四話②
「茶蔵での暮らしはいかがですかな?」
「たのしいです。みんな、いいひとで、たすかります。翔吾さまは、とてもしんせつで、かんしゃある」
「ほほほ、それはなにより。冬の茶蔵は雪が降り、寒さが厳しくなります故、暖かくしてお過ごしくださいね、香月祭務長」
「はい、きをつけます。もっとさむいなる、わたしおどろいた。こきょーは、あたたかい、いちばんさむいとき、いまとおなじ、さむいです」
素楽の拙い言葉へ真摯に耳を傾ける縁人は、ニコニコと楽しそうである。親戚の幼子を相手にしているような様子である。
「ほほう、それはそれは暖かな土地ですね。私め寒いところは苦手故、そういった場所には憧れますなぁ」
(やはり故郷へ帰ることができないのは、寂しいのでしょうね。表情は隠していますが…)
手練の貴族と褒めるべきだろうか。出していない表情すら読み取る手管は流石というもの。
「縁人さまのこきょーは、なにです?」
「私めは生まれも育ちも王都にあります。賑やかすぎるところが玉に瑕ですが、国一の都なので訪れる価値は、大いにありますよ」
などと歓談をし、客員祭務長の地位に就いた祝を受け取っていれば、一息もつきたくなるもの。素楽は外の空気を浴びてくると会場を離れる。
庭園の見える長椅子。雨天の時にはゆったりと過ごす定番の場所へ向かうと、見慣れた人影が。
「翔吾さま、こんにちは」
「ん?こんにちは。素楽もぬけてきたのかい?」
「はい、きゅうけいです。はなすの、まだたいへん」
「おつかれさま、ゆっくりやすむといいよ」
隣にちょこんと腰を掛けて庭園を眺める。
「…よかったのかい。かたちだけとはいえ、さいむちょうについてしまって。さきにもいったけど、ことわることができたのだよ?」
「だいじょうぶです。あやこけ、ぼうけんしゃない、ききました。だから、できるしごと、たすかります」
彩鱗には冒険者という、組織的ななんでも屋の自由業は存在しない。松野冒険者組合も城から一部の仕事が依頼として下りてきているため、上手くいっているところがあった。事実、半ば買収する前は潰れかけていたのだから。
そして魔物が少ない土地柄というのも関係しているのだろう。迷界の発見が遅れ、侵攻でも発生しない限りは人を襲うような魔物は。そうそう見ることがない。みかければ大騒ぎだ。
精々が屋住みのような尻尾が二本生えていたり、やや異形の動物程度。軍備縮小でもされない限りは、そうそう防衛に困ることもない。事実、街に大きな防壁などもないのだから。
そんな訳で、やや仕事中毒気味だった素楽は大層な肩書と仕事を得て、溌剌としている。休む間もなく松野を飛び回っていた翼人だ、勉強と祭事くらいは余裕であろう。
「あぁ、なんでもやのような、しごとをしていたのだったね」
「はい、たのしいでした。あと、『領主』の…翔吾さまのようなひとの、『側近』…?あっ、直之さまにちかい、しごとも」
「…せいむのほさを?ずいぶんといそがしそうな、せいかつをしていたのだね」
休職中とはいえ、とんでもない二足の草鞋を履いていたことになる。
「すこしです。ちちが、せいむのほさ、てつだいです」
(とんでもないことをこうもさらっと…。『リョウシュ』というのは私のような役職、政務を生業とするものだろう。それの補佐を手伝っていた、と。『ボウケンシャ』というのも情報収集を行う職務か?はぁ、こんな娘を手元になどおける訳ないだろうに…)
金の瞳を覗き込めば、コテンと愛らしく首を傾げる。
(…というか、素楽はいくつなのだろうか。手伝いとはいえ政務を行えるだけの実力に、市井ではなんでも屋をしている…?もしかして成人しているのか?この見た目で?)
竜人の背丈は大きく、素楽の背格好から年齢を推測すると十歳かそこらになる。よくて十三歳といったところだろう。故にそれ相応の対応をしていたが、季節一つ分経過して根底が崩れ始めたのだ。
辿々しい言葉が後押しをしていたというものあるが。
(…?さっきから考え込んでいるし、一人の時もどこか心あらずって感じだったなー。なにか心労でも抱えてるのかな)
「おつかれですか、翔吾さま?やすむだいじ、ひざ、つかうです」
笑みを浮かべる素楽は、ポンポンと自身の腿を叩きながら小さく手招きをしている。膝枕をしようということらしい。
「なっ!流石にそれは」
「やすむだいじ、です」
「わ、わかった。わかったから、急かさないでくれるかい」
善意を盾に押し切られる形になって、やや紅潮した翔吾は大人しく素楽の腿に頭を乗せる。ふんわりと甘い香りが鼻孔を擽り、そっと顔を逸らす。
「おもくないかい?」
「だいじょうぶです。…~♪」
鼻歌を奏でながら髪を撫でる素楽、その膝の上で翔吾はすぅすぅと寝息を立てるのであった。
目を覚ました後、盛大に身悶えるのだが、それはまだ少し先のこと。
―――
そんな現場を目撃した人影が一人。
「お婆様、お婆様、大変ですよ!」
「スッススッス言ってなくても煩いね…」
「凄い光景だったんスよ!庭園の、素楽様が気に入ってる長椅子あるじゃないですか、あそこで殿下と素楽様がすっごい良い雰囲気だったんス!こう膝枕なんかして」
手足をバタバタと動きすら煩い奈那子である。
「そりゃまぁ、あのくらいの歳なら甘えたくもなるだろうに」
「そうじゃないんスよ!逆ッス逆、素楽様が殿下に膝を貸してたんス」
その場にいた使用人らが色めき立つ。絵に描いたよいうな身分差、年齢差の色恋噺は彼女らの大好物であり、我が事のように頬を染めて身を捩っている。
「いいかいあんたら、今聞いたことの口外は厳禁だよ。首を飛ばされたくなけりゃ、口に蓋をしとんくだ。いいね?」
ピシャリとともえが言い放った言葉に場は静まり返る。今までそんな浮いた話のなかった二人だ、奈那子が見間違えや勘違いをした可能性を捨てきれないからだ。
変に尾鰭背鰭に胸鰭までついて噂が広まってからでは遅い。
「さて、それじゃそろそろ休憩にするから、あんたらはしっかりと仕事をするんだよ」
「「………」」
―――
完成した地図を広げて、自慢気な表情を浮かべるのは素楽。それなりに時間が掛かっただけの代物が卓上にある。
細かな測量を行った地図ではないものの、上空からの観察と降り立っての現地調査の賜物は、手付かずの大地を解き明かす一片となっていた。
「いけるおもうところ、こことここ、ここ」
現状は白臼山を登るための道など存在しないため、どれも調査隊が切り拓く必要があるのだが、比較的に可能な場所を三箇所示す。
「どれも大きく迂回が必要なのですね」
地図を見て唸る一人は八間川重忠、興味深そうに、皿を舐めるように観察している。
「ここ、ここまで、わたしあるけない。いしのかべ、おおい」
「なるほど、ではこちらに進む場合は、どのような地形なのですかね?」
一番短い距離を指し示すは菅佐原直之。
「ヤバいところ」
「「…ヤバい?」」
素楽を除く全員が言葉を重ねる。この場にいるのは、先の二人に加えて翔吾と敏春、茶蔵の兵を束ねる兵士長だ。
「?たいへんなところ、おおい。那奈子、ヤバいって」
手元の資料にも「ヤバいところ」という覚書が見られる。
たどたどしいのは相変わらずではあるが、理解できる言葉が増えたため聴き取る能力が向上し、時折変な言葉を覚えるようになってしまっていた。
その最たる存在が那奈子ということもあって、妙ちくりんな話し方になることがある。その度にともえが注意、訂正し元凶には雷が落ちる。
様々な変化を内包した過渡期にある故に、仕方ない部分もあるのだろうが老年侍女の苦労が窺い知れる。
「素楽、ヤバいは、おおやけのばしょで、つかってはいけないよ」
「わかりました」
「このなかでいちばん、あんぜんはどれかな?」
「ここ、とおくあるく。たいらのところおおい、しらうすやまにはいれるところ、あるです」
遠回りな道筋、白臼山と周辺の山々を迂回し、隣の領地ギリギリまで進んだ後に山を登るとのこと。
「筒路領に大分近寄ることになるか」
「筒路ってなら親父と兄貴に話を通せば、なんとかなりそうですね」
白臼山にほど近い隣領は、筒路領と呼ばれる杵島家が治めている土地である。
杵島の祖は戦で功を上げた武人である。その戦功から男爵位勲章を授かり、領地を任されることになったのだ。それから何代も土地を守り、管理し続けている覚えめでたい貴族だ。
会ってみれば気のいい一族なのだが、少数とはいえ軍を動かすのだから伺い立ては必要というもの。特に忠臣といっても過言ではない相手だからこそ、礼儀を欠いては失うものも多い。
「ふむ、中央に向かう序にでも話を通しておこうか。久しく会っていないが、元気にしているかい?」
「ええ、親父と兄貴がしょぼくれるのは、お袋から酷く叱られた時だけですから。茶蔵に飛ばされたなんて手紙をだしたら、笑いながら書いたのかミミズの這ったような返事が帰ってきましたよ」
「らしいな。それじゃあ、来年の夏頃にでも調査隊を出すとしようか。素楽、ありがとう、たすかったよ」
「ちからになる、わたしもうれしい、です」
成果物が褒められたのが嬉しいようで、パッと笑顔の花を咲かせる。
「然し白臼山はこんな風になっていたなんてね。まえにかいた、おおきないきものは、どこにいるんだい?」
「ここ、みずのなか」
「ふむ、きしからははなれているんだね。ふねでもあればわたしもみれるかな」
「きっと」
「それはたのしみだ」
王弟は未知の生物へと思いを馳せる。私室に飾られた素楽の絵は、彼のお気に入りなのだから。




