五話①
白樺の花が垂れる春の頃。所々に雪の残る白臼山で一人の翼人が、防寒の魔石に魔力を注ぎながら翡翠色の石門へと向かう。
小柄な翼人で雪のように白い髪に、陽光を映すような煌めく橙色の瞳をした愛らしい娘だ。
名前は香月素楽。昨夏に彩鱗国茶蔵領に迷い込んできた妖禽種の翼人で、冬に大病を患い命の危機に瀕していた。運良く回復し再び大空を舞い、白臼山へと訪れることが出来たのだ。
然しながら魔眼症という病の後遺症で、瞳の色は金色から橙色へ、眼に力を込めると朱色へと変化するようになってしまった。魔眼症は瞳に魔力が溜まってしまい刺激に対して過剰反応する症状、というのが魔法部の見解であり、瞳の色が変わる現象は目が魔眼症の状態を記憶してしまったことに由来するのではないかとのこと。
(やっぱ誰も来てないねー。待つのは完全に潮時、あの日記にも大した情報はなかったし、とりあえずは八方塞がりかな。ここで帰れちゃっても皆に恩返しできないし、それはそれで困るんだけど。…そうだ魔眼っていうの試してみようか、使いすぎは眼に良くないって言ってけども、慣らしは必要とも言ってたし)
石門に手をかざしながら、素楽は眼を眇める。煌めく橙色の瞳は翼と同じ朱色に染まり、視界に石門の内を流れる魔力を捉えた。
魔力視と呼ばれる魔力そのものや流れを視る事ができる後遺症だ。大体の人は視ることはなくとも魔力を感じることができるため、必要とされるような力ではないのだが、自身の魔力を感じることすら出来ない鈍感な素楽からすれば非常に重宝するものだ。
(下に流れていってる…?うっ)
慣れないのか瞳にどっと疲労感が押し寄せたようで、眼の力を緩めては瞳の色を戻す。
(石門の下に何かがあるのかなー。…次に来る時は地面を掘れる物を持ってこよう、忘れないように書き記しとかないとね)
新たな発見に小さく喜び、紙束に書き記していく。
(よしっ、今日はこれくらいにして、さっさと帰らないとっ。ようやく部屋から出してもらえたんだし、遅くなれば心配もするよね)
大病を患った影響というのだろうか、周囲の人々が軒並み過保護になってしまい、冬の間と春先は半ば軟禁状態であった。
納得がいかない、という訳ではなかった素楽は甘んじで受け入れていたのだが、体を動かせない状態は欲求不満になるもので、病み上がり早々に白臼山まで飛んできたのである。だが季節一つも寝台にいれば体力も落ちており、大空の移動にも相応の苦労をしていた。
これといって荷物もなかったため、即座に朱い翼を広げて素楽は飛び立っていった。
―――
『うーさぶさぶ』
春に半袖では寒かろうが、腕部が布で覆われていると翼を出せないのだから仕方がないというもの。
城に降り立った素楽は、防寒の魔石に魔力を注ごうとするのだが、パキリと音を立てて砕け散ってしまう。魔石は永久に使用できるものではない、特に魔力の扱いに難のある者は消耗も激しい。
(あー、もうダメかー。こっちでも魔石の加工を出来るようにしたいし、ちょっと魔法部に寄ってみようかな。とりあえず寒いし上着取ってこよ)
降り立った直後ではあるが、再度翼を広げて城の私室へと向かう。張り出した広縁、その手すりに飛び乗り窓を開けて部屋へと入る。
衣装棚から手頃な上着を探していれば部屋の扉が開き、燃えるような赤髪の竜人女性が現れる。
「やっぱ素楽様ッスか、なんで態々窓から入ってきたんス?」
この春、正式に素楽の専属となった奈那子が呆れた表情で問う。
「ませきダメになった、さむい」
「そりゃま半袖ッスからね、あたしが見繕うんで待ってて欲しいッス」
「ありがとー」
「どういたしまして。厚手ッスけど、これくらいが丁度いいんじゃないんスかね」
真冬に着るような外套を引っ張り出して、手際よく素楽へと着せる。外套でスッポリと覆われてしまえば、見えるのは頭と鳥のような足のみで、やはり梟か人鳥のように見えるのであった。
「まほうぶ、いく」
「魔法部ッスか?珍しいッスね」
「ませきほしい。おかねとこうかんしたい」
「それなら魔法部ッスね。街でも売ってはいるんスけど、時間が時間スからね、研究バカからむしり取ってやりましょ」
「奈那子は、晴子となかいい?」
楽しそうに語る姿をみて、素楽が疑問を投げかける。よくよくお互いに憎まれ口を叩いたりしているものの、嫌っている様子は見られないから、良い機会だと問うてみた。
「勘弁して欲しいッスよ。幼馴染みたいなもんなんで腐れ縁ではあるんスけど、仲がいいなんて言われたら鳥肌がたつッス」
おえー、と舌を出しては、どこがどう反りが合わないかを説明するが、嫌いと明言しない事から仲が悪いわけではないのだろう。
「あー、でもいざという時はアレを頼ってほしいッス。本当にどうしようもない時ッスけどね」
「りょーかい」
―――
「やぁ、素楽さん魔法部に用事かね?あぁ、ちょっと待っていてくれ煙を消すから」
噂をすればなんとやら、魔法部の外では晴子が煙をふかしていた。コツンと煙管の吸い殻を灰吹へと落とし、慣れた手付きで手入れをしている。
「では改めて、ごきげんよう素楽さん」
「ごきげんよう、晴子さん」
「それで今回はどんなご用で?」
略式の礼をした晴子は早速とばかりに本題へ切り込む。肩肘張った世間話をする気はないのだろう。
「ませきほしいです。おかね、しごとでもらった。こうかんしたい」
銭入れから取り出して見せれば、彩鱗で使用されている硬貨が詰まっている。
「購入するのは構わないけど使用用途、使い道を教えてくれるかな?」
「ませきまほう、つくる」
砕け散った防寒の魔石を取り出せば、晴子は興味津々な様子で観察する。
「ほほう、魔石魔法は素楽さんも作ることが出来ると!ならばどうでしょう、製法や知識と交換というのは」
「どうぐない、できないことある。あと、ませきのかち、しりたい。こうかんは、しっかりするです」
「なるほど、それもそうだね。不当に毟り取ったとあれば、後が怖いからね!ははは」
現状、素楽は貨幣の価値がわからないため奈那子立ち会いの許で、相場より少し安い価格の魔石と使えそうな道具類を譲ってもらうことになった。
「ところで、この魔石にはどんな魔法が詰まっていたのかね?」
「さむくないまほう、あたたかくとべる。…これは、ひかる。くらいところあるく」
光石に魔力を注いで天面を撫でれば、光を放ってみせる。
「……ふむ、やはり詠唱を必要としないのは便利に見える。然し魔法を使うのに態々魔石を使うのは、費用対効果的にはイマイチな気がするな。どれくらい使ったら、砕けるのかね?」
「ませきでちがう」
「ふむ。その道具類でこれらは再現できるのかい?必要のないものが有るようにも見えるのだけど」
ノミや石頭鎚などの石工彫刻に使える道具は、文字や模様の彫り込まれた魔石を見ればわかる。然し、乳鉢や乳棒、筆といったものとはどうにも結びつかないようだ。
「奈那子、じかんある?」
「今日はなんの予定もないんで、夕餉までの時一つくらい時間あるッス」
「ありがと。晴子さん、みせる」
「良いのかい?私は非常に嬉しいのだけど」
「おおきなこと、できない」
小さく使い道のないクズ魔石を乳鉢に放り込んで、乳棒で粉砕し擂り潰す。なるべく粒を細かくするように入念に。
納得のいく粉末になったなら、次は膠と水を混ぜれば魔石で作られた岩絵具の完成となる。
魔石そのものを使う以前の古風な手法で、幼い頃に兄の徹と行った実験の再現である。固着剤には別物を使用していたが、彩鱗には存在しないようで、膠で代用することになった。
量を作っている訳ではないので、極簡単な魔法式を組み立ててから紙に陣を描く。桧井言葉と記号の数々を組み合わせて完成した。
素楽が魔力の操作を行えるのであれば、こんな手間をかけなくとも指に魔力を集めて紙をなぞるだけで十分なのだが、残念ながら魔力を操ることには長けていない。
(徹兄ちゃんが言ってたっけなー。平面陣は非効率の極みだって)
完成した陣は、そこそこに大きくなってしまった。絵具の量が限々であったほどに。
同じだけの陣を魔石に彫り込む場合は、もっと小さく纏まるので、非効率の極み、というのは間違っていないだろう。
「つかう、みる」
いつの間にか集まっていた魔法師たちにも見えるように場所を移し、魔法陣へと魔力を注ぐとコロコロと親指程の大きさをした金属塊が現れる。
『あれ?なんか思ったのと違う。なんだろうこれ』
拾い上げて確認すれば、燻んだ金色の金属。この結果に素楽は首を傾げる。
本来であれば石の鏃が現れる筈だった、成形の練習として行われる初歩的な式なので、間違えるような内容ではない。故に首を傾げる。材質も形状も違うのだから、当然といえば当然。
「これ金ッスか!?アレだけのクズ魔石が金になるなら大金持ちッスよ!」
この一言で魔法師らが湧き上がる。魔石と金では月と鼈、正真正銘の錬金術になる。
「きん?…きん、わかるいし、ある?」
「あー…なんだったか。えーと…そう、試金石か。財部には有ると思うから誰か走ってくれ」
わいわいと盛り上がる周囲を傍目に、素楽は金属塊を観察していく。
(石を作ろうとしただけなんだけどなー。なんでこんな金属が出来たんだろう?ただ金色の石なのかな、ちょっと割ってみよ)
石頭鎚でカンカンと叩いてみれば、それなりに硬い。
「案外に硬いようだね、どれ私にも見せてもらっていいかな?」
「どうぞ」
一度観察した晴子は、石頭鎚で叩き硬さを確かめる。
「なにやってるんスか!割れたらどうするんス!」
金属なのだから割れた所で鋳溶かせばいいだけなのだが、気が動転しているのだろう奈那子はかっかする。
「硬さ的に金ではないと思うのだけどね…」
金属なんて全部硬いッス!と激怒した彼女の怒りは試金石が届き、金ではない金属、黄銅の類いではないかという結果になるまで続いたのだった。




