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そらの飛ぶお仕事  作者: 野干かん
第三編 雪飾り芽吹き。
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一話②

「おおぉ!」

 驚きと感心の入り混じった声を上げるのは橙瞳白髪の翼人。屋は香月かづき、名は素楽そら


 ある日に翡翠色の石門の調査中に対象へ魔力を流した結果、彩鱗国あやこけのくに茶蔵さくら領へと飛ばされてしまったのだ。現在は中央祭事部の客員祭務長として王都を訪れている。

 一番発展している都市、とえば故郷である松野の街であるのだが、それを大きく超える規模と繁栄を見せているのが彩鱗国の首都たる王都竜道。背の高い建物が密集している手狭な大通りには、これでもかと言わんばかりに竜人の往来があり、馬車から降りてしまえば小柄な彼女は人の波に流されてしまうだろう。


 露天や屋台なども立ち並び、客引きを絶え間なく行っている店を見れば、松野で定期的に開催されていた朝市を思い出すのだが、ここでは日常的にこんな様子らしい。どんな品物が並んでいるのか気になりしきりだが、流石に足を運ぶわけにもいかず好奇心は心という箱にそっと仕舞う。


「もう暫くしたら法元ほうが邸ッス。あたしは歓迎されないんで静かにしてるッスけど、あんま気にしないで下さい。家の仲が良いとか悪いとかそういうのッス」

「わかった。ついてくる助かる、ありがとう奈那子ななこ

「あたしは素楽様の専属なんで、とーぜんッスよ!」

 ニシシと笑うのは燃えるような赤髪の使用人、奈那子。中央軍の大隊長、好川よしかわの姪とのことだが、あまり家族のことを口にしないため詮索することもなく今に至る。本人が語るのであれば耳を傾けるのだが、そうでないのなら。


「法元さま、どんな人、知ってる?」

「うーん、祭事とは縁遠いんであんまり詳しくはないッスけども。そうッスねぇ…悪い噂のないご老人で祭事の長ってことくらいッス。普段どおりの素楽様であれば問題ないッスよ」


「なるほど。あの大きい家、おしろ?」

「おっ見えたんスか?彩鱗城ッスよ、きっと」

 車窓から見える物を指差し簡単な観光をしていれば、目的地である法元邸にたどり着くのであった。


―――


 飛び切りに大きく豪奢な屋敷に到着すれば、家中をひっくり返し総出で出迎えているかと思える程の人が立ち並ぶ。

 馬車から降り礼をしてから歩みを進めれば、老年の男と老年よか少し前の男が進み出る。


「遠いところから遥々、ようこそお越しくださいました、香月素楽様」

 一番に開口するのは白髪白髯の老人で、白く濁り曇った瞳をしているのが特徴だ。白内障と呼ばれる瞳が白く濁る病を患っている、そのため初老手前の男が手を引き、本人も杖で足元を確かめながらの移動。

 彼が中央祭事部の長、法元ほうが憲史けんし祭務司長、根八色ねづきのやいろ伯爵位はくしゃくいその人となる。


「わたくしが法元の憲史、そしてこの子は息子の憲祐のりすけです」

 紹介を受けた憲祐も丁寧に、慇懃に礼をする。


「はじめまして、憲史さま憲祐さま。おまねきいただき、ありがとうございます、このようなえいよにあずかる、うれしく思います」

 最大限の敬意を表すよう慇懃に頭を垂れる。言葉こそ辿々しさが残るものの、立居振舞は十分といえるものになっている。


「おお、これはこれは、随分と彩鱗の言葉がお上手になりましたなっ!」

 後ろからひょっこり姿を表すは、昨年にも顔を合わせている祭務司の三馬さんま縁人よりひと、蛙のような顔立ちの男だ。


「おひさしぶりです、緑人さま。べんきょう、がんばっています」

「いやはやいやはや、色々と大変だったようで心を揉んでおりましたが、こうして見えることが出来たこと、至天創世の祖に感謝せねばなりませんね」

 はっはっは、と緑人が快活に笑っていればコホンと咳払いがされて、喋りすぎていたと恥じる。


「これは失礼しました、言葉が弾んでしまいましたな」

「ほほ、歓談の場は改めて用意しますので、先ずはおゆるりと旅と戦の疲れを癒やして下さい」

 丁寧な物言いの憲史は、好々爺然とした笑みを浮かべて屋敷へ案内する。


―――


 案内されたのは品のある客室、暫く素楽の滞在する場所となる。


 多くない荷物の搬入を傍目に部屋の張り出し台から、階下に広がる庭園を一望する。香月屋敷とは一風変わった造りの庭園ではあるが、負けず劣らず品のある豪奢な空間が広がっている。

 そんな中を散歩している女性と目が合ったので丁寧に礼をすれば、少々驚いた様子で返礼をする。


(後であの庭園も見て回りたいなー)

 部屋の調度品を眺めたり、彩鱗言葉の勉強をしていれば湯浴みの準備ができたとのことで、浴室に向えばそこは大浴場。足を踏み入れれば湯気とともに心が安らぐ心地よい香りが充満している。


 奈那子と法元家の使用人によって珠を磨くが如く全身を洗われて、湯船に浸かれば疲労が吐息とともに溢れ出るが如く極楽の湯。お湯には素楽の瞳と同じ橙色の果物がプカプカと浮いており、浴槽の隅には乾燥させた皮も籠に入れられ浮いている。手にとって確かめれば浴室に漂うものと同じ上品で甘い香りが鼻孔を擽る。

 食べ物ではないだろう、そう考えて、そっと手放しては伸びをする。


『うーん、極楽だねー』

 桧井の言葉で呟けば、心得のない使用人らは首を傾げる。


「あー…、気持ちいいみたいな意味です、確か」

 本人が気付いていないため、そっと奈那子が補足する。独りごちる時などは桧井言葉を使うため、時折尋ねてみては頭の片隅に置いておいたのが役に立つことになった。


 十分に温まった後に、一度体を洗い流してから着替えを済ませば、日が薄っすらと陰り始める時間帯。日が長くなったと考えていれば祭事部の有力者を交えた親睦を深める懇親会を晩餐交えながら行う。


「おまねきいただき、ありがとうございます、法元憲史さま」

「お越しいただき光栄に思いますよ、香月素楽様。私の瞳からでも可憐なお姿を拝見できて、この場を用意しただけの事はあったといえますね」

 目を細めてはニコニコと笑みを浮かべている。


「うれしいです。憲史さまのおひげ、うつくしくてすてきです」

 整えられたひげ美髯びぜんと呼ぶに相応しい。

 そんなやり取りをしていれば、興味津々と言った様子で顔を見せる少女。素楽よりも拳一つか二つは大きい竜人の娘で、パチリと大きな眼で熱烈な視線を送っている。


(昼間に庭園にいた人だ)

 夏の澄んだ空を映したような綺麗な天色あまいろの髪に、青紫色の瞳。素楽よりか拳一つ二つ大きな背丈の少女だ。

 見るに忍びない、といった様子で憲史が手招きをすれば、飛び上がるのではないかと思える喜びようで歩み寄る。


「この子は末の孫娘で、天音あまねと申します。少しばかりお転婆な子ですが、仲良くしていただければ、と」

「紹介に預かりました法元天音ですっ!三馬の伯父様からお話を聞いてからは、いつ会えるのかと指折り数えておりましたの!幼いながらも祭務長の地位に就いて、祭事に従事する心意気は尊く美しいものっ、いずれは肩を並べ手を取り合えればと!」

 信心か熱心か、どちらにせよ熱量のある挨拶で圧倒するのか彼女の基本らしく、爛々と目を輝かせてはフンスと鼻息を鳴らす。


「はじめまして、香月素楽です。…、さいじのお仕事は、ひのあさいです。わからないこと多いので、おしえていただく、うれしいです」

 首を傾げられてしまえば、簡単な挨拶に治めておくべきだったかと考える。祭事の仕事よりも覚えるものは多い。


「……、ええ!頑張りましょうね!!」

 割り込んだ形になるため、彼女の父親たる憲祐によって引き剥がされてゆく。後が支えているのでしょうがない。


 それからは名だたる祭事の重鎮と挨拶を交わしてゆく。緑人も妻共々現れては、お喋りの気を感じ取った妻に引き剥がされていった。

 一通りの顔合わせを終わればようやく食事にありつける。茶蔵で何度か参加した方式と同じであるようで、ある程度の順番にさえ沿っていれば、好きな料理を自身で盛り付けていくものだ。一皿に多く盛り付けてはいけない、皿を使いまわしてはいけない、皿をたくさん使ったほうが美しい、という事を気に留めて舌鼓を打つのであった。


―――


 普段であれば既に寝ている時間帯、欠伸を漏らしながら夜空を仰ぐ。あいも変わらず見慣れない二つの月が素楽を見下ろしており、知っている星の結びは一つとない。


(もう一年くらいになるのかなー。皆元気だと良いんだけどね)

 彼女が翡翠色の石門で飛ばされてから一年弱、夏の盛る頃になれば年が一周する。


(気がつけば彩鱗、祭事部のお偉いさんと顔合わせをするような立ち位置になっちゃったなー。確実に囲われてるんだけど、こればっかりはどうしようもないね。…帰るのを諦める気はないけど、石門の研究が進む保証もないし根を下ろす覚悟はしたほうが良い、かな)

 夜空に家族や知り合いの顔を並べる。


(行き来が出来るようになればいいんだけども、高望みがすぎるよねー。石門について知見のある人があればいいんだけど、詠唱魔法とは形態が違いすぎるから、どうにも)

 こちらの魔法には魔法言語というものがあり、それを唱えることで魔力を隆起させて現象を起こす形態、詠唱魔法だ。


 対して桧井では指先に魔力を集めるて文字と図形を描く魔法と、魔石に直接文字と図形を彫り込むか、粉砕し岩絵具のようにして描く魔石魔法だ。後者の魔石魔法は既に廃れた古式である。


(魔眼でみた魔力の流れが最後の望みってところだね)

 現状では最後の手がかりとなる地中へ続く魔力、その調査で手がかりがなければ詰みと言えるだろう。


『はぁーあ、とりあえずは祭事かな』

(松野ですら神事なんて天夏祭の騎射会くらいしか碌に関わってなかったし、こっちの神様に対する信仰心なんて微塵もないけどいいのかな。縁起物としてやってきたけども、学びを深めておかないと今後は)

 時代の流れというべきか、宗教ごととは縁遠かった素楽には信仰心という基盤が足りていない。生活の一部と成り果てていた結果といえるのだが。


 夜空に燃え尽きる一縷の流星を眼に、橙瞳白髪の翼人は欠伸を漏らす。

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