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そらの飛ぶお仕事  作者: 野干かん
第三編 雪飾り芽吹き。
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三話①

 晩春に茶蔵さくらを出立して帰ってきたのは初秋手前。北部に位置する茶蔵の地は残暑とは程遠く、中央と比べれば快適な気候である。


 行きと同じく東部を迂回する形での帰還は長旅というには相応しく、数日の休みを経て向かった机には領主でなくては熟せない仕事の数々。青みがかった黒髪に青紫の瞳をした竜人は、そっと目を背けたい気持ちに駆られていた。

 夏の終わりに彼にとっての導きの白烏(そら)杖を止まり木にした(こんやくしゃになった)結果、大切に、害されないよう腕に囲い込み気を張っていた気疲れもあるのだろう、体躯を椅子に預けて溜息を吐き出す。


 翔吾しょうごは過去に婚約者を毒殺されている。婚約が発表されて間もない頃、そして顔を合わせた回数も片手で数えられる程の相手ではあったが、心を抉るには十分な出来事であった。その後は喪に服すという体で、集る虫を払いつつも兄の政敵という案山子を演じてきていた。

 案山子役が上手く行き過ぎたせいで、戴冠の前後では寿徳ひさのり派の貴族によって幽閉され、外の情報を集めてれば怪しい動きだと勘ぐられ茶蔵へと飛ばされたのである。


 大波小波に揉まれる人生、地方領主となれば心穏やかに過ごせると思えばそんなこともなく、忙しない毎日である。


「こんな事になるなら代行官を立てておくべきだったよ」

「まさかここまで留守にするとは思いませんでしたからね。これからは中央に足を運ぶことも多くなると思いますし、どうでしょうか直之さん、代行官の経験を積んでみては」

 ほろほろと笑いながら若手に無茶を振るのは八間川重忠やまかわしげただ、当主としていえ八間川家の舵を取っていた彼のほうが適任と言えるが、年齢的に見れば引退を考える頃合い。


「そうですね、殿下と素楽そらさんの今後を考えれば何かと忙しくなりそうですので、代行としての経験も積んでいきましょうか」

 荷が重いが主のためならば、といった印象のある男は菅佐原直之すがさわらなおゆき、主たる翔吾より少しばかり若く経験の浅いところのある男だが、二人からの信は篤い。


「次は早くて建国祭だよ、こればかりは素楽以上といえる祭務の官もいないからね」

「えぇ、先の事もあります。次は早くに出立した方がよろしいかと」

「そうするよ」

 建国祭、二年に一度行われる国一の祭典だ。建国には白烏が多く関わっているため、白い翼人たる素楽の存在は欠かせないものとなっている。

 そして建国祭の催さない年は、同じく竜人国家であるお隣、角皆国で分国祭という祭典が行われる。


「然し随分と性急な婚約話でしたね。よこした中央軍も少しばかり多くなっていますし、陛下にそこまでの価値を見出されたのでしょうか?」

「…小うるさい宰相や近衛長、そして法元翁も動いていたよ。素楽を使って関係を強固なものにしているように見えたね。厄介事は避けられないのだろう、こちらでも情報の収集を頼むよ、重忠」

「委細承知しました」

 妙な動きをする貴族。


(態々、被害を被りたくはないが…兄上や甥姪たちになにかあるのは困るし、こちらに、素楽に火の粉が掛かるのは避けたい。何事もなければいいのだけどね)

「ところで白臼山の調査はどうだった?」


「調査結果は…こちらのものを。殆どが素楽さんの地図通りで、石門に家屋、噴泉もあったとのこと。真夏でも過ごしやすい気候で、開発できれば避暑地に良いかもしれませんね」

「場所的には中央からの来客は望めないが、東部から呼び込むには良さそうだね。…これは石門の詳細か、何だこれは」

 はらりと紙を捲ってみれば、古臭い文字が意味もなく乱雑に並んでいる資料。王族であるため古語くらいは読み解けるのだが、無造作に並べられているとしか思えない暗号の類。


「石門と家屋の表面に彫られていた文字とのことです。城の識者に見せてみたものの、誰もが首を傾げるもので」

「これじゃあ素楽の知識で読み解けない訳だ。そもそも文章はおろか単語ですらないだろうコレは。しかし、法則は有りそうにみえるね」

 再度見てもやはり意味不明。さっさと仕事を熟さねば、と気持ちを切り替えるのであった。


―――


 秋の頃の長雨、その切れ間たる晴天の日に橙瞳白髪の翼人は白臼山に降り立つ。薄っすらと朝靄が残り、雨上がりの森林の香りが鼻孔をくすぐる。


 調査隊が足を運んだ事は聞き及んでいるので、人の手が入っていても驚きというものはない。

 家屋に足を運んで見れば、清掃と整理がされた跡。机の上には滞在しました、という旨が書かれた紙が置かれている。


 さて、満を持して挑む石門の表面に彫られた古語の解読。法元邸に滞在している間に、天音の勉強を一緒に教えてもらい少しばかり知見があると言える状況。なのだが前述の通りに意味不明な古語の羅列に過ぎない碑文に、素楽は頭を抱える。


(???。これって文章じゃないのかなー?でも無意味な彫飾とは思えないんだよね、うーん)

 どことなく図形のような形に彫られた古語に感じ入るものがある。


(あー、魔法式?そういえばこれって大きい魔導具みたいなものだから、ありえない話じゃないよねー。でも、文字だけで図形を象る方式なんて知らないし、どうしたものかな)

 図形をみれば魔法関連へと頭が行くのは、向こう側の住人であった素楽でこその発見、とはいえ解は得られず記憶にとどめておく程度だが。


(皆元気かな?いつか翔吾様を連れてそっちに行くから病気とかしないで待っててねー)

 ふふっ、と小さく相好を崩して意志を固める。


『それじゃあ、魔力を追ってみるかな』

 ここ暫くは使うこともなく休めていた魔眼、眼に力を込めてみれば橙色の瞳は朱く染まり、魔力を視る異能のそれへと変わる。


『うっ』

 石門へ魔力を注ぎながら流れを魔力視で追えば、地中へと続いている。ある所まで下りた魔力は四方へ枝分かれし、一所に留まっている。

 魔力視を終え、終着点と思われる箇所の直上に手頃な枝を差しておけば、石門を起点に綺麗な十字を描いている。


(次に来る時は磁針も必要かな?)

 必要な情報を書き揃えた素楽は、一度家屋に戻ってから道具類を持ち出す。飛んで持ち運ぶには手間がかかる物を運び込んでもらっていたのだ。道なき道を進む彼らに重荷を任せるのは気が引ける部分もあったのだが、発掘作業に必要な道具となると飛行での運搬は厳しいのが現実。


 土砂を掘り起こすための金属(へら)を担いでは、枝を刺した場所を掘り起こしていく。確実に手間のかかる作業とふんで、早朝、それも日の出とそう変わらない時間に飛び出したため余裕はあるだろう。

 集中して作業を行うこと時のいくつか。気がつけば日は頂点を通り過ぎて少しばかりの頃合いになっている。


『ふぅー…、すこし休憩』

 湿った土壌を掘り起こすのは多大な手間と労力を要するのだが、溢れんばかりの体力と膂力を用いて力技で土砂を押しのけている。


 両の手足は土で汚れており、城に戻れば確実に大目玉を食らうのは火を見るより明らか。何度も怒られるより、一度で済ませてしまうのがお互いのためだと、弁当を頬張り終えた素楽は作業を再開する。

 胸ほどまでの低さを誇る大穴を掘り上げた結果には、一つの成果。


(これって魔石?土がついててちょっとわからないけども…、表面に文字が刻み込まれているから、魔石魔法か魔道具ってこと、だよね?)

 こちらには存在していないはずの技術、それが二つの境たる石門の仕組み。


(うーん、不可思議な)

 先ずは洗って泥を落としてみようと湖へと向かう。素楽の頭ほどもありそうな大きな魔石を、傷つけないよう慎重に土を洗い落としてみれば、石門と同じ古臭い文字を連ねて描かれた図形が姿を現す。


(やっぱり魔石魔法の類だねー。ちょっと魔力を注いでみようか)

 好奇心はなんとやら、未知を知る快楽には抗い難く、興味本位で魔石に魔力を注ぐのだがウンともスンともいうことはない。


(埋まってると思える他の三つと、石門が揃ってようやく動くのかなー?いやまぁ、そうか。でもどうして地面に埋めてあったんだろう?風化を防ぐため、なら石門が野ざらしなことが変だけど)

 日光の許、よくよく観察してみても得られる情報は大して多くはなく、研究のために持ち帰ることにするのであった。


(あっ)

 湖面には小さな浮島が一つ。湖底に沈む平らな蜥蜴の様な生き物が呼吸のために頭を出しているのだろう。暫くも経たない内に再び沈んでいく姿をみて、素楽も帰っていく。


―――


 帰り着く頃には烏でも鳴こうという夕刻、夏の盛りも過ぎて秋始まりたるこの頃は日が短くなったことを実感出来る。


「素楽様…」

「ただいまっ」

 待ち構えていた侍女、奈那子ななこは青筋を立てている。それもそうだろう、全身泥だらけ綺麗な白い髪も羽毛も茶色く汚れているのだから。鹿や猪のぬた打ちという程でないにしろ、どろんこ遊びをしてきた犬のような状況だ。


「聞いてたッスよ、そりゃ。石門の調査をするって、穴掘りやなんかの道具を調査隊に持たせていたことも知ってましたけども。なんなんスかこの状況、二年か三年すれば王子妃になるんスからもっと体面というものを――」

 大概の事は呆れ顔で許してくれる彼女もお冠のようで、急ぎ湯浴みになってしまった。


「ごめんねー。夢中になっちゃった」

「いいッスよ、別に。成果はあったんスか?」

「あったよ。見てこれ、彩鱗あやこけにも魔石魔法あった」

「へぇ、素楽様が持ってたのよりデカいんスね。ちょっと見ても?」

「いいよ」

 彼女も一介の魔法師だ。興味でもあるのかと顔を覗いてみれば、あまり感心はなさそうで。


「意味不明ッスね。古語も魔法も齧ってるんスけども全然、力になるのは厳しいですね」

「奈那子は優しいね」

「…おだててもなんもでないッスよ」

 鱗で覆われた尻尾の先をちょろちょろと動かして照れている、そんな姿を微笑ましく思いながら素楽たちは浴室へ向かっていった。

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