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そらの飛ぶお仕事  作者: 野干かん
第三編 雪飾り芽吹き。
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一話③

「ここは法元家が自慢の庭園ですの!」

 ドヤっした表情で胸を張る天音あまねは宝物を自慢するが如く勢いで屋敷を案内し、最後にたどり着いたのは法元ほうが大庭園。屋敷に重きを置く松野では屋敷自慢はよくあることなので、すんなりと受け入れてはやや不慣れな彩鱗あやこけ言葉で感想を述べていた。


 綺麗に整えられた庭木には白い花弁が目一杯に咲き誇っており、最後の最後に自慢したくなるのも肯ける、と素楽そらは考えていた。

 今咲いている花、これからは咲く花などの説明を聞きつつ、向かう先は可愛らしい意匠、淡い色合いの東屋。年頃の女の子の好みそうな、所謂少女趣味な東屋だ。

 そこでは既に茶会の準備がされており、ここで一息つくのだろう。


「どうぞ召し上がってくださいまし、今人気の香草茶ですの。素楽さんのお口に合うといいのですが」

 赤赤とした真紅の液体が器に注がれていおり、独特の甘さをした香りが漂ってくる。


「かわったにおい、です。はじめてのお茶です」

 花弁を混ぜて香り付けをする飲み方もあるので、同じような物かと口を付ければ、口内に広がるのはやや強めの酸味。干し梅でも液体にしたのかと思える衝撃が素楽を駆け巡る。


(っ!?なにこれっ、本当にお茶!?)

 茶葉を用いた渋みのあるものとは一線を画す独特を極めた味に、目を白黒させていれば天音も察したような表情をみせる。


「に、苦手でしたら無理はなさらないでくださいね。初めてのときは私も驚きまして、その…粗相をしてしまいましたわ」

 話題沸騰、大人気の香草茶を手に入れたとウキウキで口をつけたところ、口に広がる酸味に驚き吹き出してせたご令嬢がいるとの事。


「慣れると美味しいですし、美容に良くと疲労回復にもなるそうです。長旅でお疲れとのことでしたので、是非ともと考えたのですが」

 一人逸ってしまったことで反省会を始めそうな雰囲気である。


「おどろきました、でも、美味しいです。あまいの、おさとうちょっと、ほしいです」

「ふふ、お砂糖よりも良いものがありますの」

 自信を取り戻したのか、使用人に目配せをして卓上に置かれるは、瓶に入った蜂蜜。天音自身、そのままの紅い香草茶は得意でないのか、たっぷりと蜂蜜を混ぜては顔を綻ばせている。


(これなら温かい果実水みたいな呑み口になるね、美味しっ)

 そんなこんなで茶菓子を食みながらの歓談へと移っていく。


 天音は法元家の末子で十三歳。末っ子ということもあり、自身より小柄な素楽に対してお姉ちゃん風を吹かせたがっているようだ。彩鱗の物差しで測れば十二歳が限界の背丈では仕方がないだろう。

 いきなり癖の強い流行りものを紹介したのも、後から香草茶に蜂蜜を入れたのも、大人びて見せようと背伸びをしている、と思えば微笑ましいもの。今の彼女はそういった年頃なのだ。


 素楽は十七歳なのだが、天音の背丈から同年代くらいに考えている。竜人というのは体格が良い種族なのだが、そのことはスッポリと抜け落ちている。普段から子供扱いされ続けた弊害だろうか。


「まぁ毎日、言葉のお勉強を!素楽さんはがんばり屋なのですね。私はその、勉強はあまり好みではなくて、してはいますわ、えぇ!向き不向きといいますか、あまり」

 完全に目が泳いでいる。相当に勉強がお嫌いな様子で、泳いだ目が使用人に向けばそっと別の方向へ向かっていく。


「いっしょにべんきょう、するです。ひとりより、すすむ、かもです」

 名案とばかりにパチンと手を叩いては瞳を輝かせるのは天音嬢。さっそくとばかりに使用人を呼び寄せては日程の調整を行い始める。


「素晴らしい案ですわね!そうです、そうですわ。素楽さんは暫く滞在するのですから、一緒にお勉強しましょう!私も読み書きお手伝いをしますの!」

 学びへの意欲を高めた様子をみて、彼女の世話役は躍起になり勉強会の場が設けられるまで、そう時間がかからなかった。


―――


 松野であれば手習い所で働ける程度には座学を修めていた素楽ではあるが、史学も地学も通用することはなく精々が算術くらいであろう。桧井言葉を教える機会があれば、いずれ教鞭を執る可能性があるのだが先ずは彩鱗言葉を知らねば、通詞や翻訳は出来るはずもない。

 勉強会を機会に彩鱗言葉の勉強に加えて、龍神神学という学問の触りも学ぶこととなった。有り体に言えば創世の神話から国の起こりまでの史学だ。


 一から十まで、そして竜人記と呼ばれる古典をそのまま渡された所で意味不明ちんぷんかんぷんであろうことは、想像に難くないため児童向けの本が用意される。これからは祭事に関わっていくのだから必須学問と言えよう。


 一つの卵が孵ったことに始まる神話。至天創世の祖たる龍神は卵から孵ると天地この世の全てを作り出して、天上に住まうことに決めた。しかし一柱では出来ることも少ないと、八つの卵を産み七柱の支龍神が孵ったのである。

 音沙汰のない一つの卵を抱えた龍神は、支龍神へ天上の方々に散り、龍にとって住みよい土地とそこに住まう子龍を作れと命じる。これに肯いた七の支龍神は、天上に龍の住まう楽園を築いたという。


 長く永く、大切に抱えられていた卵がようやく孵ると中からは、龍とは程遠い姿をした竜人が生まれる。見た目は違えども龍神の一柱、と育てたのはいいのだが、残念なことに龍ほど屈強な体躯を持たず、短な寿命の末子は天上の楽園に適することができなかった。

 時を経て七つの歳になった頃、末子は地上に降ろされる事が決まった。然し地上には様々な獣が跋扈し、ひ弱な竜人では生きていけないだろう、そう考えた支龍神の次子は自身も共に降りる決意をする。一度降りれば命ある限り登ることの敵わない天上の楽園を捨ててまで、命運と共にする姿に創世の龍は感銘の涙を流し、二柱の子に加護と性別、そして次子には竜人の姿を与えることにした。


 地上に降りた、常世とこよの磐創支神いわつくりのかみ栄世さかえのよの人創支神ひとつくりのかみは地上で竜人の楽園を築くため、放浪の旅を始めたのである。

 それから幾代の代替わりを経て、国祖たる虹鱗にじのうろこのすめらぎが産まれて白烏しろからすと共に彩鱗の地にたどり着くこととなる。

 この時に現れた白烏こそ、天から地を見守る龍神によってもたらされた天の御遣いであった、と当時の人々は考え、以後縁起物の象徴として扱われることになった。


 大部分を省いた大筋の内容がこうなる。あくまでこれは触り、素楽はここから築屋の式以外の祭事を学ぶことになるのだが、詰め込んだ所で溢れてしまえば意味がないので、神話を覚え込むことに重きを置く。

 さて、時折自慢げな表情で口を挟んだりしていたのが天音。祭事部最高位の家系だけあって、龍神神学、というより神話は造詣が深いようだ。寝物語として幼い頃に語られていたのやもしれない。


「彩鱗の常磐王家は竜人の始まりたる常世磐創支神さまから、そして角皆の玉栄王家は栄世人創支神さまからとっているんですの!」

(竜人の国って一つじゃなかったんだ)

 今は余計な情報を捩じ込まれつつも、龍神神話を纏めて紙に書き脳内を整頓していく。


 コホンと咳ばらいが聞こえると、天音は思い出したとばかりに自身の勉強に手を付ける。良いところを見せようと素楽の方へ口を挟んでいたのだが、自身のものが進まないのであれば意味がない。

 一人でも進められる素楽はともかく、一人ですら身の入らない天音に悪影響が出るのであれば打ち切りだ。

 頭を悩ませながら進める課題を覗き見れば、並んでいるのは数字の数々。四則演算の応用であろう。


「これ、なにです?」

 加法減法等の基礎たる記号が分からなかったため尋ねてみれば、ふふん、と鼻を鳴らしわかるだけの算術記号を教えてくれる。


「どれ、なやむです?」

 頭を抱えている問題を尋ねれば、顔を赤らめるようにして一つの算式を指差す。


「これですの、数字と記号がごちゃごちゃしてて」

(えーっと、とりあえず桧井の式に変えちゃおうかな)

 突き詰めていけば同じ四則演算の応用なので、すらりと解いては天音に聞こえないよう教育係に答えを伝えて間違いないか確認する。


「…、あ、あってますよ。よくできましたね」

 天音も教育係も呆気に取られているが、松野の登用試験を十五歳で突破し冒険者として手習い所の臨時教師の依頼を請け負うこともあったのだから、出来て当然といったところ。


(基礎はできてるし、つまづきやすいところ、なのかな?同じやり方を教えても意味ないし、違う方向から教えてみようか)

「ここ、――」

 式の解き方は必ずしも一つではないので、異なる道筋で出口へと導く。少しばかり遠回りなみ道ではあるが、同じ出口にたどり着ける方法を。


「できましたわっ!」

 胸を張って見せつける回答は正解。手間と時間が掛かってしまうものの、今までの解き方と比べれば彼女にあった方式に、自信をつけ足掛かりを得たようで、続く問題もゆっくりと確実に解答していく。


「おめでとうございます」

 パチパチと鱗で覆われた両の手で拍手をしつつ、称賛の言葉を贈っていると、天音は少しばかり複雑そうな表情へと変わる。

 目算では年下の、お姉ちゃん風を吹かせられると思っていた相手に、勉強を教えられてしまった事に小さな敗北感を味わっていた。


(むむむ、よく考えれば言葉に不慣れで小柄なだけの同年代の可能性は十分にありますの。ば、挽回の機会はまだありますわ!)

「素楽さん、私は算術が特別苦手なだけですのよ。ほ、ほかの勉強なら、私の方から教えてあげますわ!いずれ!」

「ありがとうございます、天音さま」

 明確な競争相手が身近に出来た影響か、素楽からは消えないところでコソコソ勉強するようになったご令嬢がいるとかいないとか。実際のところ相手は四つも年上なのだが、それを知るのはいつのことやら。

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