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そらの飛ぶお仕事  作者: 野干かん
第二編 常の磐は。
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六話③

 鐔切つばき筒路つつじ両軍の重鎮が顔を合わせる矢越城の軍議場。


 名の通る軍人という点に加えて、大きな体躯が合わさって凄まじい圧迫感のある部屋となっている。誰もが厳しい表情をしているのだが、そんな中に子供と思しき背丈の翼人が足を踏み入れる。

 幼いろから松野城を遊び場にしていたような彼女だ、軍人の威圧感などなんのその堂々とした態度で彩鱗あやこけ式の礼を綺麗に行う。


「ちゅうおうさいじぶ、かくいんさいむちょうの、香月素楽かづきそらです。杵島きしま筒路つつじぬしと、常磐ときわ茶蔵さくらぬしの、ねがい?…たのみで…。…?」

(素楽、むずかしくかんがえなくてもいいよ)

 言葉に詰まる素楽に対して、翔吾しょうごがそっと耳元で告げる。


「まわりを、みた、つたえるです。にばん、さんばん、てきみえない。てきのいえ、みち、みえたです」

 気後れもせず、つかつかと歩みを進めた素楽は、地図に目を向けて本陣と補給路を示す。


「ここ、ぬののいえ。ばしゃ、はしるみち、あったです」

 殆どの人が素楽との接点がないため、ちんぷんかんといった様子で視線を翔吾へと移せばニコリと微笑んで素楽と並ぶ。


「二番三番は事前の打ち合わせにて、矢越城やこしのしろ北部に位置する視界の優れない峠を刺すこととした。一番は先の報の通り南東の峠だ。次は敵の家、布といっているから天幕を張った本陣のことだね、それに繋がる道は補給路と考えれば納得も行くだろう?粗方、砂子すなこ鐔切主の読み通りだ」

 聞き慣れない単語の数々であるが、自身の言葉を室内の者へ伝えてくれたのだと理解する。素楽が小さく礼をすれば、嬉しそうな表情を見せている。


「なるほど、香月祭務長の助力に感謝する。私は砂子すなこ喜一郎きいちろう鐔切主つばきぬし鎧扇鷲よろいのおうぎわし伯爵位はくしゃくい。戦時故に細かな挨拶等は省かせてもらうが、悪しからず受け入れてほしい」

 名乗りを上げたのは、鐔切を取りまとめる領主の砂子喜一郎。


 伯爵位勲章は彩鱗国において、貴族に与えられる最高位勲章である。砂子一族は永きに渡り東部防衛に尽力しているため、鎧鷲伯爵位勲章を叙勲されている。

 簡単な話が東西南北、四方に分けた場合に東部筆頭の貴族になる。


 外つ国人たる素楽がきおいそれと言葉を交えられる相手ではないのだが、王族の翔吾と筒路主の公敏が連名で身元の保証を行い、中央祭事部の威光を借りることでこの場に迎え入れられている。

 必要な報告を終えたので一礼をしてから数歩下がり、軍議に耳を傾けながら翔吾に侍る。


 敵の攻め口、軍の動かし方等から本陣の場所の目星はついていたのだが、確証を得られたことは大きい。戦には金も人材も掛かるかので、防衛戦を徒に引き伸ばすより、打って出れるののならばそれにこしたことはない。

 初対面の相手が語る証言を信じていいのか、という話は後ろについている者を考えれば問題はないだろう。


「然し面倒な場所だな、奇襲を仕掛けるにしてもあちらからは峠が見えているだろう。半端な兵数ではない返り討ちに合うのが関の山、数で攻めれるような場所ではない」

 腕組みをしながら唸るのは公敏。


 彼の言う通り二番三番地点は傾斜の厳しい山肌であり、大軍を率いての行軍には不向き。加えて相手からの視界は良いと来た。

 幾度となく行われた矢越城の攻防にて、同じような状況は多々ある。相手の兵数が少なく勢いがなければ、そのまま押し潰すこともあるが大体は籠城し持久戦に持ち込むこととなる。

 連なる山々が天然の城壁と化しているため包囲されることもない、故に物資と人員での殴り合い、泥沼の長期戦となる。


「香月祭務長、敵の本陣、敵の家と人はどのような状況であったか教えてもらえるか?」

 喜一郎は厳しい顔のまま言葉を砕いて質問する。

 再度地図に寄り、記憶を呼び起こしながら口を開く。


「ひとのかずおおい、かぞえるむずかしい。てきのいえ、ここのなか、たくさんあったですーー」

 身振り手振り、地図上に置かれた駒などを用いて説明をしていく。


 翔吾が合間合間に補足やらを入れることで足りない言葉を補い、素楽へ投げかけられる質問も噛み砕いて説明する。ここまでくればもはや通詞である。

 大まかな様子が明らかになったニーグルランドの布陣をみて、喜一郎は小さく唸る。地図上に示されている状況が本当のものであるのなら、丸裸といって差し障りのない状態だ。


「この敷き方は…老いた獣のバロウズか。此方側から取れるものがない状態で幾時、他が勢いづいているからこそ功に急いで本人が巣穴から出てきたようだ」

 アイザイア・バロウズ辺境伯へんきょうはく、鐔切領と接した国境を持つバロウズ辺境伯領を納めてる、ニーグルランド貴族の一人。


 若かりし頃に侵略戦争で名を挙げ領地と地位を得たのだが、いざ土地を広げようと息巻いた先にあったのは彩鱗国の鐔切。堅牢な事で知られる矢越城を崩すことが出来ずに足踏みをしていれば、同国の貴族から後ろ指を差される状態になっていた。

 特に最盛期を更新し続ける現ニーグルランドでの風当たりは非常に強くある。「昔の功績も運が良かっただけなのではありませんかな」などと影で言われては、黙ってもおられずケネス・ブラックウェルらに声をかけて挙兵したのである。


 白い翼人によって黒獅子ケネスは配下二人を討たれ、本人も負傷し撤退。追い打ちとばかりに奇襲部隊と本陣まで暴かれた。皮肉なことに運のない男である。


「至天創世の祖が白烏しろからすを遣わし導いた土地を護るが我らの役目。ニーグルランドの獣共も死物狂いで迫るであろうが正義と導きの白烏は我らにこそある、皆のもの覚悟して掛かれ!」

「「はっ!」」

 縁起物の象徴として数々の瞳を向けられた素楽は、ニコリと微笑みを返してから不慣れな敬礼を行い、士気を上げるために一役買う。彼らの宗教観を少しずつ理解し始めているので、こういった役割は進んで担う。

 然して彩鱗暦一二六四年の晩春。ニーグルランドを相手取った戦が幕を上げた。


―――


 矢越城防衛戦が始まってから幾日。本命たる彩鱗中央軍の到着によって、ニーグルランドの勢いにもかげりが見えだす。


 物量を以てして相手を轢き潰す短期決戦を得意とする相手に対して、長期に渡り耐え凌ぐ事を得意とする鐔切。地形が味方しているというのもあるのだが、歴史上一度も打ち破られていないという事実は伊達ではなく、此度も中央軍の到着まで漕ぎ着くことができたのである。

 堅牢な城に攻めあぐねて息を切らし始める頃合いに、無傷の大軍から浴びせられる返しの刃は深々とした傷を与えた。ニーグルランド軍全体の一割程であり痛手と言えるだろう。


 こうして獣人犇ひしめく裾野を奪え返した中央軍は、目立つ位置に本陣を敷き大々的な挑発を行っている最中だ。こうして矢越城防衛戦は終わり、彩鱗国境鐔切にて合戦が繰り広げられることとなる。

 さて、合戦となれば弓騎、もしくは騎兵として活躍できると息巻いていたのが素楽なのだが、中央の客員祭務長という地位と見た目が相まって全方向から止められていた。


 利かん坊というわけでもないので、今回は大人しく話を聞き入れて索敵に従事している。

 正面を見る必要はないのだが見聞を広めると建前を自身に言い聞かせて、合戦の模様をよくよく観察する。


(ニーグルランドの息切れも激しいし、このまま守り勝てそうだねー。合戦のときは魔法師隊を小分けにするんだ、人が多くなるとエイショウっていうのが遅くなるんだっけ。威力よりも手数を優先するってことかな)

 それも確かだが騎兵突撃など様々な妨害によって、詠唱を中断されることへの被害軽減の意味合いが強い。特に障害物の用意できない平野での合戦は顕著けんちょだ。


 一昔前には多くの魔法師を抱え、膨大な詠唱を用いた大魔法戦が主流であったのだが、足が遅く騎兵による妨害が盛んになったため廃れ、小隊単位での魔法行使が主な魔法戦となりつつある。


(あれだけでも結構な威力になるんだ、すごいなー。魔法の強さだけならこっちの方が圧倒的、取り回しは魔石に軍配があがりそうだけど)

 魔導銃という費用対効果を考えず魔石を湯水の如く消費する魔導具を除けば、詠唱魔法の方が威力的には優位にあるのは確かだ。


 逆に魔力をある程度有していれば、魔石や魔導具を使うことによって誰でも魔法を使えるのが魔石魔法の強みである。光を放つ光石や防寒の魔石等、単身で魔法を使えない素楽ですら、魔力を注ぐだけでつ扱えるのは大きいと言える。


(恨みはないけども、ここに何かあったら白臼山しらうすやまで石門の研究ができなくなっちゃうし、茶蔵が荒れても嫌だからねー。…ん?何か動いたような)

 バサバサと忙しなく翼を羽ばたかせて滞空飛翔を行いながら、眼を皿のようにして山肌を探るが結果を得ず、痛みを覚悟して魔力視を行う。


(……なるほど考えたね)

 視界では捉えづらいように布を被り擬態の真似事をする一団が視界に映り、魔力の流れが渦となり一点に集まっている。素楽が索敵に対する手を打ったのだろう、魔眼症さえなければ発見に遅れていたのは確実だ。


 キラリと光るは魔石を頭とした杖、作り出されるは風で形作られた不可視のやじり

 どの様な魔法が使われているかなどは理解していないため、杖が見えた瞬間に弾けるような加速をする。この世界には追尾弾のような魔法は存在していないらしく、直線上でしか魔法が飛ぶことがない。故に不規則な飛翔で相手を惑わして肉薄する。


『甘いよっ』

 布の隙間から飛び出す腕を鱗で覆われたあしゆびで掴み、宙へと引きずり出しては離す。平地ならともかく山肌である、軽く足が離れただけでも命取りとなる。


(シュホウシっていうのがいなくなれば…。こっちの魔法師は個々で弱い魔法を使わないと行けないはずっ)

 布に巻かれる形で斜面を転がり落ちていった者は、生きていようと再起は不可能だ。くぐもった悲鳴を捉えた後に一度距離を置く。


『か、かまわん!魔法を放て!数を撃てば当たるはずだ!』

 まさしく落ちていったのは主法師だったようで、てんでバラバラな魔法を放つのだが威力を失ったそれらは素楽に届くことはなく、魔力に霧散してく。


(態々相手をする理由もないけど…。あたしの、護るための戦でもあるから、こんな厄介なのが居るって報告はしてもらわないと、ね!)

 一度高く舞い上がっては自由落下の最中に雷笛を咥える。雷目らいもくという不可思議な樹木を用いて作られた魔石を用いない魔道具。

 尾羽で落下する体躯を綺麗に操っては、山肌に沿うようにしてニーグルランド兵へ再度肉薄する。


『―――――――ッ!!!!』


 すれ違うその時、本物の雷鳴と間違えるほどの爆音が響き渡る。おぞましい音量と殴り付けられるような衝撃波が直撃した彼らは、耐えることなどできよう筈もなく山肌を転がり落ちる。


(もう攻めたくなくなるような報告をよろしくね)

 晴天の晩春、いや初夏に足を踏み入れているだろうこの日、戦場には雷鳴が響き渡った。


―――


(雷鳴…?)

 矢越城にいた翔吾は、既に二度は聞いているであろう雷鳴に胸がざわつく。


「不思議な事もありますね、こんな晴れた日に。凶兆でなければ良いのですが」

 話しかける兵の言葉も届かない彼は、無事帰還した元凶へと雷を落とすことになるのだった。

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