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そらの飛ぶお仕事  作者: 野干かん
第二編 常の磐は。
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三話④終

 朝早く、日が出てしばらくもしない間に素楽は目を覚ます。早寝早起きは彼女の美徳。


 朝を知らせる使用人よりも早いのだから、手のかからないお客さんだ。身支度はともえ達が行うため、彼女らが来るまでは勉強や子供向けの本を読んだり、時々城内を散歩、運動がてら軽く飛び回っていたりしている。


 本日は勉強の休日。雨季で潰れてしまった白臼山周辺の調査を行おうと張り切っている。窓から外を覗けば久々の快晴、飛ぶにはよろしい日であろう。


 周囲には事前に伝えてあるため、自身で身支度を終えて食堂に寄り、朝餉あさげを済ませてから弁当を受け取る。


「ありがとうございます、ちょうしょくおいしかったです」

「どういたしまして、気をつけて遊ぶんですよ」

「はーい」

 料理番は笑みを浮かべながら走り去る素楽を見届ける。彼女の元気な様子に今日も一日頑張るぞ、内心活を入れて繁忙の時へと備えるのだ。


「奈那子、おはよう」

「…おはよッス。いつもながら元気スね。ふぁあ…今日はお出かけでしたっけ、気をつけるんスよ」

「はーい」

 すれ違う人と挨拶をしながら城内を行く。茶蔵の城に逗留し始めて、そう長い時間過ごしているわけではないのだが、もはや日常の一部とかしている。


 晩夏ということもあって、早朝は涼しいというよりも寒く感じ始める時期となっている。


(うはー、最近寒くなってきたねー、まだ夏なんだから驚きだよ。このままだと冬は飛び回れそうもないなー)

 防寒の魔石に魔力を注ぎ天板を撫でる。じんわりと温かな空気が集まるのを感じれば、魔石は帯革に括り付けられた革鞄に押し込まれ、素楽は翼を大きく広げる。


―――


 先ずは石門に魔力を注ぐ、これで帰れれば万々歳というもの。然しながらやはり何の変化もなく、ただただそこにあり続けるだけの石塊だ。


(やっぱり何も起きないし、誰も来てないねー。向こうはもう冬かな、徹兄ちゃんが研究を続けてる可能性はあるけど、文字がわからない以上は進行も遅いだろうし、捜索自体はそろそろ打ち切りかな)

 石門の表面に彫られた彩鱗言葉をなぞる。古語で書かれているため理解には及ばないが、時間を掛ければ読み解くに至るだろう。加えて白臼山調査の話もあるので、上手くすすめば確実な一歩を集めるような、そんな心持だ。


(翔吾様か奈那子に協力してもらえば、あの本も読めると思えるし読み始めてみるのも有りかなー。まっさかこんな早くに読めるようになるとはね、人生わかんないものだよ。…皆、あたしはこっちから頑張るから元気でね)

 再びの邂逅かいこうを願い素楽は体をひるがえす。


『よーし、そうと決まったら上空からの調査だっ!』

 勢い良く飛び上がり高度を上げ、白臼山の全景を目に焼き付ける。


 川沿いは急勾配な岩壁になっており、人が進むには難がある、いや不可能であろう。ならば迂回する必要があるのだが、周囲は山で覆われているため、どう足掻いても山越えを行う必要がある。

 そして、最たる問題は石門と家屋のある位置だろう。なんせ大湖を挟んで茶蔵とは反対の位置にあるのだから。


(途中まで川沿いに進んでから、迂回したほうがいいのかな?陸路はわからないなー…。あれこれ考えるよりも、上からみた白臼山を描き起こしたほうがいいかな?紙が足りないし、要点要点を描いておいて、城でまとめるって感じにしよ)

 何度も飛んでは降りてを繰り返し、手持ちの紙に必要な情報を書き込んでいく。なるべく多く、城に持ち帰った時に困らないように。


 大体全景の情報を書き終える頃には、日が傾き始め城へ帰る頃合いになっていた。日が短くなり始めているため、油断をすれば真っ暗になってしまう。遅くなれば心配する人もいるので急ぎ出立の準備を行う。

 帰る序に水中の不可思議な生き物が居るかと、前回に見かけた場所を旋回してみれば、あいも変わらずにのっぺりとした蜥蜴とかげもどきは沈んでいた。


―――


 翼を羽ばたかせ魔力を推進力に変え、全速力で飛翔すれば薄暗くなる直前には城へと到着する。


『ふぅー、結構いい運動になったかも』

(最近雨で動けてなかったし、いい汗かけてよかったー)

 額ににじむ汗を腕で拭い、息を整えながら城内を歩く。


「おかえりなさい、素楽ちゃん」

「ただいまです」

 少し前までは違和感のあった挨拶も慣れたものだ。


「無事帰ったんスね。おかえりなさいッス」

「ただいま、奈那子ななこ。おおきい、かみ。しろいのほしい」

「用意するのはいいんスけど、用途…何に使うか教えてもらっても?」


「しらうすやましらべた、かく」

「了解ッス、んじゃ夕食終わるまでには部屋に置いとくッスよ。他にも何か必要な物は?」

「だいじょーぶ。ありがとう奈那子」

「お安い御用ッスよ」

 ひらひらと手を振って奈那子は、素楽と反対の方向へと歩いていく。


 使用人らに連れられて湯浴みに召し替えに、と過ごしていれば夕餉ゆうげの時間へと変わっている。


 わざわざ夕餉の為に着替える必要があるのか、という話なのだが理由がある。

 晩餐会や会合などがない限りは、翔吾が素楽と顔を合わせて食事を行うからだ。王族を前に外着で出るわけにはいかない。豪奢な衣服を用意しているわけではなく、あくまで整った服装というだけだ。


「こんばんは、翔吾さま」


「こんばんは、素楽」

 常套じょうとうの挨拶は未だ話せないため、簡素で短いものを。立ち居振る舞いはともえの指導によって、どこへだしても恥ずかしくないものを。些かチグハグな様子ではあるが、成長のほどがよく知れる。


 礼儀に関して素楽は一介の貴族息女だ。重要性を心得ているため、熱心に指導を飲み込んでいた。


「きょうはしらうすやまに、いってたのかい?」

「いってたです。しらうすやまみた、えをかいて、わたすです」

「あぁ、たのんでいたことだね、すすめそうなばしょはあった?」

「わからないです。わたしとぶ、あるくわからない」


「なるほど。なら素楽のえ、たのしみにしているよ」

「はい」

 その後は歓談をしながら夕餉に舌鼓をうち、休日を終えていく。


―――


「しばらく素楽の面倒を見てもらったけど、彼女の事をどう思う」

「間違いなく貴族の子だね、湯所正しい血筋さ。坊の思ってる通り…なんだっけな、マツノってとこのお嬢様だよ、あの娘は」

 夜にともえを呼び出して素楽について問い、彼女は必要な回答をする。


 この老女は翔吾の世話役であったため、多大なる信頼を置いているため素楽を彼女の手の内に置き探らせていた。


「虫の回し者で情報を流してたり、宰相の手駒で坊を狙ってるってわけでもない。完全に迷い子だねありゃ」

「それは良かった」

「良かないよ。この婆のみたてじゃ、中流以上場合によっちゃ上澄み貴族の娘だ。マツノが何処かわかったら、政で一悶着あるのは確実じゃないか」

 大きくため息を吐き出し、眉間に皺を寄せるともえを見て、冗談でないことを悟る。


「王弟が外つ国の力を借りて王権の簒奪さんだつを、といったところか。いやそれでなくとも祭事部と素楽に縁を作っているから、何かと糾弾されかねないね。はは」

「笑ってる場合じゃないよ、まったく」


「春には一度戻り、継承権なんて過ぎたるものは返してくるよ。いざというときの替えはもう必要ないからね。ところで、素楽が良家の出だと思う決め手は?」

「そうさね、多くあるけども礼儀作法かね。素楽様は異常にその手の飲み込みが早いんだ。一芸は万芸に通ずるってのと同じで、他んところの礼儀作法を熟知してるからこそ、理解がいいんだ、婆は思ったのさ。祝勝の晩餐会の時も、食事の所作が綺麗だったりとね」

 思った以上に手がかからなかった、と肩を竦めてみせる。


「初めて会ったときには、マツノのと思える丁寧な礼をしていたから、間違ってはいないだろうね」

 やっぱりと確信するともえは更に続けた。


「後は奈那子が言ってたんだけど、世話をされることに慣れてるって点だね、言われて腑に落ちたよ。言葉が伝わってない時点ですら、わたしらの言ってることを理解できてるように体を動かしててね。多少食い違うこともあったけど、あんなん些細なものさね」

「なるほどね、なら尚の事迎えに来ないのが不思議だね」

「事故的な事か。……本人が知らないだけで追放されたか」

 政争に敗れた、というよりも戦う気のなかった翔吾は、半ば追放のような形で茶蔵へと追いやられているので、無い話ではないと考える。


「なまじ優秀だからこそ、疎まれたなんてことは十分にあり得るよ。兄弟姉妹とは仲が良くても取り巻きが動くことだって十分にあるからね、誰かさんみたいに」

「これは手厳しいね。でもさ、幽閉されているよりはマシなんだよ。彼らの耳と目が良くて助かったよ」

 どこかイタズラっ子のような笑みを浮かべる翔吾に、ともえは呆れた表情を向ける。


「なんにせよ世話は頼むよ」

「老骨に厳しい坊だね」

第二編三話終わりです。


追記 縞ホッケが美味しいです。

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