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そらの飛ぶお仕事  作者: 野干かん
第二編 常の磐は。
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六話④終

 勝負の世界は一瞬で決着つくことがしばしある。


 アイザイア・バロウズ率いるニーグルランドは物量をもって包囲すべく、逆Y字にし頂点で構え全軍を進める。対して中央軍大隊長、好川よしかわ巳之助みのすけは△に陣形を敷き待ち構えていた。


(ふっ、勝ちに急いだか、老いた獣よ)

 虚仮にするように嘲笑った巳之助は中央軍へ突撃命令を出す。


「ウララアアァアアアア!!!!」

 馬に跨る壮年の男は我先にと敵陣へと切り込む。その勇姿に兵士は沸き立ち、数的不利などお構いなしでニーグルランド兵を切り捨て突き進む。


 巳之助が勝鬨かちどきを上げるのは、時一つ(にじかん)もかからなかった。

 長く行われた成果の出ない城攻めに疲弊し、士気の下がった兵士は次々と切り伏せられ。アイザイアが逃走を図ろうと思った時には、彼の首が宙に舞っていたという。


 残りは追撃戦、手柄を立てるのならば今この時、と中央軍を駆り立てては敗走する敵軍の背を斬りつける。

 こうして彩鱗あやこけ暦一二六四年の晩春に始まった戦は、鎧袖一触がいしゅういっしょくといっていい程の勝利を掲げることとなった。


「あやこけのかち、です!」

 戦場の上空から舞い戻った素楽は矢越城の戦友らへと勝利を告げる。早馬などとは比べ物にならない最速便。晩春から始まり初夏まで季節を跨ぐ戦によって、塞がれた心が沸き上がる。


―――


 戦は終わり戦後の処理を粗方片付けた翔吾しょうごらは、そろそろ中央へ向かうための準備を行っていた。


 筒路つつじに残されていた非戦闘員とも合流し、今は矢越やこし城下の宿を一つ貸し切っている。直之なおゆき晴子せいこ夫婦は、長く茶蔵さくらを離れる予定ではなかったためにとんぼ返り。現在は溜まっているであろう政務を消化している頃だ。


 こうなると素楽の仕事もないわけで、のんびりと彩鱗言葉を学んでいた。

 賑やかしい街の喧騒を音楽に読み書きの練習をしていると、階下からいくつもの蹄音と嘶きが聞こえる。出立の準備が終わったのかと外を除いてみれば、中央軍の大隊長が一人、好川巳之助と目が合う。失礼の無いよう軽く礼をして微笑めば、堅物そうな壮年の竜人はほんのりと口角を上げ軽く礼を返す。


「誰か来たんス?」

 素楽の荷物を纏めている奈那子ななこは、素楽の態度から誰かしらの来訪を察し問いかける。


「ちゅうおうぐんの、だいたいちょう、好川巳之助さまの、はず。まえに、なのりあいした」

「自己紹介か挨拶のはいいッスね、名乗り合いはちょっと仰々しいッス」


「ぎょーぎょーしー?」

「ぎょうぎょうしい、ッス。大げさ、ってまだッスね…うーん。……?ちょっとまってほしいんスけど、誰が来たって言いました?」

「好川巳之助さま、ちゅうおうぐんの」

 名前を再度聞いた彼女は全身から滝のように汗を流し、険しい顔を見せる。


「あー、あたしはちょっとあの人苦手なんで、顔を合わせないようにしときますね」

「わかった」

(何かしら縁があるのかな?まあ、翔吾様に会いに来たはずだろうし、関係ないよね)

 一度挨拶がてら労いの言葉をもらっているが、素楽の所属は祭事部にあるため縁も無い。中央貴族の、軍事部の者が用事といえば翔吾だろうと決めつけ、我関せずと勉強を再開する。


「これは好川殿、急な来訪とは驚いた。まさか貴殿ほどの方が訪問の申込みもなく宿を訪れるとは思っていなかったよ」

 宿の支配人に呼ばれてみれば、中央軍のお偉いさん。しかも彼は今上王派の貴族であり王弟を睨む者の一人、予約のない面会などという味噌の付く行為を進んで行うとは、到底思えないために実際に驚いている。流石に平静を装っているのだが。


「いやなに、急いで王都へ出立すると小耳に挟んだものでしてね。なにかしら疚しいことでもあるのではないかと、国を守護する者の一人として足を運んだ次第です」

 不敬とも捉えられるあけすけな物言いだが、翔吾は意に介すこともなく堂々と正面に座す。


「暇そうで何よりだよ、英雄殿。視察に来たのだから茶でも振る舞ってあげたいのだけどね、残念ながら粗末な物は今から買い出さなければ手元になくてね」

「ふっ、そう気を使わなくても結構ですよ。王弟殿下と茶をともにするなど恐れ多い、おいそれと命は落としたくもないので」

「くく、毒程度で死ぬと?はっはっは、これは驚いた。…はぁ、それで何の用かな、こうして楽しくお話をしに来たわけでもあるまい」

 不快な会話にも飽いたとばかりに本題を問う。


「先程“偶然にも”この宿の窓から顔を見せている白烏の姫がいたので、是非とも挨拶をしようと思いましてね。どうでしょう、話を通してはくれませんかな?彼女もこの戦の功労者です、“中央”を代表して労いの言葉を贈りたく」

「そんなことだろうね、残念ながら所属は中央祭事部にある。下手なことをすると眼をつつかれるよ」


「別に引き抜こうなどとは考えていませんよ、彼女の持ち物に興味がありまして。ニーグルランドの黒獅子、その配下の馬を鹵獲したというではありませんか、譲っていただければ礼はいたします」

 そんな下らない事のために、不快な気分にさせられたのかと内心で脱力しながら素楽へ話を通す。


「ここに来るか、そして譲るかは本人次第だ」

「感謝します、王弟殿下」

 しっしと手で感謝の念を払い除けて、一人茶で喉を潤す。

 時間もかからずに、トットットと足音が聞こえだし素楽が現れる。急な来訪であるため最低限の身だしなみ、略式の礼をして入室する。


「ちゅうおうさいじぶ、かくいんさいむちょう、香月素楽。およびとのこと、しゅつげんいたしました」

「くく、しゅつげんじゃなくて、さんじょう、だよ」

「さんじょういたしました」

「いいね」

 鬱屈した感情を払うように翔吾は笑みを浮かべる。


「これは丁寧にありがとうございます、香月祭務長。先日にも挨拶をしたが改めて、中央軍好川大隊の長を努めている好川巳之助です」

 前回の顔合わせでは、剣大隼つるぎのおおはやぶさ子爵位ししゃくいも付いていたのだが省いたのだろう。

 一度立ち上がり略式の礼で彼も応え、席の一つを手で指し示す。


「おや、てっきり奈那子もくると思っていたのですが…」

「奈那子としりあいです?」

「えぇ、実は私の姪でね。しばらく顔を見ていなかったものですから、元気な顔を見れれば良かったのですが…。元気ですか?」

「はい、いつもおせわ、なってるです。じゅんびに、いそがしいので、うでがはなせない、みたいです」

「ふふっ、そうですか。花乃子かのこ、彼女の姉が心配している、と伝えておいて下さい、これ以上はとやかく言うつもりはない、とも」

「わかりましたです」

 そういえば、と奈那子の事をあまり知らないと素楽は思うのだが、先程の様子から語りたくないことが多いのだろうと納得する。


「それでは本題なのですがね」

 先程も語ったように譲ってほしい旨、相場以上の謝礼をする旨を伝える。


(なるほど、優秀な馬だし種馬にでもするのかな?特別惜しいと感じる馬ではないから、手放すのは良いんだけども価値がわからないなー。無料ただ同然の拾い物だし縁故を結ぶために贈っちゃうおうか、中央軍の偉い人なら損はないよね)

 暫し考えた素楽は、一度小さく頷いてから考えを述べる。


「おかね、いらないです。おくりものする、うけとる、どうぞ。なかのいい、しるし」

「えーと…好川殿との顔つなぎの為に馬を贈るそうだよ」

 あってるかい?と翔吾は顔を向ければニコリと笑う。


「それは嬉しいが、いいのかい?聞く話では名馬だと思うのだが」

「いい。おとなしいうまより、ぼうりょくなうまがいいです」

「ほほう、悍馬かんばが好きとは渋いな。…ふっ、では有り難く受け取ろう、感謝するよ香月祭務長」


―――


 帰り際、素楽へ聞こえないよう言葉を向ける。


(恩を仇で返さないでもらえると助かるのだけどね)

(流石にそこまで薄情じゃないさ。国に仇なさない限りは)

(そうかい)


「それでは香月祭務長。次見えるのは王都でしょう、私を見かけたら気軽に挨拶をしてくれて構わないからね、私と君の仲だ」

「ありがとうございます」

 ニーグルランドの馬に跨って様子を確かめた巳之助は、中央軍の兵士と共に矢越城へと向かっていった。


「本当に無料同然でよかったのかい?」

「おかね、しごとでもらうです」

「りっぱだね、それじゃもどろうか。あしたはしゅったつだからね」

「はい」

 差し出された手のひらに、鱗で覆われた手を重ねる。

第二編は以上で、次回からは第三篇となります。

最近はウトウトとすることの多い季節です。

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