五話③終
(王族にあそこまで言われたんだ、貴族冥利に尽きるってもんだな。ここで真価を発揮できねんなら軍に属する意味なんてねえ、やってやるぜ。にしても香月の嬢ちゃんは、導きの白烏の生まれ変わりかなんかじゃねえのかなアレ)
「行くぞオメェら!彩鱗中央軍の力ってのをお隣の獣さんに見せつける時だ!」
「「応ッ!!」」
隊長たる敏春を先頭に、槍の穂先のような形で人を組み突撃を行う。敵の隠れている場所は素楽からの情報によって把握しているため、不意を突き確実に撃破していく。
「奴さんはビビってやがる、勢いに任せて尻尾を踏んづけてやれ!こっちには祖先の知友たる白烏が付いてんだ!」
正義は我にあり、と白烏を神輿に士気を上げる。これが効果覿面で鬼気迫る兵士に、ニーグルランドの獣人は気圧されるのだから、敏春の中央軍の隊を預かるのも頷ける。
そんな中、騎兵三騎が敏春らを避けるように抜けていく。
「チッ、オイ抜けられたぞ!馬を潰せ!うおっと」
騎兵として使える馬の数が足りなかったことと、迂回をし不意をつくために歩兵のみの編成。これにより機動力というものは皆無な状況、いくら後方に声を掛けた所で騎兵の足を止めることは敵わない。
反撃に躍起になる獣人を制圧しながら、敏春は防衛の隊が善戦することを祈る。
(上手くやってくれよ、茶蔵のお仲間さんと香月の嬢ちゃん)
―――
「うま、けもののひと、さんにん!くる!」
馬車上で匍匐、腹ばいに魔導銃を構える素楽が声を張りあげる。声を合図に茶蔵の兵らは隊長の指揮の下、対騎兵用の防衛陣を組む。
(松野の騎士であれば、三騎でもこの陣を崩せる筈…弓を持ってないのが救いだねー。でも油断はできない、確実に二発で二騎を落とす)
息を吐き出し呼吸と心臓を止めるように集中し、走りくる獣人騎兵に狙いを定める。射程の限界位置に踏み入ったことを確認し引き金を引く。
魔力弾が真っ直ぐな軌跡を描き命中、馬の首と鎧ごと胴体を貫かれた獣人は吹き飛ぶようにして馬とともに絶命する。
(次、)
魔力を充填するのには時間がかかるが、馬の脚を考えれば十分な時間が有る。見ず知らずの魔法に狼狽えた敵だが、今更引くことなど出来るわけもなく突撃を敢行する。
馬上の揺れも影響したのだろう、二射目は首の付根に命中し頭が綺麗に飛ばされて、首なし騎兵が誕生する。
やはりというか、パキリと音を立てた魔石は砕け散る。
「ふぅ…」
(弓の方がいいな、やっぱり)
手旗で次の攻撃への時間を要する事を伝える。
それを合図に二騎の騎兵が迎撃に出て、晴子を主法師とし直之や奈那子の加わった魔法師隊が詠唱を始めた。
(噂には聞いていたけど、単身であの威力と精度は素晴らしいっ!二回ごとに魔石を入れ替えなくてはならない、と聞いたがお釣りが返ってくる程の代物ではないか!)
詠唱の最中にわなわなと身を震わせながら、内心は燥ぎだしている。
魔石魔法、いや魔導具魔法というべきか、最先端の魔導銃に心惹かれる晴子だが間違えることなく詠唱を出来ているのは、流石の茶蔵魔法部の長というべきだろう。
馬上用の長剣が刃競り合う音が響く。ニーグルランド兵の残った一騎は手練だったようで、茶蔵の騎兵を受け流して尚も進む。
獅子を思わせる風貌の獣人騎兵が迫る時、詠唱を終えた晴子らが岩の槍を放つのだが、長剣で斬り躱している。とはいえ無意味というわけでもなく、軌道を逸らす事には成功する。
魔石の装填を終えた素楽がま馬車の上に立ち魔導具を構える。狙いは通り抜けていった騎兵の背中。
『ッ!』
見たこともない魔法を使う魔法師が自身を狙っている事を認識した獣人は、魔法弾を躱すべく馬の進行を蛇行させる。
『賢しいね』
(無駄撃ちは好みじゃないけど、射程外に出られても面倒だし)
放たれた魔法弾は既のところで命中せず、これを機会にと獣人は馬を翻す。続いた二射目、胴を確実に狙ったそれは無理やりな起動変更によって躱されてしまう。
先の用に魔法を斬り躱すのであれば剣ごと撃ち抜けたいたのだが、相手には卓越した観察眼と勘があるのだろう。
(馬を狙うべきだった。…いや、避けられてたかなー。強いね相手さん)
忸怩たる思いで睨めつける。
同じ行動を繰り返して消耗させるのも手ではある、が消耗するのは茶蔵側も同じ。
加えて彩鱗の魔法は発動までに時間が掛かる。特に今回は人数が少なく一人頭の負担が大きいため、数を打つことが敵わない。
再度駆け抜けざまの剣戟が走るものの一手たりず魔法も躱され、茶蔵側には焦りの色が浮かび上がる。
(風向きが悪いね、こっちが消耗して陣が崩れるのが早そう。……やれるだけやってみるかな)
周囲を順繰り見回した素楽は、獣人の乗っていた馬に目星を付けて翼を広げる。
『暴れないでね』
良く調教された軍馬なのだろう、素楽が背に乗っても暴れることなくどっしりと構えている。
(わかっていた鐙が低い)
竜人と同じく獣人も体格も大きい、そんな彼らの乗る馬であれば鐙が合わないのも当然。仕方なく鐙に立つようにして騎乗し、足で馬の腹を叩くけば弾けるように駆け出す。
鱗で覆われた手で握るは小型魔導銃、馬の首に隠れるように構えたそれに魔力を注ぎながら、剣戟の渦へと猛突進する。
蹄音喧しく駆ける対象に気が付かない筈もなく、ニヤリと笑った獣人は長剣を構える。
『魔法師風情が前線に出るとはなァ!!』
ニーグルランド言葉を叫び振るわれた一撃を、馬上から落ちる手前のような体勢で回避した素楽は、すれ違いざまに引き金を引く。
獅子のような獣人は勘がいいのか、それとも素楽の目論見を読んだのか。間一髪、とはいかず拡散した魔法弾のいくつかを身に受け、鎧の一部が破損し腕からは出血も見える。
体内で熱せられた吐息を吐き出し、小型魔導銃を腰に仕舞えば佩いた剣を抜き構える。
互いに回頭し向き合えば、獣人は馬脚を止め大声で哄笑を始めた。
『はっはっはっ!オレに傷を付けるとは魔法師ながら天晴。小さき竜の騎士よ、名乗ることを許そう!』
彩鱗言葉ならしもニーグルランドの言葉など微塵も理解できるはずのない素楽は、勢いのまま斬りつける。キンッと音を立てたのだが騎兵二人を相手取って尚も余裕のあった猛者だ、片手でさえも防ぎきっていた。
『言葉は好まぬか!はっはっは、それも良い、故に一方的に名乗らせてもらおう!俺はケネス・ブラックウェル、いずれその首貰い受けるぞ!』
一方的に名乗りを上げたケネスは、小さな笛を吹きながら逃げ去っていった。
調教がよくされているからか、後を追おうとする馬の手綱を引いて押さえつけ、逃げ去る獣人を背を見送る。終わった戦闘に安堵の息を吐き出し、鞍に腰を下ろした素楽は馬を常歩かせるのであった。
―――
顔を青くした奈那子が素楽に走り寄る。見るからに不安そうな表情で。
「素楽様っ大丈夫スか!怪我とかないッス?!」
「だいじょーぶ、あたらない」
馬から飛び降りてクルリと一回りしては無傷を示す。
「はぁぁ、良かった…。あんな事するなんて聞いてないですよ!…その…人をこ、殺したんですけど、気持ち悪くなったり気が滅入ったりとかないですか?」
「うん。たたかい、いっかいめ、ちがう」
「そ、そうですか。なにかあったら、あたしでも誰にでも相談してください、絶対に」
「わかった」
初陣の後にも心配されたことがあったが、人を殺めた人は心を病むことがある。彼女はそれを心配しているのだろう。
「奈那子、だいじょうぶ。たたかい、おわった」
どこか恐怖心の抜けない奈那子の手を握り、素楽は微笑みかける。ギュッと握り返されるので、もう片手で手の甲を撫でながら、だいじょうぶだいじょうぶ、と呟いて落ち着かせる。
「そう、ッスよね。あたし、その、戦いとか苦手で、いやはや申し訳ないッス」
「いいよ。あたま、さげて」
「こうッス?」
身長差があるので少々無理のある体勢になってしまうが、不安気な彼女の頭をそっと抱き寄せては、燃えるような赤髪を撫でる。
「……その、恥ずかしいんスけど…ありがとうございます、素楽様」
顔まで赤くなった奈那子は、魔導銃についてあれやこれやと尋ねたい晴子が突撃してくるまで頭を抱かれていた。
―――
予定を大きく遅れてしまったために、野営となった王弟一行は冷え込む春の夜に火を囲む。
「ケネス・ブラックウェル、ですか?そらあニーグルランドの黒獅子ですよ。……?つーことは香月の嬢ちゃんは、黒獅子の配下二人を討ち取ったうえに追っ払ってことで?」
「そうなってしまうね」
ニーグルランドの黒獅子ケネス・ブラックウェル、数年前から勇名轟く若き英雄。四方八方へ戦火を広げ領地を拡大するニーグルランドで、異彩を放っている一人。彼の国では知らぬものは居ないという程だ。
「うへぇ、よくもまあ中央含め茶蔵に死人が出ませんでしたね。祖たる龍が導きの白烏を生まれ変わらせてくれたんじゃないかって、本気で思い始めそうでさ」
「…殿下、お耳に入れたい情報が」
何気ない風を装った直之が、すっと翔吾に寄る。
「口を割ったのかい」
「はい。やはり目的は殿下だったようで、バロウズの指示とのことです」
「バロウズか、ウチとの国境沿いに領地を持つ貴族だね。多面戦争に限界が来てて、彩鱗からの攻撃を防ぐのが目的かな。いや、そんな保守的な相手とは思えないから、侵略の足掛かりにでもするつもりだったか。…もしかすると中央に行くのには時間がかかるかもしれないね」
眉を曇らせた彼は肩を竦める。
「とりあえずは筒路で話を聞いてから同行を決めようか。手土産も持たずに中央にもどれば、宰相殿に啄かれかねないからね」
大きな貧乏くじを引いたのではないかと、各々はため息を吐き出す。
―――
(作戦は失敗したが已む無し、元々気にも食わなんだ。王の子ならばともかく王弟なんぞ拐った所で、見捨てられるのが関の山だろうに)
動ける兵だけを引き連れたケネスは、作戦が失敗し部下を失ったのにも関わらず、楽しげに笑みを浮かべる。
(見たことない種類の竜人だったが、ありゃあいいな。俺を押し返したってのもいいが、戦う者の眼をしてやがった。次に剣を交えるのが楽しみでしょうがないな)
夜闇を駆けるニーグルランドの兵へと振り向いては、ため息を吐き出す。
(然しまあ、嵌めるつもりが綺麗に潰されたな。上をデカい鳥が飛んでたっていうのは、あの白竜人と考えるしかねぇか、一瞬だけ翼みたいなものも見えたしな。…あの二人と馬を失ったのは大きすぎるな、瞬殺されるとは誰も思わねぇわ)
遺体の回収すら行えなかった事を悔やむが、覆水は盆に返ることなどありもせず。
(俺は大人しく帰って親父殿に叱られっかな。後のことは老いた獣が好きにやってくれや)
第二編五話はここまでです。
追記 氷菓の美味しい日でした。




