二話①
「ところで素楽。あなたと翔吾殿下はどのような関係なの?」
天音と素楽、二人のお茶の席。翔吾から後生大事に扱われている姿を見てから、興味津々といった様子であり、思い切って聞くに至った所。
「うーん…」
(改めて考えると翔吾様とあたしってどういう関係なんだろう。主従…文虎みたいに仕える相手かと聞かれれば、なんとなく違うような気がするし。利害の上に成り立ってるとは、到底思えないよねー。恩返しにって動いてた事もあるけど、恩なんてなくても)
暫し考え込んだ素楽は、ゆっくりと口を開く。
「わからない。でも、わたしには、とても大切な人」
「ひょぇ」
思ってもみなかった答えに想像以上の反撃を食らった天音は、変な鳴き声を捻り出す。年頃の女の子らしく、恋愛話にでも繋げようという目算は綺麗に瓦解する。
素楽に侍る奈那子に視線を向けてみても、目を逸らされてしまえば取り付く島もない。彼女も気になっていた一人ではあるのだが。
「た、大切…。どのくらい大切なの?」
(掘るんスかっ)
「かぞくに、しょうかいしたい、かな」
(もし皆と再開できたのなら、きっと翔吾様の事をたくさん話すと思う)
ふと、心に風が通り過ぎる。
(帰ったら、帰れたら翔吾様や皆と、別れる事になっちゃうのかー…)
望郷の念と拮抗する別離を惜しむ念、素楽の心は一人揺れる。
―――
蝉が賑やかな楽団を結成する夏の盛り、その手前。
王宮から素楽へと叙勲式への参加要請が送りつけられていた。国民でも竜人でもない彼女が叙勲受章する、というのは異例であり反論も十分にあったのだが、支援する面々からの後押しは反対の声を上げる宮廷貴族を黙らせるには十分であった。
そもそも今上王の寿徳が乗り気であることもあって、トントン拍子で話が進んでいった。
いつから用意されていたのか、式典用の礼服まで完成しており準備は万端である。試着の際に、鳥のような足では靴を履くことが敵わない、という点が再燃したのだが今まで散々に話し合いをして、足飾りに落ち着くという事をここでも繰り返すことになる。
奴隷という制度があった頃、卑しい身分の者には靴を履かせなかったという名残で、素足で出歩くことは憚れるのである。脛当てのような足飾りと足を覆う鱗を靴の類と言い張ることのなっている。
白を貴重とした華々しい礼服に見を包んだ素楽は、法元家の馬車にて憲史と共に登城する。
「………」
そんな中でなんとも言えない表情を見せるのは天音、出立の際には笑顔を向けていたのだが心境は複雑だ。
表に出す事はそうないものの、素楽が来るまでは劣等感が内で渦巻き腐っているところがあった。原因はといえば、やや歳の離れた兄と姉の存在。
嫡子たる兄は父親について回りいずれ家督を継ぐため、学びと経験を得るために奔走。姉は既に嫁いでいる。こういった相手と自らを比較していたせいか、内心に卑屈な部分が潜んでいたのである。
それに気が付かない家族でもなく、手は打ったものの芳しい結果は得られず、春を思う年頃が終わるのを待つばかりとなっていた。
さて、そんな中に現れたのは素楽という存在。背丈が小さく辿々しく不慣れな言葉遣いで年上とは到底思えない相手。彼女と一緒に勉強したい、という申し出を快諾しそそくさと場を設けてみれば、龍神神学や史学に疎くお姉ちゃん風を吹かせ自信をつけ始めたのである。算術では後塵を拝したが、最近では一人の時間に勉強を頑張っている。
非常に都合のいい競争相手だったのだが、ここに来て叙勲受章となる。どういった言葉を掛けたものかと考えていた両親と兄は、独り気分を切り替え勉学に励むべく自室へ向かっていった天音の成長に感嘆の息を漏らす。
「天音とは末永く、仲良くしてもらいたいですね」
「そうだね」
成長を微笑ましく思うのは、先を生く者の特権であろう。
当の本人、天音嬢は素楽がどういった手柄で叙勲されるのかが気になりしきりであった。
(翔吾殿下にお使えしてて、叙勲されるほどの功績を得られるとなれば…やはり、先の戦ですわね。然し有り得ますの?素楽は私よりも小さいのよ?…さ、算術では、私よりも、優秀ですけど?…ふむ、奈那子さまに聞いてみましょうか。呼び出すのは拙いので、お尋ねしましょう)
あくまで奈那子は素楽に仕える立場、ましてや近衛の長たる花乃子の妹。少しばかり理解の及ばない相手ではあるが、けっして悪人ではないため諍いを起こす事は天音にとって利がない。
そんなこんなで休憩と銘打って奈那子を探せば、自身に割り当てられた部屋で休んでいるとのこと。
「ごきげんよう、奈那子さま」
「うぇっ、ご、ごきげんよう天音様」
丁度よく廊下で顔を合わせたためあ丁寧に挨拶をすれば、素っ頓狂な声を上げている。主たる素楽がいなければ接点もなく、態々足を止めた丁寧な挨拶をされるなどとは想像していなかったからだ。
軽く頭を下げて、通りすぎてもらおうと考えていたのだから、驚くのも当然か。
(なんなんスかいきなり、怖いんスけども)
「そう身構えないでくださいな。素楽のことでお話を伺いたいと思い、探してましたの」
「あ、はい。わかりました、話せる範囲であれば」
(話せないことがあるのは当然ですわね。詳しい探りを入れたい訳はないので、問題はないでしょう)
天音は喜んで歓談の席を設ける。
―――
東屋にて二人が向き合う。燃えるような鮮やかな赤髪の女は冷や汗を流し、方や雲ひとつない青空を映したような天色の髪をした少女は香草茶で喉を潤す。
奈那子とて印南家の令嬢だったので、そこらの茶会であればなんとかなるのだが、相手が法元家となれば話は別。蛇に睨まれた蛙が如く萎縮している。
「いびろうというのではありませんの、ただお話がしたいだけですわ。単刀直入にお聞きします、素楽が叙勲される功績を教えてくださらない?王弟殿下の許にいたのであれば、戦功、と考えるのが当然なのですけど、どうにも信じがたいといいますか」
「あー…」
そんなことだろう、と予想はしていたので驚きこそなかったが、全てを詳らかにしてもいいものかと奈那子は考える。同年代と思っている相手が、ニーグルランドの兵を討ち取っていると聞いて関係が悪化する可能性を懸念する。
「そう…ですね。間違っていませんよ。あた、私が直接知るのは一度、伝え聞いた話で二度の戦功を上げています」
「三度も、ですの?こちらに来てから一年前後と窺っていますが」
「はい、一年での功績ですね…。では、一番始めからお話しましょうか――」
迷界から溢れ出た魔物の侵攻。前線で陣頭指揮を執っていた翔吾に加勢し、首魁の一つに奇襲を仕掛け反攻の糸口を作り、撤退した片割れを見つけ出して核たる魔石の破壊にまで協力した話。この話は茶蔵兵らの間で美化されて未だに語られている。
まるで物語のような話。そして白烏とも見える素楽が、王族の翔吾を助け導いた事には、長く祭事部を司る一族の一人として感じ入るものがあるようで、言葉を反芻するように浸っている。
次はニーグルランドの黒獅子との戦い。これに関しては上空から敵を早期発見した事、襲いかかってきた“敵兵”から馬を奪って追い払った。そう語られた。
「お顔が優れませんが、大丈夫ですの?」
「そのー、私は戦いのような争い事が苦手で…」
「それはお辛いですね。えぇ、詳しいお話は結構ですわ。次も辛いのであればお聞きしませんが」
「三度目は伝え聞いたものなので大丈夫です。現地には終わってから足を運んだので、詳しいことは知りませんが」
矢越城周辺の索敵を行い、防衛に尽力したという簡単な話ということもあって、さっくりと話を終える。魔法師隊を蹴散らした、という事実は秘められる。
「納得の行くものですの」
(わかりましたわ!きっと素楽は王弟殿下を運命のお相手だと本能で理解して、窮地から救いそして先日、大切な人、と言ったのですわ!!あぁ、なんて素敵なのかしら)
脳内の蕾が花を開き、一面に伝播していく。
「一応あと一つありますが、聞きますか?軍事ではなく…なんでしょうねアレは」
功績と呼べるものはもう一つ、少しばかり地味ではあるが立派な功績。未開といって過言にならない白臼山周辺の地図を制作したことである。今までの茶蔵主が二の足を踏んでいた白臼山調査を大きく進展させたのだから十分であろう。
「何度か足を運んで…翼で飛んで、と言った方がいいでしょうかね。時間を掛けて、これくらいの大判紙に事細かな情報を書き込んだ地図を作り上げたんです」
「なるほど、素楽は飛べるのでしたね。こちらでは飛んでいるところを見たことがありませんので、失念していましたの。ふふ、私が一目置いているだけありますわ、負けていられませんわ!奈那子さま、貴重なお話ありがとうございました」
「どういたしまして」




