二話②
ひんやりとした石造りの廊下を憲史と縁人、近衛兵に付き添われる形で、素楽は歩み進んでいく。国賓でもなければ竜人以外足を踏み入れることのない、彩鱗国の王宮に彼女はいる。
そこらかしこに龍神や歴代の王を象った芸術品が展示されており、歴史という積み重ねを感じられる神韻縹渺とした空間である。
祭事を取り扱う祭事部はこれらと結びつきが強いため、縁人が主体となり憲史が補足して説明をしながら足を進めている。
竜人が描かれている絵画に多いのは、やはり国の起こりとなった虹鱗皇。どれにも白烏が描かれていることから、一人と一羽の関係を重視しているかが窺える。
杖を止り木にする姿、羽ばたき導く姿、嘴磨の枝を地面に刺す姿、この三つの構図が白烏の主たる姿である。なるたけ時系列になるよう展示されているのか、足を進めると墓に寄り添う虹鱗皇と黒い烏で締めくくられる。
「王家の紋章はこの白烏の埋葬と参列する黒烏を元に作られています。彼らは白烏の子であったとも、兄弟であったとも言われていますが詳細は語られていませんね。烏は群れの仲間を弔うことがあるので、そういった習性の一つと思われますが神秘的な光景だったのでしょう。欠かすことのできない場面になります、ほほ」
竜人であれば知らないものはいない建国の話。そして縁起物たる由縁の話。
旅をする際は白く塗られた羽根を杖に貼り付けると良い、白烏が敷地に舞い降りると良いことがある、家を建てる前には嘴磨を予定地に刺す等々、竜人の根底に根付いた意識。素楽がこうして祭事部に囲われている理由もそういった事情だ。
「こちらが今上陛下の常磐寿徳様です。翔吾王子殿下の兄君なのですよ、ほほ」
戴冠の際に描かれたもので今より若いためか、翔吾とよく似ており兄と言われなくとも血縁を革新できる尊顔だ。
「こっち、翔吾さまですか?」
「はい、お若い頃ですね。確か…成人した少し後のものだったと記憶しておりますので、香月祭務長と同じほどですな、ほほほ」
鱗の位置や角の形で当たりをつけて尋ねれば正解で、十六歳の頃の彼を見つけられた。どことなく曇った雰囲気のある肖像画、直接的に表情や顔色が優れない、というわけではなく、あくまで雰囲気だけのもの。
口には出さずに心に秘めては祭務の二人を追うのであった。
―――
辿り着いた大講堂。大扉は開け放たれており、講堂内には軍事部を中心とした受勲者たち。矢越城にいたものが多いので、顔見知りもチラホラと。
厳格な場である大講堂に外つ国人が足を踏み入れることは珍しく、その両脇に祭務司長と祭務司が並んでいるのだから祭事部としての力の入れようは否が応でも伝わる。好奇と興味の視線を四方八方から浴びる中、堂々とした歩みで祭事部に用意された席へと腰を下ろす。
(ほほう、アレが)(えぇ祭事部の秘蔵っ子)(王弟の、とも聞きましたが?)(王弟の窮地を救い、彼が庇護していると聞きましたな)(なるほど。然しながら王族と祭事部が目を奪われるのも納得と言えますね)(…今ならば彼女に築屋の式を行ってもらえるのでしょうかね)(ほほう、それは――)
等々、彼らは声を潜めては拾い集めた情報の交換を行っている。
カツカツ、と小さな靴音で歩み寄るのは中央軍好川大隊の隊長、好川巳之助。奈那子や花乃子と血縁のある壮年の男だ。
「ごきげんよう、法元閣下、三馬祭務司、そして香月祭務長。こうした場で顔を合わせ、肩を並べられること嬉しく思い、挨拶にと馳せ参じました」
「これは獣返しの英雄、好川隊長ではございませんか。私と祭務司は付き添いにすぎませんので、その様なご挨拶をいただいてしまうのは、恐縮と返さざるを得ませんね」
「御冗談を。然し付き添いにお二方がお越しとは、私の方こそ萎縮してしまいそうですよ、ははは」
縁人は特に言葉がないようで、小さく礼をして素楽へと促す。
「ごきげんよう巳之助さま。お元気そう、うれしく思います」
「幾分も言葉が流暢、なめらかになられたな。印南家の午餐会で前の礼を改めて伝えておきたかったのだけど、どうにも忙しくてすれ違いになってしまった事を悔やんでいたんだ。改めて、ニーグルランドの名馬をありがとう、香月祭務長」
「お気にめした、ようで、良かったです」
「お返し、といっては少しばかり劣るものなのだけどね、私の気持ちを手配しているから受け取ってくれ。それでは」
忙しい身内である彼は、必要なことだけを告げると場を後にする。あちらこちらで貴族に捉まっては対応をしている。
参列者が揃い時間となった頃、叙勲式と執り行う宮廷貴族が顔を見せる。
細々とした挨拶を終えて、いざ王族が入場すれば大講堂の貴族らは顔を引き締め居住まいを正す。言葉を発することもなく、ただ小さく手を動かし一同の着席を促す。
普段であれば宮廷貴族から手渡される勲章だが、戦勝の功を労う事も兼ねているために、寿徳自らが手渡すとのこと。
迷界からの防衛戦と矢越の防衛に尽力した常磐翔吾に男爵位勲章を、同じく防衛戦の要であった砂子喜一郎も男爵位勲章、アイザイア・バロウズを討ち勝利へと導いた好川巳之助にも男爵位勲章が手渡されれば、残りの者には爵士勲章が叙勲される。
そんな中、最後の一人となるのは素楽で。
「最後に、ここ暫くの間、この彩鱗の為に尽力している外つ国からの友人に、名誉竜人としての地位とともに爵士勲章を与える。香月素楽、前へ」
名誉竜人、彩鱗の国民として認めるとともに竜人とも認めるという、それはそれは名誉な地位。これを授かる外つ国人は歴史上でも片手で数えられるほどしかいない。
ごくり、と生唾を飲み込む音ともに視線が集中する。鳳を務めると共に国民はおろか竜人ですらない身内で、爵士勲章を授かるというのは前代未聞の待遇といるのだから仕方ない。
緊張なんてなんのその、どこまでも堂々としている素楽が王前で礼をすれば寿徳は頷く。
「翼の民、香月素楽よ。貴殿の身を挺した三度の尽力、彩鱗の王として感謝を述べると共に、竜の縁者たりえぬ貴殿を竜人として認めることここに誓おう。そして、芽雪飾を号とする爵士勲章を授ける」
両の手を差し出して深々と頭を下げれば、小さな掌には小さな勲章が載せられる。
「ありがたき幸せ」
自身の羽ばたいた結果に得た勲章に橙色の瞳を輝かせている。大なり小なり白い翼人という部分が影響しているとはいえ、見ず知らずの土地で国民として、そして貴族として認められたことは感慨深く思っているようで、どこか誇らしい表情が見え隠れしている。王前でなければ大喜びしていただろう。
功の結晶をそっと握りしめて立ち上がれば、改めて感情が高揚し体内の魔力が隆起する。
(拙っ)
不意の魔力視の痛みに耐えられる自信がないため、無闇矢鱈、無理繰りに魔眼を押し込めると両の腕と腰部から朱い羽が勢いよく飛び出る。これに近衛兵が反応するも、寿徳が手振りで押し止める。
「そこまで気に入ってもらえたのならば、授けた者としても冥利に尽きる。これからは竜人として、芽雪飾爵士勲章を持つものとしての更なる尽力に期待してる」
「はいっ」
上ずって素っ頓狂な声を捻り出した素楽は、ほんのりと顔を赤らめながら羽となった魔力を散らして席へと戻っていった。
今上王の機転により何事もなく叙勲式は終わりを告げるのであった。
―――
そのまま王宮で晩餐会があるのだが、それなりに時間があるために休憩室を借りていると訪れるものが。
「お初にお目にかかります、香月祭務長。私は木角ともえの娘で、現木角家当主のかんなと申します。此度は爵士勲章を叙勲されたとのことお慶び申し上げます」
茶蔵の城で侍女として身の回りの世話をおこなっていたともえの娘。木角かんな、岩鷓鴣子爵位。
「はじめまして、ありがとうございます、かんなさま。ともえさまには、いつもおせわになっているです」
「母からは手紙で聞き及んでおります、とても優秀な方だ、と。私の方から法元邸へ足を運びたかったのですが、なにかと不便な立ち位置におりまして、顔見せに遅れたことお詫び申し上げます」
性格面ではあまり似てないようで、堅物な印象のある女性だ。
「お気をなになさらず、です。おあいできる、嬉しいです」
「ありがとうございます。…実は翔吾王子殿下がお呼びで、不都合がなければ案内をしたいと参じました。いかがしますか?」
「憲史さまに聞きたいです。うごくいい、わからないです」
勝手に動くのは好ましくない、と告げる。
「それであれば問題ありません。既に法元祭務司長には話を通しております」
「わかりました。会いたいです、翔吾さまに」
一度、憲史の休憩室に断りを入れてからかんなの後をついて歩く。
向かった先は王族の居住区画、流石に武器や危険物を持ち込んでいないかの検査を、女性近衛兵によって行われてから足を踏み入れる。豪奢な中に確かな安らぎのある空間を進み、歓談室へ入室すると先程勲章を授けた本人がそこにはいた。
これには目を白黒させざるえない状況で、ぱちくりと目蓋を上下させれば、聞き慣れた声が耳に届く。
「兄上、素楽を驚かせないでくれ。こっちにおいで」
素通りはできないので、慇懃に礼をしては翔吾の許へ寄る。
「すまないね素楽。兄上はどうにも茶目っ気が多い人でね、驚かせるためだけに時間を作ったんだよ」
「おどろきました。陛下、さきほど、ありがとうございます、たすかります。嬉しいで、羽でました」
頭を整理しつつ叙勲式での礼を言う。
「くっくっく、本当に嬉しくて羽が出てたのか。思いつきで言ってみるものだな」
寿徳は髭を撫でながら楽しげに笑っている。
「爵士勲章おめでとう素楽、その礼服も勲章も似合っているよ」
「ありがとうございます。翔吾さまも、おめでとうございます」
「ありがとう」
ニコニコと微笑みを贈り合いながらの挨拶。




