一話④
滞在から数日、憲史や天音が主体となり祭事部を中心とした人脈が構築されている頃、一つの招待状が届く。
差出人は印南花乃子。どこかで聞き覚えがある名前かと思えば、奈那子の姉の名である。招待状を確認してもらえば、諦念の入り混じった表情を見せている。
「これは…あたしに帰ってこいっていう無言の圧ッスね。流石にバレないとは思ってなかったッスけども…はぁちょっと顔見せに行ってくるッス」
「だいじょうぶ?むちゃしてない?」
そっと手を取っては奈那子の瞳を覗き込む素楽。
「その、怖いとかじゃないんで本当に大丈夫ッス。何も言わずに飛び出して木角のお婆様にくっつく形で茶蔵まで行っちゃったから…顔合わせ難いだけッス」
照れ照れと事情を話す。簡単に話してはいるが、飛び出すだけの理由があったことは確実。なので握る掌にほんのりと力を込めて目を見据えれば、大丈夫ッス、と一言。
「わかった」
「休暇序の帰省ってことで。それじゃもう一度、どういった内容か教えてもらっても?」
「しょうきぼなごさんかい、……小さい昼の食事会?」
小規模な午餐会、素楽の言う通り昼食会にあたる。
「小規模は身内が主だった客っていう断りッス、人が少ないって意味ではないッスね」
(姉さんのことだから露骨な行動はしてこないって考えたいッス。…好川の叔父さん、というか軍事部から話を聞いてるなら欲しがりそうッスね、近衛に。とりあえず法元は…招待状を見た段階で勝手に動いてそうだし、翔吾殿下に情報を流しておくッスか)
若干憂鬱な気になりながらも、奈那子は自身の起こすべき行動を考え編む。
(あたしに出来ることは、挨拶と礼儀を浚うくらいかな。奈那子のお姉さんってどんな人なんだろう)
―――
小さな荷物を背負った奈那子は実家の前で一度溜息を吐き出す。
(素楽様に心配されまくりだったッスね…。そんな嫌そうな顔してるんスかね)
燃えるような赤髪を揺らし印南家の庭を歩いていれば、長く仕えている使用人と目が合う。
「おかえりなさいませ、奈那子お嬢様」
「あたしはもう二二なんだからお嬢様って呼ばれるような年齢じゃないでしょ。…ただいま。姉さんは?」
「夕刻には帰られるかと」
「ならもうじきだし帰りを待つよ」
「うふふ、わかりました。せっかくですので、一則様にもお会いになって下さい」
「姉さんも義兄さんもいないんだから拙いでしょうに」
肩を竦めて見せれば、印南家の使用人は笑みを零す。
「花乃子様から、私達が不在の時でも甥っ子に合わせて構わん、と言伝られていますので問題ありませんよ」
「…はぁ」
全部予想の範疇か、と恥じる気持ちを燻ぶらせながら玄関を抜ければ、数年前には見慣れていた実家。感傷と同時に嫌気が押し寄せてきては、溜息として漏れ出ている。
「差し出口ですが今は花乃子様が当主をしておりますし、お気持ちを重く構える必要はないかと」
返答はなく廊下を歩く靴音のみ。
子供の甲高い声に反応して視線を向けてみれば、中庭で元気に玉遊びをする男児の姿。彼が奈那子の甥、印南一則だ。
「毎日元気いっぱいで、小さな頃の花乃子様と奈那子様を見ている気分になります。お会いになってみますか?」
「…そうする」
遊びに夢中になっている一則と侍従の許へ向えば、直様に一則の方が気が付き首を傾げてみせる。
「おや。一則様、あの方はお母様の妹の奈那子様です。叔母様ですよ」
「おばさま?」
「ええ、挨拶をしましょうか」
「はいっ!はじめまして、ななこおばさま!ぼくは一則です!」
元気いっぱい、向日葵のような満面の笑顔を見せられれば、心の翳りも大なり小なり晴れるもの。
「あー、はじめまして。元気な挨拶ができて偉いね、一緒に玉遊びしようか」
体を動かしていれば考える事が減るだろう、と侍従に休みを与えて暫しの間、甥っ子と遊んで過ごすのであった。
―――
「ぜぇー…はぁー…。いや……きっつい。なにあれ、体力化け物すぎるでしょ…」
子供の体力を甘く見ていた奈那子は、ぐったりと木陰で大の字になっている。侍従がほっとした顔をしていた事を思い出しては苦労が知れる。
「かあさまー!おかえりなさい!」
「ただいま一則ぃ、今日も良い子にしてたか!」
小さな弾丸とも思える猛突進を軽く受け止めた女性が、印南花乃子。燃えるような赤髪と並べれば姉妹だと思える顔、背丈は奈那子より拳一つ位小さい。
「うんっ!あのね、ななこおばさまとあそんでたんだ!」
「奈那子が帰ってきてるのか。よし一則、私は少し奈那子叔母様とお話があるから、少し待っててくれ。時期に父様も帰ってくるぞ」
「はーいっ!」
大ぶりに手を振っては侍従と共に屋敷に戻っていく。
「…久しいな奈那子、元気そうでなによりだ」
「どこをどう見たら元気にみえるのか、わからないんだけども…。はぁ…、姉さんの子供だって失念してた」
体躯を起こしてみれば、数年前までは見慣れていた顔。
「はは、照れるな。……」
「………」
「…あー、なんだ。おかえり?」
「…はぁ、ただいま。呼び出したのは王弟殿下の事?それともあたしが仕えている人の事?」
「そう構えないでくれ、血を分けた妹に会いたいと思うのは当然のことだろう。アレも追放されて久しい、落ち着いて話がしたかったんだ」
「そっすか」
ギクシャクとしていれば、心地よい風が二人の間を通り抜けていく。一度深呼吸をしてから、奈那子は編んだ言葉を吐き出す。
「一応いっとくけど、近衛とか王族の護衛みたいな武器を握る仕事は無理、だから」
「…そうか。すまなかったな、王宮務めであれば安全な場所におけると考えていたのだが…逆に追い込んでしまったのだな…」
快活剛毅な花乃子からは想像のつかない悲しげな、そして悔いる表情をみて奈那子は息を詰まらせる。
「…私が招待状を送った相手に仕えるのか?」
「…うん、そうする。あたしから言って専属にもしてもらったから」
「自分で選んだのなら止めはしないさ。ただ、あの祭務長の許が安全とは限らない、いざという時の覚悟をしておくように。いいな」
顔を引き締め、瞳を縫い止めるように見据えた彼女の一言に肩を揺らす。
「どういう、意味?」
「獣臭い隣に繋がっていた愚か者は、砂子や杵島が中心となって排除したが全てとは言い切れない。そういった連中からすれば、黒獅子を退いて防衛にも貢献した彼女は目の上のたんこぶ。ましてや、あの王弟には今現在虫が集っている。昔みたく毒殺事件の再現なんてないと思いたいが、血腥いことにならないとは言い切れない存在だ」
「……」
翔吾が十二歳の頃に許嫁を毒殺された事件がある。彼が未だに独身である原因と語られるものだ。
半年弱前に病に臥せる素楽の姿を思い出せば、奈那子の鼓動は早くなり動悸となる。最初こそ物珍しさから近寄っていたが、人懐っこく真っ直ぐで妹のようにも思える存在。
(命知らずなところもあるし…)
馬を駆ってケネスに突っ込んでいった姿も見ている。その夜はあまりの恐怖に一時も離れず眠ったほどだ。
「意思は変わらないか」
「うん」
「大きくなったな、なら自分の思う通りに進めばいい。この家では休まるかはわからないが、いつでも帰ってこい」
「うん」
「よし、それじゃ一則のところにいくか!語りたいことも多くてな!」
厳粛な空気はどこへやら。奈那子はやれやれとついていくのであった。
―――
印南家主催の午餐会当日、素楽の付き添いに現れたのは翔吾であった。
王弟としての公務に追われていた彼は、無理繰り時間を用意しては清々しい笑顔で、法元邸に現れていた。
「お久しぶりです翔吾さま。本日のおめしものも、たいへんすばらしい、いしょうのいしょうですね」
頑張りは十分に伝わるものの、なんとも締まりの無い挨拶。意図して言っているわけではないのが、また妙ちきりんで面白い。
「くく。意匠を凝らしたものですね、の方がいいよ。久しぶりだね素楽、言葉が上手になったんじゃないかな?」
少し見ない間に言葉が上達していたため、幼子へ話しかけるような言い方は卒業とし、自然体に近い話し方で返す。
「がんばりました。天音さまとよく話す、ので、教えてもらってます」
「仲良くできているようで良かったよ。ありがとう、天音嬢。素楽は見ての通り外つ国の出身でね、言葉に不慣れなところがあるが、これからも仲良くしてくれると助かるよ」
「は、はいっ!お友達なので心配はありませんわ」
どことなく、私の素楽、とでも言いたげな物言いではあるが、天音本人にはそんな差異は気がつくこともなく、王弟の相手ということもあって緊張しきりだ。
「では行こうか素楽」
「はい」
差し出された手に掌を重ねる、見慣れたいつもの光景だ。
―――
「君が香月祭務長か、よくぞ来てくれた。唐突な招待状で驚かせてしまったのなら謝罪をしよう、妹が世話になってると聞いて話をしてみたかったのだ」
「おまねきいただき、ありがとうございます、印南花乃子さま。奈那子さんは、よくしてもらっている、です」
印南花乃子、鎧灰鷹子爵位。若くして近衛兵の長をしている女傑である。
「私は彼女の付き添いだ」
気にしないでくれ、とでも言いたげな風である。
「これは王弟殿下、公務に忙しいと聞いたのですがね」
「あぁ、忙しかったよ。何故か今日までに片付けなくてはならない仕事が妙に送られてきてね。然し大事な祭務長が縁の深くない畑へお呼ばれと聞いては、居ても立っても居られなくて力を借りたんだ。父上の力を」
素楽を掻っ攫われないための牽制にとんでもない爆弾発言を行う。既に隠居している先王を引っ張り出して、公務を押し付けたのである。当の先王も面白がり進んで出てきたのだが。
常磐王家は少しばかり茶目っ気の多い人物が多いのだろう。
順繰りと招待客を見渡してみればものの見事に知らぬ顔ばかり、政の中心たる主流貴族の集まりなのだから、当然ではあるが。
素楽と縁のある貴族は、祭事部を中心とした政に対して中立の立ち位置を取る貴族群。祭事と土地の管理という利権によって大きな力を持つため、態々他所との対立し争うことをしない中立貴族。穏健派や利権屋などと陰口を叩かれることがあるが、下手に聞かれれば畑を荒らされると表立って敵対するものは少ない。
何故に素楽が、という点は、奈那子を呼びつけると同時に、祭事部への牽制、王弟への当てつけ…は近衛の長である花乃子が、王位継承権の返還を知らされていない筈もないので牽制が主であろう。
(奈那子の意思でもあるから客員祭務長の許においていくが、これからの待遇は印南奈那子として扱ってもらおうか)
(侍女に、ということかな?過保護なお姉さんだね。本人が嫌がらなかったら、そうしておくよ)
(どの口が過保護というか)
挨拶がてら周囲に、不意に余所見をしている素楽にすら気取られずに短く密談を交わす。
「主宰をいつまでも縫い止めていては、挨拶に困るだろうから私達は移動させてもらうよ」
「楽しんでいってくれ、香月祭務長」
「はい」
天気に恵まれたこともあり、中庭で立食会を行っている様子。
見ず知らずの貴族らは遠巻きに眺め、観察しているものが多い状況だ。王族たる翔吾と派閥も違えば未知数な存在である素楽たちに、おいそれと近づくのはなかなかに難しい。
そんな疎外感すら感じそうな中で暢気に食事と会話をしていれば、目に入るのは見慣れた赤髪と取り囲む青年の男たち。奈那子が貴族のご子息から言い寄られている風景だ。
印南家という地位、年若く綺麗な顔立ち、スラッと整った体躯とモテない筈もない優良物件である。今まで姿を晦ましていた印南のご令嬢が、久々に表舞台に出てきたとあれば寄る者も多く、困り顔の彼女は対応に苦戦している風であった。
助けを求めようと周りを回して見れば、愛らしい格好をして食事をしている主と、何故かいる王弟の姿。
雑な断りを入れて抜け出しては、人の寄り付かない二人へと急ぎ向かう。
「ごきげんよう、奈那子さま。お姉さんとなかなおり、できました?」
「ご、ごきげんよう、素楽様。お陰様で姉と向き合うことができました。明日には戻りますので、これからもよろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします」
(奈那子の顔、スッキリしてるしキチンと蟠りを解くことができたのかな?ふふ、よかった)
印南家の奈那子として対応される事にむず痒い思いをしつつも、のほほんと相好を崩す素楽に胸をなでおろす。
「…あのー…なんで殿下がここにいるのですか?」
「なんでとは異な事を。こっち側に足を運ぶのであれば、付き添いとして枸橘の生け垣がほしいと考えてね」
「…そっすか」
(今は助かってるッスけど!やりすぎッスよ!木角家辺りを使うと思うじゃないッスか!)
内心で苦情を奏上申し上げても聞こえるはずもなく、棘だらけの生け垣に囲まれた二人は、何事もなく午餐会を終えるのであった。
第三編一話の終わりです。




