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そらの飛ぶお仕事  作者: 野干かん
第二編 常の磐は。
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四話①

 勉強と祭事部の仕事の合間に白臼山周辺地図の制作を進めて、それなりの時間が経った。


 しとしとと雨を降らせていた雨雲の一団は、何処かへと消えさり秋日和の気持ちい日である。すっかりと気温が下がり肌寒さを感じるようになったので、冬へと向けて衣が変わる季節でもある。

 一年の大半を丈の短い衣服で過ごしていた白髪金眼の翼人も、まるで真冬だと丈の長い衣服へと切り替わってる。然しながら腕を衣で覆うと、翼が出せないため飛行する場合には袖の短い物を着用し、防寒の魔石を使っている。


 紙擦れと筆で線を引く音に、目を向ければ素楽そらは大判の紙へと白臼山と周辺を書き込んでいる。あの後、もう一度出向き細かな確認を行っていた。

 こういった作業をしている彼女は、どこか活き活きとしているように見える。松野でも実地調査を行い、自分用の本を一冊認めているのだから、当然といえば当然。


 コンコンと響く扉。外からは素楽の世話を担当している奈那子ななこの声。


「素楽様ー、祭事の仕事ある日なんで、お召し替えの時間ッスよ」

「わかった。すこしまつ」

 はいはい、と相槌を打った奈那子は部屋の長椅子に腰掛け、作業中の素楽を眺めている。ここ数日はこんな調子のため、早めに訪れては長椅子で怠けている。


「よしっ。いいよ奈那子」

「そんじゃ行くッスか。ところであの地図は、いつ完成するんス?」


「あとすこし」

「ああいうの作るの、好きなんスか?」

「すき、たのしい」


「勉強もですし、あたしにはわかんないッスね」

「奈那子、なにすき」

「あたしッスか。うーん…。美味しい食事をしている時ッスかね」

「いいね、おいしいしょくじ、すき」

 なにが美味しいやら、つまみ食いで怒られた話やら、他愛もない話をしながら城内を行く。


―――


 既に何度も召し替えている事もあって、すんなりと礼装に袖を通すことが出来る。角飾りは素楽に限り不要という取り決めがなされた。


 これは中央祭事部で協議が行われた結果とのこと。角の折れた、もしくは無い竜人は付け角を行うのだが、竜人ではなく白烏によく似た種族であるために、態々着用する必要はないという決定なのだと。

 礼装も急拵えではなく専用の物が用意されている。他の礼装よりも鳥の意匠が多くなっており長い袖は翼を、裳裾すかーとは尾羽を模している。


「心配はないと思うけども、中央から祭務司の一人が来ることになっているから、失礼のないようにね。向こうさんも素楽様が言葉に不慣れなことは知っているだろうし」

「さいむし、なんですか?ともえ」


「中央祭事部のお偉いさんだね、祭務官の上に祭務長がいて、その上が祭務司さ。更に上にいるのが祭務司長だよ」

「わかりました。ありがとうございます」


「態々来るなんてすごいッスね、誰が来るんスか?」

三馬さんまの若造だね、あんたは口を開くんじゃないよ。睨まれかねないからね」

「そうしとくッス。にしても三馬祭務司ってもう若造って年じゃなくないッスか」

「婆からしたら若造だよ」

 そんなやり取りをしていると、ともえが素楽の耳元に口を寄せる。


(気難しい相手じゃないが、機嫌を損ねないようにね。侮辱でもしない限りはある程度許されるけども、自分の羽を傷つけるようなことは無しだよ)

(わかりました。ほか、きをつけることしりたい)

(いつも通りの素楽様ならば大丈夫だよ。…あと、利用するようで悪いけども、翔吾坊のことを良く言ってくれると助かるよ)


(翔吾さまのこと?)

(あぁ、坊は何かと立ち位置が危うい方でね。お世話になってます、とでも言ってしてくれるだけでも、十分に助かるのさ。この婆からの頼みと思って、聞いてくれると助かるんだがね)


(わかりました。わたし、翔吾さまのことよくおもってる、ちからになる)

 ヒソヒソとした密談を終えて、何事もなかったかのように居住まいを正す。


 衣食住に加えて、言葉の勉強と身の回りの世話まで何一つ不自由ない生活を提供してもらっている。ならば、力になれることであれば協力しようと考える。祭事部の仕事もその一環だ。


(危うい立ち位置っていうのはよくわからないけど、王族なら色々あるんだろうなー。政争とかって血腥いってよく聞くし)

 勉強の過程で翔吾が王族ということを、素楽は教えてもらっていた。その際に態度を改めたほうが良いかと伺ったのだが、公的な場所でなければ今までのまま良いとのことだった。

 礼装用の足飾り(靴もどき)の靴紐を結べば準備は完了である。


「それじゃ、向かうとするかね」


―――


 ともえと奈那子を連れ添い、茶蔵城の一角へと足を運ぶ。


 今回、築屋の式を行うのは城内に新設される別館とのこと。既存の別館が手狭なことと、老朽化によって危険な場所が散見されるのが理由だ。

 …というのは建前で、中央から祭務司が素楽の視察に来るために、急遽新設の話を立ち上げたのだ。祭務司なんていう祭事中枢の一人が足を運ぶのだから、相応しい会場が必要となる。


 茶蔵の財源は火の車などというわけでもないので、補修費用の嵩んでいた別館を建て直そうという話になった。

 祭務司も同じで祭事の手伝いをする女の子を見に来ました、などと言うことは出来ないため、あくまで茶蔵祭事部による築屋の式を視察という建前を用意している。


 会場に到着すれば茶蔵の祭務官が勢揃いし、表情から緊張の色を見て取れる。機嫌を損ねれば一声で解雇されかねないのだから、当然ともいえよう。


「おやおや、これは愛らしい白烏の身代みかわりですね。ご紹介をいただけますかな、翔吾しょうご王子殿下」

 ほほほ、と上品に笑みを浮かべるのは、ふっくらとした蛙を彷彿とさせる壮年の竜人男性。どことなく愛嬌のある人相だ。


「素楽、おいで」


「はい」


「こちらは中央祭事部の司、三馬さんま縁人よりひと殿だ。謹厳実直な、心が深く誠実な方でね、直向きに職務を熟す姿勢を評価され祭務司にまで昇られた方なんだよ」

 所謂外向きの話し方をされると、なかなかに理解に苦しむもので何度か脳内で反芻はんすうし飲み込んでいく。


「この娘は香月素楽、私の庇護下にある祭事手伝いだ。外つ国の出ということもあり些か言葉に不慣れなのだが、白烏の身代りとしての職務を真摯に行っている」


「なるほどなるほど、外つ国から。導きの白烏も遠方からやってきたとも言われていますからね、なにも不思議では有りませぬな、ほほほ。紹介に預かりました三馬縁人と申します。祭務司などという大層な立場を戴いておりますが国教の一信徒にすぎませぬ、故こうして国父の知友を模した様な、白く美しい貴女と出会えたことは僥倖と言えますな。…これは失礼しました、言葉に不慣れでしたね。私め興奮のあまり独りで話してしまい、恥ずかしい限りですな、ほほほ。こうして出会えたこと、嬉しく思いますよ、香月素楽さん」

 饒舌をふるった縁人は紅潮した頬を手巾で拭っている。


「しょうかいに、あずかりました香月素楽です。ことばは、べんきょうするなかで、なれないです。わたしもサンマヨリヒトさまに、あえたこと、うれしくおもうです」

「おお、お上手ですよ」

 小さく拍手をしながら楽しそうにしている。なんとも憎めない人だ。


「では築屋の式に移るとしようか。祭務長、任せるよ」

 やや緊張した面持ちの祭務長がテキパキと指示を飛ばす。


 始まる頃には城仕えらも見物に来ており、素楽の経験する式の中では一番の盛り上がりとなっていた。

 とはいえ騎射会ですら緊張とは無縁だったため、落ち着いた心持ちで嘴磨はしがきを建築予定地に突き刺し、何事もなく終えるのであった。


「これはこれは、既に幾度か築屋の式を行っていると伺いましたが、これほどの衆人環視でも動じず綺麗に事を運べるのは、天の才と言えましょうな。法元祭務司長へは良い報告ができそうです」

「それはなにより、ならば…」

「えぇえぇ、構いませぬ。我々としても香月素楽さんと知友で有りたいと思っていますので、ほほほ。…ならばこそ、翔吾王子殿下には彼女を大事に扱っていただきたい、祭事も尽力いたしますが限度というものがあります。ここ最近は中央でも不穏な動きが見受けられます故」


「貴方の身を案じる、とある御方からのものです。最近は忙しくされておりますよ」

 堂々とした態度で一封の書状を渡される。送り主のない真っ白な書状だ。

「そうか。温かな時に還す物がある、と伝えてくれると助かるのだが」

 縁人は視線も合わせずに首肯する。


―――


 祭事部を中心とした午餐ごさん会。


 主賓は祭務司の三馬縁人と、客員祭務長に任じられた素楽だ。甚く感銘を受けたという体で任命したのだが、これは予定にはなかったことのようで、様々な画策をしていた翔吾も表情を引きらせていた。

 お手伝いさんから長への大出世であるが権力自体は持っておらず、あくまでお飾りの祭務長となる。仕事も今までと変わることがなく、築屋の式に呼ばれては枝を差す簡単なお仕事だ。


「ほほほ、そう睨まないで下さい、別に引き抜こうなどとは画策していませぬ。中央にお越しの際に、こちらのお仕事にも手を貸してもらいたいだけですよ」

「事前に何か伝えてほしかったのだよ」

「これはこれは失礼しました」

 悪びれた風の楽しげに笑っている。


「然し、随分とご執心のようで。何れは隣に据えられるのですかな?私めは祝福いたしますが、異を唱えるものは多くいましょう」

「………」


「おやおや、逆鱗に触れてしまいましたか。今でこそアレらの感心は他所へ向いていますが、彼女を近くに置くのであれば再び起こらないとは言いかねます。下手に距離を置くよりも懐に入れてしまうほうが安全ではないでしょうか。…お節介とは私めも思いますが、お心に置いていただけえば幸いです、ほほほ」

 主賓がいつまでも同じ人と会話をしている訳にもいかないので、縁人はニコニコと笑みを振りまきながら翔吾の元を去る。


(…はぁ、少し頭を冷やすか)

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