六話①
賑わいのある大通りを王弟一行が進み、向かうは筒路の城。
茶蔵のお隣ということもあり、そうそう違いなどありはしないのだが、民衆からは熱気のようなものを見て取れる。
理由は簡単、ニーグルランドが挙兵し彩鱗国に進行を始めた、という情報が流れているからである。
そんな中で少数ではあるが中央と茶蔵の連合軍を率いた、現筒路領主の息子が現れたとなれば、市井が沸き立たないわけがない。悪戯坊主が立派になった、この前まであんなに小さかったのに、などという声がよく聞こえてくる。
王弟たる翔吾の乗る馬車からは、白髪に橙色の眼をした翼人が顔を見せる。国民と問われれば首肯しかねる立場なため、王族との馬車には同乗するのは憚られると告げたのだが、祭事部での地位を引き合いに言いくるめられていた。
本人が嫌がっている訳ではなく、遠慮しているだけなので止めるものは誰もおらず、といったところだ。
そんな翼人の素楽は湧き上がる大衆を目に、驚きの息を声とともに吐き出す。
「おぉー」
竜人の見分けには全く自信のない彼女だが、血の気の多い筒路の民と穏やかな風の茶蔵の民の違いは流石に理解できた。
敵対国との国境に程近い筒路の地では戦に赴くことが多く、領主たる杵島家も戦功によって叙勲され貴族になった武闘派一門だ。故に戦と聞けば血が騒ぎ猛る土地柄ともなる。
(街の周囲には城壁があったり、堅牢な城構えをみると松野みたいに防衛拠点なんだろうなー。戦う相手は違うけども)
権威としての城ではなく、実用としての質実剛健な城である。
なんとも言えない表情をした敏春を先頭に城内へと一同は進む。
賑やかな市井とは異なり、城内ではキビキビとした動きの城仕えが戦の準備、その最終確認を行っている。
ニーグルランドと国境の接ている鐔切領は、常に情報網を広く張り巡らせており、知り得た情報はお隣の筒路へと直様送られる。肩を並べて戦陣を敷くことが少ないはずもなく、領地同士で強固な関係を築いているといえよう。
そのことから、早くに不穏な動きを感じ取っていた鐔切の情報を素に、戦支度は既に終わっているのである。
「おお、敏春!帰ってきたか!孫は連れておらんのか?」
現れたのは敏春に血の繋がりを感じる大男。杵島公敏、筒路主鈍沢鵟子爵位。
「気が早えよ親父、まだ中央にいるっての。帰りにゃ顔を見せにまた寄るが」
「そうか、然し茶蔵であれば近くなるな!」
「翔吾王子殿下もご健勝にあり、我が身の如く嬉しく思います!我が息子はご迷惑をかけてはいませんかな、なにか粗相でもあれば私が駆けつけ拳骨でも落としましょう!」
略式敬礼をしながらの公敏は、楽しそうに言葉を紡ぐ。
「くく、敏春には世話になりしきりだ。流石は忠臣鈍沢鵟の杵島家だと常々思わされるよ」
「はっはっは、貴族の冥利に尽きますな!…ところでお隣の方は紹介いただけるのですかな?」
事前に情報など得ているのだが、あくまで知らない体を装って紹介を頼む。
「彼女は中央の客員祭務長、香月素楽だ。言葉に不慣れなところがあるので、多少多めに見てもらえると助かるよ。素楽、こちらはつつじぬし、杵島公敏どのだ。敏春のちちだよ」
「お初にお目に掛かる香月祭務長、紹介に与った杵島公敏、筒路主鈍沢?男爵位だ!若いのに祭務長とは、こうして縁を持てたこと光栄と思う!」
「はじめまして、キミトシさま。香月素楽です、かくいんさいむちょう、してるです。よろしくおねがいします」
辿々しい言葉には変わりないが、失礼のないよう丁寧に言葉を紡ぐ。
―――
立ち話では休めなかろう、と公敏は城の談話室へと案内をする。
外見通り城内の様子も貴族然としているとは言い難い内装をしている。所々に飾られているのは、武具や鎧の類いが多く美術品と呼べる類は見かけることが少ない。
どっしりと椅子に腰を下ろした公敏は、使用人の用意した茶を楽しんでいる。
「良い香りと、…良い味だ。確かこれは、最近売り出し始めている筒路の新茶、皐かな?」
「ほほう、これはこれは嬉しいですな。そうですとも、筒路南方で栽培しているものです。先の代から始めて、長い時間と安くない費用が掛かりましたがね、ようやく納得の行く茶葉ができました。親父なんて大喜びで、今度は茶葉を使った菓子を作るなんて言い始めたのですよ、老いて尚あの元気には見習いたいところがありますな」
自慢気な彼は髭を撫でつつ、優雅に茶を飲み干す。
手で小さく合図を出せば、使用人らはそそくさと部屋から消える。
「聞きましたぞ、ニーグルランドのケモノ共から領の境で襲撃を受けた、と」
「あぁ、幸いにも被害は軽微、完全勝利と言えるものだったのだけどね。…姑息な鼠が住み着いている、とは考えたくないし余計な口出しもしたくはないのだけどね、腹をすかせた猫くらいは放った方がいいとは思うよ」
いざという時に倉庫を荒らされても困るだろう?と付け加えて。
「いやはや、あまり口を大にして言いたくはないのですが、既に先日鼠に蔵を荒らされましてな。掃除の最中に手引されたのでしょう、当事者らは潰してありますが金言を心に留めておきます」
不甲斐なさと怒りの入り混じった表情が見え隠れしている、同じ領地の貴族に間諜がいたのだから当然といえよう。
「身軽にしてたとはいえ、香月の嬢ちゃんがいなかったらヤバかったな…。ニーグルランドの黒獅子まで出張って来ていたようだからな」
普段と比べると一回り小さく見える敏春も思うことがあるのだろう。
「香月祭務長は武の素養もあるので?」
「……、ぶのそよう、なにです?」
「たたかいのべんきょう、かな?」
「なるほど、あります。きへいのたたかい、とくいです。松野のきへい、ゆみくらべる、わたしいちばん」
天夏祭で騎射会に優勝していることを言いたいのだろう。松野の騎士においては、非常に名誉なことであるため胸を張る。
「…む?」
「…あー、西方の国の…弓騎兵というやつじゃないかな?素楽はうまにのって、ゆみをうつがとくい?」
「はい、とくいです」
「どうりで、うまにのるのがじょうずだったのだね」
「ありがとうございます、翔吾さま。うま、すきです」
「弓騎兵、か…。アレには痛い目を遭わされたな…」
初対面である公敏には素楽の言葉がやや難しいようで、翔吾の説明に納得すると同時に苦い記憶を思い出したのか渋い顔をする。
彩鱗国では弓騎兵というものは発達していない、専ら長剣や槍が主である。
「どっちかといえば、索敵能力なんだが…。まぁ奴さんの配下を二人討ち取り、馬を奪ってから馬上戦で追っ払ったって聞いた時は耳を疑ったな」
「わたしのたたかい、あいて、しらない。だからかった、つぎきびしい」
あくまで手の内が知られていなかったからこその勝利。
魔導銃自体は強力なのだが、あくまで魔法の延長線上の手段に過ぎない。魔石の装填にかかる手間や対策も難しくないことを考えれば、どこでも運用できる万能武器とは言い難い。
加えて騎射を用いた戦闘が存在しないわけではない。
(次に会ったら厳しいだろうなー。暁星がなくて東風もいないなら、松野でもそこらの騎士と変わらないだろうし。単純な実力じゃ圧倒的にケネスって人の方が上だね)
そこらの騎士というのは卑下しすぎではあるが、強ち間違いとも言い切れない。香月の宝弓と乗り手さえいれば名馬と言われていたほどなのだから。
「…、翔吾王子殿下。殿下も此度の戦列に加わる、と先駆けによって知らされてはいますが、香月祭務長もと考えて良いのですかな?」
「…は?」
正気か、とでも言いた気な表情で公敏へ視線を刺す。翔吾の予定には素楽を戦場に連れて行くなんてものはない、考えが浮かんだことすらない程に。
なんなら奈那子を使って上手く直前まで黙っておき、城に押し留めておく予定であったのだ。
さて、そんな計画なんて露知らず、反芻した言葉を飲み込んでつなぎ合わせれば、翔吾が戦に行くという情報。これに黙っているはずもなく、小柄な翼人が口を開く。
「たたかう、翔吾さまの、ちからになるです」
(翔吾様が戦に出る、のならあたしが役に立てることも多い筈)
頭を抱えるのは翔吾と敏春で。
―――
命を落とすかもしれない戦場に行くのは、危険だと諭されたのだが素楽本人の意志が固いこともあって、結局は周りが折れることになる。
これまで幾度も実力を示しているので、手持ち無沙汰にさせておくのが勿体ないという感情があったのも要因だろう。上空からの索敵を主とした役回りを得ることになった。
「ホントのホントに戦場なんかに行くんスか!?絶対危ないッスよ、こっちで大人しくしておきましょう素楽様!殿下なら絶対無事に帰って来るッスよ!」
声を荒げる奈那子は、未だに納得がいかない様子である。
妹かのように可愛がって世話をしているため、病に臥せってからは心配性が加速している。
戦などの争い事を好まない性分も大きい、ケネスの襲撃した夜など一時も離れずにべったりとくっついていた程だ。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。とぶ、みるしごと」
飛んで索敵する仕事で死にかけた事があったのだが、そんな過去はお構いなしに奈那子を落ち着かせるべく、そっと手を取る。
「大丈夫じゃないッスよ…」
しゅんと捨てられた子犬のような姿になる奈那子を見ては、悪いことしたなー、と考えるものの、やはり意志は変わらない。
彩鱗に生まれた貴族ではないのだが、素楽の根底にあるのは国を、領地を民を護る貴族としての矜持。世話になっている土地が脅かされるかもしれないとあれば、座して待つことなど出来よう筈もない。
彼女とて翔吾や奈那子を始めとする近しい茶蔵の人々を大切に思っているのだから。
「絶対に帰ってくるんスよ、約束してください」
「やくそくする」




