二話③終
(話通り翔吾と友好を深めているようだな)
寿徳は内心で驚きながらも二人の様子を観察する。
(態々、付き添いのために父上を引きずり出したこともだが、こうして親しげに笑みを贈っている様子を鑑みれば、何かしら感情があるのは確かなのだろう)
「香月祭務長の話は色々と聞いている。桧井国松野領という土地から来ており変える方法がわからない、という点は特に。ここ最近は翔吾が王宮の書庫で情報を浚っていたのでな、私の手のものも使ってみたのだが…芳しい報はない」
「そうだね、トキワゲンゾウという人も、常磐弦蔵という名前と曽祖父の代の王族であったこと、若くして一人王宮を飛び出して旅に出たことしか書かれていなかったんだ。力になれないことを悔しく思うよ」
少しばかり項垂れる翔吾としては、何の力にもなれていない無力感に肩を落としている。
「じょりょく、ありがとうございます。時間かかる、しかたないです。ゆっくりさがすしたいと、思ってます。五年、十年、長く。もくひょうあります、石門で、いくかえるできるしたいです。松野大切、でも翔吾さまと彩鱗のみんな、大切です。わたし、祭務長、芽雪飾爵士、です」
準備のしていなかった故に詰まることの多い言葉ではあるが、伝えたいことはすべて伝える。いつかの縞尾で松野が大切かを語った時のように、ほんのりと頬を上気させて。
「つまり…石門を用いて桧井と彩鱗で国交を結びたい、と?」
「はい、むずかしいですが」
「だろうな」
語った夢をバッサリと切り捨ているような返答をした彼だが、思うことは多分にあるようで髯を撫でていいる。
「国と国の交わりは何かと面倒でな、先の戦を経験しておるのだから、それは理解しているだろう?」
「はい。国の中も、大変です」
領地を治める貴族らが力を多く持つ地方分権体制であった桧井、その中でも有数の大領地であった松野の出身たる素楽はよく知る。特に中央および以北貴族で蔓延る純人主義は、竜人の国である彩鱗と国交を結ぶには衝突の避けられない部分だ。
「それでも国交を結ぶことに利があるといえるのか?」
「あるです。彩鱗にないもの、桧井にないもの、おおくある。…こうかん、国と国、物とお金、り、でます」
貿易による利益と厄介事を天秤に掛けては唸る。
「とりあえずは研究を進めるといい。ある程度の成果を得たのなら報告に来い、私の代で進展があったのならば検討しよう」
「ありがとうございます」
口約程度にすぎないが、石門の研究そのものに国王からのお墨付きを得たことになる。
「ところで香月祭務長に…婚約者などは桧井にいたのか?」
「なっ」
兄と素楽のやり取りを静かに見つめていた、いや素楽に大切と言われたときには満更でもない表情をしていた翔吾は驚きの声を上げる。
「いないです。家族が、決めるよてい、だったです」
「ならばこちらで誰かしらと婚姻を結ぶつもりはあるか?」
松野の内部には釣り合う相手が居らず、外に嫁に出すことはない彼女の婚姻に関しては、香月家の中でも大きな問題であった。城仕えから納得の行く相手を婿に取る、というのが最有力だったのだが、それすら進まない状況。恋愛感情が欠ける本人の問題もあったが。
「……あうひとなら?」
「…あうひと?条件のことか、利益や見てくれか?」
「りえきです。わたしのけんきゅう、さまたげないひと。翔吾さまのさまたげ、ならないひと」
茶蔵での研究を妨害されても困る、茶蔵主である翔吾との関係にヒビを入れる相手でも困るという二つ。婚姻とは家同士の利益の追求と考える素楽の条件がこれ。なんとも謙虚かつ花のない条件である。
「そうか。ならばそこで複雑そうな顔をしておる男はどうだ?どちらの条件も満たせると思うのだが」
手で指し示された相手は翔吾、理解が及んでいないのか素っ頓狂な相貌だ。
「わたし、あたらしい貴族です。たちば、あわないです」
「その辺りはどうとでもなる。考えの端にでも置いておくといい」
ようやく動き出したのは翔吾で。
「まてまて兄上、なんだ唐突に。私は別に」
「せっかく肩の荷を下ろしたのだ、そろそろ身を固めても遅くはなかろう。祭務長は地位を手に入れて庇護の必要も薄くなったのだから、茶蔵に置いておくにも理由がいるだろう」
王位継承権の返還により、今までとは違って主流たる貴族から必要以上に警戒される事も、彼を旗頭に政争を始めようとする虫が寄り付く事も減る、暫くの間は。そうとなれば婚約者という立場が弱点となることも少なくなる訳で。
「わたしは、いやでないです。翔吾さま、家族に、しょうかいしたい、おもってたです」
此処ぞとばかりに爆弾を投下するのが素楽で。寿徳はニヤニヤとした表情をして、翔吾の顔は赤く染まり始めていた。
「その、素楽は…素楽が私をどう思っているか、聞かせてもらえるかな?」
「大切な人です。白烏、とおもいひろった、知ってます。でも、知らない人のわたし、せいかつこまらない、たすかります。まいにち、時間つくり、話する、たのしいです。…きっと、翔吾さまにひろっていないわたし、いきてないです。だから、となりでささえるやくわり、力になりたいです」
常磐王家との血縁を結べるという点は非常に大きく、そういった打算もあるのだろうが素楽の心中には、ぷくり小さな芽が首を擡げる。恋慕というには少し甘酸っぱさの足りない、愛情と言うにはまだ未熟な小さな芽だ。
主従でもなく、勘定ずくでもなく、翔吾の隣で共に歩けるというのは心躍る物があるようだ。素楽は鱗で覆われた手を差し出す。いつもは彼から差し出されていた掌。
「―――」
吸い寄せられるように掌を合わせて握手の形をとれば、ぎゅっと握り返されて。
「素楽、どうか私の隣に永く居てくれ」
「はい。翔吾さま、桧井言葉、おぼえてほしいです。わたしの家族、あってほしいです」
「あぁ。教えてくれ」
場を引っ掻き回した本人たる寿徳は、満足そうに笑っていた。
「兄上、あとで覚えておいて下さい」
「くっくっく、そんな余裕があるかな?」
―――
こうして祝勝会を兼ねた晩餐会では、翔吾の王位継承権の返還と同時に二人の婚約が発表され、社交の場を賑わせることとなる。
一部の、宰相や憲史といった者は裏で打ち合わせがあったのか平然としていたが、大半の者にはどちらの情報も寝耳に水。特に素楽を使い祭事部の助力を得た翔吾が、大きな政争を引き起こし王権を得るのではないか、などと考え如何に取り付くか画策していた貴族からしたら目玉でも飛び出そうな勢いだ。
対して恋愛話に敏感なご婦人ご令嬢には、二人の出会いの話等が美談として尾鰭背鰭に胸鰭と鰓まで付いて急速に広がっていき、素楽と結ばれるために王位継承権を返還したのではないかと噂される始末。更には伝奇小説や歌劇のような出し物の定番ネタとして扱われるようになるのだが、本人らが知るのは先の話。
心休まる日がないといっても過言ではない日々を過ごして、晩夏の頃。
王弟一行は茶蔵へと戻ることとなった。
「素楽が帰ってしまうと寂しくなるわ。いつでも遊びに来てくれていいのだからね」
居候としていた法元邸、見送りに来ていた者はみな寂しさのような感情が見え隠れしている。人懐っこく礼儀正しい素楽は、なにかと可愛がって貰っており、暫しの別れを惜しむ声も大きい。
「うん、来るね。こんどは、話す上手なってるから、お喋りしよう」
「楽しみにしてる」
「憲史さま、憲祐さま―――。長くお世話なりました。祭事部のお仕事、あまりできない、ごめんなさい」
婚約騒動の影響もあって、築屋の式ですら対して行えずに今に至ってしまったのだ。素楽からすれば学びたいことも多かったのだが、どうしようもなかった、というのが事実。
「そう焦らずともよろしいですよ。まだまだ大変な身内、先ずは足元を固めてから歩みましょう。法元の屋敷はいつでも貴女を家族としてお待ちしていますよ」
好々爺然とした相貌で、憲史は楽しそう髯を撫でている。
王族との婚約、流石に立場的な枷があるために法元家の養子の様な形になっている。実際に養子となったわけではないのだが、素楽の身元を保証し場合によっては法元の者としても扱うとのこと。法元分家の一つに香月素楽を当主とする香月家がある、そういった状況だ。
「ありがとうございます、嬉しいです」
慇懃な最大の敬意を込めた礼をした彼女は、来た時とは異なり翔吾と同じ馬車に載って王都を後にする。
「ようやく静かになるね」
「少し寂しいです」
「くく、そう遠くない日にまた来ることになるから大丈夫だよ。建国祭があるからね」
第三編二話の終わりです。
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追記 少しばかしパソコンの調子が芳しくないため投稿間隔が空く可能性があります




