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そらの飛ぶお仕事  作者: 野干かん
第二編 常の磐は。
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三話①

 急務とも言える彩鱗あやこけ言葉を習得するべく勉強の日々、詰め込み過ぎても良くないと丸々一日の休日を貰った素楽は、弁当をこさえて飛び立つ。


 茶蔵さくらの街は松野と異なり、結界が張られていない。むしろ彩鱗全土をみても結界の魔法は存在しない。

 一生に一度はやってみたい事、というのは誰しもあるだろう。素楽そらにも存在するし、現在それが叶っている。


 茶蔵の街、その上空を白髪金眼、朱い翼の翼人が大きく一周りしたのである。早朝であったため、限られた人にしか見られることはなかったのだが、見かけた人々は口々に様々な噂をするのであった。


 人騒がせな彼女は、久瀬川をさかのぼり翡翠色の石門が鎮座する白臼山へと向かっていた。

 もしかしたら、という心もあるが、周辺の調査をしてみたいという部分もある。石門をどうこうする手がかりが掴める可能性が無きにしもあらず、といったところだろう。


 読み書きの勉強が進めば、家屋に放置されている古書にも手を出したい欲もある。


(あの本は手がかりなさそうだったし、古書も望み薄かな?)

 『廃迷界の門、その記録』は肩を竦めた翔吾しょうごによって返却された。中身の半分が日記ではしょうがない。


 砦としていた北上の村へと降りたつ。狼の群れとの戦によって大きく荒れてしまった村であるが、順々に家屋が修繕されていっている。砦のあった場所には、今でも天幕が張られ人々の仮設住宅に変わったようだ。


「おはようございますー」

「おんや、白烏の嬢ちゃんじゃねぇか。こんな朝早くにどうしたんだ?」


「…えーっと。しらうすやま、むかう、とちゅう。あいさつ、きた、です」

「おー、随分しゃべるようになったんだな。勉強出来てて偉いなぁ」

「がんばる、です」


「その意気だ。にしても白臼山か、翼ついってるってのは便利でいいな。気をつけて行くんだよ」

「…、はーい。じゃあね」

 手をブンブンと振ってから、素楽は魔力の翼を展開して飛び立っていく。


「飛ぶってのは楽しそうだなぁ」


―――


(村に人が戻ってるっ)

 こちらに来た当初、立ち寄っても無人だった村々には人影が見て取れる。彼らは迷界からの魔物侵攻により避難していたのだ。危機が去った今は、村に戻り各々が仕事に精を出しているのである。


(ならあの時のお詫びしなくちゃ、パンが知らない銅貨に変わってたら不気味だろうし)

 即断即決は美徳か。朱い翼を羽ばたかせて空路を駆る

 名前の知らない村に素楽は立つ。


「おはようございますー、はじめまして」

「おはよう…?見慣れない、獣人…の子だね。どこからきたんだい?」

 村の小母さんは首を傾げながら相手をする。


「…茶蔵、です。あのたてもの、ひと、しりたい、です」

「そりゃまた、遠くからよくだね。あの家なら孝昭の坊だね、ちょっと待ってなよ。おーい、孝昭坊お客さんだよー!」

 非常によく通る大声で件の男を呼ぶ。小母さんの向いている方からは、一人の青年が走って来ていた。


「もう坊って付けるのやめくんねえか、小母さん」

「なにいってんだい、あたしからすりゃあんたなんて、ピーピー泣いてる赤子みたいなもんだよ」

「はぁ…そんでお客さんって、この、獣人?」

 大きな括りでは翼人も獣人といえるかもしれない。


「たてものの、パンかえた、おかね。すこしまえに」

「ん?んん?」

「もじおいた。かく」

 鱗で覆われた四本指、その一本を使い地面に桧井文字を書いていく。


 文面に些細な違いこそあれど、桧井言葉で書かれた文章に、孝昭は合点がいったようでポンと拳を叩く。


「アレ嬢ちゃんだったのか!」

「ごめんなさい、おなか、すこしなった、です」

 礼を欠かないよう丁寧に頭を下げて謝罪する。


「いやいや、謝罪なんて不要だ。俺、ああいう光り物が好きでよ、他にもあったら交換しないか?」

「坊は烏の目なんだよ、金属とみりゃ瞳の色を変えるのさ」

「…ひかりもの?すき、こうかん?」

 むむむ、と首を傾げる様子に、二人もどうしたものかと悩む。


「彩鱗ことば、べんきょう、してる、いま。きく、わかる、すこし、です」

「なるほどなぁ。お金、ありがとう。言葉、覚えたら、交換しよう」

「はい、わかったです。またね」

 短い助走をした素楽は、朱い翼を羽ばたかせ夏の青空へと消えてゆく。


「うわっ、飛んでった!」


―――


 うんともすんとも言わない石門の前で、うんうんと唸るのは一人の翼人で。


 やはり今日とて誰かしらが門を通して、茶蔵へやってきた形跡はない。やってきてから暫くの期間があったため、迎えを期待するのは諦めたようだ。

 手に握るは筆と紙束。極簡単な素描を行いながら、石門の起動した時のことを思い出す。


(魔力を注いだら光を放って、気がついたらここに。…魔力の量なら、既にあの時以上注いでいるはず)

 改めて石門に手を添えて、魔力を流すもやはり変化はなく。力んだ拍子に翼が展開される始末。


(状況の違い。周囲を皆で囲んでいた。配置を思い出せるうちに書き出しちゃおう)

 周囲を囲み素描を頼んでいた。八方からの行っていたので、人数は八人。真ん中にいた素楽を含めれば九人か。


(彩鱗の魔法師みたいに、複数人で発動する魔法の可能性は…、微妙かなー。魔力が流れ出てればあたし以外は気がつけるはず。でもないとも言い切れないから、書き込んでおこうかな)

 この国の魔法は主法師を起点に助法師が補助して、大規模な魔法を発動させる。その際、杖を用いて魔力を一点に集めるのだとか。


(刻まれている文字は彩鱗言葉。魔法式かと思ったけれど、陣を使った魔法は存在しないらしいから、碑文かなにかなのかな?)

 筆を走らせながら、思考を巡らせながら、素楽は思い出すことが一つ。


(あの本には知らない文字もあった筈。後々に聞いたほうがいいねー。役に立たないかもしれないけど、何にしても知識は必要だ)

 記憶を思い起こし、目の前の石門を素描し、数多の仮説を積み上げながら時間を過ごす。


 こういった姿は香月の長子たるとおるによく似ている。


(このくらいでいいかな、あんまり長居すると戻るの遅くなっちゃうし。それじゃ次は散策かな、上空からじゃわからないこともあるからねー)

 手荷物は家屋へと置いて周辺の探索を行うと、岩陰から狸のような生き物が頭をのぞかせているところを見かける。野生動物の一種だろう。


 邪魔な草木を払いながら、足を進めた先には静かな水面の大湖が広がっている。素楽の知りうる湖とは規模感が違いすぎて、初見の時に海と言われれば飛び回るまでは信じただろう。

 白臼山に因んで白臼湖とでもいうべきだろうか。その実、この湖には名前がついていない。

 周囲を取り囲む山々が険しいことと、陸路が繋がっていないことが原因だろう。訪れたことのある人が殆ど存在しない、未開の地である。


(桟橋とか作れれば、魚釣りもできそうだなー)

 湖水で足を濡らしながら浜を歩いていると、水面に小島が浮き上がる。驚き凝視していれば、しばらくしてその小島は水に沈んでいく。


(…なにあれ?)

 好奇心を心底そそられる不可思議な現象。調べねば気分良く寝ることも敵わないだろう、そう思い立った素楽は翼を広げて湖上を飛ぶ。距離的には遠くない場所なので、まさしく一飛びだ。


 さて、水中から浮かび上がっていた小島の正体、それは水中に潜む大きな蜥蜴とかげのような生き物であった。


(わぁ、なにあれ、魔物なのかな?…でも襲いかかってくるわけでもなかったし、無害な魔物?)

 のっぺりと平たく長い体躯に、小さな手足がちょこんと生えている。頭の位置はわかるが、目が存在しないのか確認できない、まさに不可思議な生き物だ。


 全長は六間じゅうめーとる程で、湖水の深くない場所で動かずに沈んでいる。

 四半時さんじゅっぷんも停空飛翔で観察していたものの、全く動かずただただ沈んでいたのであった。


―――


「みずのなか、おおきいいきもの、いたです。これ」

 素楽が見かけた不可思議な湖の生き物を翔吾らに見せる。元が元なせいか、絵心のない童子の絵みたくなってしまったせいで、見た者は口元をおさえる羽目になってる。


「こ、これがいたのかい?なんともまぁ、かわいい生き物だね」

「水の中、にいた、と。くっ、水の中にいたということは、イモリのような生き物でしょうかね?くくっ」

 完全に笑いを漏らしているのは、政務補佐の菅佐原直之さがさはらなおゆき。翔吾よりいくらか年若く見える眼鏡を掛けた竜人の男で、晩餐会ばんさんかいの時に妻共々紹介されていた。


「味のある、とでも言うのでしょうかね。私は好みですよ」

 完全に微笑ましい物を見るお爺ちゃんと化しているのは、八間川重忠やまかわしげただで。


 馬鹿にされている訳ではないのだが、見たまま描いた結果がこれでは不服というもの。改めて確認しても、会心の出来である。


「ほんとう、これ。みた、そのまま」

「ほ、本当に、いたのですか?くくっ、いや、怒らないで下さい素楽さん。どうしても、その、面白くて。あはは」

 耐えきれなかったのか、哄笑こうしょうし始めた直之は絵から視線を外すようにして離れてゆく。


 翔吾の腹心の一人として、普段は真面目に働いている男であるのだが、笑いのツボを的確に突かれてしまったのか大爆笑しきりだ。


「直之、笑いすぎだ。しかし、しらうすやまには、素楽がとおった、いしのかども、あるのだよね?」

「あるです。へんなたてものも、ふるい、ふるくない、たてもの」


「ふむ…、古いけど古くない建物…?」

「むずかしい。ことば、たりないです」


「そうか。むちゃは、しないようにね。素楽の、どりょく、きいているから」

「むちゃ?」

「うーん…どりょく、たくさん、たおれる。わかる?」

「あー、はい。むちゃ、ないです」

 毎日、顔を合わせて会話をする時間を設けていることもあって、二人の意思疎通の幅が広がっている。茶蔵領の領主、政務官として働いているので暇などというわけはないが、温室での件から翔吾は積極的に交流を行っていた。あの夜に言葉を返せなかった後悔があるのだろう。


 素楽に寂しがるような雰囲気は、以降見られていない。故に、溜め込んでいるのではないか、という不安が残るもので。

 そんな心は露ほども知らずに、茶蔵の生活を楽しんでいるのが、白髪金眼の妖禽ようきんだった。


「今後は白臼山の調査も必要になるかもしれないね。資料庫を浚ってもらったけど、どうにも手つかずのようだ」

「そうですね。地形的なところと茶蔵の街から遠いことが原因ですかね。周辺の整備にすら手が届いていませんから」

 いつの間にか復活した直之が言葉を拾う。然し視線は絵から逸らされている。


「今までの茶蔵主がそうだったように、翼でもなければ難しいのでしょうな。我々は大湖があることすら知らなかったのですから」

「はぁ。世俗の煩わしさなんて忘れて、秘境でのんびりと休暇でも過ごしてみたいよ」

「はは、同感ですね」

 こうも普通に話されてしまうと、置いてきぼりになってしまうのが素楽である。とはいえ、言葉というのは耳で覚えるものだ、いずれは流暢に話せることを目標にしているため、聞き耳というのは立てている。


「素楽、ほかには、どんなもの、ある?しらうすやま」

「みずでるばしょ、あついみず。しゅーって、でる。ことばわからない、桧井では『温泉』、いう」

「おっ?」「おや?」「ほう」

 男三人には聞き捨てならない情報である。秘境の温泉などという、とんでもない餌を目の前に吊るされたのだ、食いつかないはずもない。なにせさっきまで、静かな場所でゆったりしたいなどと離していた最中だ。


 話を理解していなかったので、完全なる偶然であるが完璧な場面であった。


「どれくらいの、あついみず、でてる?」

「あついみず、の…。…かわ、かわある。あついすくないちがう、かわです」

「いいもの、みつけた、えらいよ」

 椅子にもたれかかった翔吾は、瞑目し秘湯に思いをせる。


「調査に少しばかり人員を割いても良いかもね、夢の広がる話だよ」

「えぇ悪くありません、老骨には好い薬となうでしょう。問題は…」

「道筋でしょうね。川をそのまま遡るのは、間違いなく無理です。あんな断崖は人の立ち行く場所ではありません」

 白臼山の山壁は人を阻むには十分な防壁と化している。


「東西どちらからかの迂回をするしかないね。素楽、つぎに、しらうすやま、いく、とき。ひとが、あしで、のぼれるばしょ、みつけてほしい。いそぐ、ちがうよ」

 よく慣れた身振り手振りと細かく区切った言葉である。


「わかったです。つぎのやすみ、はれとき、いく」

 現状、居候であるため、役に立つのならば協力は惜しまない素楽であった。


 余談、ではあるが。素楽の描いた絵を大層に気に入った翔吾は私室に飾っていた。見本となった生き物と見えることはあるのか。

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