二話③終
着替え自体は恙なく終わった。
竜人の衣服には尾を出すために、腰部が開けた作りをしている事が多く、魔力で尾羽を展開する素楽とは図らずも相性の良いものとなっている。着替えの最中に、尾羽をだしてみたところ使用人たちが驚いてしまったので、次からは気をつけようと念頭に置く。
彼女らが頭を抱えたのは脚部だ。翼人の足は鳥のような構造をしているため、趾が後ろに一本と前に三本、一本一本が長く先には大きな爪も備わっているため、合う靴というものが茶蔵には存在しない。松野にも存在してないが。
故に素楽を素足で歩かせていいのかという疑問が浮かんでしまったのだ。多種族で構成されている領地である松野では、気にするようなことではなくとも、文化の違う茶蔵では頭を抱えるには十分な事象足り得る。
素足で道を歩く、というのは奴隷のすることだという考えが残っているのだ。奴隷制度自体は廃止されているものの、恥ずかしい行いという認識がある。砦でこそ、白烏の御使いだと意識されていなかったことであるが、城で翔吾の客人として過ごす分には、何かしらの対処が必要ということだ。
最悪の場合は、王弟が白烏を奴隷としている、などと噂が立ちかねないのだ。
(足に合わせた特注の靴が必要になりますね、うまくいくといいのですが)
(これは誰も考えが及ばなかったッスね…。もしかして、卵を産んだりもするんスかね…?)
幸い翼人は胎生で、奈那子の心配するような事態は起きることはない。
悩んだ所で解決することでもないため、しばらくの間は素足のまま過ごすことになったのであった。
―――
『彩鱗の言葉には慣れぬため、桧井の言葉で失礼します。この度はお招きいただき光栄の至り。香月素楽、晩餐のお相伴させていただきます』
彩鱗の衣服で身を包んだ素楽が慇懃に礼を行う。
ともえの指導もあって夕餉の時刻までに、簡単な彩鱗式の作法を身に付けるまでに至った。慣れぬ動きにややぎこちなさがあるも、及第点といえる水準には達している。
翔吾へと向き直ると同時に、白を貴重とした平服が揺れる。髪に羽毛に服に、全体が白くあるため、金の瞳と健康的な肌色、服の刺繍がよく映えように計算されている。急拵えでここまで用意できるのだから、侍女たるともえの実力がよく分かるというもの。
「ほう…。…私も貴女を饗することが出来て光栄だ。彩鱗の伝統料理、篤と楽しんでくれ」
感嘆の声を漏らすのは翔吾。騎士服の時の素楽とは異なり、活発さやどこか気安い雰囲気というのは綺麗に消え去って、清廉で可憐な印象へと変わっているため、身を包む衣の重要さを感じていたか、それとも見惚れてでもいたか。
こちらも自由に伸びていた顎髭を綺麗に整え、清潔感のある相貌となっている。
「すくない、ここ」
顎を触りながら、素楽はつぶやく。
「ひげ、だな。ひげ。みじかく、したのだよ、ながく、なってしまったからね」
「ひげ。みじかく、ちがうが、ながく?」
この数日で翔吾も慣れているのだろう、髭を整える手振りを交えながら、素楽に言葉を教える。
「いいね、すき。みじかく、きれい、ひげ」
「そうか、ありがとう。素楽の、すがた、きれい、だよ」
「ありがとう、ございます、翔吾さま」
にへっと締まりのない笑顔をみせていれば、続々と茶蔵の貴族が姿を表す。
今回の名目は祝勝会ということになっているため、功労者たる茶蔵と中央の上位武官らを中心に、主不在の城の内務を熟していた文官も招待されている。
主宰には招待客からの挨拶に応える義務がある。故に邪魔になってはいけないと、小さく頭を下げてから退く。こういったところは松野と違いがないようで、翔吾も快く見送っている。
必要以上にキョロキョロとしないように、視界を動かしともえの姿を探す。ゆったりとした動きで歩み寄れば、厳しい表情を少しだけ崩す。
「及第点だね、付け焼き刃であそこまでできるんだ、十二分に良くやったと言えるね。それじゃ、食事にしましょうかね、今回はあたしが取り分けてあげるけども、きちんと自分でも覚えるんだよ」
「……」
頬を掻く素楽。普段どおりの話し方をさえれると、やはり理解が及ばないようで、半分どころか殆ど頭に入っていない。
「食事、だよ、食事」
「わかった」
(はぁ、こりゃ先は長そうだね。翔吾坊が地方にいくってから、老後にいいと付いてきたのに楽はできないね。まぁでも、故郷かどっかで礼儀作法を教え込まれてるようだから、楽っちゃ楽だね)
ともえの内心などお構いなしに、素楽の視線は卓上の様々な料理に奪われつつある。ここ最近は質素な食事が続いたため、豪華な食事というのは心が躍るものがある。
彩鱗の晩餐会では一人一人に食事が用意されるのではなく、大皿に盛り付けられた料理を皿へと取っていくのが主流のようだ。
ただし、好き勝手に食べていいというものでもなく。肩肘の張ったガチガチの作法という程ではないが、食べる順番などは大まかに決められている。
他には取皿を使い回さない、山盛りにしないといったこともあるが、周辺諸国の卓上様式と比べると緩い部類にある。
特筆するところは皿を多く使う事を美徳とするところだろうか。
「先ずはこのあたりだね。どれを、食べてみたい?」
見慣れない料理が多いため、少量ずつを取皿へと盛り付ける。今回はその辺りも含めて、ともえが全て世話をするようで、品の欠かない配置となっている。
(魚料理が多いし、あの川から取れるのかな?それとも海が近くに。この魚の酢漬け美味しいー)
実年齢よりもいくつか幼く見られているためか、酒類は渡されずしゅわしゅわとした果実水で喉を潤す。
「ごきげんよう、素楽様。彩鱗の、料理は、口に合いましたか?」
翔吾との挨拶を終えた重忠が素楽へと挨拶にやってくる。傍には夫人と思しき女性を連れている。
「ごきげん、よう、重忠さま。りょうり…、おいしい、です」
「それはなにより、喜ばしい限りです。私の妻を、紹介させてください。妻の、都子です。八間川、都子」
「はじめまして、八間川都子と申します。夫が世話になったと聞き及んでおり、感謝の念をお伝えに参りました」
「はじめまして、香月、素楽、です。…よろしく、おねがいします」
連れ立って紹介されたのであれば、夫人であろうと理解がいく。
これをが皮切りになったのだろう。様々な噂の中心にあった素楽は、挨拶という大波に揉まれることになる。
―――
「ふぅ…」
夏といえど、夜になれば肌寒さを感じるのが茶蔵の地。寝巻の上着を羽織りながら、素楽は夜空を眺める。
結局のところ、招待客の全員と挨拶をしたのではないかという状態で、なかなかに忙しい晩餐会となった。松野でも慣れたことではあるが、言葉が通用しないというのは疲労を溜め込む要因となって、夜空にため息を送るのである。
(全然名前覚えられなかった…)
最初こそなんとか覚えられていた名前だが、容量を超えると情報は決壊し流れ出ていってしまった。
人脈というのは、幼い頃から少しずつ広げていくものであり、一括で記憶するのは難しい。ましては、言葉の不自由さもある。
(翔吾様は現行の領主ってことでよさそうだねー。招待客の様子からも、かなり高位の貴族家で求心力があるのかな)
(夫人とか婚約者が紹介されなかったし、それっぽい女性もいなかったから独身なのかな。思った以上に若かったり。流石に家のことを考えれば、あの年格好で未婚な筈はないし)
脳内の晩餐会で知り得た情報を組み立てていく、自身の身を守ることや松野へ帰るためには、考えなくてはならないことが多い。身の振り方によっては、茶蔵の地に縫い留められてしまう可能性さえある。
(はぁあ、あたしは松野に帰れるのかなー。…きっと彩鱗や茶蔵も悪いところじゃないと思うんだけど、やっぱ松野がいいな…。みんな心配してそう、愛理が落ち込んでないと……無理、だね)
里恋しさで感傷的になりながら月を追う。なにかと忙しい日々に一段落つければ、溜まったものが押し上げられる。
(殿下、アレッスよアレ。あたしじゃ声を掛けづらくって)
(こういう時にどういった話を振ったほうがいいとかわかるか?)
(わかってたら呼んでないスよ!そもそも言葉がわからないんじゃ?)
(……。やれることだけ、やってみるか)
ヒソヒソと遠巻きに話をしているのは、翔吾と奈那子。
夜の温室に一人、月を見つめ佇む素楽を見つけて、彼を呼びに行ったというところだ。
「こんばんは、素楽。つきを、みる、すき?」
「…こんばんは、翔吾さま。つき、すきです。香月の、月は、つきです」
「…そうか。…香月に、かえりたい?」
「………はい」
月を映すような金の瞳で、曖昧な笑みを浮かべ、間を開けた返答。素直に返していいか逡巡したのだろう。
「…『騎士や領主の側近という立場から、義務感というのもあったんです。でもやっぱり、離れてみてわかったのが、私が松野を好きだったということなんです。温かな家族と屋敷の皆、気さくに笑いかけてくれる街の皆、最近は縞尾の里人と鷲獅子とも仲良くしてました。魔物が他より多い土地ですが、自然が豊かで。…どれもが恋しくて堪らなくて』ごめんなさい、ことば、つたわるない、ですね」
ここで嘘を付いてしまえば、生涯松野の地に足を着けることが敵わなくなる、そんな気がした素楽は郷愁の念を吐き出した。
「…っ」
意思疎通に難があるからこそ、感情というものが叩きつけられる。哀愁を帯びた空気は、翔吾の言葉を詰まらせるには十分で、言い淀む。
時が止まった温室。言葉のない二人は月が翳る瞬間まで佇むのであった。
第二編二話は以上となります。
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