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そらの飛ぶお仕事  作者: 野干かん
第二編 常の磐は。
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一話⑤終

 日が長いことが幸いしたようで、明るい内に砦へ到着した素楽は、朝よりも兵士が増えている事に驚く。素楽そらが飛び回っている間に、中央軍が到着したのである。


 彩鱗あやこけ言葉を使えない身であるため、事情を知らない人との意思疎通は難しい。空いた土地にそっと降り立つと、兵士は一様に驚き凝視している。


 大穴のことは翔吾しょうご重忠しげただに伝えるの一番なのだが、何処にいるかはわからないうえ、聞こうにも言葉がわからない状況だ。


 一人の兵士を捕まえて「翔吾様。シゲタダ様」と伝えたのだが、首を傾げられてしまった。

 素楽が困り始めると、誰かが呼んでいたのか翔吾と重忠が姿を表す。急ぎの報告だが、礼を欠くことなかれと慇懃に頭を下げる。


「翔吾様、シゲタダ様。こんにちは」

『こんにちは、素楽。散歩にでも行ってたのかい?』

 あいも変わらずに言葉はわからないため、傍からみれば無視をするような形で、地面に大穴と階段、大狼と狼の群れを描いて、場所を指差す。一度見せた後に、穴から狼が出てくるような絵も付け加える。


『これは…。重忠』

『えぇ、間違いありません。迷界めいかいかどを見つけたようですね。お手柄ですソラ様』

『お手柄だ素楽。中央からの援軍もある、明日には打って出るとしよう。…あー、素楽。アレ、お日様――』

 明日に兵士らと大穴へと向かうから飛んで案内して欲しい、と言葉で伝えられれば直様終わることを、四苦八苦しながら身振り手振りと地面に絵を描いて伝える。


 攻め入ることは想定していたため、伝えたいことを理解し首肯すると、翔吾らは胸を撫で下ろす。


(やはり言葉を教えるのは急務か)

(早く言葉覚えないとなー)

 漫才もどきを終える頃に、きっちりと軍服を着込んだ男が現れる。豪快な髭を貯えた大男だ。


『ほう、この娘が窮地を救ったという、導きの白烏か。殿下、私にも紹介いただけますか?縁起が良さそうでな』

『素楽。杵島きしま敏春としはる、だ。こう書く』

『なんとも寂しい紹介ではないか?』

『彩鱗言葉がわからないのだよ』

『あぁ、だからさっきは奇妙な舞を…』

 親しげな様子の二人である。


『杵島、敏春、だ』

「香月、素楽、です。はじめまして、敏春様」

 丁寧に頭を下げ礼をすると、楽しげに笑みを浮かべている。


『ほほう、外つ国の礼か、礼儀正しいのだな!息子たちにも見習わせたいものだ!ははは』

『私は計画を詰めなければならない、食事時にでもまた会おう』

 翔吾はそっと素楽の頭を撫でてから、重忠と敏春を引き連れ天幕へ向かっていった。


(伝わって良かったー)

 夕餉ゆうげまでの間、兵士らに言葉を教わりながら、時間を過ごす。お互いに手探り、通詞なしでの言語習得の難しさが身にしみるのであった。


―――


 ピピピと小刻みな笛の音の位置から、敵の位置を把握した兵士らは迎撃の構えを取る。


 森林地帯になるまでは、騎兵が狼を払っていたのだが、木々が多くなると馬を駆るには不便となり、歩兵と魔法師が迎え撃つ。


『よくもまあ、木々の間からアレらを見つけるものだな。なんとなくだが、慣れを感じるな。索敵や哨戒のな』

 木々が多くなり視界を遮られ始めてからは、素楽を引き戻そうという考えもあったのだが、意に介していないどころか高度を限界まで落として、笛の音と位置を伝える気遣いまでしている。


 上空からの目を持つ有用性も、翔吾と敏春は理解していく。


『しかし、信用していいんですか?信心深い私からすれば、多少の不利益くらいにゃ目を瞑れますけども、殿下の場合は突く相手が多くいるじゃないですか。もしも間者なんかでありゃ…考えたくないですね』

『その時はその時、だよ。兵士らも含めて一度助けられているんだ、砂をかけられて地位を追われるくらいなら大目に見るさ。いっそ肩の荷が降りるかもね』


『…そうですか。まぁそん時は杵島家を頼ってくだせ、親父と兄貴が喜んで面倒見てくれると思うんで』

『はは、頼もしいものだな』

 何度目か笛の音。頻度が上がっていることから、敵の数が増していることが、よくよく窺える。


 草擦れの音が隊の死角より響く。

 木陰に上手く身を隠していた狼二頭、兵士らの後ろから襲いかかる。首魁たる大狼に近づいているのか、群れの行動は進むにつれて賢く、連携が強くなっていく。


(間に合うっ)

 二頭の内、討ち漏らした片割れが飛びかかるその時、枝葉の間を突き抜けてきた素楽が、あしゆびで狼を掴み取り上空へと舞い上がる。最初は動転していたのか、動きを見せなかったのだが状況を理解してからは暴れだす。


 十分な高度まで上がり、逃げようと暴れるそれを離し解放する。地面と激突し動かなくなった事を確認し飛び去る。死にはしないだろうが、襲いかかることは不可能であろう。


(策略的な動かし方は厄介だなー。索敵を密にしたいけども、森じゃ厳しいね)

 先程の狼らは低木の茂みに隠れていたのも要因だろう。


 神経を尖らせながらの索敵、襲いくる狼を払いながらの進行は、大狼の姿が見えたことで一事休息となる。


 翔吾と敏春の話し合いによって方針は決まる。ここで困るのが素楽への指示である。兵士らにも意見を求め、大の大人たちが顔を合わせて考えを巡らせた結果、簡単な演劇が始まってしまった。


 自身の頭に手を乗せ狼の耳を象ったのは敏春、体格が一番大きいから大狼の役を請け負ったのだろう。両の腕をバタバタと動かし素楽を役をするのが翔吾、兵士と魔法師はそのままの役回りとなった。

 大狼役の翔吾はしゃがみ、腕を降り周囲を回る翔吾を見上げ睨めつける。


(くっ…!)

 いい年をしてこんな真似をすると思ってなかったのだろう、翔吾は顔をしかめ赤らめている。


 やあ、と小声を上げて現れるのは兵士と魔法師、彼らは盾を構えながら大狼に躙り寄り注意を引く。その後、死角目掛けて素楽が突っ込み撹乱したのちに、魔法師が杖を掲げて彩鱗とも異なる言葉をつぶやくふりをすれば、大狼は倒れ込むという壮大な演劇であった。


(なるほどー。能動的に昨日の再現をしたいってところかな。いや、攻撃が主じゃなくて囮が主体かな?)

 素楽が腰の魔導銃を指差してみれば、彼らは首を横に振る。


(やっぱり、あくまで囮役と、魔法師の為の隙を作ること。アレをもう一回やるのは難しいから助かったよー。運が良かっただけだからね)

 首肯し納得したと伝えれば、大狼への攻撃の準備に取り掛かる。ここが正念場だ。


―――


 雷笛らいてきを咥えた素楽が、大狼の頭上、ギリギリ飛びかかれない位置を旋回する。あからさまに不機嫌な相をしているが、地上を領域とする存在には牙も脚も出ない。


 雑把狼を蹴散らし距離を詰める茶蔵と中央の連合軍には目もくれないあたり、相当に警戒されているようだ。


 距離をおいた後に急降下し、雷笛の衝撃波で雑把狼の群れを吹き飛ばして見せれば、怒り心頭に発する。距離を詰めようと走り寄る頃には、上空に陣取っている。


『マジかよ、顔に似合わず嫌らしい嬢ちゃんだな。俺らもお怒りの奴さんと接触する、気を引き締めろよっ!』

『『応ッ!!』』


『素楽が思った以上に上手くやっている、魔法師隊は魔法を撃てる用意を!会敵一発で魔法を叩き込める可能性がある!』

『『承知』』

 囮役は十二分に役割を果たしており、注意を完全に引きつけ連合軍が不意打ちを行える位置となる。


 杖を掲げた魔法師たちによる言葉の魔法。主法師が複数人の助法師を束ねることで、一つの強大な魔法を組み上げる。


『よし、放て!』

 主法師からの合図を受け取った翔吾が声を上げる。


 風の大槍が吹きすさぶ嵐のごとく風を放ちながら、大狼へと向かう。

 意識の全てを憎き翼人へと持っていかれたため、完全な不意打ちとなったそれは、肉を切り裂きながら巨躯を突き抜け、森林の木々を切り刻んだ後に消滅した。


 丈夫なことに絶命こそしていないものの、息も絶え絶え虫の息だ。然しながら瞳は上空の素楽を睨めつけており、怒りの深さが窺い知れる。


『『おおおおおおおお!!!』』

 兵士らは勝鬨ざんとうを上げながら残党狼を屠る。頭脳たる首魁の大狼が潰れたのだ、連携もクソもない烏合の衆を狩るのは難しいことではなかった。地上に降り立った素楽も、大弓を用いて視界に映る残党を射抜く。


 空が赤らむ頃には、襲いかかってくる敵は消え失せ、地面に空いた大穴を残すのみだ。


 大半の兵士が野営の準備を行い、残りが松明を持って大穴へと向かう。


(この穴の下にはなにがあるんだろう。メイカイって単語がよく聞こえるし、そういう名前なのかな?)

 好奇心と知識欲の塊だ、未知への探究心と冒険心の炎が煌々と燃え上がる。


『翔吾様、翔吾様』

 袖の端をクイクイと引き、自身と穴を指差して同行したいと示す。


『行きたいのか。敏春、問題ないかい?』

『あぁ、首魁を二頭も倒したってんなら、精々狼がチラホラいるくらいだ。香月の嬢ちゃんなら大丈夫だろうよ』

『そうか。私の許を離れないようにね』

 軽く微笑みを浮かべながら手のひらを差し出される。


(これはたしか)

 昨日の再現なのだろう。素楽はそっと手を乗せて、笑みを浮かべるのであった。


―――


 彩鱗の王弟の手を握りしめ、螺旋の階段を降るのは松野の翼人。


 どれだけの時間が経過しただろうか。四半時さんじゅっぷん半時いちじかんか。登るときが大変だ、などと考えていれば階下から光が漏れ込んでいる。

 地下で何が眩しいのかと降りきってみれば、一面の草原が広がっているではないか。


 目を白黒させながら、螺旋らせん階段の塔を見上げてみても果はなく、青空に吸い込まれている。


『はは、驚いたようだね。迷界めいかいというのは、かどの先に不可思議な空間が広がっているんだよ。今回は草原界とでも言うべきかな』

 話のほぼ全てが伝わっていないが、必至に言葉を脳に刷り込む。


「わぁ…。これがメイカイ」

(まるでお伽噺とぎばなしみたい)

 迷界とは。彩鱗国の属する大陸全土に現れる不可思議空間だ。内部には魔物と首魁がおり、発見が遅れると今回のような魔物の侵攻が起こるため、的確な対処が土地を治める者の責務となる。


 茶蔵さくら領で侵攻が発生した主たる原因は、中央貴族による軍縮だと思われる。突然の通達で茶蔵軍が混乱し、気が付いた頃には領地の端で狼が大きな群れを成してしまったのだ。

 戦力のきく削られた茶蔵軍と、二頭も現れた首魁では防戦一方となり、素楽がこなければ砦は瓦解。多くの犠牲者を出す結果だったかもしれない。


『あったあった。ほれ、あのデカい魔石を砕けば迷界が消滅して、魔物が湧き出すこともなくなる』

 指差された先には、素楽の身長を優に超える大きさの魔石が鎮座している。


(すっごい大きさだー。いくら位の価値になるんだろう)

 見上げるほどの巨石だ。


 桧井では魔石は産出量が多くなく、高価な部類に入るため、これを持ち帰れれば億万長者間違いなしである。

 あんぐり空いた口が塞がらない、とはこのことか。砕かれる瞬間の悲痛な表情まで、素楽の口は空いていた。


『それじゃ、持てるだけ持って帰ろうか。素楽も小さいので良いから手伝ってくれるかい』

 翔吾が魔石を拾い上げる様子から、持ち帰ることは理解できたようで、持ち上げられる限界の大きさの魔石を抱えあげるのであった。


(えぇ、アレを持ち上げるのか、見た目以上に力があるようだ…)

(大弓を軽々扱ってたから、想像はしてたがすげぇな)


 野営明け、朝日を拝む頃には迷界の門は綺麗サッパリ消え去っていた。

第二編一話の終わりです。

そんな訳でタグに異世界転移を加えてました。だからなんだってこともないのですが、一応のこと報告を行おうと思った所存です。

誤字誤用脱字がありましたら、ご報告いただけると助かります。


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