が蜻蛉返りになった事も原因か。こっちに来ることはないけど、向こうに行ったら絡まれるのを覚悟しておいたほうがいいよ。義姉にあたる人だからね」

「なにかと面倒見が良い人なんスけどね…ちょっと」

「あぁ私より研究熱心で周りが見えてないところがあって」

 この晴子に言われるのだから余っ程なのだろう。


とおる兄ちゃんみたいな人かー)

 そしてその類が身内にいるのが素楽で。


「丁度、魔法部に来てくれたんだ!素楽さんがいない間の成果を見てほしい!」

 思い出したかのように声を張り上げては、駆け足で魔法部に飛び込んで、瞬く間に数枚の魔法陣の描かれた紙を見せつける。


「見様見真似だがね、私の方でも魔石魔法というのを再現できたのだよ!見ててくれ」

 返答も聞かずに勝手におっ始めるあたり、件の姫殿下とはそう変わりないのだろう。


 魔法陣に魔力を注げは描かれた式に応じて結果が発現する。こちらの、彩鱗で使われている魔法とは異なり、発現した魔法は時間の経過で消滅することはなく、物質として残る。


 例外として魔導銃や魔導杖の類が射出する魔法弾は、費用対効果を突き詰めた攻撃のための手段であるために、時間経過とともに消滅をする。つまりは同じく間接攻撃たる矢と違い、傷跡を塞ぐことがなく出血による殺害が狙えるという点が大きいために、武器としての研究が進められている。

 素楽の持ち込んだ魔導銃はどちらも威力が桁外れの物であるために、二種類とも射程範囲内で直撃すれば命はない。事実、射程限々の射撃ですら、馬の首を吹き飛ばしつつ兵士の胴体に即死級の風穴を開けている。


 魔法陣の様子を見てみれば、魔力が注ぎ終わったようで少しばかり形が歪な石の鏃が完成している。


「どうだっ…!素楽さんの魔石魔法で石の鏃を作り出したぞ!…はぁ、はぁ。これは実に魔力を消費するね、魔導具というのとは桁違いだ」

『おーすごい、想定してた石の鏃だー』

 驚きからか桧井言葉で、感想を述べて周囲を困惑させるもお構いなしで、魔法陣と鏃を観察する。


(形状の歪さは…陣の歪からだね。晴子さんの魔力量とかわからないけど、初心者用の陣でここまで疲弊するとは思えないし、どこかで式が間違ってるのかな?……ここかな)

 うんうん、と唸りなが組み立てられた式をバラしてみれば、見様見真似の弊害、どうしたらこうなるのか、という道筋を知らないが故の間違いを見つけて、書き出していく。


(だけど、なんで今回はうまく行ったんだろう?前回は形も材質も違ったのに)

 前回の結果は鏃とは思えない形状の黄銅の類、お世辞にも成功とは言えない結果だった。


「式は十分です。前と違うこと、なに?」

「ふふ、よくぞ聞いてくれたっ!実はね、魔石の種類が違うのだよ!」


「しゅるい?」

「明確に甲魔石、乙魔石という様な名前が付けられている訳ではないのだけど、鉱山から採掘された物と迷界の核では魔力の伝導率や硬度が異なってね。迷界産で描いてみたろ所、私達では魔法にならなくてね、何度か試している内に鉱山産を用いたら形の悪い石の鏃ができたのだよ」

 自然に生成された魔石と、迷界の核として生成される魔石は、その過程が異なるために硬度、魔力伝導率、端的にいえば純度が異なるという話。鉱山からしか採掘のできなかった桧井では、初めて聞く事実に感心の吐息を漏らす。


「迷界のあるです?」

「ああ、あるよ。試してみたいのかい?」

「はい」

「ははは、わかるよ。その気持ち」

 知的好奇心を満たしたいという点では、素楽と晴子には通じるものがある。


 いつかに素楽の描いた魔法陣を真似た代物、ところどころ歪みと間違いが見受けられるが、先の式でも半ば成功したのだから問題はないと魔力を注ぐ。結果は発現までに時間を要したものの、鏃とは遠い形状の黄銅の小さな塊が一つ。


「おや?」

「できるね」

「ふむ、なぜだろうか…」

「単純に魔力の量とかじゃないんスか?魔法に成らなかった時は足りてなかったんじゃ」

 頭を傾げている一団につまらなそうにしていた奈那子ななこが声をかける。


「魔力の量か、難しく考えすぎていたのかもしれないね。よし、皆で魔力を注いでみようか」

 そう言って目につく魔法師を集めては杖を持ち、晴子を主法師として魔力をかき集める。


(そういえば彩鱗の魔法師が魔法使うの近くで見たことないかも。今回は魔力を集めるだけみたいだけど、今度見せてもらおうかな。複数人の助法師から主法師に魔力を集めるなんて、面白い発想だし)

 さて即席魔法師隊が魔力を注ぐこと暫く。全員が息を切らし始めた頃合いに魔法陣の上には黄銅の塊が転がる。


「はぁ……、きっついね…これぇ…。素楽くんは…なんで一人で…魔法にしたんだ……。はぁ…」

 息も絶え絶え、虫の息。魔法師は合計六人集めていたのだが、それでも全員が魔力欠乏寸前の有様である。


「わたしの魔力、量が多いです?」

「……間違いなくね。ふぅ…煙を欲しているが、少し我慢しよう。松野では日にどれだけ魔力を使っていたのかな?」


「飛ぶ、水出す、明かりつけるの三つです、多いの」

「つまりは日常的、ほぼ毎日使っていたと?」

「はい。長く飛ぶ時、起きてる時の半分以上飛ぶです。魔石は生活に必要です、水、火、光は魔石魔法の事が多いです」

 飛び回る事自体が嫌いではない素楽は、小さな頃から飛び回っていた。軽々と曲芸飛行ができる程、上達するまでに。


 魔石魔法が普及し始めてから桧井や周辺国の生活水準というのは向上の一途である。一般には魔石革命、それまでは魔石鉱山というのはクズ山などと呼ばれていたのだが、一気に脚光を浴びて金山のような扱いに変わったのだから面白いものだ。


「日常的に魔力を使うことで量が多くなっているのかな。筋肉のように」

「へぇ、じゃあ素楽様は魔力でムキムキなんスね」

 力こぶを作ってドヤっとした顔を向ければ、耐えきれないといった様子で吹き出す赤髪の侍女が一人。


「然し生活に根付く程の魔法、か。…十分に研究の価値はありそうだ」

「けんきゅうするです?」

「そうだね、一応のこと魔石魔法を私達が研究を行うには殿下の許可が必要になっててね。現状許可が降りているのは、この魔法のみなんだ」

 魔石魔法の影響は計り知れない物がある。故に翔吾が留めているのあ現状。


「なるほど。この魔石の種類、魔法の違いは、報告してあるです?」

「あぁ、目を通しているかは定かではないが、たしかに報告書を上げている」

「翔吾さまと話してみます。…あっ、あと鉱山の魔石、買いたいです」

 導き出した式通りの結果になる魔石は、必要だと。


「好きに持っていっていいよ。その方がお互いのためになるだろう」

「ありがとうございます」

 小さく礼をしては、ちっぽけなクズ魔石を袋に詰めて持っていく。

「宜しく言っておいてくれ」


―――


 昨年に素楽が病に臥すまでは行われていた、二人で行う夕餉のひと時。


 待っていれば翔吾が少しばかり疲労の色を見せながら現れる。ここ最近は随分と政務に追われているようだ。


「お仕事、ごくろうさまです、翔吾さま」

「ありがとう、素楽」

 可愛らしい婚約者の労いには疲労も吹き飛ぶとでも言いたげな表情で。


 雑談とばかりに今日の出来事を簡単に話す。午前には祭事部の仕事としてあちらこちらで築屋の式を行ったという事、午後には魔法部の方で魔石を晴子に見せたり研究成果を見たという事。


「魔石魔法、翔吾さまにみせる、次、魔法部にわたす、いいです?」

「そういえば何か報告が上がっていたね。素楽のお眼鏡に適ったのかな?」

「はい。魔法文字、覚えるひつようあるです。かちあるです。けんきゅう上手くいく、かちあるなら、とりひきに役に立つ、です」

 魔石革命と魔石の暴騰そのものが起きるとは限らないので、個々で便利な魔石魔法を好きにしていいという事を告げる。


「ふむ。魔石魔法の事は私で留めていることは知っているかい?」

「はい」

「世に出た場合の影響を私は考えていてね。どんなことが出来るか教えてもらえる?」

 パッと思いつく魔法を上げつつ、便利な魔道具の話も加える。翔吾が興味を示したのは便利な魔道具の方、然しながら彩鱗で再現できるかと聞かれば難しいもの。魔石魔法であれば理解がある素楽でも魔道具の仕組みとなると、流石に、と言わざるを得ない状況だ。


「上手くいきそうなら、兄上と姉上に話をつけて中央から人員の確保も考えようか。それじゃ素楽、先ずは私に見せること、それは確実にね」

「わかりました。翔吾さま、このあと、お時間あるです?」

「あぁ、後は休むだけだからね」

「おんしつで、お話したいです」

「くく、いいよ。行こうか」

 婚約者となったからといって特別変化もなく、どうしたものかと考えていた翔吾には渡りに船とばかりに素楽からのお誘いがかかる。


 いつかの夜のような月光の満ちた温室。ふかふかの座布団の敷かれた長椅子の端に座った素楽が、自身の腿を叩いている。


「どうぞ、翔吾さま」

「あー、その、頭を、素楽の腿に、乗せろと」

「そうです」

「…わかったよ」

 誰にも見られない事を祈りつつ、腿の上から素楽と月を見上げた翔吾は暫しの歓談に耽る。二人の楽気な会話は見下ろす月だけが知っているのだと。


―――


 茶蔵城の一角、魔法部にほど近い一室は素楽の魔石魔法の研究のための部屋となった。

 真新しいとさえ思える研究室は、明窓浄机めいそうじょうきという相応しい空間で勉強に励むのにも良さそうである。


 ゴリゴリと魔石を擂り潰す音と、紙に筆を走らせる二つの音が響く部屋には二人の影。紙に魔法式を組み立てている素楽と、無心で乳鉢と乳棒を使い擂潰する奈那子である。

 使用人でも助手でもなく侍女である奈那子は、こんな作業を手伝う必要はないのだが使用人としての仕事が免除された今、手隙ともいえる状況なのでこうして手伝っている。

 主な仕事は予定の管理と衣装の選択、世話をする使用人への指示出し等、本来であれば忙しい役回りなのだが、仕える主がそう忙しない生活をしているわけではない故に手隙なのだ。


「こんなんでいいッスか?」

「もうすこし」

「マジッスか」

「まじっす」

 存外大変な事を手伝うと申し出てしまったのではないか、と思い始めている彼女を横目に再び筆を走らせる。


十露盤そろばんがないから計算が大変だなー。こっちの算盤っていうのはよくわからないし。絵に描いて似たようなものを作ってもらうしかないかな?)

 新たに覚えるか、慣れたものを作ってもらうかの天秤は後者に傾いたようだ。


 思い出すのがそう難しい形状でもないため、サクサクと書きげては机の端に置いて式の組み立てに戻る。

 現在、彼女が必死に計算をして組み上げている魔法式は、魔石に彫刻をするための魔導具、を作るための魔導具だ。

 魔石への魔法文字と記号を使い魔法式を彫り込むには、彫刻を施した魔石を用いた特製の筆が必要となる。石材彫刻のように削ってもできるのだが、手間と労力、難易度が桁違いとなるので現実的ではないのだ。


 先ずは刻筆を作るための、魔石を擂り潰し絵具の様にした魔石絵具で作れる簡易刻筆の制作に取り掛かっている。

 魔石絵具があれば魔石魔法が使えるのではないか、と思う部分もあるが残念ながら一回一回描く必要がある都合上、不便極まりない。故に繋ぎの手段でしかない。


 暫くの時間が過ぎた所で魔石を擂り潰すだけの作業に耐えきれなくなった奈那子が、お手上げ状態となる。


「やっぱあたしにはこういうの無理ッス…」

 申し訳無さそうに、げんなりとした彼女は呟く。


「おつかれさま、ありがとうね奈那子。ゆっくりしてる、いいよ」

「そうするッス」

 椅子を引っ張り隣にまでやってきては、素楽の顔を眺めるようにして机に伸びる。


「計算楽し?」

「少し。むずかしい、勝つ」

「ふぅん、素楽サマも休んだほうが良いよ、走りすぎると疲れちゃうし」

「あとちょっと、走ったらね」

 どこか甘えるような、遊んでほしい時の大型犬のように、じっと見上げている。


「楽しい?顔見るの」

「普通。素楽サマ、全然緊張しないよね」

「うーん、なれてる。めだつから、わたし」

 妖禽ようきん種、というよりも翼人という存在そのものが、大きな街であればあるほど目立つ。特に雪のような白髪に金色だった瞳は、貴族の間でも珍しくどこにいっても他人の視線を集めていた。故に幼い頃からそういうものなのだと認識し、いくらか精神が太く育っている。


「松野でも珍しいの?」

「めずらしいよー。『妖禽種』は、わたしと母さんだけ。翼の民は、ほかにもいるけどね」

「へぇー…ふぁ」

 だらしなく欠伸をしてれば、だらしない奈那子の上にのしかかる影が一つ。


「いだだっ、なんなんスか!」

 犯人は、なーご、と鳴き声をあげて、頭をぺしぺし叩いている。屋住み、と呼ばれる二本の尾をもつ猫の魔物だ。もふもふとした白い長毛に、脚先だけ黒毛なために、靴下や長靴と呼ばれていたりもする茶蔵城の住人だ。


「くしゃみ、遊びにきたの?」

 そんな屋住みをくしゃみと呼ぶのは素楽。掴もうと躍起になる手を綺麗にすり抜けていって、素楽の膝に丸々と収まる。なー、と勝ち誇ってはふてぶてしい寝顔を見せ始めるのだから、とんでもない大物であることは確かだ。


「すぅー…はぁー…。…なんなんスか、もう」

「ふふ、髪なおす。来て」

 その後は邪魔もなく、ゆたっりとした午後を過ごすのであった。

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