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そらの飛ぶお仕事  作者: 野干かん
第二編 常の磐は。
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二話②

 王弟の凱旋がいせん茶蔵さくらの民は沸く。


 中央による軍縮を知る者は少ないため、中央軍の派遣が行われた事に、民の不安も多かったのだろう。茶蔵軍の足並みと数が揃っており、発見が遅れていなければ、ここまでの騒動にはなっていなかったのだが。


 どちらにせよ、今頃は軍縮を進めた中央貴族は、失脚はしないながらも冷ややかな視線が向いているだろう。

 中央のお陰だと喧伝することで尻尾を振っておく。ただでさえ政敵だと疎まれているのだから、いらぬ軋轢あつれきをうまないための措置である。


(宰相殿と近衛長のご機嫌取りもしとかないと、顔を見せたときに何を言われるかわからないからな。それに、私にかまけて兄上の周りがお留守になっても困る。…素楽そらの基盤を固めておきたいね、横槍を入れられては迷惑だ)

 直様帰国することが敵わない以上、彩鱗で生活の基盤を整える必要がある。いつまで翔吾しょうごの傍にいるかはわからないが、城に逗留するのであれば王侯貴族のしがらみを避けて通ることはできない。自立するにしても伝手は必要だ。


 街に入る前、馬に乗り換えた翔吾は手を振りながら、民へ笑みを贈る。こうして喝采を浴びることができるのだから、王家が求心に篤い事の証左だろう。


(わぁすごい人気だー。翔吾様って現行か次期領主なのかな?)

 間違っていはいないが正しくもない。


 あくまで翔吾は中央から派遣された領主、素楽の思い浮かべる領主像とは異なる。

桧井では地方の力が非常に強い。基本的には桧井という看板を貸すことの対価として、税と防衛を担ってもらっているという状況。松野に送る査察官が椋原むくはら朔也さくやでなければ、恐ろしく荒れていただろう。


 対して彩鱗、こちらは王権の強い国家だ。王と王臣が国土のすべてを見通し、政の芯も王都にある。とはいえ一から十まで指示を出せるわけではないため、ある程度は領主及び地方政務官に任されるのだが、税や軍事、叙勲などの権限の殆どは中央にある。

 故に翔吾の人気は王族という看板に依るものだ。


(リュージンばっかりだー。獣人っぽい人もいる)

 竜人の国なのだから当然ではあるが、やはり素楽からすると新鮮味がある。


 ふと街人と目があった、これを無視をするのは失礼、と微笑み手を振れば曖昧な表情が返ってくる。


(ふふ、見慣れない種族で困惑したのかな?)

 茶蔵の城へ着くまで、素楽は愛想を振りまくのであった。


―――


 城仕えの者らが出迎える中、翔吾の腕を借りて素楽は馬車から降りる。慣れぬ作法に対して綺麗な振る舞いなのは、事前に練習しているからである。好奇の視線というものには慣れているため、堂々たる態度で礼を行う。


「無事戻ったよ、城に変わりはないかい?」

「おかえりなさいませ。城仕え一同、翔吾様のお手を煩わせることないよう尽力いたしました故、万事滞りなく」

「優秀な部下を誇らしく思うよ。私が政務に復帰するから、順次休暇をとってくれ。少ないが報償も用意しよう」

 この会話は早馬の伝令によって事前に打ち合わせたもの。後方を担う彼らにも報いるものが必要だ。


「お婆はいるか」

「ここに」

 白髪によって灰をかぶったような髪をした老年の侍女が前に出る。どことなく隙のなさそうな立居振舞に、長いこと貴人に仕えていたことが窺える人物だ。


「この子、素楽の身の回りの世話を頼む。心配はないけど私の恩人であるから、失礼のないようにね。素楽、この人は、木角、ともえ」

「香月、素楽、です。よろしく、おねがいします」

「紹介された通り、あんたの世話をする、木角きずみともえってもんだ。よろしく頼むよ。…こっちにおいで」

 言葉が通じてないとわかると手招きをして素楽を呼ぶ。


 翔吾に振り返り慇懃いんぎんな礼をしてから、ともえの後を追う。


(通詞も教本もなしに言葉を教える、なんて大役請け負っちまったけど大丈夫かねぇ。……野犬に言葉を教えるって訳じゃなさそうだけども

、大変なことにゃかわりはないね。はぁ…いつ死ぬかもわからん婆に大仕事任せるんじゃないよ、翔吾坊。…にしても、白烏様の申し子なんて仰々しいと思ったが、強ち間違いじゃあない見た目だね)


「ソラ様や、あんたどれくらいの言葉がわかるんだい?」

「……んー」

「言葉、わかる、数」

 反応が悪かったため、単語ごとで区切ってみれば、手に持った紙束を手渡す。


「すこしー」


(へぇ、どんだけの間でこれを覚えたか知らないけど、坊と八間川やまかわ、あとこの娘の頑張りが伝わるね)

「言葉、教える、あたし。いいね?」


「ありがとうございます。よろしく、おねがいします」

「感謝は終わってから言ってくんな。そんじゃ、先ずは湯浴みをしてもらうよ」

「…?」


「はぁ…」

 会話には難があるのだと改めて察し、ため息を吐き出す。


「おっ、この子が件の御使い様ッスか?ホントに羽根生えてるんスね。んで角も尻尾もないッス」

 燃えるような赤髪に快活そうな顔をした使用人が現れる。素楽よりも頭一つ分大きい女性で、羽毛の生えた腕などに興味津々の様子。


「こら奈那子ななこ、翔吾坊のご客人に礼を欠くでない、馬鹿者」

「おわっ!」

 眉を曇らせたともえは、奈那子と呼ばれた竜人の襟首を掴み、無理矢理に頭を下げさせる。いきなりだったため体勢を崩し、半ば転ぶような這いつくばるような姿勢になっている。


「申し訳ございません、ソラ様。不快であれば、外に捨てますが」

「いいよ…あー、だいじょうぶっ」

 言葉を理解できてはいなかったが、礼を失して謝罪させたのだろうと理解できたため、ニコリと微笑んでから、奈那子の頭を撫で害意がないことを表す。


「寛大な心遣いに感謝いたします。いつまで這いつくばっている、起きなさい」

「お婆様はやったんじゃないスか。いやー、すんません、ソラ様」

 お調子者なのか、にへらとした表情で謝罪している。


「さわる?」

「あっいいんスか!そんじゃ御御足の方を!でっかい爪スね!」

 湯浴みの前に服を脱いだ時、腰部の尾羽を展開する位置に生えている羽毛を勢い誤って引き抜いてしまい、ともえの拳骨が落とされていた。


―――


(世話されるの慣れてるんスね)

 松野では名家のご息女だ。生きてきた時間の殆どが、誰かしらの世話になっている。


(はぁ~…極楽極楽~。やっぱお風呂はいいね)

 砦が生活の中心だったため、久々の湯浴み。表面には何かの花弁が浮かべられており、控えめながらも心地の良い芳香が鼻孔をくすぐる。薬草湯の類いなのか、見た目と香りを楽しむものかは不明だが、素晴らしい持て成しといえる。


「~♪」

 上機嫌な様子の素楽は、鼻歌を奏でながら体を温める。


「ご機嫌スね、気に入ってもらえてなによりッス。いやー、改めてすみませんでした、まっさか抜けると思ってなかったんで」

 悪びれている奈那子は何度も謝罪をしている。これで三度目だ。


「いいよ、ななこ。わたし、だいじょうぶ」

「助かるッスよ。あっ、殿下の部下には黙っといてくれると嬉しいんス。もう遅いかもしれないんスけども」

 流石にここまでの言葉は伝わらず、コテンと首を傾げる素楽をみて肩を落とす。


「伝わんないッスよねー。いつの通り怒られるだけで済めばいいんスけど…」

 どうにも叱咤叱責の常連らしく、解雇されるのではないかと不安がっているらしい。王弟の客人、いわば賓客に無礼を働いたのは痛いと、お調子者は憂う。


「ウジウジしてても始まんないスね。そろそろ、着替えの準備が終わるんで上がりましょう。……風呂から上がってもらうには、どう伝えたらいいんスかね?…うーん、湯から出るんス、んで体を拭く、服を着るッス!」

「っす?」

 様々な身振り手振りと言葉を用いて、湯船から上がってもらおうと努力をしたものの、首を傾げられてしまう。


「あー、ぜったい伝わってないッスよ、これ。お婆様ー、手と頭貸してほしいんスけど」

「スッススッス煩いねぇ。素楽様、こちらへ」

 ともえの手招きを見て、湯船から上がり脱衣所へと向かう。


「あー…」

 はたと納得した奈那子は、そんな簡単な手があったのかと脱力しきりだ。拭布で素楽の水滴を落としていれば、慌てて浴室から駆けてきては仕事に加わる。


「そんじゃ、こっからはあたしが担当するッスよ」

「加減をしくじるんじゃないよ、なにかあたったらゴミと一緒に捨ててやるからね」

 彩鱗の魔法師が使っている魔法言語を呟いて、奈那子は手元から温風を発生させる。彼女も一介の魔法師ということだ。ただ、魔法師と違って非常に険しい表情をしていた。


(失敗しませんように、失敗しませんようにっ!)

 祈りが通じたのか、失敗をするまいという精神がそうさせたのか、なんの粗相もなく着替えを終えるのであった。

誤字の修正をしました。 9/21

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